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6 暴食の丸焼き

『さあ、待ちに待ったこの時間がやってまいりました! 楽しみにしてた方こんにちは! 楽しみにしてなかった方ごめんなさい! いつもの番組をジャックして、今日この時間は特別番組【飯テロリストのグルメキッチン!】を放送しちゃうよ!』


 軽薄そうな若者が煙の中から飛び出して、周囲にいる観客にぺこりとおじぎをした。極上の笑みを浮かべており、周りに向かってぶんぶんと手を振っている。彼が立っている不思議な舞台──実はこれも彼の魔人としての実力で作られたものだ──からは光と音楽が溢れ出て、その場にいる全員に大いなる何かの予兆を感じさせた。


 魔人の彼──シルクスはそのことに満足したのか、いたずらっぽい笑みを浮かべながらぱちりとウィンクしてくる。


『毎回毎回この登場で芸がないって? テンプレ焼き増しついでに能無しだって? これはお約束ってやつさ! 変わらない安心感ってのを俺は君たちに提供しているんだよ! ぶっちゃけいちいち新しく考えるのが面倒なだけなんだけどね! それじゃあシェフと審査員、まとめてカモン!』


 シルクスがぱちりと指を鳴らすと、舞台からミルクのように濃い煙が吹き上がる。舞台中央に筋骨隆々な大きく黒い影がぬうっと現れた。


『美食のためなら東へ西へ! ロースを寄越せと天龍狩って、刺身にさせろと海龍捌いて、丸焼きしようと地龍を屠った! そんな最強料理人! 誰が呼んだか飯テロリスト! 飯テロじゃなくて普通のテロもできるヤバいやつだぞ!! 【最強の飯テロリスト】……ギルガ・オルガ!』


「……どうも」


 最恐の飯テロリスト、かの有名なオーガのギルガ・オルガである。全身をコック装備で固めた彼は今日も気合十分で、その全身からは一流の飯テロリストだけが発することできる、殺意のそれにも似たオーラを放っていた。


『審査員のみなさんの説明、今日はみっちりやってくよ!』


 シルクスが笑う。彼は心底愉快そうにパチリとウィンクし、暗黒の血槍を虚無に葬った。


「いいから早く進めてよ! リルララすっごくお腹空いてるの! スペシャルメニューすっごく楽しみなの!」


『くぅーッ! まじめに仕事をしようとしたらこのザマだよ! なんでこんなに殺気を向けられてるんだろう!? 意味わかんないぜ! でもでも、今日もステキな悪意と殺気、ゴチになります!』


 念のため補足しておこう。シルクスたち魔人は、人の恨みつらみや絶望、嫉妬や怒り、その他負の感情を生きる糧とする。普通の食糧だけでも生きていけないことはないのだが、彼らにとってそれらは嗜好品とくくるにはあまりにも大きな存在であるため、こうしてちょくちょく【つまみ食い】、もとい嗜んでいるのだ。


『それじゃあいつも通りざっくり進めてくよ! よだれ垂らすのは見た目ロリでも結構イタいぞ! 吸血鬼のリルララ・キャンピィティーク! さっきから腹の虫がクソうるせえ! サイクロプスのグードロード! 俺さっき楊枝で歯の間をおっさん臭くしーはーしてるの見ちゃった! サキュバスのキャロル・エレンシア! 普通過ぎてコメントできない! なんか面白いことしておけよ! ワーウルフのガラッシュ! いいからさっさとつまみ出せ! こいつ食べ方マジ汚ぇ! ゴブリンのデ・ガ・ゴベル!』


 直後にシルクスは恍惚の表情を浮かべた。たぶん、すごくおいしい悪感情を楽しめたのだろう。上等の酒を飲んだかのようにうっとりとしている。魔人みんながこんな性格ではない……と信じたい。


『さあ、とうとうやってきましたサプライズの五品目! 休憩中も審査員たちはずっと落ち着きなくそわそわして腹の虫がクソうるさかったぞ! こっちが準備に追われてるのにせっついてくる始末! 頭の中は食べることしかないのかな!?』


「……魔人料理のフルコースって美味しいのかしら?」


「それはもちろん、そっちの意味だよな?」


「リルララ、それ、凄く興味ある」


「ふむぅ……ギルガ殿に食材としての有用性を示せれば、あるいは……」


「いいから食わせろゴブ。どれだけ待たせてるんだゴブ。ちゃんと仕事しろゴブ」


 シルクスは今日も絶好調だ。だがノリと勢いがうざいと言ってはいけない。彼の口上とその実況の実力もまた、飯テロに必要なものであるのだから。


『最後になりますが今日も司会は私、魔人のシルクスでお送りします!』


「……それでは、今日のメニューを紹介させてもらおう」


 ギルガはペラペラまくしたてるシルクスを遮り、黙々と準備に入った。さすがのシルクスとはいえ、料理準備中の飯テロリストにちょっかいを出す勇気はないらしい。普段の仕事をするだけでこの魔人を黙らせるなんてなんてすごいんだ飯テロリスト! 最恐だぞ飯テロリスト!


「……前回の予告通り、今回提供するのは《ミニミの暴食の丸焼き》である」


『それではこれより、飯テロ開始!』


 ──《ミニミの暴食の丸焼き》。


 ギルガの宣言と共に突如として審査員の目の前に現れたのは、そんな料理だった。


 ほどよく太ったミニミが丸々そのまま、全身を火で炙られてこんがりと焼けている。自然に浮き出たのであろう脂がテカテカと光っていて、何とも食欲を駆り立てる感じだ。それにほらほら、あそこのちょっと焦げてるところなんて特に……!


「うまそう」


「うまそう」


「うまそう」


「うまそう」


「うまそう」


『おいおいおい! 審査員のみんなが壊れちゃったぞ!? 唯一の良心のナレーションさんもなんか仕事を忘れてかけている!? 見ただけで心を惑わす料理を作るとは、なんて恐ろしいんだ飯テロリスト!』


 ……はっ! いけない、ちゃんとお仕事しないと……! いえ、台本に載っていないサプライズだったからか、どうもお仕事って感じがしないんですよね。


 こんがりと焼けたミニミは肉の肉らしいまさに肉な香りを放っている。料理としては酷くシンプルなそれは、酷く原始的でワイルドな、命を喰らうという私たちの生物としての本能を刺激してきた。アレに思いっきり齧り付けたらどれだけ幸せな事か。


「……食べてみればわかる、と言いたいところであるが」


『今回の料理にもコンセプトとかあるんですか、ギルガさん!?』


「……うむ。やはりなんだかんだ言ってこうして丸焼きにするのが一番おいしいのである。ちょっと矛盾するかもしれないが、下手に料理として素材に手を加えるよりも、その良さをそのまま活かした方が、時にはより美味になることを知ってほしかったのである」


『それじゃあさっそく、調理風景を見てみることにしましょう!』


 にこにこといたずらっぽい笑みを浮かべたまま、ぱちんとシルクスは指を鳴らす。会場の中央に魔術式の巨大なモニターが現れた。


「巻きでお願い!」


「早送りとかも出来るんだろ?」


「儂は主の腕を信じておる」


「こういう時くらい役に立って見せなさいな。お仕事、早く終わらせたいでしょう?」


『くぅーッ! 会場からの悪い意味での信頼感が心にしみるぜ! 仕事を真面目にこなそうとすると否定してくるなんて新手の嫌がらせかな!? でもでも、どのみち俺ってば仕事はきちんとこなす人だから! ……あっ! この失望と嫌悪の感情マジデリシャス! それではこのテンションのまま、《ミニミの暴食の丸焼き》の作り方、行ってみましょう!』


 煙と光が迸り、辺りがすうっと暗くなる。同時にモニターは何やら映像を写し始めた。魔人の技術の無駄遣いである。


『基本的には普通の丸焼きと作り方は変わらない。内臓をかき出し、お好みで野菜や香草の類を詰め込み、全身に塩を擦りこんで焼架台でじっくりと炙り焼きにしていくだけなのである。ミニミは毛が少ないから、特に処理しなくても毛は焼けて楽なのである。……ああ、頭部の毛だけは残ることが多いから、ここはあらかじめ毟っておくのをおススメするのである』


 映像の中でギルガが手早く処理をしていく。ミニミの頭の毛を毟り、お腹を開いて内臓をかき出した。そこに玉ねぎ、ジャガイモ、キャベツといったたくさんの野菜に、ナツメグやローリエ、堕鳥草といった香草やハーブの類も詰めていく。なんかもうこれだけでおなかが空いてきたぞ飯テロリスト! すごく贅沢な料理じゃないか飯テロリスト! このお預けは拷問レベルだぞ飯テロリスト!


『あとは焼架台にセットし、強い炭火でじっくりと炙り焼きにしていくだけなのである。このとき、表面を焦がさないようにちょくちょくくるくると回さないといけないのがちょっと面倒なのである。場合によっては下に敷き詰めた炭の量を場所によって調整する必要があるのである。……そうそう、耳や指先は意外と焦げやすいから、何か魔法植物の類……オススメは月歌美人の皮であるが、ともかく何かで覆っておくといいのである』


「うおお……! やっぱ丸焼きってテンション上がるよな……!」


「リルララ、こういうお料理ってほとんど食べたことが無いからすっごく楽しみ! 出来ればみんなとお外でわいわいしながら一緒に料理したかったなあ……!」


「ほっほっほ。ならば今度一緒にやればよかろうて。交流会とでも名付けて、みんなで宴を開くのじゃ。さぞや盛り上がること間違いなしじゃぞ」


「ふぅん……まあ、そういうことなら参加しないことも無いわよ? 別に、丸焼きを食べたいからじゃないけど。あくまでこの不況な時代における種族間の交流が大事ってだけだから」


「やったあ! それじゃあ、みんなでいっぱい、いーっぱいミニミの丸焼きが食べられるんだねっ!」


『フゥーッ! なんか知らないところで結構大きな話になってるぞ! 料理一つでここまで影響を及ぼすなんてなんて恐ろしいんだ飯テロリスト! そしてキャロルちゃんがデレたぞ! ついでにナチュラルにハブられたゴブリンがちょっとかわいそう……に思えないのは日頃の行いのせいかな!』


 そんなことをしている間にも映像が進んでく。ギルガが焼架台の前でどっしりと座り込み、職人の眼差しでじっくりと火加減を見ていた。そのまま流れるように自然な動作でくるくるとミニミを回転させ、じりじりとそれが焼き上がっていくのを見守っている。


『……言い忘れたであるが、中までしっかり火を通すためにも腹の中に火暖石をちょっと詰めるといいのである。表面を焦がさず、かつしっかり火を通すのはなかなか大変なのである。必ず強火になった状態でミニミを架け、焼いている最中も炭を切らさないようにするのである。……今回使ったのは大人になりかけの程よい肉を持った若いミニミであるが、焼き上がるのにおおよそ八時間ほどかかったのである』


 八時間! 八時間ですってよ奥様! さすがに単純な料理とはいえ、これは根気が必要になりますね。やっぱりお祭りごととか、ちょっとおめでたい宴会の席じゃないと簡単には食べられなさそうです。


『……さて、とりあえずこうして普通の丸焼きが出来るわけであるが、今回はサプライズとしてさらに、正真正銘の丸焼きを用意するのである。頭部の毛を処理し、塩を擦りこむ以外は一切しない……ミニミの内臓も肉も、そのすべてをぎゅっと詰めて活かしたワイルドで生命力あふれる極上の逸品なのである』


 すごいぞ飯テロリスト。まさかここにきて隠し玉をだすとかなんて狡猾なんだ飯テロリスト。しかもご丁寧に映像まで用意してくれるとは優しいぞ飯テロリスト。あなたはどれだけこちらの心を侵してくるんだ飯テロリスト。


『う、う、うわぁぁぁーっ!? なんて残酷! ギルガ、生きた子供のミニミを押さえつけ、そのまま口に鉄串を思いっきり突き刺したぁーっ!? 痛がるミニミ! 絶叫をあげようにもあげられない! あああ! 鉄串はそのままミニミの全身を貫いていく! ぐあっ!? 尻から先端が出てきた! 全身貫通だ! 当たり前だが血まみれだぞ! 痛い! 痛い痛い痛い! 見てるこっちまで痛くなってくる! 拷問だってここまではしないぞ!?』


 とても嬉しそうにシルクスが実況する。彼は今、輝いていた。


『な、なんてえげつない! 凄腕飯テロリストギルガ、後でおいしく頂くために心臓は潰していない! 即死じゃない! ひどい! ひどすぎる! まだ意識があるというのにミニミはそのまま、生きたまま火あぶりだ! ああああ! チリチリと肌が焦げていく! ミニミが力なくもがいている! 熱くて熱くてしょうがないのに、遠火でじっくり炙り焼きだから即死じゃない! 串刺しだから逃げられない! 血反吐を吐き散らし、もはや反射だけでピクピク動いているのが惨たらしい! 残酷残酷残酷残酷ゥ! なんておそましいんだ飯テロリスト! お前に心はないのか飯テロリスト! どうしてこんなことが出来るんだ飯テロリスト!』


「……我輩、普通に丸焼きを作っているだけなのであるが」


「……うぇっぷ」


「……うっ……食欲が……」


『俺は模範的で品行方正な、嘘偽りの嫌いな綺麗な魔人ですからね! たとえ嫌われようとも、事実をありのままに実況する責任を感じているんです!』


「こ、今回は殊更に力が入ってるな……なんか俺も気分悪くなってきた……」


「……サプライズ、だからじゃろうなあ。お前さんがた、無理せず横になるか水でも飲みなさい」


 グードロードは顔を真っ青にしている三人をまとめて抱え込み、背中をさすったり水を飲ませてあげたりしている。リルララはグードロードにぎゅっと抱き付き、あのキャロルでさえその大きな背中にぐったりと寄りかかっていた。ガラッシュも力なくその膝に頭を載せて目を閉じている。げに偉大なるおじいさまであった。


『あるぇー? みんなさっきまでの食欲はどうしたの!? 今更ミニミが可哀想だとか言わないでくれよな! だってこれ飯テロだぜ!?』


「なら全部ゴベル様が喰うゴブ。ようやくちょっとは期待が出来る料理ゴブ」


『お前ホントにブレないな! そういうの嫌いじゃないぜ! ……リルララちゃん、キャロルちゃーん? そんなジジイじゃなくてイケメンの俺が介抱してあげるよ! さあ、遠慮しないで俺の胸に飛び込んで来い!』


「うぇぇ……あのチャラチャラクソ魔人だけはぜったいにいやぁ……っ!」


「あいつに抱きしめられるくらいなら……このまま舌を噛みきってやる……」


『ああっ! この猛烈な拒絶と……なんだろう!? 言葉に存在しない凄まじい負の感情! サプライズに相応しい最高にデリシャスな逸品! 毎度毎度ゴチになります!』


『……こうしてじっくりじっくり、決して焦らず丁寧に焼けば完成なのである。見た目の迫力もあるし、何といってもこの豪勢さ。普段準備することは難しくとも、祝いの席で食べられるようになったとしたら、料理人としてこれほどうれしいことはないのである』


 ともあれ、こうして《ミニミの暴食の丸焼き》は作られたのである。



▲▽▲▽▲▽▲▽



 そして、予定外のインターバルを挟んでしばらく。審査員のみなさんの気分もすっかり良くなり、とうとうミニミの丸焼きのお披露目会が始まった。


「……せっかくなのである。こういうのはみんなでワイワイガヤガヤ囲んで食べるのが流儀。ぜひともこちらでお行儀悪くがっついて、最高のひと時を楽しむのである」


 ギルガの合図によって審査員たちが席を立ち、丸焼きのほうまでやってきた。今なお保温のために少しばかりの炭火で炙られているそこから、ギルガは巨大な包丁を使ってこんがり焼けたミニミの表面を削いでいく。そして、審査員たちにそれを手渡した。


「……それでは、さっそく食べていただきたい」


 ギルガもまた、どっしりとその場で腰を下ろして肉をつかむ。まるで野外での宴会の様な風景。種族も年齢もばらばらな彼らは、同じタイミングで肉を口にした。


「うっめ! すっげえうっめ! こんがり焼けたミニミの香ばしさがたまらない! うまみと香りがぎゅっと詰まっていて、一口食べた瞬間に口の中に溢れ出る!」


「とってもおいしいっ! あのね、この皮のところが特にパリパリですっごいの! 噛めば噛むほど味が染み出て……リルララ、これ大好きっ!」


「肉汁がすごいわね! 本当にただ焼いただけみたいなのに、今までにないくらいに肉汁があふれてくるわ! 香ばしさとミニミの肉のうまみが合わさってもう最高よ!」


「余分な水分と脂が抜けきって、うまみが凝縮されておるわ! 程よく引き締まっているというのに、柔らかさも格別! パリパリの皮と柔らかい肉の組み合わせがたまらんのう!」


「もっと寄越せゴブ。もっと食わせろゴブ。百個くらいもってこいゴブ」


『大・大・大好評ですね! 審査員たちの食べる勢いが今までと段違いだ! とてもさっきまで吐く寸前だったとは思えない! すんげえ嬉しそうな顔をして口いっぱいにミニミを頬張っているぞ! あれだけ残酷なシーンを見た後だってのに、ちょっとその神経が信じられないぜ!』


 シルクスはへらへら笑いながら食べる審査員を眺めている。やっぱりミニミを食べる気はさらさらないらしい。彼らのまわりをちょこまか動きながら、特に何をするわけでもなく無駄口をペラペラと叩いていた。……おい、早く空気読めよ。


『ヘイ! そこのカメラ兼ナレーション兼記録係のアナタ! そんな射殺すような瞳で睨まないでよ! 別に焦らしてたわけじゃあないんだぜ! ただ、ちょっと極上の悪意を熟成しようとしていただけで……あっ! なんかすっごく背筋がゾクゾクする! ミニミの脂よりもこっちのほうが極上だよ!』


 いいからさっさとよこせ。だいたいなんだ? サプライズとか言いつつこっちは急な仕事振られて全然サプライズじゃねえんだよ。そこのところわかってんのか?


『わかってるわかってる! ちゃーんとスタッフ用の丸焼きも用意してあるんだよね! 生殺しするのもそろそろ可哀想だし、スタッフの皆さんも食べちゃって! ちなみにこれは俺の時空魔術で早送りして作ったものだけど、味は遜色ないよ! ついでにキミらの仕事、俺が魔法で肩代わりしてあげる! なんて俺ってやさしい魔人なんだろうね!? あ、悪いけどナレーションさんはこっちで審査員たちと一緒に囲んでね!』


 分かればいいんだよ、わかれば。……では、早速失礼しまして。


「あなたも大変ねぇ……毎回毎回こんなクソ魔人との絡みがあって」


 おや、キャロルさん。心配してくださってありがとうございます。


「リルララ、尊敬しちゃう! なんだかんだで一番あのクソ魔人の相手してるの、ナレーションさんだもん! いつもお疲れさま!」


 うう……っ! リルララさんのやさしさが胸にしみます……!


「その上儂らと違い、裏方で目立たぬ仕事だしのう……。主の様な縁の下の力持ちがいるからこそ、物事は回っていくのじゃ。感謝の気持ちしかわかんわい」


 いえいえ、そんな! グードロードさんに言われるほど大した仕事してませんよ、私。


「今言うことじゃないかもしれないけどさ、この収録が全部終わったら、みんなで飲みにいかないか? 互いにクソ魔人の相手した仲間なんだ。ちょっとしたお疲れさま会ってことで」


 い、いいんですか!? 私の様な一スタッフを仲間と認めてくれるんですか!? ガラッシュさん、やっぱりあなたイケメンですよ!


『へーい、それってば俺も同行しちゃっていい感じ!? 俺も愉快な仲間だよね!?』


「ゴベル様も行くゴブ。ただ飯食わせろゴブ。仲間はずれはひどいゴブ」


 この二人は無視して、と……。


「……この皮のところが特に美味なのである。主には我がひねくれた相棒の相手をさせて申し訳なく思っているのである。これは我輩からのほんのちいさな気持ちなのである」


 ああ! ギルガさん! わざわざありがとうございます! そんな、飯テロリストの方からお礼なんて言われるほどでもありませんよ! あ、でもでも、出来ればあとでサインください!


 ……こほん。さて、そろそろまじめに仕事しましょうか。


 はあん……! 口に入れたときの衝撃がすごすぎますよぉ……! ぱりぱりの皮の香ばしさがもう全然段違いなんですよ! 脂のうまみが十分に効いていて、噛めば噛むほど味が染み出てきて……! これもう、おいしすぎますって!


 それにこの柔らかいミニミの肉と言ったら……! 脂がしっかりのっていて、おまけにうまみがぎゅっ! って詰まってます! 噛んだ瞬間に肉汁が口の中で大洪水を起こして、お口の中が幸せに包まれるんですよ!


 なんでしょうね、水分と脂がしっかり抜けているはずなんですけど……余分なそれらが抜けたからか、必要なところに存在していたそれらがすごく際立っているんです! じっくり手間暇かけた分、その美味しさも倍増です!


 それに、この肉の甘み! いや、本当にお肉が甘いんですよ! 脂の甘みともまたちょっと違った、肉そのものの甘みってやつです! これもう食べた人じゃないとわかりませんって!


 正直な話、とても同じミニミの肉だとは思えないくらいですよ! 時間がかかるのが難点ですが、それでなおこの丸焼きはおいしいって胸を張って言えます!


 あ、もちろん野菜をつかった料理としての丸焼きもおいしいのですが、やはりこっちのそのまま丸焼きにしたほうが私は好きですね。味付け自体はシンプルなんですけど、生命を食べるっていう原始的な喜びと、奇妙な爽快感があるんです。


 この内臓の所なんて特に、意外に甘くてびっくりするほどおいしいんですよ! 耳肉のコリコリ具合も堪らないです!


 それにちょっとはしたないですが、ひっつかんで口を汚すのも気にせずに思いっきりかじりついて、口いっぱいにミニミ肉を頬張った時の幸福と言ったら……!


 あああ、それにしても本当にこのパリパリの皮が病みつきになるぅ……! もう、これだけ食べていたいよぉ……! 


 シルクスさん、こんなものでどうでしょう? ちょっといつもと比べてまとまりが無いように思えなくもないですが……はて?


『んー? どうしたの? ……あっ!? もしかして俺に惚れた!? 胸の高鳴りが止まらないとか!?』


 そんなはずないじゃないですか。……いえ、今ちょうどミニミの足先の肉をひっつかんで食べているんですけど、なんかパリッとした妙に食感が良いのが入ってたんですよね。なんというか、ナッツとか何かの殻の様な……。


「ふむ……それはおそらくミニミの爪なのである。ミニミは爪が未発達ゆえ、割とそのまま食べられるのである。程よい食感のアクセントになるほか、使い方次第ではいろんなことが出来そうだと我輩は睨んでいるのである」


 ほへー、これ、ミニミの爪なんですかぁ……。つくづくミニミって余すところなく利用できる食材なんですね。


「あっ! リルララもナレーションさんみたいに食べる! 一度こうやってお肉をもって食べてみたかったの!」


「けっこうこれいいよな。フライドチキン風っていうのか? ミニミは小さな骨が少ないから、凄く食べやすいし。……あっ、でも、だったらこっちのあばら肉のほうが脂もしっかりのっているし、太い骨が一本しっかりついているから、リルララにはいいんじゃないか?」


「ほっほっほ。ミニミの脚程度、儂なんてつかんだらそのまま一飲みで胃袋に送ることが出来るぞい!」


「……ふむ。楽しみ方は人それぞれなのである。……ところでキャロル嬢。先程から仄かに不満げだが……主が望んでいるのはこれだろう?」


 すごいぞ飯テロリスト。キャロルの思惑を一瞬で見抜いたぞ飯テロリスト。


 ギルガはおもむろにミニミの頭の方へと回る。そのままその大きな包丁でミニミの頭を綺麗に切り落とした。こんがりと焼けたミニミの顔がギルガを見つめている……けど、目玉は焼けてすっかり白く濁っていた。


「……ミニミのお頭、すなわち兜焼きといっていい代物なのである」


「ギ、ギルガさん……!? なんでわかったんですか?」


「なに、簡単である。キャロル嬢は港町出身。祝い事に大魚の兜焼きが出たのであろうことは想像に難くない。我輩も大好きなのである。特にこの……」


 ギルガはスプーンでそれをくりぬき、キャロルの持っていた皿の上にちょこんと載せた。


「──目玉、である」


『おーっとなんてひどいことをするんだ飯テロリスト! 死体を嬲って目玉を取り出したぞ飯テロリスト! しかもそれを人に食わせようとする始末! なんて残酷でグロテスクな食材なんだ! あ! ああ! あああ! なんとキャロルちゃん、それを嬉しそうに口に運んだぞ! エグい! エグすぎる! そして残酷を通り越して嫌悪感が凄まじい! ただただひたすらに怖いぞ!』


「やっぱりおいしいわぁ……! この濃厚でこってりした味わい……! 人によって好き嫌いは別れるかもしれないけど、この目玉特有の風味は最高よ……!」


「……二個しかとれない、貴重な部位なのである。食べたくなるのも当然なのである。喜んでもらえて、我輩もうれしいのである」


「……リルララも食べたいなあ」


「ほっほっほ。儂は譲るとするよ。あんなに小さいもの、儂が食べても味なぞよくわかりはせんからの」


「俺も譲るよ。そのかわり、そっちのあばら肉はもらうぜ?」


「……ナレーションさぁん……!」


 ……う。わ、わかってますってば。私、本来スタッフ側ですからね。審査員が優先されるのは当然のことですよ。それにそんなうるうるした瞳で見つめられたら断れるはずないじゃないですか!


「ゴベル様は譲らないゴブ。どうしてもと言うなら血で血を洗う抗争も辞さないゴブ」


「「てめえは黙ってろ」」


『ちなみにナレーションさーん? 何回も言うけどリルララちゃんはこの中で誰よりも……』


「消すぞクソ魔人。いい加減綺麗な私であることに耐え切れなくなるぞ?」


『うっひょう! いいねいいねその視線! ゾクゾクするよ!』


「……ちなみに、珍味としてミニミの脳みそも美味しく頂けるのである。数量限定の部位としては、ミニミの舌や心臓──タンやハツもおいしいのである。コリコリの耳もまた別格なのである。さらにぶっちゃけると、お頭全体、特にホホ肉は絶品なのである。ぜひそちらも仲良く堪能してほしい……と言いたいところであるが」


『残念ながら、今日はもう時間が来てしまったようだね!』


 えええっ! そんなぁ……! ここまで焚きつけておいてお預けなんてひどすぎますよ!


 ……あれ、今日は台詞、逆なんですね。これも台本にないんですけど。こういうことをするならちゃんと事前に……ああ、本当に尺が足りないのか。今の、ギルガさんの機転だったんですね。


 ああ、飯だけじゃなくこんな細かい気配りができるなんてなんて計算高いんだ飯テロリスト! もしかして今までの全てが計算づくなのか飯テロリスト! お前の底が見えないぞ飯テロリスト!


『みんなそろそろお腹いっぱいになってきたところかな!? ちなみに今回でメイン料理は終了だよ! 気になる六品目はお待ちかねのデザートだ!』


「……次の休憩の時に丸焼きの残りはゆっくり食べるといいのである。もうほとんど準備の必要はないゆえ」


 うっひょう! さすがギルガさん! そうでなくっちゃ!


『次は《ミニミの色欲のプリン》をお届けするよ! その時までお腹を空かせて待っててくれよな!』


 シルクスがカメラに向かって走ってきた。魔人特有の残酷な微笑みを浮かべている。ついでにどアップである。


『それじゃあ次回をお楽しみに! みんなも元気に飯テロしようぜ!』

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