プリ・ブリーフィング(3)
「二人とも、昼食は済んだかしら?」
グロリアを収めるハンガーの二階に設けられた簡易な会議室。
アメリアは、先に沙希とジゼルが集まっているのを見つけて笑いかけた。
「もちろん! すげーいっぱい食べたよ」
「うん。もうはちきれそう」
笑顔で応じる二人は昼食中の会話をおくびにも出さない。
アメリアは気づかず、嬉しそうに笑う。
「それはよかったわ。ブリーフィング中に寝ちゃわないようにね」
やがてロザリーも入ってきて、四人が集合してから間を置かず。
会議室の扉がノックされる。
扉を開けてジョシュアが顔を見せた。
「ハイ、レディたち。お仕事の時間だ」
「今度はどこをぶっ壊せばいいんだ?」
ロザリーのひねくれた声に、ジョシュアは穏やかな笑みで応じる。
「まあ聞いてほしい。今回は記念すべきファースト・ミッションだ」
ジョシュアは部屋を横断し、窓のスイッチを入れてブラインドを下げた。遮光されて薄暗くなった部屋でロザリーは顔をしかめる。
「ああ? もう何度も出撃してるだろ……ん? ……オイオイ、まさか」
顔色を変えて背筋を伸ばした。
アメリアもまた息を呑み、ジゼルも顔をあげる。
ジョシュアは仮面のような微笑で、口を開く。
「"無人と認められた廃村"を襲撃する」
-§-
プロジェクターに航空写真が写される。
山麓にほど近い、緩やかな尾根を閉ざす森の中。森林地帯の廃村は建物が崩れ、放置されて久しい納屋がバラバラに壊れている。
だが、森の中だというのに、地面には土の色が現れていた。人に踏み固められている証拠だ。
レーザーポインタが廃村の建物をなぞっていく。
「目される敵勢力は、この廃村を実践的な教練施設に使っているようだ。建物に攻め込み、捕虜を取るための訓練をしている。おそらくNGO人員をさらって身代金を取る計画だろうね。こんな施設はとっとと取り壊すに限る。そうだろう?」
それぞれのやり方で静かな同意。
ロザリーは真剣な面持ちで顔をあげる。
「敵勢力は?」
「ヴォーリャが四機確認されている。うち二機は教練に使われているようで、武器に弾がない可能性がある。実弾は高価いからね」
そうなの? と沙希は隣のアメリアを向く。
「なんか実弾を軽率に撃ちまくる印象だったよ。映画の話だけど」
「そんなわけないでしょ。確かに弾薬が通貨代わりに使われるくらい扱いは雑だけど、通貨と同じくらいには貴重よ」
説明を聞き終えた沙希は、ほーんとうなずく。挙手をしてジョシュアに尋ねた。
「ヴォーリャってなんですか?」
「ロシア製のFHだ。単純さがそのまま堅牢さにつながったタイプの旧い名機だよ。海賊版が世界各地で作られ始めている。FH版のAKみたいなものだと思ってくれていい」
AK47、カラシニコフ。
世界中で、抑圧される少数派に紛争という選択肢を可能にせしめた、安価で優秀な個人兵器だ。それと同じような安価強力なFHがすでにこの世に存在している。沙希は辟易して唇を曲げた。
ジゼルが顔を傾げる。
「敵のFHは四機しかいないの?」
「確認されたぶんだけだ。その通りかどうか分からない。油断しないこと」
訓練機も通常と同じ脅威度と思って臨むこと、と釘を刺す。
沙希たちは主戦力ではなかった。
四人はあくまでも露払いだ。前衛として地上兵士が制圧を担う。
機関銃陣地や地雷などの除去や、ヴォーリャを地上部隊が対FHミサイルで排除するまでの陽動が主な任務になる。
作戦手順や支援状況を念入りに解説したうえで質問と確認を丁寧に繰り返す。たっぷりと時間をかけて作戦イメージを共有して詰めていく。
四人は慣れないオペレータであるうえ、それぞれ文化圏も違う。念には念を入れて疑問を解消する必要があった。
ブリーフィングの終わり際に、
「念のため重ねて伝えておく」
ジョシュアが真剣な表情を作って両手を机に乗せた。
「敵はヴォーリャだけじゃない。対歩兵戦闘があると考えてくれ」
首を傾げる沙希とは裏腹に、アメリアとジゼルは顔色を変えた。
ジョシュアはおおらかに頷いて作戦の説明を加える。
「武器を持った生身の人間が襲ってくる。積極的に排除しなければならない目標として。つまり」
息を呑むロザリーに。
沈鬱に顔をうつむけるアメリアに。
三人を気にかけるジゼルに。
ようやく状況を理解した沙希に。
それぞれ、ジョシュアは視線を向ける。
「人を殺す必要がある」
空気の振動にすぎない声が、どん、と重たく場にのしかかる。
身を守るためではない、明確な害意を持っての、殺人。
その意味を。
はぁーと息を吐いた沙希は細長い声を漏らした。
「……私、戦場に来たんだねぇ……」