罠(2)
「チャンスとうらーい」
沙希は笑った。
ベルナルドの進む道を先回りして道をふさぐ。
指定どおりの封鎖ポイント。アメリアたちにトラブル発生。対応は沙希ひとりだけ。
アサルトライフルの銃口を向けて待ち構える。
だがすぐに顔は怪訝に曇った。
車が来ない。エンジン音すら聞こえない。
「まさか……途中で車を捨てて逃げたとか!?」
慌ててブーストを噴かして道をさかのぼっていく。
アメリアたちが釘付けにされている区画の一ブロック隣。大きなマンションに隠された角で、
ベルナルドは車を止めて待ち構えていた。
タヒチに豪邸を構える実業家のようなワイシャツ。足の長い白のスラックスで、ボンネットの外れた車のフロント部に腰掛けている。
肩に大きい筒を担ぎ、野太い弾頭に生えるつぶらなシーカーが虚ろに沙希機を見つめていた。
対FHミサイル。
「あ……」
くたばれ。
ベルナルドの舌なめずりが、閃光にくらんだ。
一直線に突き進んでくるミサイルの軌道を見る前に、
沙希は迷わずイジェクトレバーを引く。
機体の下腹から突き刺すような弾頭が「くにゃり」と潰れて、内部に爆発的な火焔の奔流を吹き込んだ。人型の装甲が内側から膨れて赤熱し、あっけなく弾け飛んで爆発する。
直前。
うなじから吐き出された白煙はくるりと角度を変えてパラシュートを開く。
完全に開かれるより早く建物の壁に接触し、転がり落ちるようにシートは地面を転がった。
計算された重心で背もたれを下敷きにアスファルトを滑っていき、やがて止まる。
「ぃ、ぐお……おああ」
沙希は身もだえして、シートベルトのバックルを殴りつけるように外す。
打ち身、擦り傷、切り傷、火傷。あらゆる負傷は寸でのところで高機能パイロットスーツに受け止められた。
「さすが高価いだけのことはある……ッ!」
沙希の手はまっすぐシートに伸びる。
サバイバルパックではなく、救難信号発信機でもなく――ケースに収められた突撃銃を。
ベルナルドはグロリアの爆発を前に、両手を広げて笑っている。
「はっはは! 呆気ないな、サイコキラー! 死んでしまえばそこまでだ!」
「そうだね。死んでいればね」
高笑いが凍りつく。
ベルナルドが沙希を見つけるのとほとんど同時に、沙希はAK47をフルオートでぶっ放した。
反動に暴れる銃の先で、素早くしゃがみ込んで頭を抱えるベルナルド。
風切り音が爆ぜ、アスファルトが穿たれ、衝撃波の生み出す不気味な風がベルナルドのシャツをなぶる。
発砲をやめた。
「あ?」
ベルナルドはうずくまった身体を少し起こした。
腕、足、そして全身をくまなく確かめる。
出血はない。怪我もない。
一発も当たっていなかった。
「は……はは! そうだろう! 俺を殺したらお前は、」
顔をあげたベルナルドの瞳に、
銃床を振り上げる沙希の姿が映り込んだ。
「死ねッ!」
「がッ!?」
ぼきり、と鈍い音ともにベルナルドの頭は強制的に伏せられる。
うつむいて震える男の口から、血と涎にまみれた奥歯が転がり落ちた。
その頭頂部に熱を持った銃口を押しつける。
「私、銃を撃つの苦手なんだよね。だから、当たる距離まで近づかないといけないんだ。これなら当たるかな」
ベルナルドの背中が震えた。
そっと。
「降参だ」
ベルナルドは両手を挙げる。
「命だけは助けてくれ……」
「あは。面白いねソレ。――絶対許さない」
引き金に力を込めた沙希を、
顔をあげたベルナルドが嘲弄した。
「お前にそんな権限があるのか?」
嘲り切った目、余裕に溢れた力の抜けた態度。殺されないという確信。
沙希の指が止まる。
誰でも警戒心を焚きつけられる洒脱な態度を見て――笑う。
銃口をベルナルドの鼻先に押しつけた。
「口先だけで他人を操れるつもり?」
ベルナルドの微笑が強張る。
目と目でにらみ合った。滲む汗が垂れるより早く、
「沙希、やめろ!」
駆けつけたライザが制止を叫ぶ。
顔を動かさなかった沙希のかわりにベルナルドが横を向いた。こめかみを銃口で小突く。
マンション団地を抜けた道路から、ライザが息を切らせて駆けつける。
「抵抗の意志がない人間を撃つのは『違法』だ」
「知るかボケ」
連なる土煙がベルナルドの肩をかすめた。
銃をライザに蹴飛ばされた。
駆け寄りざまに沙希の銃口を逸らしたライザが、沙希を突き飛ばして吐き捨てる。
「せめて見えないところでやってくれ! こっちまで『殺人』で逮捕されるのはごめんだ」
「さぁつじんんん??? こいつが何人死に追いやったか分かってるんですか?」
「司法権は人間性に関わらねえよ! それに、お前ひとりの怒りで済ませていいクズじゃないだろう……」
「アメリカのヒューマニズムは品がないな」
ぱんっと。
軽い銃声におびえたように、ライザの身体が震える。
一歩、二歩と後じさりする。力なく膝を突いた。
ぱんぱんぱんと連射される。
「っ、ベルナルド! ぅあ!?」
撃とうとした沙希の腕が弾かれた。撃たれた。
プロテクターは貫通しないものの、激痛に握力がほどける。引き金から右手が外れた。
「舐めるな!」
沙希は体をひねる。
ストラップで身体に巻き付けるように銃を跳ね上げた。引き金を左手で横合いから握り込んで、発砲。
「馬鹿が」
空へ飛んでいく銃弾を無視し、ベルナルドは沙希を蹴り倒す。沙希は尻もちをついてあっさりと転がされた。
ベルナルドはライザにさらに発砲しながらAK47を踏みつける。
沙希の額に拳銃を押しつける。
ごり、とアスファルトと銃に挟まれて沙希の頭蓋骨が鳴った。
ベルナルドは引きつったように笑う。
「八津沙希。お前だけは殺したかった」