第10話 心の声
おれたちは、崖伝いに早足で歩いた。その間、おれはずーっと考えごとをしていた。
〝伏せて!〟確かに聞こえた。ウヤータの心の声だ。おれも王子もほぼ同時にその声に従った。ということは、王子にもそれが聞こえたということだ。心の声ってなんなのだろう、直接心に聞こえるってどういうことだろう。いくら考えてもおれにはわからなかった。
しばらく行くと林と岩場がある場所に出た。最後尾のウヤータは、ハァハァと少し苦しそうにしながら歩いていた。
「休もう」
アルターの号令で、岩場で休憩することにした。大人の背丈ほどもある大きな岩が組み合わさっていて、おれたちを周囲から隠してくれた。
「大丈夫かい」
アルターがウヤータに声を掛けた。おれは兵士たちが落としていった松明を拾っておいたが、ここで火をつけて暖をとることにした。昼の暑さのお返しとばかり、夜の砂漠は冷える。
灯りをつけるとウヤータの足から血が流れ、血は砂地にまで染み込んでいた。太もものあたりがザックリ割れている。敵兵の槍にやられたようだ。おれは着ていた服を破いて包帯を作った。とにかく血を止めなければ。こういう生きる知恵は、アルターよりもおれの方が上だ。
ウヤータは、おれが包帯を巻いている間、おとなしくじっとおれを見ていた。こんな非常時にも、おれはなるべくウヤータの足に触れないように気をつかった。ウヤータが怒るとちょっと怖いのと、包帯を巻くのにかこつけて、太ももに触ったとか言われたくないからだ。
ウヤータの表情を伺うと、黙っておれを見つめている。やっぱり黙っているウヤータはかわいいな。急にそんな考えが浮かぶとウヤータが、
「ありがと」
と言った。包帯を巻いたことに対して言ったのか。もしかしたら、おれの心の声がウヤータに聞こえて、かわいいと思ったことに対して言ったのか。
アルターが、明るい声を出して言った。
「ろくよんだよ」
「はっ、ろくよん?」
おれの、すっとんきょうな声に答えてアルターが、
「包帯が6、かわいいが4。だよね、ウヤータ」
と笑いながら言った。
ウヤータは横を向いてしまった。が、消え入りそうな小声で、
「ハズレ、よん、ろく」
と言って、そのままうつむいてしまった。
おれにとっては、気まずくていられないその場の空気を、薪がパチパチとはぜる音が救ってくれた。暗闇の中に居る三人の瞳に、焚き火の炎が一瞬、一瞬、形と色を変えながら映った。
おれは、燃える炎に照らされるウヤータの顔を、横目でチラッと見た。ウヤータはうつむいたまま、炎を見つめていた。戦闘のせいで髪の毛は乱れ、普段は見えない、うなじと耳たぶが見えた。おれは横顔もかわいいと思った。
ウヤータは、
「ヤヒト、心の声はみんなで同じ思いを共有できちゃうから、王子にも聞こえちゃっているよ」
と言った。
なんで急にこんな能力が発揮されるようになったのだろう。いったい何がどうなっているのだろう。
アルターが言う。
「命を脅かすほどの非常事態に遭遇したことで、生命力に根ざした特殊な力が目覚めた。でも、本当はぼくたち三人には最初から備わっていた能力だと思う。それから、もう一つは、ぼくの父が星から来たことを知り、自分たちもかつて星の住人であって、この星に何かやりたいことや、使命を持って来ていることに気づき始めたからだと思う。
ぼくたち三人はどんなかたちかは別として、この星で出会うべくして出会ったんだよ。きっと共通の目的があるんだと思う」
このアルターの言葉でおれは遙か昔の出来事を思い出せそうな気がした。でもフィルターのようなもの、もやのようなものに阻まれて、思い出すことができなかった。空の彼方、小さな船のような乗り物の中で、誰かと話をしている。そんな記憶だった。
アルターは両手を前に出して、手のひらを見せて、
「君たち二人に出会えて本当に良かったよ」
と言った。このポーズはこの周辺では普通の挨拶の習慣だ。おれもウヤータも、両手を前に出し、手のひらを相手に向けた。