プリ・ブリーフィング(4)
格納庫に様子を見に来た沙希を見つけ、整備班長を務める白髪の老婆ムチコ・サルバートルは分厚い手袋に覆われた手を掲げた。
「いよいよ実戦だそうじゃないか。ええ沙希? 銃はちゃんと撃てるのかい?」
沙希の肩を叩いて豪放磊落に笑う。
痛みにうめいた沙希は引きつった愛想笑いでムチコを見上げた。
「撃てますよ。っていうか、FCSがだいたいやってくれるので、私はボタンを押すだけですもん。そりゃ撃てますよ」
「ほう? 頼もしいじゃないか。将来はグリーンベレーかデルタフォースかい?」
「いやいや、私アメリカ人じゃないですから。日本のSATなら考えますけど……あれ? もしかして特殊警察も公務員試験に受かんないとダメ?」
その気が全くない将来設計に首を傾げる沙希に、ムチコは指を立てて左右に振る。
「対FH戦闘の基本は知ってるかい? あんたのグロリアは、連中のポンコツなヴォーリャと違ってハイエンドなレーダーもハイテクなミサイルも持っている。お行儀よく銃撃戦なんてしちゃあいけない。戦う最適解はひとつさ」
ムチコは拳で虚空を打つ。
「見つかる前にぶん殴れ」
沙希はうなずこうとして、老いた女傑を見上げた。
「でも、これから向かうのは込み入った山の中なんですよ。山肌でレーダー波がバリバリ反響して探知しにくいらしいです。そういうときは?」
今度は虚空をボディブロー。
「見られないようにぶっ殺せ」
そんなものかもしれない、と沙希はうなずく。
そして思い出したように顔をあげた。
「対FH戦闘はいいんですけど、対人兵器はどうなってますか?」
「対人兵器?」
ムチコが片眉を上げて顔を覗き込む。
沙希は巨大なFHを見上げた。
「なんでも、生身の兵士が出てくるかもしれないって。RPGとか飛んでくるんですよね。どうやって対応するのかなって。榴弾片を撒くグレネードとかありますか?」
「……バカ言うんじゃないよ。そんなつまらない武器を積むスペースはないね」
「そうなんですか? それじゃあ、どうやって対処しようかな……」
声の低くなったムチコの様子に気づくことなく、沙希は素直に考え込む。
ふんと鼻息も荒く笑い飛ばして、ムチコは渋面で吐き捨てた。
「いらないよ。前衛で大人たちがついていくんだろう。なら、敵の相手はそっちの仕事だ。あんたたちはヴォーリャと防御陣地を無力化することだけ考えな」
「ま、一応そういうことになってるらしいですけどね」
ブリーフィングでそのあたりのことにも触れた。
人間を殺す訓練が足りていない沙希たちでは、PTSDを発症する恐れがある。だから戦う相手は無機物だけでいいし、目標を達したら速やかに離脱することが厳命されている。
敵を殺す役目は、同行する地上部隊ということだ。
人道倫理の大幅値下げだった。
「まあ、そうそううまくは行かないだろうけどね」
沙希は確信に近い声音でつぶやく。
戦場というのは、常に予定通りにいかないものだ。金曜ロードショーで偉い軍人が言っていた。
沙希は細く長くため息を吐く。
………………
現代の戦場は非対称戦闘だ。
つまり、こっちはすごい装備を整えて、相手は粗末な装備で応じてくる、という状況だ。
だから相手の最も強力な武器は、兵器ではない。
他方が必死に守っている人道とか倫理とか、そういうやつだ。
そいつを盾に取られると、敵が持ってくる前時代的な殺人兵器にうまく対処できず、最新鋭の装備で固めたハイテク兵士に死者が出る。
敵の戦力を丸ごと十回は焦土にできる戦力があっても、民間人の間に逃げ込まれては撃ち込めない。撃たれなければ怖くない。怖くなければ屈する理由が生まれない。
結局、巨大な戦力は「詰まって」しまって、ちょぼちょぼと細い戦力を逐次投入する羽目になる。局地的には互角以下の戦いを強いられる。
構図としては、強力な機関銃と大砲を手に入れた一次大戦と同じだ。
機銃はミサイルに。塹壕は市街地に。
慎重に地下を掘り進めて、敵とかち合うのを待つ神経を削る戦争になる。
だが。
塹壕を踏み潰す戦車が。塹壕を飛び越える戦闘機が。
戦場を地上に引き戻したのと同じように。
市街地を自在に跳び回るFHは、戦場を再び地上世界に引きずり出してくれるのだろうか。
それとも、「高性能なシャベル」に過ぎないのだろうか。
その答えを、世界はまだ持っていない。




