彼女たちの誓い(1)
沙希を呼び出したのはロザリーだった。
射撃練習場で、ロザリーは銃を撃っている。
がぁん、がぁんと響き渡る銃声の合間に、背後の沙希へと声を放った。
「お前は他人を平気で殺せるクズか?」
沙希は口を尖らせて言い返す。
「私、殺しても平気なだけで、へーきで殺してるわけじゃない。殺したいなんて……殺すことが正しいなんて思ったことないよ」
理不尽はやってくるものだ。
理不尽に理屈は通じない。だから手段を選んでいられない。
殺しは結果だ。沙希はただ、抗っているだけで。
ロザリーはマガジンの入れ替えを練習したところで、拳銃を置く。沙希を振り返った。
「あたしも同じだ。正しいとは思わないけど。殺さずに済ませられるとも思えない」
無感情に言った。
「だから――こうして人を殺す訓練を積んでるんだ」
沙希はおぞましそうに後じさりする。
ドン引きした。
「えぇ……? わざわざ訓練してまで人を殺すの……?」
「お前が特別なんだよ」
なんの訓練もなく人を手をかけられる沙希に、ロザリーが歯を剥いて威嚇する。
沙希は苦笑して肩をすくめた。
「特別っていうか、個人差だと思うけどねえ」
泣きじゃくるアメリアの姿を思い浮かべて、沙希は首を傾ける。
「血を見たら倒れちゃうような人もいるでしょ。人の痛そうな話を聞くだけでも嫌がる人もいる。だから逆に、私みたいに人体を"壊して"も、まあ全然へいきだなぁーって人もいるんだよ」
「じゅうぶん異常じゃねぇか」
「いやいや。普通ふつー。みんな違ってみんないい」
沙希はへらっと両手を広げる。人類みな兄弟。血で血を洗う骨肉の兄弟争い。
嫌そうな顔をしてロザリーは吐き捨てる。
「お前、ここに来る前に誰かを傷つけたことはあるか?」
「うん、おかーさん殺した」
「それ以外」
「幼稚園にちょっと荒れてた。それ以降はたぶんないかな?」
「だろうな。お前、善人に擬態するタイプのマジでやべぇサイコパスだもんな」
「私は普通に善人だよ。ほんとほんと。あびし」
痛くないデコピンで黙らされた。
腕を落としてロザリーは目を伏せる。
「あたしは――あたしは、最悪な人間だったよ。暴力を驕って、暴力をする自分が正しいって思ってた」
「なにしてたの?」
「自警団ごっこだよ。あたしの生まれた村は……治安が悪かったんだ。そこでママや妹、弟たちから悪いことを遠ざけたくて、悪事に手を染めた連中を探してはボコボコにしてた」
沙希は目を丸くした。正義感溢れる熱血漢だ。
だがロザリーは深く悔いるように頑なに顔を伏せ続ける。
「あたしは、間違ったやつを殴っているだけだから、正しいことをしているんだって。暴力を正当化していたんだ。ほかの手段を選ばなかった自分の怠慢を言い訳してた」
だからだろうな、と自嘲して。
「集団ぐるみでハメられて、あやうくレイプされるところだった」
沙希は上げかけた声をかろうじて飲み込む。
目をぱちくりとさせて、黙って続きに耳を傾けた。
「あれだけ驕ってた暴力を、それ以上の暴力でねじ伏せられた。あのときは……怖かった。本当に怖かった」
まるで、流血する血のしずくを点々と垂らしてみせるかのように。
ロザリーはぽつぽつと言葉を落とし続けた。
「それまで何人でも殴ったりはっ倒したりしてたのに、たった二人に力づくで押さえ込まれて、ぜんぜん振り払えなかった」
沙希に話すというよりも、自分に向かって語りかけるように話す。
つらいはずの過去を思い出して、震える指を握り込んで。
「もう少し――あと少し、助けが遅かったら。あいつらにいいようになぶられていたら。……あたしはここに立てなかったと思う。誰のナニをぶち込まれずに済んだとしてもだ。そういう問題じゃなかったんだ」
悔し気で、悲し気で、寂し気に。
ロザリーは頑なに明かさなかった自分のことを、沙希に吐露した。
「いままでずっと誇ってきたことが、まるっきり勘違いだったって思い知らされた」
悪人を退治する正義のヒーローが。
実は悪人に見逃してもらっただけなんて、笑えない。
「今は、あたしがやってきた暴力の報いだと思ってるよ。あいつらが悪くないとは一切思わねーけど。今でもケツの穴に銃ねじこんで内側からアレを吹っ飛ばしてやりたい」
悪には悪を。
ただ、そこに悪意がなかっただけで。
沙希は呆気に取られてロザリーの顔をまじまじと見る。ジョシュアに砕けた態度を取る姿を思い出していた。
「そのわりに、男性を怖がってる感じはしない……よね?」
「まあ、あたしは何事もなく助けられたからな」
ロザリーは肩をすくめる。
「世の中にはいいやつも悪いやつもいる。それは知ってるつもりさ。弟も兄さまも、少なくとも女を無理やり手籠めにするような人じゃない」
ロザリーは拳銃を滑らせて、高く放り上げた。空中でつかんでくるりと回し、曲芸のように銃を構える。
「結局、あたしは暴力に向いた人間なんだ。ならせめて、それを活かしたい。PMSCが正義の味方だなんて思ってないけど、この会社には……ブレンデンみたいな人もいるからさ」
「ブレンデン? あのスナイパーの?」
沙希は目を丸くした。
エドワード・ブレンデン。つい今朝の特別任務に同伴したばかりだ。
なぜか、急に機嫌を損ねたようにロザリーは目を細める。
「なんでお前が知ってるんだ」
「たまたま縁があって……え? ロザリーってあのおじ様と知り合いなの?」
「おじ様とか言うな! 馴れ馴れしいな」
えー……と沙希は閉口する。言いがかりにもほどがある。
自覚はあるのか、ロザリーは誤魔化すように顔をそらして咳払い。
「まあ、それはいいんだ。とにかくこうして呼び出したのは……お前には言っておこうと思って」
「なに? 告白?」
「似たようなもんだ」
あっさりと受け流してロザリーは言う。
「殺されるのは怖くない。殴られるのもな。でも……ああいうことをされるのは……少し怖い」
ロザリーの表現は控えめで、だからこそ真に迫った嫌悪にひりついている。
伏せられた目は暗く、遠い。
「欲望を向けられると、敵とすら見られなくなるんだ。憎しみなんて忘れて身体を見る。憎まれるならまだ当然だって思えるけど、あれは……感情が明後日にねじれてて、気持ち悪い」
「ごめんね」
心から悲しそうな面持ちで沙希は謝った。
「ここはひとつ、えっちなことをして『なあんだ、セックスなんてこんなもんかあ』と理解させてあげれば怖くなくなるんだろうけど。私もよく知らないんだよね。せっかく頼ってくれたのに、ごめんね」
ロザリーはぼっと顔を赤くして仰け反った。
「そんなつもりで話したんじゃねーよバカ! その解決法はぶっ飛びすぎだろ!?」
「次善の策として、もし捕虜になりそうだったら殺してあげるね」
「無事に助けてくれんのが一番なんだよなぁ……!」
真顔でもたらされた提案を一蹴して、ロザリーはクククと笑いをこぼす。
彼女の頬からは緊張が解けていた。
「普通でいいよ。仲間を見捨てるのは、お前の流儀じゃないだろ」
流儀、という表現。
沙希の感じ方には共感しないながらも、沙希なりの価値観があることを認める言葉だ。
「……そうだね」
小さく笑った沙希は、拳を掲げる。
「ちゃんとした特殊部隊ならさ。『この特別なミッションは死んでも達成しよう』とか誓うんだろうけど」
笑顔のまま、沙希は宣言する。
「無事に生き延びようね」
「……おう。もちろんだ」
二人は拳を軽く打ち合わせた。




