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7 色欲のプリン

『さあ、待ちに待ったこの時間がやってまいりました! 楽しみにしてた方こんにちは! 楽しみにしてなかった方ごめんなさい! いつもの番組をジャックして、今日この時間は特別番組【飯テロリストのグルメキッチン!】を放送しちゃうよ!』


 軽薄そうな若者が煙の中から飛び出して、周囲にいる観客にぺこりとおじぎをした。極上の笑みを浮かべており、周りに向かってぶんぶんと手を振っている。彼が立っている不思議な舞台──実はこれも彼の魔人としての実力で作られたものだ──からは光と音楽が溢れ出て、その場にいる全員に大いなる何かの予兆を感じさせた。


 魔人の彼──シルクスはそのことに満足したのか、いたずらっぽい笑みを浮かべながらぱちりとウィンクしてくる。


『長くなったミニミのフルコースももう終盤! みんなもけっこうお腹いっぱいなのかな!? 今日はお待ちかね、ミニミを使ったデザートだ! 俺なんかはもう、立て続けの収録で体力的にへとへとなのに、みんなはすげえ嬉しそうな顔をしているんだ! これって新手のいじめかな!? それじゃあシェフと審査員、まとめてカモン!』


 シルクスがぱちりと指を鳴らすと、舞台からミルクのように濃い煙が吹き上がる。舞台中央に筋骨隆々な大きく黒い影がぬうっと現れた。


『美食のためなら東へ西へ! ロースを寄越せと天龍狩って、刺身にさせろと海龍捌いて、丸焼きしようと地龍を屠った! そんな最強料理人! 誰が呼んだか飯テロリスト! 初めて会った時に俺を食材として仕留めようとしてきたくらいヤバいやつだぞ!! 【最強の飯テロリスト】……ギルガ・オルガ!』


「……どうも」


 最恐の飯テロリスト、かの有名なオーガのギルガ・オルガである。全身をコック装備で固めた彼は今日も気合十分で、その全身からは一流の飯テロリストだけが発することできる、殺意のそれにも似たオーラを放っていた。


『審査員のみなさんの説明、いい加減すっ飛ばしてもよくない!?』


 シルクスが笑う。彼は心底愉快そうにパチリとウィンクし、飛んできた石斧を指鉄砲でばきゅーんと撃墜した。


「ふざけるなゴブ。ゴベル様は無視されるのが一番嫌いゴブ。あと一度お前の頭をカチ割ってやりたいゴブ」


『くぅーッ! とうとうこのポンコツからも攻撃されちゃった! びっくりするくらいにねちっこくて吐き気がするほど気色悪い悪意なのに、こいつの場合美味しく感じないのは何でだろうね!? 地味にこんな役立たずに見下されてることも腹が立つぞ! 口直しを要求したいところだぜ!』


 念のため補足しておこう。シルクスたち魔人は、人の恨みつらみや絶望、嫉妬や怒り、その他負の感情を生きる糧とする。普通の食糧だけでも生きていけないことはないのだが、彼らにとってそれらは嗜好品とくくるにはあまりにも大きな存在であるため、こうしてちょくちょく【つまみ食い】、もとい嗜んでいるのだ。


『それじゃあサクサクやっていくよ! デザートと聞いた瞬間に顔を崩した! その表情はまるで雌犬! 甘いの大好き吸血鬼のリルララ・キャンピィティーク! でっかいジジイもデザートはお好き!? お前ホントに味分かってるの!? サイクロプスのグードロード! オトナでクールなおねえさま! 実は甘いの好きだけど、最近お腹周りが気になってるらしいぞ! サキュバスのキャロル・エレンシア! 男にゃデザートなんて不要だよ! そんなの女子供に任せとけ! そもそもこいつデザート食べたことあるの!? ワーウルフのガラッシュ! うざぁぁぁいッ! 説明不要ッ! ぶっちゃけマジでやる気なくした! ゴブリンのデ・ガ・ゴベル!』


 直後にシルクスは恍惚の表情を浮かべた。たぶん、すごくおいしい悪感情を楽しめたのだろう。上等の酒を飲んだかのようにうっとりとしている。魔人みんながこんな性格ではない……と信じたい。


『とうとう今日は六品目、待望のデザートだ! みんなあれだけ食べてたってのにまだ胃袋に余裕があるらしいぞ! まだまだ食べたりないって顔をしているぞ! 俺なんかは一品目から一切何も口に入れず真摯に仕事をしてるっていうのにね! 真面目な俺のこと、ちょっとはいたわる気持ちとかないのかな!?』


「あるわけないじゃろ?」


「リルララ、嬲る気持ちならいっぱいあるよ?」


「それにお前、散々俺たちの悪意をつまみ食いしてるじゃないか」


「正直、もう反応するのも面倒になってきたのよねぇ……」


 シルクスは今日も絶好調だ。だがノリと勢いがうざいと言ってはいけない。彼の口上とその実況の実力もまた、飯テロに必要なものであるのだから。


『最後になりますが今日も司会は私、魔人のシルクスでお送りします!』


「……それでは、今日のメニューを紹介させてもらおう」


 ギルガはペラペラまくしたてるシルクスを遮り、黙々と準備に入った。さすがのシルクスとはいえ、料理準備中の飯テロリストにちょっかいを出す勇気はないらしい。普段の仕事をするだけでこの魔人を黙らせるなんてなんてすごいんだ飯テロリスト! 最恐だぞ飯テロリスト!


「……前回の予告通り、今回提供するのは《ミニミの色欲のプリン》である」


『それではこれより、飯テロ開始!』


 ──《ミニミの色欲のプリン》。


 ギルガの宣言と共に突如として審査員の目の前に現れたのは、そんな料理だった。


 柔らかなヒヨコ色とでも言うべき淡い色合いのそれが、スポットライトに照らされてキラキラと輝いている。見た目はびっくりするほどぷるぷるで、焦げ茶色のカラメルソースが優しい黄色を魅力的に飾り立てていた。茶色と黄色がゆらゆらと揺れる様は、まるで遊女がこちらを蠱惑的に誘っているかのようでもある。


「わあっ! とってもおいしそうなプリン! リルララ、はやくこれ食べたいっ! いくつだって食べられちゃう!」


「へえ……ミニミの乳を使ったとは言ってるけど、思ったよりも普通のプリンね。……この甘い香り……ちょっと特徴的で……うん、なんかクラクラしてきそう。悪くないわぁ……!」


「儂は普段あまりこの手の甘いものは食べないが……なるほど、なんともうまそうな見た目をしているのう。どんな味をしているか楽しみじゃ」


「でも、なんだろうな? 普通の乳とは違う特徴的なこの甘い香り……あんまり嗅いだことのない匂いだ。それに、個人的にはぷるぷるの食感も気になるところだ」


「さっさとしろゴブ。コメントなんて聞き飽きたゴブ。どうせ意味も中身も無いゴブ。それよりゴベル様、なんかすっごくそのプリンが気になるゴブ」


 プリン特有の甘い香りがふわりと香る。その中にはカラメルソースのほろ苦さを含むオトナな甘い香りも含まれていて、シンプルなようである種の複雑さがあった。デコレーションも何もされていない、最もシンプルでスタンダードなプリンのはずなのに、それは抗えないほどの奇妙な魅力を放っている。この秘密は一体……?


「……食べてみればわかる、と言いたいところであるが」


『今日のコンセプトはなんなのかな、ギルガさん!?』


「……うむ。今まではミニミの食用肉としての価値を示してきたわけであるが、このようにミニミの乳も有効に扱えるのである。将来ミニミを家畜化することが出来たとして、肉以外の有用性を知ってもらいたかった次第である。……尤も、現段階では一匹のミニミから採れる乳はそれほど多くなく、効率的とはとても言えないため、工夫や研究が必須なのであるが」


『それじゃあさっそく、調理風景を見てみることにしましょう!』


 にこにこといたずらっぽい笑みを浮かべたまま、ぱちんとシルクスは指を鳴らす。会場の中央に魔術式の巨大なモニターが現れた。


「前から思ってたけど、あのモニターいちいち作り直す必要なくない?」


「作り直すよりも維持したほうが明らかにコストは少ないわよねぇ……。本当にあのクソ魔人、地味なところでイラッとさせてくるわ」


『くぅーッ! お約束の演出をしているだけだというのにこの言われよう! 俺ってばそんなに嫌われること何かしたっけ!? まるで心当たりがみつからねえや! ……あっ! この白々しい嘘吐き野郎って視線がマジ最高! 自称女の子たちの蔑みマジデリシャス! 最高の口直しになったぜ! それではこのテンションのまま、《ミニミの色欲のプリン》の作り方、行ってみましょう!』


 煙と光が迸り、辺りがすうっと暗くなる。同時にモニターは何やら映像を写し始めた。魔人の技術の無駄遣いである。


『まずはカラメルソースを作成する。適当な鍋に分量通りの水と砂糖を加え、茶色く色づき少し泡立ったところでゆっくりお湯を加える。……このとき激しく弾けるので火傷に注意するのである。その後は適当な容器に卵を割りほぐし、ミニミの乳、砂糖、香料を加えてよく混ぜていくのである。……ああ、砂糖はかなり多めに入れて問題ないのである。むしろ、びっくりするくらいに入れないとプリンとしての甘さには到達できないのである』


 映像の中でギルガが手早く材料を混ぜていく。オーガの大きくたくましい手だというのに卵を片手で器用に割り、ボウルを抱え込んで丁寧に、かつ素早く卵を泡だて器で混ぜ、ミニミの乳を数回に分けてそれに加えていった。砂糖をほぼほぼ目分量で加える姿は熟練のパティシエの影を幻視するほど。普通の料理だけでなくお菓子まで作れるとはなんて芸達者なんだ飯テロリスト! お前に不可能はないのか飯テロリスト!


『プリンを加熱する方法はいろいろあるが、なんだかんだで蒸し焼きにするのがおすすめなのである。沸騰したお湯を張った鍋にプリン液を入れた容器を入れ、沸騰した状態を保ったまま数分、その後火を止め余熱でじっくりしっかり蒸らしていくのである。このとき熱を加えすぎてプリン液を沸騰させてしまうとすが混じって口当たりも見た目も悪くなるので、注意するのである。……先ほど言い忘れたであるが、口当たりをよくするためにプリン液は数回濾しておくといいのである。……ああ、蒸す際は容器内に水滴が入らないよう、清潔な布で蓋をするのもいいかもしれないのである。表面に水滴が入ると見た目の仕上がりが悪くなる故。その後、粗熱を取った後に冷やせば完成なのである』


「へえ……俺、お菓子作りとかあまりよくわからないけど、意外と材料は少なくていいんだな。もっといろいろ必要だと思っていたよ」


「それに、手順も思った以上に簡単じゃのう……。これなら儂でも作れるじゃろうて。材料を混ぜて火にかけるだけじゃろ? もっとこう、ごちゃごちゃといろんなことをやるもんだと思ってたんじゃが」


「もう! 実際はもっと難しいんだよっ! シンプルだからこそ上手くいかないときは改善のしようがないし、如実に実力が現れるんだからっ!」


「それに、これは本当にシンプルな最も基本的なプリンのレシピよ? 火の通し方や加える材料……いわゆるあなたたちが想像しているようなプリン、あるいは高級プリンと呼ばれるそれらはもっとたくさんの材料を使って、もっと複雑で面倒な工程を経て作られるものなんだから。こんな簡単なレシピで作れるって本当にすごいことなの」


『フゥーッ! なんか女の子二人が妙に詳しく解説しているぞ! ギルガも俺もナレーションさんも出番を奪われた気分だ! しかも実際マジでその通りだから困るっていう! なんなの!? たとえ年増でも女の子はお菓子に夢を見ちゃうものなの!?』


「あのクソ魔人潰す」


「あのクソ魔人消す」


『ああっ! 甘い! 極上! これ以上にない殺意と悪意! 今日もゴチになります!』


 そんなことをしている間にも映像が進んでいく。ギルガは鍋の前にどっしりと構え、油断なくプリンの様子を眺めていた。……ええと、プリン液の表面が膨張してきたくらいが目安のサインで、それが起こったら火を止めてゆっくり余熱で蒸らしていくといいらしいです。最初は多少水っぽくて固まっていないように見えても、後でちゃんと仕上がるのだとか。


 ……シルクスさん、こういう補足情報をしっかり伝えてくるあたり、仕事は出来るんですけど……いかんせん性格が最悪すぎますよね。


『……今回はあくまでミニミの乳の紹介であるわけなのであるが、せっかくなのでそのほかの材料もこだわっているのである。卵は覇王天鳥の夢想卵、砂糖は極光の霊星糖、香料はワルプルギス・スパイス、そして隠し味としてほんのちょっぴり加えた塩はメテオライトソルトを使っているのである。……無論、普通の材料でも十分に美味なるプリンを作れることは保証するのである』


 すごいぞ飯テロリスト。なんか普通じゃ見つけることも狩ることもできない魔物の名前がついた厳つい素材がいっぱいだぞ飯テロリスト。しかもどこかで見たことのある材料なのは気のせいなのか飯テロリスト。


 ……おや? シルクスさん。なんか今日はやけに追加の補足情報が多いですね。そんなにプリンについて力を入れて……っていうか思い入れがあるんですか、ギルガさんは?


 ……ふむふむなになに。


 はい、ただいま入った情報によりますと、ギルガさんはミニミの乳を最大限活かすプリンを制作するため、様々な材料を集めて試行錯誤していたようです。文字通り世界中を飛び回り、あらゆる素材を集めたのだとか。


 卵についてはシルクウィングの美卵、皇帝ニワトリの剛卵、ドラゴンエッグ、慈愛の母鳥の卵、ムーンワルツの月光卵、コーラスバードの卵。


 砂糖については至高の花砂糖、オーロラシュガー、幽玄の神秘砂糖、クリスタルシュガー、蒼煌の結晶糖、ミラ・シュガー。


 隠し味の塩については深淵の輝塩、オーロラソルト、太陽の炎塩、クレイジー・クレイジー・ソルト、天空の夢塩。


 香料については木漏れ日の薫香、エレメンタルエッセンス、ディープグリードエッセンス、星精の忘れ香、百獣のスパイス。


 ……試作の段階ではこれらの材料をいろいろ組み合わせて頑張っていたみたいです。入手がすっごく難しい材料ばかりの様な気がしますが、さすがは飯テロリストと言ったところでしょう。


 ちなみに、あくまで試行の一環として、魅惑の魔乳、豊穣富牛の濃縮乳、エンジェルハート・スウィートミルク、グランマナミルク、夢魔の夢溺乳、それに……マッスルオーガの天然乳といったミルクも集めていた模様。


 ……どれだけプリン作りにガチになってるんですか、これ。もう普通にパティシエでも行けるじゃないですか……っていうか普通のパティシエでもこれだけのものなんて用意できませんよ。


『いやあ、こいつ凝り性っていうか仕事に手を抜かないタイプじゃん? 自分の専門じゃないからって下手すると他のミニミ料理以上に時間を割いて研究していたんだよね! 俺ってばそれに付き合わされた努力の成果をここでちょっと見せたかっただけだよ!』


「……うむ。恥ずかしい話、我輩お菓子作りには今までほとんど関わってこなかったのである。それゆえ、こうして一から研究する必要があったのである。どうしてなかなかお菓子作りも奥が深く、いろいろ試すのは楽しかったのである。……特に、オーガの天然乳で作ったプリンは美味しかったのである……」


「……」


「……」


「……」


「お、オーガの天然乳はいやぁーっ!」


 ちょ、ちょっといろんな意味でエグいぞ飯テロリスト。アナタの種族はオーガのはずだぞ飯テロリスト。どうやって入手したのかわからないけど、どっちにしたっていろいろアレだぞ飯テロリスト。なんてコメントすればいいのかわからないぞ飯テロリスト。それっていろいろどうなんだ飯テロリスト。お前に誇りはないのか飯テロリスト。


「……それに、材料探しの際に不思議なやつと出会えたのである。彼奴等もプリンの材料を求めてさまよっていたのである。一瞬だけで言葉も交わさなかったとはいえ、あの規格外なワルプルギスと一緒に戦ったのは楽しかったのである」


『あー、マジで何だったんだろうね、あいつら? 敵の敵は味方っていうか、あの一瞬だけ奇妙な連帯感があったよな! 倒した後、無言で材料だけ分け合ってサムズアップを交わしたんだっけ! 本来ならあそこにいるはずのないやつらだったし……それに妙に清々しいというか、爽やかなやつだったよな! ま、最後には俺の時空魔術と……なんかよくわからんマッスルセオリーで元の時空に戻って行ったけど!』


 ええと、そろそろこの辺にしておきましょう。これ以上は関係ないし、やりすぎであります。無駄話に脱線するのは番組的によくありませんもの。


『……さて、せっかくなので今日はミニミの搾乳の様子も紹介したいと思うのである。ミニミの乳房……というか体は少々珍しいつくりをしている故、普通の家畜と同じように扱うのは厳禁なのである。意外と繊細でデリケートでもあるから、下手にストレスを与えると乳の出も悪くなるのである。このへんは我輩でも最適解を見いだせていないから、各々の今後の課題、研究対象と言えるのである』


 すごいぞ飯テロリスト。調理方法だけでなく搾乳方法も教えてくれるぞ飯テロリスト。いったいあなたはどれだけ懐が深いんだ飯テロリスト。飯だけじゃなく人格だけで虜にされてしまいそうだぞ飯テロリスト。


『あああーっ!? ひどい、ひどいぞ飯テロリスト! 泣き叫ぶ雌ミニミを無理矢理押さえつけ、乳房をその強くたくましい腕で鷲掴み! そのままいやらしく揉みこんだ! たとえミニミでも女は女! 見知らぬ屈強な大男に胸を触られるこの屈辱! 耐えがたき精神の凌辱! しかもギルガ、容赦なく絞り込んでいく! ぶっちゃけマジで痛そう……っていうか乳がもげそうだぞ!? なんでこんなことが出来るんだ飯テロリスト! 血も涙もないのか飯テロリスト! お前は飯のためならなんだってするのか飯テロリスト!』


 とても嬉しそうにシルクスが実況する。彼は今、輝いていた。


『見てください! 本来は母ミニミが子供のために用意した愛の雫とでも言うべき母乳をかすめ取り、たかだか嗜好品に仕上げてその後のアフターケアは一切なしと言うこの鬼畜っぷり! お前には腹を空かせた子ミニミの泣き声が聞こえないのか!? 必死に足元にすがる母ミニミの懇願が聞こえないのか!? さすが飯テロリスト! その名に恥じない暴虐っぷりだぁーっ!』


「……我輩、普通に搾乳しているだけなのであるが」


「毎度毎度、確かにその通りなんだけど……!」


「あのクソ魔人、なんでこうも心情的に食べにくくしてくるのよ……! いちいち畜生にドラマをつけないでよ!」


『俺は模範的で品行方正な、嘘偽りの嫌いな綺麗な魔人ですからね! そんなことを言いつつも一口食べた瞬間顔をほころばせるみなさんが大好きなんです!』


「……それって、食べてる嬉しそうな顔が好きってことかなぁ?」


「まず間違いなく、心と体で相反する行動をとる生物の卑しさを見て楽しんでおるのだろうな」


 実際、グードロードの言う通りなのだろう。ギリギリと歯を食いしばるキャロルやガラッシュを見て、シルクスはとても心地よさそうな、うっとりとした表情をしている。もはやここまで来ると一周回って称賛の言葉しか出てこない。これほどまでに自分を貫けるのはある意味では才能なのではなかろうか。


「でもでも、ゴベル様はこういうのけっこう好きゴブ。あの雌ミニミの顔、なかなかそそられるゴブ。出来ることならうちでも一匹飼いたいゴブ」


「……ないわぁ」


「リルララ、知的生物としてそれ最悪だと思う」


「家畜ってのは奴隷じゃないんだ。互いに信頼関係を結び、互いにとって有益な関係でなきゃいけないんだよ」


「ほっほっほ。もしも主らがミニミをそのように扱うのなら、儂がサイクロプス族の全力をもってゴブリンを根絶やしにしてくれるわ」


「……それに我輩、ちゃんとアフターケアもしているのである。母ミニミには餌を十分に与えているし、子ミニミにも母乳の代わりにオーガの天然乳を与えているのである」


『最終的には母ミニミも子ミニミも利用されるだけされておいしく頂かれる運命にあるんだけどね! これぞ偽善の極みってやつだ! 俺そういうのすっごく好きだよ!』


『──こうしてじっくりと余熱で温め、粗熱を取って冷やしたのがこの《ミニミの色欲のプリン》なのである。今回はあくまでカラメルソースだけを使ったシンプルなものであるが、工夫次第ではいろんなアレンジやトッピングが出来るのである。これもお菓子の醍醐味の一つと思うので、ぜひいろいろと試してほしいのである』


 ともあれ、こうして《ミニミの色欲のプリン》は作られたのである。



▲▽▲▽▲▽▲▽




「……それでは、さっそく食べていただきたい」


 ギルガの合図と同時に、審査員席の全員がスプーンを持つ。そして、ぱくりとそいつを口に入れた。


「おいしいっ! おいしいおいしいおいしいっ! とーってもおいしいっ! ぷるぷるであまあまで、とにかくすーっごくあまくておいしいのっ!」


「あら……! 甘みもしっかり効いていて、鼻に抜ける香りもすごく心地いいわ……! な、なにかしら……この、妙にうっとりするような抗いがたい不思議でドキドキする気分は……!」


「へえ。しっかり甘いけど、くどいって感じの甘さじゃないな。強いのに優しい、そんな甘さだ。どことなく懐かしさすら覚えるよ。これなら甘いのを好まない男達でもいくらだって食べられるんじゃないかな」


「このぷるぷるで滑らかな舌触りもいいのう! 口の中でつるんと滑って溶けていきよるわ! 噛み応えがないのがちと残念じゃが、これは女子供には大うけする事間違いなしじゃ!」


「うまいゴブ。これ結構好きゴブ。なんか本能的に好みっぽいゴブ。百億万個くらいよこせゴブ」


『デザートもまた大好評のようですね! どうやらミニミの乳は普通の乳とはまた違った味わいがある様子! 滑らかな口当たりからも、プリンとの相性はよさそうだ! さっきあれだけ言ってたくせにやっぱり顔をほころばせる審査員のみなさまに俺ってば戦慄を隠せないぜ!』


 シルクスはへらへら笑いながら嬉しそうにプリンを食べる審査員を眺めている。カラメルソースの香りを嗅いだりはするのに、やっぱりそれに手を付ける気はさらさらないらしい。彼の場合、本当に仕事としての意識があるために食べないのか、それとも別のふざけた理由のために食べないのかがわからないから困ったものである。


『ヘイ! そこのカメラ兼ナレーション兼記録係のアナタ! 俺はいつだって真面目にちゃんと仕事しているよ! 材料集めの時もそうだけどさ、俺たぶん冗談抜きで一番仕事をこなしているんだぜ! ちょっとは労わってくれてもよくない?』


 ええー……だってあなた、普通にねぎらいの言葉をかけるよりも罵声を浴びせたり殺意を向けるほうが喜ぶじゃないですか。魔人はこの手の負の感情を嗜好品として楽しむって聞きますけど、あなたの場合それが特に顕著過ぎて本物のそっち系の人なんじゃないかって噂があるんですよ?


『根も葉もない噂があることにショックを隠せないぜ! 俺ってば魔人としてまっとうに美食を追い求めているだけなのにね! 魔人の生理的な特徴なんだからそこらへんはそっとしておいてほしいよ! ではでは、ナレーションさんもお待ちかね! デザートのプリンとしゃれこんじゃってください!』


 シルクスはいたずらっぽく笑いながら、魔術を使って私の目の前にプリンを召喚した。


 どれどれ、それではさっそく……。


 わあ! なんですかこのプリン! 口当たりがびっくりするほど滑らかでとろとろじゃないですか! なんか舌の上をするするって滑って行って、あっという間に消えてしまうんですよ! モノを食べているってよりも、プリンのほうが私の舌を舐めに来ているって感じがしますね!


 それにこの何とも言えない甘さ! ミニミの乳の特徴でしょうか、ふわっと鼻に抜けていくそれに、なんとなく懐かしさみたいのを感じるんですよ。決して強い香りではないんですけど、それでもしっかりと印象に残る甘い香りなんです。なんだろ、どこかで嗅いだことがある様な……?


 ううん、それにしてもこのプリンそのものの甘さも侮れませんよ。卵の甘みと乳の甘みがこれでもかってくらいに凝縮されて生き生きとしているんです。もちろん砂糖の甘さもしっかりかんじるんですけど、なんかただ甘いってわけじゃなくて、お菓子の甘い……言うなればプリンの甘さってのになってるんですよね。


 そこにほら、このカラメルソース! ほんのちょっぴり焦がしてあるのか、絶妙な香ばしさとほろ苦さがあるんです! 単体だけでもびっくりするくらいに甘さとほろ苦さのバランスが取れていておいしいのに、それがプリンの甘さをどこまでも引き立てているんです!


 これもう、最強ですよ。プリンだけ食べていてもおいしいですし、カラメルソースと一緒に食べていてもデリシャスです。柔らかい口当たりと優しい味だから、それこそいくらだって食べられちゃいます。まさに別腹ってやつです。お子様や女性でこれが嫌いな人っていないんじゃないでしょうか。


 はあん……! それにしてもおいしい……! 一気の食べるのがもったいなさすぎますよう……! でもでも、ちびちび食べずにぱくってスプーン一杯に頬張りたいしぃ……!


 冗談抜きでお代わり大盛りお持ち帰りのスリーコンボを決めたいですって。ついでに別腹の量産体制に入らないと。


 シルクスさん、こんなものでどうでしょう? お菓子の食レポ、初めてにしては結構うまくできたと思うんですけど。


『いいねいいね、すっごくいいよ! なんかいつもよりちょっとだけおいしそうに感じた! なに!? もしかしてナレーションさんそっちの才能あるの!? なんかそういうのやってたりした!?』


 いえ、マジで本当に心当たりはまるでないんですけどね。まあ、もしかしたら前世とかパラレルワールドの私がそういうことをしていたりするのかもしれません。なんでかしらないけれども、私も妙にプリンについては気になるというか、思い入れみたいのがあるんですよ。


「はあ……! おいしいよぉ……! うれしいよぉ……! しあわせだよぉ……」


「ちょ、ちょっとこれは止まりませんわね……! 頭がぽーっとしてきますわ……!」


「なんか、わかっちゃいたけどリルララとキャロルがすんげえ夢中になってるな」


「ふむう……。女子供で甘いもの好きってことを抜きにしても、ちょっとこれはおかしいのう……」


『いいところに気づいたね! たぶんだけど、乳ってのは文字通り赤子の血肉になるものであり、そもそも体液だから血液のそれと魔法的な意味でも性質がすごく似ているんだ! だから吸血鬼であるリルララちゃんは種族的な特性もあって特にお気に入りになっちゃったんじゃないかな!?』


「儂、あのクソ魔人がまともに仕事をしたのを初めて見たかもしれない」


『キャロルちゃんの場合は……! ねえ!? わかるよねえ!? 察してくれるとうれしいな! 紳士な俺の口からはとても説明できないよ! まあ、サキュバスと言う種族特性上、それっぽいのに興味津々なのがまるわかりだけどね! むしろキャロルちゃんは出す方だけど! こう見えて実は……いや! 実を言わなくてもえっちなんだよね、キャロルちゃん!』


「離せ! 今度という今度はアイツを潰す! 八つ裂きにして串刺しにして豚のエサにしてやる! 指も舌も耳も切り落とし、四肢をもいで生きたまま餓鬼の巣穴にぶちこんでやる!」


「落ち着け落ち着け。気持ちはほんっとうによくわかるけどあいつを付けあがらせるだけだ」


「感情に任せて無暗に突撃しても奴には届くまい。やるのなら、しっかりと作戦を練って皆の力を合わせねばならぬ」


「リルララ、いくらでも協力するよ。正直あのクソ魔人が消えたところで何とも思わないもん。それにリルララも、いい加減我慢するのに飽きちゃった」


「よくわかんないけどお楽しみが始まるならゴベル様も混ぜろゴブ」


 キャロルさん、マジでガチでブチ切れちゃっています。体格や腕力でガラッシュさんに劣るはずなのに、気迫だけでガラッシュさんの羽交い絞めから抜け出しそうなほどです。今も『ふーッ! ふーッ!』って息を荒げていますし、このままじゃ本当に……あっ! リルララさんがプリンを口に入れたら途端に顔をふにゃりとほころばせました!


 あは、なんかすっごく可愛い顔しています! これ、間違いなく今日のベストショットですよ!


「……ちなみにであるが、我が相棒であるシルクスを仕留めるのは至難を極めるのである。我輩、狙った食材は全て確実に手に入れてきたであるが、そんな我輩が唯一仕留められなかったのがあいつなのである」


『俺もまさかたかがオーガにあそこまで追いつめられるとは思ってなかったよね! お互い全力を出し尽くしてダブルノックアウトして、そこで奇妙な友情が芽生えたのが俺たちの始まりなんだぜ! オーガに食い殺されそうになるなんて、世界は広いなって思ったよ!』


「我輩も獲物に逆に殺されそうになるなんて初めての経験だったのである。……ふむん、そろそろ新しい食材に挑戦してみるのもおもしろいやもしれぬな。……なに、先っちょだけである。どうせ腕の一本や二本、すぐに再生するだろう?」


『怖いッ! 恐ろしいッ! 身の毛がよだつッ! 冗談抜きで俺は今身の危険を感じているぞ! お前は相棒でさえも食材としか思えないのか飯テロリスト! 俺たちの友情は何だったんだ飯テロリスト! 飯のためなら親友さえも食材にするのか飯テロリスト! ……そしてどこにも味方がいないのかマジ怖い! なんでみんなそんなに目を輝かせているの!? 凄まじい絶望感だよコレ! こいつとまた戦うなんでマジでごめんだよ!? 底なしの絶望が美味しすぎて気絶しそう!』


 魔人料理、かあ……。活け造りはなんかおなか壊しそうだけど、丸焼きなら結構おいしそうかも……!


『どうなる!? どうなる!? どうなっちゃうの俺!? これからとうとう番組が路線変更してガチバトルものになっちゃうのか!? テコ入れ入ってグルメのぐの字もなくなっちゃう感じなのかな!? ……いいぜ! 俺の準備はとっくにできてる! この世の全てから、俺は俺を守って見せる! さあ、いつでもかかってこい……って言いたいところだけど!』


「……本当に残念ながら、今日はもう時間が来てしまったようなのである」


『さらにいえば、次回はいよいよ最終回! ……ちょっとまって!? これってマジで俺ってばお役御免!? このノリで倒されてそのままミニミの次の食材として美味しく頂かれちゃう感じ!? えっ、ちょっ、この番組ってまさかそういうことなの? キャストが一人一人順番にお料理されちゃうの!?』


「……最終回は悲しいのである。いろんな意味で。そして、我輩はここで今回の収録が終わってしまうのもとてもとても残念に感じているのである」


 審査員席からも本物の嘆きの声が上がった。悲しさと無念さを全員が表情と声でこれでもかと表している。それは美味しいミニミのフルコースが終わってしまうことによるものなのか、それともチャラチャラクソ魔人をここで仕留められないことによるものなのか。その答えは彼らだけが知っている。


 ……私は信じているぞ飯テロリスト。あなたは最強の飯テロリストなんだぞ飯テロリスト。しっかり期待に応えてくださいよ飯テロリスト。


『次は《ミニミの強欲のブラッディワイン》をお届けするよ! その時までお腹を空かせて待っててくれよな!』


 シルクスがカメラに向かって走ってきた。魔人特有の残酷な微笑みを浮かべている。ついでにどアップである。


『それじゃあ次回をお楽しみに! みんなも元気に飯テロしようぜ!』

・【乳】

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