殺意の爪痕(1)
ぱちぱちと機体表面で火花が散る。
包囲のど真ん中に乱入した沙希のFHを、狼狽した民兵が銃撃している。
「む。抵抗してくんのか」
たとえ関節部でも、アサルトライフルの口径ではグロリアの装甲は貫かれない。
サポートAIが素早くマーカーをつけていく。
幹の陰に半身を隠し、アサルトライフルを構えて撃ちまくる短髪の青年。浅黒い顔を恐怖に引きつらせている。
沙希は指で操縦桿を繰る。
グロリアは一歩大きく踏み込んで、男の隠れる幹を蹴り砕いた。
全身に木片が突き刺ささりながら、男は放り投げたマリオネットのように転がる。転がる勢いで両手両足が奇怪にねじ曲がっていく。
「戦闘明けで装甲がやばい。RPGを撃ち込まれたくないなー」
沙希は男の死骸を一瞥もしない。
操縦装置に入力を送る。
ぐるりと見まわした森にレーダー波を照射。
木々や枝葉、土ぼこりのノイズで乱れに乱れた反射波をサポートAIがクリンナップする。
うろたえるニ十人あまりのシルエットが沙希の視界にオーバーラップされた。
RPGを構える男を赤くマーク。
「させるか」
沙希の指は素早く動いた。
FHさえ粉砕する散弾銃を人間に向け、一瞬の迷いもなくトリガーを絞る。
どぼっと吐き出された、ライフル弾より太い散弾。
無数に飛来するそれが男の肉体を打つ。
高速すぎる散弾は触れたそばから男の肉体を引き裂いた。ばらばらに千切れ飛ぶ四肢や腹部を、タンデムに連なる化学弾頭のジェット噴流が炙って炭に変えていく。
余波を食らって、三人の敵兵が燃えながら吹き飛ばされた。
「よしオッケ。にしても勇敢だなぁ……っと!」
結果を淡々と見て、沙希はコックピットで跳ねるように操縦する。
別方向。手榴弾を構える男に向かって跳躍し、眼前に着地して土を蹴る。
土砂に撥ねられて、男の腕は直角までへし折られた。押し流されて木に激突し、頭蓋骨を潰す。こぼれ落ちた手榴弾が土の中で弾けた。
また、別の方向。
下がりながらアサルトライフルを撃ち続ける民兵。
蟻のように踏んで胸から下を潰す。
「そぉい!」
ブースターを強く吹かし、踊るように蛇行。
吸気に舞い上げられた民兵がグロリアの装甲に頭を打って首を折る。
ブースターから吐き出されたジェット気流に巻かれて民兵が燃える。
「そいそいそい!」
子どもが地団駄で積み木の街を踏み荒らすように。
沙希はグロリアの巨躯を跳ね回らせて民兵を文字通りに蹴散らしていく。
内臓片が糸を引く足を振り回し、銃声と断末魔と骨肉の砕ける阿鼻叫喚を渡り歩く。
「ほうれ、逃げろ逃げろ! 帰って寝ろ! ……逃げないなぁ?」
沙希は首を傾げながら操縦を続ける。
地上部隊の包囲網はほぼ瓦解した。
充分な武器がないからとはいえ、残虐極まりない殺戮を繰り広げたのだ。もはや民兵の注意はすべてPMSCから剥がれている。
「ヴォーリャの支援がないなら、こいつらに勝ち目ないでしょ。なにやってんの?」
バンダナをスカーフに巻いた青年が、怒りに吠え猛って飛び出してきた。
RPGを肩に構え、真正面から沙希に向かって狙いをつける。
「そんな自暴自棄を食らってやれるか!」
ブーストを噴いて飛ぶ。
飛翔するグロリアのつま先に蹴っ飛ばされ、彼は上半身と下半身がプラプラと折り重なって転がった。
しかし。
散った血肉の飛沫を見ても震えるばかりで、敵は一向に逃げ出さない。
「んー? ……お。なるほど!」
首を傾げていた沙希は大きくうなずいた。
サポートAIが無数のレーダー結果を統合集積する表示面。そこにカメラを持った男が見えた。
「民兵を虐殺する米軍側のスキャンダルを撮ろうってわけね! そりゃ、部下に逃げるなと命令するわけだわ」
沙希は視線入力で解析メニューを呼び出す。
条件付けを変更、生体走査のレベルを最大に。パターンコード盗撮嫌よ。
沙希のファイバーグラスに表示されるマーカーが塗り替えられる。
カメラマンは一人ではない。三人とドローンカメラがふたつ。
民兵に銃を向けて踏みとどまるよう命令する指揮官が一人。怒鳴るだけでなく、負傷者に薬物を打ったうえで爆弾を巻いて人間地雷に仕立てている。
その光景に沙希は目をすがめた。
「やることやってるなぁ。よォし……皆殺しだ」
スロットルを開ける。
加速は数歩。
石が水面を跳ねるような動きで小刻みに機動を整え、森を縫って沙希はカメラマンの男を踏む。
慣性に任せ、踏みしめて丁寧にすり潰す。
「悪い子はいねがぁ!?」
方向転換し、望遠レンズを構える男めがけて散弾を撃った。
対FHの有効射程より遠くとも、弾が届かないわけではない。散弾の一つが男の上半身を半分にする。
最後の男が大慌てでスマホを操作しようとしているのを見て、沙希はブーストの出力をさらに上げる。水平に低い跳躍。
「まそっぷ!」
グロリアの足が若い木を蹴り砕く。
折れた木がボーリングのピンのように転がってカメラマンを撥ね飛ばした。
沙希はしっかりとカメラごと踏み潰す。タバコをもみ消すように踏みにじる。
「中継してたら通信監視してるアメリアが気づく。録画してアップなら、止めれば大丈夫だよね」
蚊を落とすようにドローンを破壊し、米軍スキャンダルを阻止した沙希は笑顔を浮かべた。操縦桿を引いて方向転換する。
サポートAIが指揮官を目ざとく見つけ出した。
逃げていくマーカーが大写しされる。
「おっけ、おっけ。逃がしちゃダメだよね」
沙希は滑らかに操縦桿とペダルを操った。
グロリアは指揮官の前に回り込み、腰砕けになる男をマニピュレータで捕まえる。
ゆるく握った腕を高く掲げ、震える男を見上げる。中年、ヒゲ、白人。日焼けと泥で肌の色を隠そうとしている。
黄色い液体がマニピュレータの表面を流れ落ちていった。
「捕虜にするべきなんだろうけど――ふつうの青年を死ぬまで戦わせておいて、お前だけ生き残るって理屈に合わないよね?」
沙希はもう周囲の民兵に目もくれない。突撃銃の弾丸はFHを貫通しない。
顔を蒼白にする指揮官を見上げる。
「知ってる? マニピュレータの指関節がどんな構造になっているのか」
じわじわと指の角度を少しずつ曲げて、指揮官を握りしめていく。
彼は目を剥いて悲鳴を上げた。
握り潰されているわけではない。
関節機構に手足の皮や肉が巻き込まれている。
さながら歯車に腕を挟まれるように。
「このままお肉を削いでから本部にお届けしようかと思っているよ」
皮膚が裂けて血が溢れる。挟まれた肉がプツプツと潰れていく。
悲鳴を上げて震える指揮官。恐怖と痛みで自律神経がおかしくなったのか、もがき狂いながら膀胱の中身を放出しつくした。茶色い塊がズボンの裾から零れ落ちる。
「さぁ……少しずつ、少ぉしずつ、締まっていくよ」
沙希はいささかも気を動かさず、ただ精密な機械のようにグロリアを操った。
操縦桿のトリガーを操る指が少しずつ深く曲がっていき、グロリアのマニピュレータも忠実に従っていく。
暴れる指揮官の動きは、
――まるで手に握られたバッタのようで。
『沙希っ!』
ジゼルがブースターを噴かして跳んできた。ヴォーリャ部隊との戦闘を終えたらしい。
着地したジゼルが息を呑む。
森は雨上がりのように血で濡れて、肉片や内臓が散らばり、生き残った民兵たちは仲間を破壊されたショックで怯えている。
殺戮が通った軌跡に沿って、死屍累々の残虐な血路ができあがっていた。
「んあ、おかえりー」
その道の終点に屹立する、グロリア。
沙希は、いつもと変わらない朗らかさでジゼルに応じた。
機体を血染めに濡らしたままで。手に恐懼する捕虜を握ったままで。
ジゼルは無理やりに声を絞り出す。
『……乱暴はそこまで。はやく連行しよう』
「残りは、殲滅しなくて平気?」
沙希は周囲でうずくまる民兵を見回しながら言った。
沙希機が身じろぎするたびに、静かな恐怖が敏感に駆け巡っていく。
ジゼルは声を絞り出す。
『……大丈夫だよ。彼らはきっと、もう二度と銃を握れないから。……あと、捕虜を痛めつけるのも禁止』
「えぇ~? 痛めつけてなんかないよぉー。ただちょぉっと強引に確保しただけだって」
冗談だと示すように声にシナを作って、沙希は笑う。
沙希は、笑った。
グロリアの手に指揮官の男を握ったまま。
『沙希……』
出しかけた声が途切れる。
ジゼルは震える息を、そっと飲み込んだ。