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『バラの精霊、ネザ』 ~バラの精が教えてくれた美しい生き方~  作者: あばらぼう
第3章 砂漠のアルター
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第12話 第2波

 ヒューン、ヒューン。全くの暗闇から何かが飛来した。それは岩に阻まれて、カツーンと音を立てて散らかった。新王軍が放った矢だった。

 遠くの方で兵の声が聞こえる。

「王子に当てるなよ。燃える石の場所を聞き出すまではな。だが裏切り者の占い師は始末しろ」

 新王の兵が、ヤタのことを裏切り者と呼んでいる。そういえば門を脱出する時に、あの側近がそんなことを叫んでいた。

 ヤタはクスッと笑って、

「わたし、小遣い稼ぎに街の情報を兵隊に流していたの。新王に対する不穏な動きがないかどうかを定時報告してたのよ。怪しい石を持っていても捕まらなかった本当の理由は、兵隊たちはわたしを仲間だと思っていたからなの」

「あの、欲深い新王の兵隊が、ヤタを尋問しないなんておかしいと思ったよ。ヤタは本当にたくましいね」

 アルターはいささか驚いたようすだったが、しかしその声は場違いなほどのんきに聞こえた。おれから見ればこの二人は本当にたくましい。おれだけが、異様な緊張を持って固くなっていた。ここに居てはいずれやられる。脱出しなければ、だがヤタの左足は動きそうもない。

「つかまって」

 おれはヤタに手を貸し、体勢を整えて言った。

「行きましょう王子」

 おれの言葉にアルターは少し険しい表情をしたが、岩場を捨てて歩きだした。再び、崖沿いの道を行く。

 新王軍の兵力はどれくらいだろう。それさえわかれば作戦が立てられる。逃げてばかりでは勝ち目がない。それに朝になって明るくなってしまったら、こちらが不利だ。だが、アルターの父である前王だって、兵隊を出して王子を探しているはずだ。その兵と合流すれば逃げ切れる。まだ希望はある。

 おれたちが再び夜陰に紛れたので、敵は燈火を灯した。一つ、二つ、20本ほどの明かりが揺れている。その燈火が散らばりだし、おれたちの前方と後方にも回り込んだ。

「いたぞ!」

 前方からの声で、その囲みが急速に縮まった。先頭を行く王子は立ち止まった。おれの肩につかまっていたヤタは、心の声で、


 〝下ろして〟


 と言った。おれと王子は、その場にしゃがみ込んで矢の的にならないように小さくなった。

 おれたちの後方で、

「うわー」

 と、叫ぶ声が聞こえた。敵兵の誰かが、足を滑らせて崖から落ちたようだ。

 ガラーン、ガシャーン。

 意外にも近い位置でその音は止まった。だが、崖下に落ちた兵の声は止まってしまった。

 ヤタが心の声でおれたちに話しかけてきた。


 〝最後の最後、いつも最後のときに本当の目的を思い出す。人のために生きる。わたしとヤヒト、宇宙時代に過ごした宇宙船の中で言ったよね。

 あなたは、『人のため』の頭文字を取ってヒト。地球での、太陽の神を現すヤをつけてヤヒト。わたしは『他のために』の頭文字を取ってタ。それにヤをつけてヤタ。これだけは何があっても忘れっこしないと笑いあったよね。

 地球って、なんて悲しい星なんでしょう。やっと思い出したのに、次はまたすべてを忘れて生まれ直すなんて。やっと人間に生まれかわってあなたのそばにいるのに、またやり直すなんて。何万回も同じことを繰り返している。

 すべての人間が記憶喪失のまま、ただただ動物として、生き死にを繰り返している。

 シッダー・アルター王子、あなたは全人類の希望の光。全宇宙の希望の光。あなたはこの人生で必ず悲しみの連鎖を断ち切り、光に満ちた世界を、地球と宇宙に創り出すでしょう。だから・・・

 生きて!〟


 ヤタは心で叫んで、動く右足で、王子を崖下に蹴飛ばした。

 王子は、

「うっ」

 と、声を発し、崖の下、闇に消えた。

 おれはヤタを見た。ヤタはすべてを受け入れ、すべてをゆるしたかのような、安らかな表情で微笑をたたえていた。

 敵兵は、じりじりとこちらに迫っているようだ。敵兵もこちらの戦力を知っているし、王子に矢が当たってしまうことを恐れて、うかつに襲撃してこなかった。王子が崖下に落ちたことを知られたら、敵は遠慮無く矢を放ってくるだろう。

 ヤタはおれを見てニコッと微笑し、


 〝ヤヒトも感じたでしょう。王子は今、崖をよじ登ってこっちに来ようとしている。ダメダメ。わかってないなー〟


 ヤタは、心で言い、意外にもヒョイっと立ち上がり、兵のいる方を向いた。


 〝あの熱血王子は一人じゃ危ないよね。行ってらっしゃい、無事に東の国に着くことを祈っているわ〟


 おれの方に向き直ったヤタの顔は、先ほどの安らかな顔と違い、紅潮し、ピンク色に輝いていた。その瞳はトゲのような鋭さを秘めていたが、それらすべてが恐ろしいほどに美しく、精霊、その言葉がぴったりだと思った。

 ヤタの目は、戦闘力を高めたウヤータの目に戻っていた。

 そして、おれに向き直って右足を高く上げて、

「ニヤついて太ももを触ったバツだ!」

 と、笑いながらおれに蹴りを入れた。

 胸を強打され尻もちをついたおれは、そのひょうしでそのまま後ろに転がった。フッっと地面がなくなる感覚がした。崖から落ちる! そう思った時にはかなりのスピードで落下していた。

 落下途中に背中に何かがぶつかり、王子の、

「って!」

 という声がした。王子はまた崖下に逆戻りだ。

 おれは、


 〝ヤタ!〟


 と心で叫んだ。

 ヤタの声が心に聞こえる。


 〝街から逃げて最初に休んだ岩陰にいたとき、心の声で『ウヤータが好きだっ!』って叫んでくれたよね。あれ、本当は聞こえてたんだ。すっごく嬉しかったよ。

 わたしは、好きな人を助けるために死ぬことができる。こんなこと宇宙じゃ絶対体験できないよね。ありがとうヤヒト、そしてさようなら。次も絶対わたしを見つけてね〟


 おれはもう一度、


 〝ヤタ!〟


 と心で叫んだが、それには返事がなかった。

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