歩機規格(3)
阿鼻叫喚が吹き荒れた。もうもうと立ち込める土煙が視界を埋め尽くす。
出会いがしらの一撃で半壊した廃村に、グロリアはブーストを噴かして飛び込んでいく。
「よぉいしょ!」
梁の残った残骸を蹴飛ばすように轢いた。
遮蔽を蹴散らしながら、グロリアの腕はショットガンを構えて花火のようなマズルフラッシュを焚く。路上に積み上げたプラフレームが粉砕された。
機敏な子どもが突撃銃を握ってがむしゃらに振り回した。まるで海上戦で対空砲火が吹き上がるように、全方位でAKが暴れ狂う。
それを統合情報表示のマップ上に眺めて沙希は呆れた。
「すごい数。何人いるの?」
『122人だ』ブレンデンからの通信『RPGを担いでいない子どもは無視しろ。AKの弾は装甲を貫通しない。まずは左手、赤い屋根の向こうにあるトラックだ』
沙希は声に従って赤い屋根の陰に止まっているトラックにショットガンを向け、撃発。
プラフレームを満載したトラックが爆発する。トラックに身を隠した子どもたちを巻き込んで。
「それ逃げろー! 私には束でかかっても勝てないぞー!」
ラフすぎる降伏勧告も、小さな兵士は聞いているかどうか定かではない。
勇敢な子どもの投げた手榴弾は装甲で跳ね返り、子どもたちの真ん中で炸裂した。沙希は目もくれない。
『倉庫のなかだ。念入りに壊せ』
ブレンデンの指示を受けて、沙希は倉庫の天井をべりべりと剥がして白日の下にさらす。
パーツの種類ごとに分かれたプラフレームの山が無数にできている。沙希はショットガンで丁寧にひとつずつ砕いていった。
律儀な少年が、守るようにプラフレームに覆いかぶさる。その小さな体を貫通して沙希の砲弾がプラスチックを叩き割った。
はぁ、と沙希は苛立たし気にため息を吐く。
「さすがに気分良くないな―これ。この子どもたち全員、まともに教育受けてないんだよね……なんで逃げてくんないのかなー」
片手間に操縦桿を引いて、ペダルを踏んで、狙いを定めてトリガーを絞る。動作一つひとつに巻き込まれて誰かが死ぬ。
戦争ですらなかった。
虐殺だ。
人を殺すための訓練を積み、テロの準備に加担する子どもたち。
学はなく、金もなく、不安定な国には職もない。将来の保証がなにもない子どもたち。
彼らを、沙希は殺して殺して殺しまくった。
装甲面に火花が散る。
振り返ったグロリアの前で、ひょろ長いヒヨコのようなウォーキーボックスがAKを焚いていた。
一機ではない。
いつの間に組み立てたのか、三機、四機、続々とウォーキーボックスが群がっていく。
「えぇ? どこにこんな数……あっ!?」
集まってくるWBの列を目でたどって声をあげた。
斜面に隠れるような民家で、組み立てられるWBが見える。
板を組み合わせてボディを形成、股関節ユニットをボディ部の穴にパチリというまでしっかり挿入。
マジックハンドのようなトリガー機構をAKに取り付けた後、筋彫りに沿ってAKをはめる。蹴り足に同期するモーターをコの字パーツで装着すれば出来上がりだ。
「なんてお手軽簡単スナップフィット!」
ショットガンの近距離射撃でWBは粉々に壊れて吹き飛ぶ。放り出された子どもが操縦席から転落して全身を打った。
だが、いつの間にか沙希の前は列をなした白いWBで埋め尽くされている。
お立ち台のような操縦室に立つ子どもたちの、ぎらぎらと黒く燃える小さな瞳が沙希のグロリアを射貫いている。
WBの真の恐ろしさは数ではなかった。
簡易さだ。
子どもが三人一組で十分かければ組み立てられる。準備したプラパーツを集積しておけばどこでも基地になる。
「周到すぎてムカつく! 誰だよこれ考えたやつ!」
グロリアの正面装甲が跳弾の合奏に悲鳴を上げる。集弾効果と金属疲労で複合装甲が軋み始めた。
沙希はショットガンを三連射してWBを一掃する。だが空いた空間に、倍する数が詰めかけてくる。
「多すぎィ! んおっ!?」
アラートが叫ぶ。
跳び退った眼前を、白煙を引いてロケット弾頭が飛び去った。山に突き刺さって爆発する。
「こっわ! え? なに!?」
『山の斜面だ! 正面!』
RPGを担いだWBの少年が、仲間に怒声を上げて次の弾を要求している。
沙希は素早くショットガンを構えて引き金を引いた。散弾の粒に打ち砕かれてWBは崩れ散る。
組み立て工場と化した民家にも一撃を叩き込み、壁が破れて崩落していく。部品と子供が潰れていく。
背後からも銃声。
別の場所で組み立てたらしいWBが顔を出して、沙希にAKを撃ちまくっていた。
沙希の頬を冷や汗が伝う。
「これ、真面目にヤバいかも……?」
どーん、と地面を貫いて爆発音が重たく響いた。
『踏ん張れ。こちらも盆地を監視する標的をひとつ排除した』
見上げてみれば、マザーマンタは魚がウンコを撒くように黒い粒を掃き出している。落下地点を十センチ単位で絞り込めるスマート爆弾だ。沙希を囮に精緻を極める爆撃が敵を追い詰める。
「くっそー、こっちも舐めてられないな!」
沙希は操縦桿のセレクターを親指で回す。ハンドショットガンを捨て、背部ラックからアサルトライフルを取った。
掃射。まるでワイパーでフロントガラスの雨粒をぬぐうように、押し寄せるWBが斃れていく。血が、ちぎれた手指が、燃えた肌が乾いた大地を浸していく。
「ミスター、次はどこ――」
振り返った沙希の機体の眼前で、火焔が咲いた。