序章第3話 おっさん大地に立つ
「女神さんよ、知らない土地で一番怖いものはなんだと思う?」
「えぇと・・・」
「人間だ。いや、語弊があるな異文化交流ってやつだ」
以前旅行先でひどいカルチャーショックを受けたことを思い出す。
言葉も通じずコミュニケーションも取れない。完全に孤立無援の状態だった。
「そこで、だ。何よりの武器は情報だ。生まれた世界だろうが記憶がないからな。
何も知らないのと同じだ。まずは安心が欲しい」
スマホを取り出す。思った通り圏外だ。これはもう役には立たないだろう。
「あんたの力を見込んでのことだが・・・さっきのモニタを見たところ情報端末は知ってそうだな」
「えぇまあ・・・アルカマリナでは個人識別と才能値閲覧のための記憶端末がありまして」
「おっと難しい説明は抜きにしてくれ覚え切れん。その端末にアルカマリナとやらの情報と
翻訳機能が欲しい」
言うなれば翻訳機能付きの電子辞書だ。
「そのくらいでしたらすぐにでも」
そう言うとマーサはキーボードを打つかのように入力を始めた。
文化体系が似た世界とは言っていたが技術力はだいぶ上なのかもしれないな。
「どうぞ、これを」
1枚の薄いチップを渡される。
「これをどうすりゃいいんだ?」
「入れるのです。体に」
チップは吸い込まれるように俺の手のひらに消えていった。
「うおっびっくりした・・・体に悪影響はないだろうな・・・」
「そこは安心のナノマシン技術ですので。ではメニューを開いて閲覧したい情報を検索してください」
何が安心かはさておき試しにやってみるとしよう。
「あー、検索・・・アルカマリナ 気候」
『アルカマリナは一年を通し温暖な気候です。空気中のマナの濃度により天候が変化します』
電子音声が流れる。スマホの音声ナビのようなものだ。
「翻訳機能もばっちりですね。ニホンゴをベースにカスタマイズしました」
「助かる。さてそろそろ出発と行きたいところだが」
辺りを見回す。やはり出口はない。
「ではこちらの扉へどうぞ」
またもや音もなくドアが現れる。
このドアをくぐれば、この非現実を忘れ、元の生活に戻れるのではないか。
そんな考えもよぎったが、ここまで来たら今更だ。
「それじゃ行って来る。いや、戻って来れないんだったな。色々世話になったな女神さん」
「いえいえその方が面白・・・こほん、女神の勤めなので~。それでは英雄様、良い旅を」
ドアをくぐり一歩踏み出すと。視界がホワイトアウトした。意識まで持っていかれそうだ。
酒をしこたま飲んだのがまずかった。この歳になって酒で失敗するとは・・・。
・・・
・・
・
数時間後。どうやら無事アルカマリナに到着していたらしい。
夜風の冷たさに目を覚ます。ワイシャツは当然破れたままだ。
「さぶっ・・・。温暖な気候でも夜はさすがに冷えるな・・・」
ゆっくりと起き上がり辺りを見回す。
昼夜という概念があるのなら時間的に夜の森の中だ。
知らない土地でこんな場所に放り出されてはたまらない。
「とりあえず明かりを付けるか」
スマホのライトをつけようとした途端、端末が立ち上がる。
『スキル【夜目】を習得しました』
視界がはっきりする。それと同時に暗闇だった場所に誰かがいることに気付く。
「お、第一村人発見か?おーいあんた・・・」
「グル・・・?」
声をかけたのが間違いだった。「それ」は人間などではない。
体躯こそ人間だが、棍棒を持った豚のような猪のような風貌の生き物が唸りを上げていた。
「な・・・なんだこいつァ・・・」
『該当――オーク。亜人の一種。知能は低く怪力。人間の雌を好む』
魔王がいるのなら当然モンスターもいる。ここはもうファンタジーの世界だ。
俺の地元はファンタジー世界・・・だ・・・。
『現在のレベルでの戦闘は推奨出来ません。逃走をお勧めします』
「オーケー・・・ここでゲームオーバーは御免だからな!」
即座に背を向けて走り出す。これでも学生の頃はリレーでアンカー務めてたんだぜ!!
「グルォオオオ!!」
しかし回り込まれてしまった!現実は非情である。
「だと思ったぜそう甘くないよな・・・」
棍棒が振り下ろされる。こんなものをまともに食らっては潰れたトマトのようになるのがオチだ。
ガギィン!
『スキル【ロックウォール】を習得しました』
無意識に岩の防御壁が展開され棍棒が弾かれる。
「助かった・・・のか・・・?さっきからスキルってのは何だ説明してくれ」
『スキルとは状況・条件・才能値が一致した場合確率で習得できます。
効率よく習得して冒険に役立てましょう』
「さっぱり分からんがこの岩壁でオークの攻撃は無効化できるようだな。
逃げても追いつかれるならここで何とかするしかないが・・・」
ふと思った。俺はこの世界のルールを知らない。モンスターとは言えそこに生活する種族。
暴力沙汰は後々面倒なことになるのではないか?
「なあ、このオークって奴は倒しちまって大丈夫なのか?そのなんだ・・・法律とか・・・」
「モンスターに人権はありません。友好的な種族もおり、判断は各自に委ねられます」
「なるほどそう言う扱いか。追い払う程度でよさそうだな」
なまじ人型をしているもんだからやりづらい。亜人種を殺すのは抵抗がある。
「攻撃スキルはないのか?殴り合って勝てる相手じゃないんだろ?」
『該当――遠距離物理攻撃スキル【エナジーショット】を解放しますか?』
「遠距離攻撃か。それでいい。どうやって使う?」
『手のひらにエネルギーを集中させて放ちます』
ああ、アレか戦闘民族がよく使いそうな。
「エネルギーって言ってもよ・・・こうか?よし、なんか溜まってきたぞ・・・!
いや、溜まり過ぎだろどうすんだよこれ・・・」
「グルァアアア!」
「しょうがねぇ、死んでも恨んでくれるなよ!波ァアアアア!!」
片手で押さえきれなくなったエネルギーを両手で放出した。
ボゥン!!
予想以上に大きな爆発とともにオークが吹き飛ばされる。
その勢いで大木に後頭部をぶつけ気絶したようだ。
「ふぃー・・・なんとかなったようだな」
『レベルアップを確認。現在のレベルは5です』
「レベルってのは殺さなくても上がるんだな」
『スキル【危険感知】を習得しました』
突如感覚が研ぎ澄まされる。嫌な予感というのだろうか?その類のものがはっきりと分かる。
「・・・こいつァ群れのうちの1匹だったってわけか。他に10匹はいるな。
さっきの音で集まってこられたら厄介だ。安全な場所はどこだ?」
『人里まで道なりに約3マイルです』
「すまん、計算が面倒なんでキロ換算で頼む・・・」
『5キロメートル先、土の都アルスホルムです』
大人の足で1時間と言ったところか。奴らに気付かれる前にこんな場所とはおさらばだ。
道具も食料もなしに野宿は勘弁だ。宿を確保しなければ。
―――夜風にさらされながらおっさんのセカンドライフはここから始まる。
少し空きましたがエターなることはなさそうです。
引き続きおっさんのぐだぐだをお楽しみください。