ファースト・ミッション(1)
スクリーンの向こうに広がる暗闇は四角い。
狭苦しいコックピットの中で、沙希は黙ってスクリーンをにらみ続けていた。
森の匂いも、土煙も、外界から隔絶されたコックピットには片鱗さえ伝わらない。
エンジンがどるんどるん震えて、コンテナトラックの巨大なタイヤが土をかむ。
実戦とはいえ、沙希たちの持つ戦術的価値は相応だ。装甲コンテナに移し替えられただけで、沙希たちは相変わらずトラックで現場まで搬送されていた。
ひときわ大きなエキゾーストを吹いてトラックが停車する。
コンテナが開き始め沙希は肩を強張らせた。
――もし敵がいる場合、乗り降りする無防備な瞬間が狙われる。
ハッチが開いたのは、木々に隠された森の真ん中だ。
「よし。行きます」
沙希は操縦桿を引き、ペダルを踏み込んでコンテナから滑り降りる。土を踏み締めた二足が、FHの重量を地表に乗せた。
素早く首を左右に振る。沙希はきょとんとして肩の力を抜いた。
「……特に攻撃されないね?」
『おらどけ、邪魔だ』
いつも通りなロザリーの罵倒。
脇に退き、続くメンバーが降車する間にも異状はない。
兵員輸送の装甲車が減速して沙希の前に止まった。
いち早く下りてきた歴戦という渋みあふれるイケメンベテランが、沙希の機体を見上げて茶目っ気のある敬礼をする。
「ではユニット・エコー。よろしく頼む」
「らじゃ」
沙希は機体の片手を挙げさせて合図を返した。
隊長は変な顔をして反応が悪い。
『沙希、あんまり声で返事しないで』アメリアの声。『私たち未成年ってことを隠して従事するんだから、声に凄い加工かかっているの。たくさんしゃべると不審に思われるわ』
「アーハン、なるほど?」
欠片も分かっていなさそうな声でうなずく。
『それじゃ、さっさと片付けようぜ』
ロザリーの声を受けて四人はゆっくりと進軍を始めた。
沙希は顔をあげ、森の向こうに広がる山を見る。
稜線の際を暗く浮き彫りにする東欧の乾いた青空は、アドリア海に染め上げられて鮮やかな紺碧に透き通っていた。
(――?)
沙希はFHの足を止める。
ジゼルが振り返って声をかけた。
『どうしたの沙希』
「ん……ぁーああ、ごめん。なんか気になっちゃって」
沙希は苦笑してペダルを踏んだ。機体が再び足を上げて歩き出す。
まさか、そんなことあるはずがない。気のせいに決まっている。
そう口の中でつぶやきながら。
沙希の視力は特別にいいわけではないし、そもそも映像には解像限界がある。だから、あり得るはずがない。
観測手のスコープが見えた気がした、など。
廃村はいかにも廃村らしく静謐に沈んでいた。
壊れた家や荒れた土倉など、いかにも無人の廃墟でござい、というわざとらしさが透けて見える。
そのくせ家の門周りはしっかりと補強されていて、壁材の隙間から見える床は抜けひとつない。
監視衛星を標的とした偽装であるとひと目で知れた。
「こりゃあ……だいぶ本格的に敵の拠点だね……」
『そうは言っても、今は誰もいないみたいね。物音ひとつしないわ』
アメリアは兵装として備える集音マイクで解析をかけている。
『っし。さっさと掛かろう。いないならいないで、更地にした方がいい』
ロザリーが気合いを一息。
背部スラスターが吸気する音を高めつつ、ちらりとアメリアを窺う。
アメリアは求めに気づき、コホンと喉を整える。
『それじゃ――総員、作戦開始!』
『了解ッ!』
応答と同時。
ロザリー機のメインブースターが青白い火を噴いて、高々と跳躍する。
偏向ノズルで跳躍の向きを変えて乱暴極まる蹴りが廃村で最も大きい家を粉砕した。
アメリアはため息を吐く。
『地雷とかあったらどうするの、まったく』
「分析した限りじゃないんでしょ?」
『そうだけれども』
アメリアの返事を笑って、沙希はジゼルに合図を送る。
ツーマンセルのバディとして沙希はジゼルと組んでいた。アメリアはロザリーだ。
「ほいじゃー行きませ、う……」
進みかけた沙希は。
突然機体の向きを変えた。
背後を振り仰いで銃が火を噴く。曳光弾の描く火線が空をかき回す。
『ちょ、沙希! 勝手に撃つなんて』
アメリアの叱責が止まったのは、見てしまったからだ。
沙希がばらまく火線をすり抜けて翔る、白い噴煙。
RPGの軌跡は一直線に、兵員輸送の装甲車に吸い込まれていく。
破裂。
爆発が膨らみ、装甲車はぴょこんと跳ねて炎と黒い煙に飲み込まれた。ガソリンの燃える黒煙がグロテスクに吹き上がる。
直線はもう一本。沙希たちに触れもしない対角線。
宙に残る一発目の軌跡と交差を描くように角度を変えてトレーラーに飛び込み、爆発。横転させた。
「待ち伏せだ!!」
沙希の叫びは遅すぎた。沙希はアメリアを振り返って、硬直する彼女に声をぶつける。
「アメリア、地上部隊を逃がして! ロザリー戻ってこーい!」
『ふん。敵がいるのは分かってただろ。こっちは最新鋭機なんだ、負けるもんか……』
ロザリーが腰部ラックから銃を抜いて構えると同時に。
森の周囲からどろどろと低い音が唸り始めた。
村の周囲、森林に屈むように潜んでいたらしいヴォーリャが、対レーダーの防護シートを脱ぎ捨てて次々と起動する。
アメリア機と連携したレーダー表示に反応が現れて、敵が立ち上がっていく。一機、二機、三機……続々と。
ロザリーは声を強張らせた。
『……オイ。四機って話だったろ。多くないか?』
村をまるっと包囲するように立ち現れた反応は、
十機を数えていた。