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8 強欲のブラッディワイン

『さあ、待ちに待ったこの時間がやってまいりました! 楽しみにしてた方こんにちは! 楽しみにしてなかった方ごめんなさい! いつもの番組をジャックして、今日この時間は特別番組【飯テロリストのグルメキッチン!】を放送しちゃうよ!』


 軽薄そうな若者が煙の中から飛び出して、周囲にいる観客にぺこりとおじぎをした。極上の笑みを浮かべており、周りに向かってぶんぶんと手を振っている。彼が立っている不思議な舞台──実はこれも彼の魔人としての実力で作られたものだ──からは光と音楽が溢れ出て、その場にいる全員に大いなる何かの予兆を感じさせた。


 魔人の彼──シルクスはそのことに満足したのか、いたずらっぽい笑みを浮かべながらぱちりとウィンクしてくる。


『ヘイヘイヘイ! 悲しいことに今日は最終回! 楽しいミニミのフルコースも今宵でお終いだ! 次回があるのかこのまま何もかも終わるのか、はたまた俺が次の食材として最後に仕留められちゃうのか、俺ってばそれだけが心配ですんごく心臓ドキドキしているぜ! それじゃさっそくだけどシェフと審査員、まとめてカモン!』


 シルクスがぱちりと指を鳴らすと、舞台からミルクのように濃い煙が吹き上がる。舞台中央に筋骨隆々な大きく黒い影がぬうっと現れた。


『美食のためなら東へ西へ! ロースを寄越せと天龍狩って、刺身にさせろと海龍捌いて、丸焼きしようと地龍を屠った! そんな最強料理人! 誰が呼んだか飯テロリスト! マジでこいつなんで料理人なんてやってるんだろうね!? 【最強の飯テロリスト】……ギルガ・オルガ!』


「……どうも」


 最恐の飯テロリスト、かの有名なオーガのギルガ・オルガである。全身をコック装備で固めた彼は今日も気合十分で、その全身からは一流の飯テロリストだけが発することできる、殺意のそれにも似たオーラを放っていた。


『最後くらい、真面目に審査員の説明もやっちゃうよ! ここで人気が出たら次の仕事がもらえるかもしれないしね!』


 シルクスが笑う。彼は心底愉快そうにパチリとウィンクし、夢幻の夜棺、獣神爪撃波、サイクロプス・アイズ・レイ、漆黒の邪血鎌、ゴブリンヘルハウリングといった全力で行われた一切の容赦のない連携攻撃を投げキッスでかき消した。


『あっれー!? ちゃんと仕事しようってのにガチ過ぎるこの仕打ち! しかもみんなの力を合わせた全力の……うぉぉぉぁっ!?』


 空気が震える。ぞくりとその場のいた全ての者の背筋が震えた。


 それはあのチャラチャラした魔人とて例外ではない。いつになく焦った表情──否、今まで見せたことのない真剣な表情で額に冷や汗を流し、顔に張り付いていた余裕を一切捨てて瞳の奥で炎を燃やしていた。


 彼はいっそ恐ろしいほどの素早さと正確さで、空中に自らの血を使って魔法陣を描く。描かれた魔法陣は一瞬輝き、やがてその体へと馴染んでいった。


「ちょっと待てこれシャレにならないだろうがッ!」


 シルクスの髪は一時的に伸び、体からは蒼とも金色とも黒ともいえるオーラが漏れ出ている。冷たい蒼い炎をその瞳に宿しながら、初めてシルクスは本気の声を上げた。


 その直後。


 天空から、神の一撃とでも形容すべき強烈な衝撃がシルクスを襲った。


 なんのことはない。史上最強の飯テロリスト、ギルガ・オルガによる大包丁での攻撃である。


「……ふむん。やはりこうも簡単に我輩の一撃を受け止められるのはお主しかいないのである」


『ヘイヘイヘイ! 冗談も大概にしておいてほしいぜ! 奥の手の魔神覚醒まで使わないと防げない一撃ってどういうことかな!? 俺ってば文字通り命の危機を感じているんだけど!?』


「……ちょっとしたジョークなのである。最後ゆえ、我輩も遊んでみたかったのである。それにいいではないか。ほら、どうせ頬にちょっと切り傷が入った程度である。我輩だって同じだけの傷を負っているのである」


『魔神覚醒した俺に傷を与えたばかりか、そんな俺の反撃でもそれしか傷を与えられないってのが十分に異常なんだけどね! ……あっ! 自分たちの全力攻撃が前座にしかなっていなかった審査員たちの悔しさがマジデリシャス! いやぁ、本気で通用すると思っていたのかな!? すごく滑稽でこれがまたなんとも食欲をそそる感じだね!』


 念のため補足しておこう。シルクスたち魔人は、人の恨みつらみや絶望、嫉妬や怒り、その他負の感情を生きる糧とする。普通の食糧だけでも生きていけないことはないのだが、彼らにとってそれらは嗜好品とくくるにはあまりにも大きな存在であるため、こうしてちょくちょく【つまみ食い】、もとい嗜んでいるのだ。


『それじゃ気を取り直して紹介しちゃうよ! 甘いの大好きお子様吸血鬼プリンセス! 今日もその笑顔がまぶしいぞ! リルララ・キャンピィティーク! 胃袋でっかい心もでっかい! 頼りになる大きなおじーちゃん! サイクロプスのグードロード! クール・ビューティ・エレガント! そんなステキなおねえさま! サキュバスのキャロル・エレンシア! この血が滾るッ! 爪牙閃くッ! 獣人代表、ワーウルフのガラッシュ! なんだかんだで振り返って見ればいいやつだったかもね! 特にコメント思いつかねえ! ゴブリンのデ・ガ・ゴベル!』


 直後にシルクスは恍惚の表情を浮かべた。たぶん、すごくおいしい悪感情を楽しめたのだろう。上等の酒を飲んだかのようにうっとりとしている。魔人みんながこんな性格ではない……と信じたい。


『とうとう今日は最終回! ぶっ続けの収録もこれでお終いだ! 果たして俺は収録後の打ち上げにお呼ばれされるのか!? 無事にこのスタジオから出ることが出来るのか!? 衝撃のラストを見逃すな! ……なーんでちゃんと真面目に紹介したのにこんなに美味な憎悪が向けられているんだろう!? 意味わからないぜ!』


「真面目にやられるのもそれはそれで腹が立つのよね。それにさっきの全力で仕留められなかったのにもイラッと来たわ」


「最後だからって媚を売ってる感じがするよね、うん。……一応、私の生涯の中で最高の一撃だったのだが。今後修練を積まねばな」


『最後になりますが今日も司会は私、魔人のシルクスでお送りします!』


「……それでは、今日のメニューを紹介させてもらおう」


 ギルガはペラペラまくしたてるシルクスを遮り、黙々と準備に入った。さすがのシルクスとはいえ、料理準備中の飯テロリストにちょっかいを出す勇気はないらしい。普段の仕事をするだけでこの魔人を黙らせるなんてなんてすごいんだ飯テロリスト! 最恐だぞ飯テロリスト!


「……前回の予告通り、今回提供するのは《ミニミの強欲のブラッディワイン》である」


『それではこれより、飯テロ開始!』


 ──《ミニミの強欲のブラッディワイン》。


 ギルガの宣言と共に突如として審査員の目の前に現れたのは、そんな料理だった。


 パッと見た限りでは真っ赤なワイン……と言ったところだろうか。透明で深みのある深紅のそれは、ずっと見ているとどこか遠いところに引き込まれてしまいそうになるほど妖しい魅力を放っている。香りとしては葡萄酒のそれに近いけれど、ほんのりと……血の香も混じっている。


「あ……ちょっとこれ……だめ、リルララなんかだめになっちゃう……」


「へえ……上等な葡萄酒に血で香りや風味を整えたってところかしら? ……うん、こういうの嫌いじゃないわ」


「ふむう……なるほど、ちょっと特徴的な香りがしているが、そういうわけか。しかしこればっかりは飲んでみないことにはのう」


「リルララとキャロルが興味津々なのはやっぱり種族特性からか。俺なんかにはちょっとキツい香りの酒って感じがするけど……」


「うるせえゴブ。さっさと飲ませろゴブ。樽ごと持って来いゴブ」


 アルコールに交じって仄かに漂う血の香がなんとも誘惑的だ。なんだか胸の高鳴りが止まらず、ずっと心臓がどきどきとしている。宝石を溶かしたかのようなその美しい液体を見ているだけでも、心地よくほろ酔いしたかのような気分にさせてくれた。


「……さて、早速飲んでみてもらいたいところであるが」


『今回もちょっとしたワンポイントがあるんですよね、ギルガさん!』


「……うむ。と言っても、今回は別にそうたいしたことではないのである。ミニミを捌く都合上、どうしたってその血というものが大量に出てしまうのであるが、我輩はせっかくなのでこれをうまく使う方法はないかと考えたのである。その結果できたのがこのブラッディワインなのである。ちょっとした手順ですぐに作れるので、まあついでに軽く作って少しでも無駄を出さないようにする……程度の認識でいいのである。所詮は血。メインの食材として扱うにはだいぶ不向きである故」


『それじゃあさっそく、調理風景を見てみることにしましょう!』


 にこにこといたずらっぽい笑みを浮かべたまま、ぱちんとシルクスは指を鳴らす。会場の中央に魔術式の巨大なモニターが現れた。


「なんか、これも見納めだと思うとすこし感慨深いところがあるのう……」


「おいおい爺さん、そんなこと言ってられるのは今のうちだと思うぜ? ほら、今日の材料はミニミの血なんだろう? どうせあのクソ魔人のことだし……なあ?」


「……」


『くぅーッ! 悪い意味での厚い信頼にただただ心が悲しくなるぜ! みんなってばいったい俺のことをどう思ってるのかな!? 俺はただ、ありのままを嘘偽りなく伝えているだけなのに! でもこの言葉に出来ない信頼に基づいた負の感情、今日もゴチになります! それではこのテンションのまま、《ミニミの強欲のブラッディワイン》の作り方、行ってみましょう!』


 煙と光が迸り、辺りがすうっと暗くなる。同時にモニターは何やら映像を写し始めた。魔人の技術の無駄遣いである。


『今回使用するのはミニミの血とお好みのワインなのである。別にワインでなくともお気に入りの酒で構わないのであるが、やはり見た目や風味との組み合わせ的にも、最初はスタンダートに赤ワイン……葡萄酒を使うのをおススメするのである。作り方は簡単で、抜き取ったミニミの血を軽く温め、臭み取りのための香草と味の調整のための砂糖を加え、十分に馴染んだところでワインと混ぜるだけなのである』


 映像の中でギルガが手早く処理を進めていく。ミニミの血をとぽとぽと小鍋の中に注ぎ入れ、ゆっくりと温めながら香草や砂糖を加えて味を調えていく。あくまで血の風味そのものは残したいため、沸騰まではさせないらしい。出来たそれを何度かに分けて濾し、そして赤ワインを混ぜて嬉しそうににっこりと笑っていた。


 ……ここでその笑顔は反則だろ飯テロリスト! なんかちょっとかわいかったぞ飯テロリスト! でも持ってるものが持ってるものだから恐ろしくもあるぞ飯テロリスト! どっちにしてもあなたは最強だぞ飯テロリスト!


『どちらかと言えばカクテルのそれに近いのである。血の分量や加える香草、さらには酒による相性など研究することは盛りだくさんなのである。今回は赤ワインを使ったであるが、当然ながら別の酒を使ったときはこれらの要素を大幅に変える必要があるのである。これについては各々の好みの問題もあるので、じっくり探っていくほかないのである』


「あああ……! はやくそれ、のみたいよお……! もう、がまんできないよお……!」


「ちょっとリルララ! あなた、いくらなんでも顔がだらしなさすぎるわよ! あのクソ魔人にからかわれてもいいの?」


「ううう……だってぇ……! 種族特性なんだもん……! しょうがないんだもん……!」


 やはり吸血鬼だからだろうか、リルララの顔がすごいことになっている。文字通りブラッディワインに釘付けで、ちょっとこっちもドキッとしてしまうくらいにうっとりとした、とろんとしたエ……こほん、可愛らしい表情をしていらっしゃいます。


『フゥーッ! ちょっとマジでリルララちゃんってばコメントに困る表情をしているぞ! このギャップを使えば男なんて落とし放題なんじゃないかな!? そこの狼さん、本当のオオカミさんになっちゃダメだぞ!』


「誰がなるか! だいたい実年齢はともかく、この見た目だと犯罪だろ!?」


「おおかみさん……消えたい?」


「ごめんなさい」


 でも本当になんでしょうね、別にシルクスさんを肯定するつもりはないんですけど……リルララさん、おねだりしたプレゼントを眺めているかのような子供らしい姿のはずなのに、どことなくその……オトナの雰囲気と言いますか、アダルティな雰囲気と言いますか……まぁ、つまりそんな感じなんですよ。


 こほん、脱線してしまいましたね。ちゃんとお仕事しないと。ええと……


 そんなこんなをしている間にも映像が進んでいく。ギルガは作ったブラッディワインを瓶詰にすると、何を思ったか途中でまったく関係のない料理を作りだした。ステーキにボロネーゼにワイン煮にコンポートに……あ、そうか。


『無論、作ったブラッディワインは材料として別の料理にも使えるのである。普通に飲むのはもちろん、調理用ワインとしての配合を探り、積極的に料理に取り組むのもまた乙なものなのである。とりあえず簡単なものとしてはソース、ワイン煮込み、甘味としてコンポートなんかがあげられるのである。これもまた、各々でいろいろ研究して新しい料理を開発してもらえると、料理人としてこれほどうれしいことはないのである。……さて、それではミニミの採血のレクチャーも念のためしておくのである』


 すごいぞ飯テロリスト。ただ料理を紹介するのではなく、素材としての発展性まで示してしまったぞ飯テロリスト。このたった一つのアイデアからどれだけの料理が生まれるのかまるで想像ができないぞ飯テロリスト。無限の可能性を提供するとはどこまでお前は恐ろしいんだ飯テロリスト。


『う、う、うわぁぁぁーっ!? ひ、ひどすぎるぞギルガ! ミニミを無理やり押さえつけ、その手首に見るも悍ましい鉄管を突き刺した! ああっ! とめどなくミニミの鮮血が溢れ出てくる! ミニミの顔がどんどん青ざめていく! むごい! むごすぎる! 残忍残虐なる飯テロリスト、表情の一つも動かさないで淡々とミニミの血を抜きつづけているッ!』


 とても嬉しそうにシルクスが実況する。彼は今、輝いていた。


『ああ! ああ! あああっ! 止まらない! 流れ出る血が止まらない! ミニミの鮮血がぴちゃぴちゃとどんどん瓶の中に集められていく! 自分の血が悪魔の所業に使われる様を獲物にまざまざと見せつけている! え、えげつない! あまりにもえげつない! せめて隠してやれと叫ばずにいられない! せめて一思いに殺してくれと思わずにいられない! 拷問! そう、まさにこれは拷問! じっくりじっくりいたぶりつづけ、とうとうミニミは意識を失った! し、白目をむいているし息も絶え絶え! なんて残酷なんだ! たかだか酒のためにこんな悪逆非道の真似をするのか!? お前には血も涙もないのか飯テロリスト! てめえの血は何色なんだ飯テロリスト! 答えてみろよ飯テロリスト!』


「……我輩、普通に食材としての血をとっていただけなのであるが……なんだかすごく悪いことをした気分になってきたのである……」


「ええー……べつにいいじゃん……あまぁい血っておいしいよぉ……?」


「ええい! 二人とも正気に戻りなさい! あのクソ魔人の思うつぼよ!」


「リルララはともかく……ギルガさんまでこんな風になるなんてちょっと意外だな。最強の飯テロリストもしょんぼりするとか、ちょっと印象変わったよ。すごく親しみやすい。……なんかあのクソ魔人、いつになく攻撃的じゃないか?」


「ほっほっほ。なんだかんだで最初の一件が悔しかったのじゃろう。ああみえてプライドが高く子供っぽいところがあるようじゃ。ギルガ殿には悪いが、少し溜飲が下がったの」


「いいからさっさとしろゴブ。ワイン一つにどれだけ待たせるんだゴブ。いいかげん暴れちゃうゴブ」


『──ともあれ、作り方も簡単で物のついでで作れるので、ぜひともいろいろ試しながら挑戦してみてほしいのである。各種族、各家庭による特有のブラッディワインの味が出来るようになったのなら、料理人としてこれほどうれしいことはないのである。……できればその時は、我輩にちょっぴりでいいから味見をさせてほしいのである』


 ともあれ、こうして《ミニミの強欲のブラッディワイン》は作られたのである。



▲▽▲▽▲▽▲▽



「……それでは、さっそく飲んでいただきたい」


 ギルガの合図と同時に、審査員席の全員がグラスを持つ。そして、こくりとそいつを口に含んだ。


「はぁん……! おいしいよお……! リルララ、とってもしあわせだよお……!」


「へえ! もっと香りはキツいと思ったけど、意外なほどにまろやかで口当たりもいいな! 血生臭さなんて全然ないし、むしろふわっと香る血の匂いが良いアクセントになっている!」


「それに、味はしっかりするのにお酒としてはそこまで強いものでもないわ……! 想像していたよりもはるかに飲みやすいし、仄かに甘みすら感じる……! 文句なしにおいしい……!」


「ふむう……。ちいっと弱いのは難点と言えば難点じゃが、この独特のクセは病みつきになりそうじゃの。酒の弱いものでも飲みやすいというのも大きなポイントじゃ。……やはりこんなちびちびではなく、樽で飲みたいのう……」


「うまいゴブ。もっと飲ませろゴブ。さもなきゃ貴様の血を吸ってやるゴブ」


『ドリンクも大好評のようですね! みなさん顔をほころばしてゆっくりと楽しんでいます。傍から見るとガチの血を飲んでいる様にしか見えなくてかなり恐ろしい光景なんだけどね! あとリルララちゃん、マジで雌の顔!』


 シルクスはへらへら笑いながらブラッディワインを楽しむ審査員を眺めている。やっぱりこれっぽっちもそれを口に入れるつもりはないらしい。あの人、この手のお酒とか大好きっぽいイメージがあるんですけど。もしかしてお酒弱いとか? いや、もしかしてあくまで仕事中だからその辺の分別はしっかりしている……ないか。


『ヘイ! そこのカメラ兼ナレーション兼記録係のアナタ! 一応これでも俺はプロだからね! 信じてもらえないかもだけど仕事中に酔っぱらうつもりはないんだよ! 本当は食前酒にしてもよかったけど、あえて最後にこれを持ってきたのはそのためさ! どうせもう後は何も食べないし、多少舌がバカになっても問題ないからね!』


 あら。意外といろんなことを考えているんですね。普段からその妙に真面目なところをきちんと前面に押し出し、チャラチャラした態度を改めればきっとモテモテで人気者になれるでしょうに……。


『おいおいおい!? おだてちゃっていったいどうしたの!? そんなことしなくても……ほら! ちゃんとナレーションさんの分のワインもあるよ! 最後だし後のことなんて気にせず飲んじゃって!』


 へえ……? シルクスさん、私を酔わせていったいどうするつもりなんですか? 残念ですけど、私、軽薄な人はちょっと……。ま、まあ? その態度を改めるっていうのなら考えないことも無いことも無いのですけれども。


『……ごめん、マジで普通にコメント欲しかっただけなんだ。さすがにそれはちょっと自意識過剰だと思う。いや、本当に何もないから。心の底から純粋な善意だったから。ほら、酔いつぶれても俺時空魔術で家まで飛ばしてあげられるし』


 ……なんでしょう。初めてこの人が誠実な態度を見せたのに、今までの軽口以上の屈辱を味わっています……!


 ねえちょっとどういうことなんですかそれ!? なんかすっごく心にぐっさり刺さったんですけど! よりにもよってあなたに言われるのが一番ダメージ大きいんですけど!


 ふんだ! ええ、どうせ私はその程度ですよっと。もう、ヤケ酒かっ喰らってやる。


 ふむぅ……やっぱりこうして間近で見るとその香り高さが際立っていますね。目をつむるとどこかステキな場所で恋人と一緒に居るかのような気分になってきます。この深い、引き込んでくるかのような深紅もとても魅力的です。宝石みたいで、ずっと見ていたくなっちゃいます。


 んっ……あっ……本当に口当たりはすっごくまろやか……! なんでしょうこれ、想像以上に飲みやすいですよ。ワインってもっと苦くて飲みにくいものだと思ってたんですけど、お酒っぽさはあるのに甘みもちゃんとあってジュースみたいにいけちゃいます。


 でもでも、それでいて血の味? 風味? はしっかりするんですよ。濃縮されたエキスみたいなんですけど、それがまたブドウの甘みや渋みとうまくマッチしているんですよね。


 すぐには飲み込まず、しばらく舌の上で転がして楽しむのが一番いいと思います。そうするとちょっとずつ味が変化していくのが楽しめますし、なによりそれが一番ブラッディワインの香りを楽しめると思います。


 ふふ、なんでしょうね? ずっと飲んでいると、私もリルララさんみたいに吸血鬼さんになっちゃった気分になってしまいます。もしかして、吸血鬼のみなさんは血を吸う度にこんな楽しくてフワフワした気分になるのでしょうか。


 だとしたら、リルララさんのあの表情も頷けるというものでしょう……はぁん、なにこれ、やっぱり普通のワインよりおいしいですよ。


 なんかすごくドキドキしてきますし、エレガントでオトナな気分にもさせてくれます。普通に楽しむのもいいですが、これはぜひぜひ大事な日に大事な人と二人っきりで飲むのをおススメしたいです。この特別感、ちょっとクセになりそう。


 シルクスさん、こんなものでどうでしょう? 正直、私お酒にあんまり強くないのでこれ以上やると……ステキなアバンチュールで大ヤケドしちゃうことになりかねなくってよ?


『いいよいいよ、いい感じのコメントだよ! ナレーションさん、かなり上手だよ! あとね、ぶっちゃけもういくらか酔ってるんじゃない!? お顔真っ赤っかで言動がちょっと変! 最後の良心なんだからなんとか耐えてね!』


「それにしても、本当に上品で優しいお酒だわ……! ねえ、もしよかったらなんだけど、お土産に瓶でいくらかもらってもいいかしら? お金ならちゃんと払うわ」


「うー……リルララは樽で買うもん……! 念願のワイン風呂に入っちゃうんだもん……!」


「……ふむん。別に構わないのである。実は我輩、少々みみっちい性格をしておってな。今までのミニミ料理で使ったミニミの分も血を取り、ちゃんとブラッディワインに仕立てておいたのである。……尤も、今回飲んでもらったのは特に質が高いと思われる若いミニミの雌の血……まあ、いわゆる処女の血を用いたものなのである。お土産用のものまで同じクオリティにはできなかった故、そこだけは勘弁してほしいのである」


「別に構いませんわ! むしろ、いろんな味わいを楽しめるってことなんですもの!」


「うへへ……おじちゃんだぁいすき……!」


 ああ、なんて恐ろしいんだ飯テロリスト。ドリンク一つで女の子二人を篭絡してしまったぞ飯テロリスト。一体お前はどれだけ人の心を誑かし、そしてどれほどの武器を隠し持っているんだ飯テロリスト。お前は誘惑の悪魔なのか飯テロリスト。


「ゴベル様にも寄越すゴブ。これじゃちっとも足りないゴブ。ほろ酔いすらできないゴブ」


「こいつは無視していいけど、俺もちょっとほしいかな。家族みんなで飲みたいんだ」


「儂もほしいのう。その飲み比べってもんをしてみたいのじゃ」


 ……わ、私ももらっていいでしょうかね、これ。いえ、だってここで逃したらまたいつ飲めるかわからないじゃないですか。そりゃあ、あくまでこれは新しい食材のお披露目会で、ゆくゆくは自分たちでこれだけのことが出来るようにってのが趣旨なわけですけど、それでもあの最強飯テロリストのギルガ・オルガさんが作ったお酒なんてそうそう飲めないんですよ!


 ねえシルクスさん、なんとか頼み込んでくださいよ! 一晩お酒お酌してあげますから!


『どうやら有終の美を飾ることが出来たようだね! ナレーションさんもすっかり酔っちゃってるぞ! あとで痴態をお知らせした時の羞恥の感情を想像すると、俺ってばもうお腹いっぱいになりそうだよ!』


 ……なんだろ、今の一言ですごく冷静になれた。そうですよ、なんだかんだでまだ終わりじゃないじゃないですか。最後の締めまでしっかりやって、収録が終わるその瞬間まで酔っちゃダメですよ、私ってば。


『ちぇっ! 正気に戻っちゃったか! ……それはまあいいとして、この《ミニミの強欲のブラッディワイン》で長く続いたミニミのフルコースもとうとうおしまい! みんなにはミニミのおいしさや有効性をよくわかってもらえたと思う!』


「我輩がこれまで示した通り、ミニミには様々な利用方法があり、とても汎用性が高い食材と言えるのである。しかも、今回示したのはそれのほんの一例。あくまで我輩がお手本で見せただけのものであるので、まだまだ発展性が充分にあるのである」


『ミニミの可能性にはびっくりですよね! それでは最後に、審査員の皆さんからミニミについての総合評価、およびギルガさんから当初の目的──昨今の食糧事情の改善に基づいたミニミの情報や扱い方、その他もろもろのディスカッションと最終的なまとめをしてもらいましょう……と言いたいところだけど!』


「……ちょっと準備と後片付けをしたいのである。しばし待っててほしいのである。……ナレーション殿」


 はーい、これからちょっと休憩入りまーす。審査員の皆さんはそのままのお席で、スタッフのみなさんは最後の締めの準備にかかってください。はい、どうせ大した量はないんですからさっさと片づけちゃいますよ?


 あ、観客の皆さんもそのままでお願いします。ええ、ちょっと目を瞑って、ちょっと下の方を指さして、ちょっと人差し指を動かせば終わってしまうくらいにすぐですから。そのころにはパッと切り替わっていますからね。


 またすぐ始まるのでトイレは今のうちにお願いしますよ? それでは、よしなに。

・【血】

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