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元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
第1章
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第35話

寒い日が続きますね。皆さん、体調管理にはお気をつけて(鼻声

「で、どうだった?」


「何がです?」


「席次だよ。主席いけそうって話だったじゃないか。」



 両親よりも食いついてくる先輩に、内心で戸惑う。目に掛けて貰っている事は純粋に嬉しかったが、飼い馴らされている気がしないでもない。



「自分は次席ですよ。主席は次期オルロフ公です。」


「次席かぁ。ま、そんなものだろうなぁ」



 法術大学に於いて、卒業時の席次はそこまで重要ではない。席次はあくまで経歴への箔付けでしかなく、卒業後の能力こそが問われるからである。


 だが、人並み以上の成績と活動をしてきた自負があるドミトリーにはモヤッとしたモノが残るものであった。あったところでセルゲイの言う通りそんなものではあるが。



「そう言えば、派手とか言ってましたけど来賓も見送りも大したこと無いじゃないですか。」


「無理言うな。配ったロケットだけでもかなりの額だぞ。銀製なんだから。それに、下手に来賓呼んだら金がかかって仕方ないぞ。道も悪いし。」



 現実は無情である。道が悪いのはともかく、来賓が金をせびるのはドミトリーの予想外だった。


 だが、考えてみれば貴族たちも収入の種を貪欲に探していることは想像に難くない。むしろ前世での祖国の清貧さが異常であるようにも思えてくる。

 権威による箔付けと言っても帝国の現状では、貴族たちにもかなりの権威が存在するために大学にとって決して武器となり得るものではない。


 集権化の進んでいない皇帝が手綱を握るのに四苦八苦しているのが帝国の現状だった。


 学費だけで運営できるほど教育と研究は簡単なものではない。法術大学の運営は王家の出資によって運営されているが、王家にしても懐には限度がある。事あるごとに手を焼く貴族たちを相手に好き好んで大盤振る舞いするような真似をするはずが無いのだ。



「それは...世知辛いものですね。」



 振る気の無い袖を期待を込めて見つめていた己が急に恥ずかしくなる。

 ドミトリーはいつの間にか視野が狭まっていたことに気づき、恥じらいを誤魔化すためにセルゲイに問いかけた。



「それで、万年次席を呼び出した理由は何です?ウラジミール公でも問題無いと思いますが。」


「今回、銃を主力とする部隊を設立することになってな。使えそうな奴をかき集めてるんだ。ちなみに軍はやりたがる将軍がいなかったから王家直轄だぞ。」



 そう言うとセルゲイは雑な説明と共に徽章を手渡した。


 青い布に盾に麦を掴む双頭の鷲があしらわれたプレートが縫い付けられている。青色の意味は解らなかったが、双頭の鷲は皇帝一族の紋章である。箔付けなのだろうが微妙に仕上がりが雑なせいで何となく有難みが薄い。


 適当に右腕に結わえたが、腕が太いせいでどうにも収まりが悪く気になって仕方がない。結局諦めてほどいて鞄にしまいながら、ドミトリーがセルゲイに問いかけた。



「つまり、新しく編成される銃兵部隊の練成と運営に参加しろという事ですか。」


「ま、そんなところだ。悪いがしばらくは付き合ってもらうぞ。」



 セルゲイがそう言ってどこからか酒瓶を取り出して呷るのを見て、ヴァシリーがドミトリーにすまなさそうに告げる。

 そんなやり取りを今まで静かに見守っていたヴァシリーがドミトリーに語りかけてきた。



「銃が西大陸で猛威を振るっていることは知っているけど、僕自身は銃を扱ったことがない。すべて手探りなんだ。」


「それは自分も同じですよ。」



 ドミトリーは兵役経験があるが、所属は砲兵でありそこまで銃の扱いに熟達していた訳ではない。そもそも先込式の銃の扱いなど知らないのだ。当然、その成分はともかく火薬の作り方などは全くの専門外である。



「出来る限りはやってみますが、自分に出来る事はたかが知れてますので。」


「兄さんは君が銃に一家言あるって言ってたけど...」



 ドミトリーは内心で3年前の事をよく覚えていたものだと感心するが、そんなことを言った記憶がまるでなかった。


...ん?一家言あるなんて言ったか?


 情報の出どころは少し具合が悪そうに酒瓶を見つめており、その真偽はどうにも怪しい。



「取り敢えずは着いてからですね。実物を見ながら話せば出てくる案もあるかと。」



 道が悪いせいでよく揺れる馬車では落ち着いて話すことも出来ず、すでにセルゲイは悪い酔い方をしたのか顔色が優れない。


...なぜ飲んだ。



「先輩、吐くのは着いてからでお願いしますよ。」


「前向きに検討...いや、やっぱり桶取ってくれ。」







 司令部に到着するとドミトリーとヴァシリーはすぐさま馬車から飛び降り、セルゲイが力なく桶を抱えて降りてきた。

 酒が好きなのは結構だが、時と場を考えねば歩く災害と化す。まさか今それを学びなおすとは思わなかった。


 以前から気にはなっていたが、この調子で酒をあおっていればいずれ体を壊しそうなものである。



「兄さん、大丈夫?」


「大丈夫。少し風に当たってくる。」



 ふらふらと力なく司令部の片隅に歩いてゆくセルゲイを見送りつつ、ドミトリーとヴァシリーは司令部へと足を向ける。


 司令部は大学ほどではないが一般的な建築をはるかに超える規模である。石造4階建ての堂々たる建築だが、敷地も建物も満足に除雪されていないために分厚い雪にうずもれている。


...まるで氷の城だな


 2人が玄関に近づくと分厚い毛皮のコートを身に纏った衛兵が敬礼し、ヴァシリーが答礼すると重々しい木の扉が開いて中から侍従らしき初老の男性が現れた。



「お帰りなさいませ、殿下。セルゲイ殿下はいかがなされましたか?」


「ただいま、グラーゾフ。兄さんが馬車酔いして外で吐いてる。片付けの手伝いを頼む。」


「承知しました。では後程改めてお会いしましょう。」



 男性は2人に一礼すると、足早に外へと去っていった。



「今の方は?」


「侍従のグラーゾフだよ。兄共々身の回りの雑務を手伝ってくれている。」



 何か思う所があるのか、ヴァシリーはそれ以上は何も言わずに歩き始めたため、ドミトリーも深くは尋ねずに後をついてゆく。


 司令部内は閑散としており、高級軍人のサロン的な雰囲気の漂う施設だった。

 すれ違う武官はいずれも腕の立ちそうなガタイの良い大男ばかりが目立ち、軍師的な人物は皆無なのが気になる。


 屋内だがカーペットの類は無く、石畳の廊下ではかがり火(!)が暖房がてらに焚かれており、石造りで薄暗い建物だが寒さはあまり感じられなかった。まさに絵にかいたような城らしさの溢れる施設である。


 天井には何らかのレリーフが彫られているようだが、こびり付いた分厚い煤で判然としない。建設当初は違う目的の施設だったのかもしれない。



人気ひとけがないだろう?」



 先を歩くヴァシリーが振り返らずにドミトリーに問いかける。



「はい。もう少し人が多く居ると思っていました。」


「冬は皆領地に帰っているからね。静かなのは今だけだよ。」



 ホールを抜け、階段を上り、途中でかがり火に手をかざして暖を取りつつ、ドミトリーはヴァシリーの後についてゆく。


 

「軍属は皆領地持ちなのですか?」


「全部が全部ではないけどね。帝国なんて言ってるけど、皇帝直轄の土地なんてたかが知れてる。」



 別にそこまで聞いたわけではないが、返って来た言葉は自嘲に満ちたものだった。



「なら、工夫しないといけませんね。銃は金がかかりますから。」


「...それ、本当...?」



 扉の前で足を止めて振り向いたヴァシリーの表情は、向けられた側が動揺するほどに青ざめていた。


 どうやら、相当な面倒事に巻き込まれたらしい。


 銃に関する他国での情報はそこまで入手できていないのか、あるいは意図的に情報を止められているのか。どちらにしても問題である。


 銃、恐らくはマスケット銃的な物だろうと思われるが、剣や弓より手入れに手間がかかる上に濡れても火薬を切らしてもただの鈍器に成り下がる。かと言って鈍器として見てもメイスほど取り回しが楽でもなく、一度鈍器として使えば銃としての機能に不具合が出る可能性が極めて高い。


 そもそも数がそろわなければ戦場で活躍するのは難しく、術式という代替火力のあるこの世界に於いてどこまで効力を発揮できるのかも未知数である。


 術式火力至上主義の権化から見れば、銃はあまりにも貧弱だった。


 とにもかくにも初期投資も継続投資もバカにならないため、銃とは資金力と技術力が無ければ扱いきれるものではない。

 他国の事情は知らないが、少なくとも現状ではこの国の扱う武器としては繊細に過ぎ、リスクとコストが見合っていないようにしか思えなかった。



「まぁまぁ、取りあえず中に入りましょう。いや、そんな表情でこっち見ないでください。」



 株取引に失敗した投資家のような表情は、向けられても気分の良いものではない。


 面倒に見舞われた兄弟に道連れにされた事に思う所はあるが、‟断れる理由が無い”ドミトリーにはどうすることも出来ない。逃げずに向き合って何とか形にするしかないのだ。



「その言葉...信じていいんだよね...!」


「信じるも何も、まだ思い詰めるのも早すぎるから。情報整理しないと、ほら、ね?」



 縋る様な目線から顔を背け、ドミトリーはヴァシリーの背中を押して部屋へと入る。


 一体どのような説明をされたのかは定かではないが、少なくとも次期皇帝になるための実績作りのためのお仕事という線は消えたのは確かだった。


 成功すれば比類なき実績だが、当事者にすら満足な情報が行き渡っていない現状では失脚の下拵えと言ったところだろうか。


 いつの間にかタメ口になっていたが、ドミトリーもヴァシリーも全く気づかずに部屋の中央に置かれた長テーブルに目を向ける。

 大量の羊皮紙の束や巻物が積み重なり、隅には印璽いんじらしき大きなハンコが転がっていた。


 目に入った瞬間反射的に背筋がスッと伸び、顔が強張る。どう見ても重要な書類の扱い方ではない。


 ドミトリーは内心の動揺を押し殺し、努めて平静な声でヴァシリーに問いかけた。



「...そう言えば、編成予算は?」


「概算を出したら必要分を王家から拠出する予定だけど...」


「...限度無しで?」



 テーブルの上に置かれた羊皮紙の束の山をわさわさと移動させながら、ヴァシリーが令状を探す。



「いや、限度はあるんだけど...あれ、どこに行ったかな...」



 張り付けた笑顔の裏でドミトリーの血圧がジワリと上がった。


...だめだ、見ていられない。



 可愛い子には旅をさせよという言葉がある。


 幼い頃から苦労をさせる事で子供はより逞しく育つことが出来るため、慣れ親しんだ環境からあえて離れさせるという、甘やかしがちな親心を戒める言葉である。


 ドミトリーも辛く苦しい体験を重ねるのは素晴らしい事であると考えている。


 それが赤の他人であれば。



「殿下、まずはその書類の山を何とかしましょう。整理すれば出てくる筈です。」



 部屋に広がる打ち解けた空気は、その一言で俄かに緊張を孕んだものへと豹変した。






 出すものを出し終えて口を漱いだセルゲイが部屋に入ると、ヴァシリーとドミトリーが書類束を食い入るように読み漁っていた。



「...あー、すまん。遅くなった。」


「あ、兄さん。もう少し待っていてくれる?」



 書類の束から目を離さずにヴァシリーが声を掛ける。



「先輩、声かけてる人のリストってあります?」


「いや、書面にはしていない。何なら書くかい?」


「お願いします。」



 完全に真面目ガチモードになったドミトリーからの問いかけに、セルゲイも遅まきながら書類との戦いに参戦することとなった。



「ところで、今後の計画とかは...」


「これが片付いてからにしましょう。まだ整理しきっていないので。」


「あぁ...うん...。」


「兄さん、初期調達の銃の保管場所だけど...」

 


 編成に際して関係各所からの資料や要望書などがうず高く積まれたテーブルは、3時間ほどでやっとチークの板が見える程度には片付いた。

 久方ぶりの事務仕事に、ドミトリーは非常に充実した時間を過ごすことが出来たのである。



「はい、ひとまずはこれで整理は完了ですね...大丈夫ですか?」


「あぁ...うん...。」


「兄さん、死んじゃだめだよ。まだ。」



 書類相手は不慣れなのか、セルゲイは憔悴しきっていた。


 よくよく考えれば廃嫡されて以降は公務に携わることもなかった筈である。本能と好奇心の赴くままに行動してきた彼にとって書類仕事は自分以外の誰かがする事だったのだろう。



「死なないよ...。」



 虚ろな表情と濁った眼で言われても説得力は皆無である。


 乱雑に積み上げられた書類の中には、軍関連の施設の場所が記された地図や各地に駐屯する部隊の一覧なども混ざっており、与えられた情報量から見るに決して軽んじられているわけでもなさそうだった。


 軽んじていないのにも拘らずこの丸投げっぷりはそれはそれで大きな問題だが。



「チャイの用意が出来ました。皆さん如何ですか?」



 精神的に瀕死のセルゲイが脊椎反射的にチャイに飛びつくと、ドミトリーとヴァシリーも笑いながらカップを受け取る。



「申し遅れました。私めはヴァシリー殿下の侍従を任じられておりますグラーゾフと申します。」


「こちらこそ挨拶が遅れました。自分はドミトリー・パブロヴィチ・サムソノフ。セルゲイ殿下の後輩であります。」


 カップを差し出すとグラーゾフは一歩下がってドミトリーに自己紹介をし、ドミトリーも立ち上がると一礼して自己紹介をした。



「堅苦しいなぁ。」



 そのやり取りを見ていたセルゲイが苦笑いを浮かべる。カフェインの摂取で息を吹き返したらしい。



「先輩、こういうのが大事なんですよ。礼には礼を。」


「殿下には昔から手を焼かされておりますれば。」



...この男、見かけによらず良い性格をしているな。


 内心で最大限の賛辞を送りつつ、ドミトリーは与えられた資料に改めて目を落とす。


 明確な予算制約は無いが、現在帝国が調達した銃は合計で200ほど。部隊を編成するにはあまりにも少ない。1挺で300ルストという価格は平均的な官僚の年収に相当する。

 これに加えて弾丸や火薬、兵の訓練・教育費用を加算すると目を覆わんばかりの支出となる。


 現状ではコストパフォーマンスの面で見れば、腕の立つものをかき集めて剣を持たせた方が遥かに安い。



「一頻り見ましたが、今ある銃で部隊を編成しても帝国にとっては利点は薄い気がしますね。」


「そうか?兵力を増やすことが出来るのは大きいと思うけど。」



 手軽に兵を調達できるのは大きな利点だが、万が一大きな損害を受ければ国家に与える打撃はその比ではない。革命が起きて全てを失う可能性もある。



「増やした兵力を溶かしたら国が傾きますよ。」


「あ、それもそうか。」



 セルゲイがどこまでその危険性を理解しているのかはわからないが、ドミトリーは銃という新兵器を使うための準備があらゆる面で不足していると感じていた。


 ちなみにドミトリーは自覚していなかったが、前提が国家規模の総力戦のためこの世界に於いては悲観的過ぎる想定である。 



「剣兵は一隊で何人でしたっけ。」


「最小で120人くらいだね。大編成だと500人位かな。」


「そう考えると今の200は規模としても中途半端だな...」



 テーブルを囲んで唸る一同。


 考えれば考える程要らない気がして仕方がない。法術という代替火力が存在し、下手な火薬よりも威力がある現状ではどうしても霞んでしまう。他ならぬ自分が火力至上主義の化身の様なものであるため、ドミトリーは銃に対する興味をどうしても抱きづらかった。


 だが、軍事的な面で見れば大きな価値のある存在であることは確かなのだ。



「まずは銃を安定的に使える環境を整えるところからですかね...。玉薬の供給量を増やしたりとか。」


「編成と運用は?」


「やる気のある若い士官を見つけてくるか、自分たちで育てるかのどちらかでしょう。すべて手探りですから。」



 気の長い話だが、時間をかけて編成してもモノになるかは未知数である。


 大きな戦争らしい戦争もないまま、この130年の間平和を謳歌してきた東大陸では、新兵器への興味を持てという方が酷であるとも言えた。



「とにもかくにも人を集めなければいけませんね。」



 ドミトリーはそう言うとチャイを一気に呷った。







「銃兵隊編成委員会?」



 整理した羊皮紙の山を前に、セルゲイがドミトリーに聞き返す。



「この際、全てを抱え込むのは避けるべきかと。どう取り繕っても手探りの状態ですから。各方面から専門家を集めて話し合って検討するのが一番だと思います。」


「確かにそうだけど...」



 馴染みの無いやり方を提案され、ヴァシリーが渋る。


 帝国に限った事ではないが、教育を受け官僚としてある程度の能力を持つものは特権階級と一部の富裕層に集中している。

 名のある政治家や軍人はそのほぼ全てが特権階級から、国家の神経たる官僚は富裕層の出身で占められている訳だが、特権階級と富裕層もまた埋めようのない壁によって隔てられているのが帝国の現状である。


 自らその特権の拠り所である義務を手放すように思えたのだろう。



「無理に抱えてとん挫すれば大きな損失になります。最終的な纏め役こそ殿下の腕の見せ所でしょう。」



 そう言ってドミトリーは逡巡するヴァシリーを後押しする。将来的な損益を見れば、今ここで躊躇いを捨てなければならない。


 帝室ともなれば‟我らが名君”たるを求められる訳だが、求められて何とかできるほど世の中は甘くない。求める側が人ならば、応える側も人なのだ。どこかで何かしら折り合いを付けねば悲劇を生む。

 牙が民に突き立てられる前にあらかじめ抜いておくのも一つの選択肢であるが、どうせなら牙の使い方を理解してもらった方が良いに決まっているのだ。


 ちなみに、俗に言う所の大国は人を育てないというのは、無理をして育てずともすそ野が広いために人材が集まってしまうのが原因ではないかとドミトリーは考えている。


...人がいないなら、育ててしまえば良い。


 世界中の教育家に喧嘩を売ること請け合いだが、ドミトリーは時間をかけて人材のすそ野を広げて行くつもりだった。

 ドミトリー自身に与えられた時間は、常人に比べれば少なくは無い。

 


「ヴァシリー殿下が委員長で先輩が副委員長。これは確定として、他は適当に集めた面子に役割を割り振れば良いんですよ。まともな面子とブレない纏め役が居れば形になります。」



 横着者でなければ上に立つことは出来ない。そういう意味ではセルゲイの方が上役に向いているのだが、上位者であるヴァシリーをのけ者にする選択肢は元から無い。かくなる上は力を合わせて支えるのみである。



「...まぁ、仕方ないな。ポシャるよりはマシか。」



 セルゲイも日頃の態度には出ないが、そこら辺の義務感はしっかりと持ち合わせているらしい。


 諸々の事情で世に出る前にご隠居状態のセルゲイだが、廃嫡前は帝王学などを一通り修めていた。統治者とはかくあるべしという指針があるだけでも、その目に見えてくるものは自然と変わってくる。


 ならば何故日頃のフリーダム具合が出てくるのかと思わなくもないが、何となく理由を察したために敢えて尋ねる事はしなかった。賢明なる友人は万金に値する。要らぬ事を口にして隔意を持たれるのも、下らぬ理由で友人を失うのも御免だった。



「うん...よし、そうと決まれば試し撃ちしよう。外に行こう。」



 ‟敢えて気を回さずとも、自然体でその場の話題と気分の転換を図ってくれる”


 俗な事だが、何よりもそれが出来る人物である事こそがドミトリーがセルゲイを高く評価する理由である。いろいろと秘めたる才能の片鱗を見てはいたが、ドミトリーにしてみればそんなものよりもその能力の方が遥かに価値があった。


 気の置けぬ友人は望んでも得られるものではないのだ。



「グラーゾフ、廃品の鎧と銃一式を用意してくれるかい?」



 ヴァシリーが部屋の傍に控えていたグラーゾフに指示を出し、ドミトリー達は席を立って身支度をし始めた。





 雑な除雪でかろうじて開けている一角で、ドミトリーは構えていた銃を下した。


 日が傾いたせいで風が容赦なく牙を剥き、鉄製の弾込めの槊杖さくじょうが手に張り付いて難儀したものの、都合3発を壊れた鎧に打ち込んでいた。


 一発は火薬不足で弾かれたが、2発は鎧をしっかりと撃ち抜いて古臭いプレートメイルに風穴を開けていた。



「思ってたより威力があるな。」


「でも、投槍ジャベリン投石器スリングよりは手間がかかるね。」



 もっこもこに着ぶくれした兄弟がその様子を遠巻きに見ている。


 扱った事など無い代物だったが、取り敢えずは見たままに火薬と弾を込めて撃った感想を言うならば、思った以上の威力があった。



「ある程度離れると狙い撃つのはまず無理ですね。最低でも相手の顔が見えるくらいは近づかないと。」



 精度には難があるものの、弾を込めて撃つだけであるために扱いは楽である。銃自体の重量もあって撃った際の反動は思いの外小さかった。小柄な者には扱いづらいサイズだが、帝国は体格の良い者が多いために問題とはならないだろう。

 


「一発撃つごとに弾込めは面倒だな...」



 先込め式の銃の運用はどちらかというとクロスボウに近いものがある。違いがあるとすれば交戦距離だが、身体強化などの術式を合わせればかなりの戦力になることは容易に想像がつく。



「取り敢えず玉薬が怖いですね。製造も保管も慎重にしないと。」



 ちなみに、セルゲイも撃ちたがっていたのだが、見慣れない火薬を扱う事からドミトリーが強硬に反対して取り上げた。

 初弾が威力不足だったのも、火薬の扱いに極めて慎重であったことが原因である。とにもかくにもこの黒い粉末に対して、生前の知識が激しく警鐘を鳴らすのだ。


 万が一暴発して指を飛ばしたりされてはドミトリーはこの国にいられなくなってしまう。



「ドミトリー、そんなにその黒い粉...玉薬は危険なのか?」


「危険ですね。使い方を誤らなければこの上なく役立つと思いますが。」



 改良と研究を重ねれば近代工業に欠かせない技術にも繋がる上に飢餓に対する劇的な解決が図れる。放置しておく理由は無い。



「なら、やっぱり銃は取り入れる価値はあるな。」



 何だかんだで新しいものに抵抗の無いセルゲイが、寒さを紛らわすために足踏みをしながら言う。


 北国に生まれ育っても寒いものは寒い。慣れていても平気ではないし好きでもない。耐えられるだけである。



「戻って暖かいチャイを飲もうよ。」



 そういうや否や、風に背を向けてモジモジしていたヴァシリーが真っ先に司令部へと駆け戻り、セルゲイがその後に続いてゆく。


 ひとり残されたドミトリーは銃一式を箱にしまって担ぐと、風穴の空いた鎧を脇に抱えて司令部へと戻った。






 

「手間と金はかかるけど、鎧を無力にする程度の能力はある。」



 上品なカップからマグへと持ち替えて、ヴァシリーが呟く。


 部屋の片隅に風穴の空いた鎧を‟飾る”と、ドミトリーは席についてマグへと手を伸ばす。その様子を目で追いながらセルゲイが呟く。



「長期間の鍛錬なしに戦場に出せる、王家独自の戦力...直轄領を使えば...」


「魅力的ですか?」



 教育に悪い表情を浮かべてぼそぼそと独り言を垂れ流すセルゲイに、ドミトリーが茶化し半分で問いかけた。



「魅力...?そうだな、少なくとも魔族との取引程度には魅力的だ。夢が広がるぞぉ...。」


「兄さん、そんな顔するから女の子達に怖がられるんだよ。」



 人の事を言えた義理ではないがヴァシリーの諫言から察するに、セルゲイもご婦人方が怯えるくらいには凶暴な人物扱いのようである。



「扱うモノがモノなので、あまり早急な編成は避けたいところですが...時間の猶予はどれくらいあるんですか?」


「3年を目途に形にしたいと考えてる。出来ると思う?」


...正攻法では無理だな。使える時間が短すぎる。


「この国が常夏の国なら可能でしょうね。」


「さすがに無理か...」



 基幹となる人員がいない状態から新規の部隊を編成するには3年は短すぎる。


 一年の半分は雪に閉ざされるこの国で、大々的な公共事業が進められるのはごく僅かの時間しかない。地元の者ですら越冬に失敗して命を落とすほどに帝国の冬は厳しいのだ。

 銃兵という未知の戦力をモノにするには他国の比ではない時間と手間が必要になる。力技による解決も、必要な金の当てはあっても賄い切れるかと言えば難しいと言わざるを得ない。



「最悪の場合、計画の延長も覚悟した方が良いかもしれません。」



 みしみしと音が出そうなほどに眉をしかめ、ドミトリーはそう告げた。





 その後、議論は何度か盛り上がりと盛り下がりを繰り返したが、日没を迎えたために散会となった。


 つい先ほどまでヴァシリーとセルゲイが酒瓶片手に寛いでいたが、2人とも眠気には勝てずに寝室へと撤退し、ドミトリーが1人部屋に残って書類に目を通していた。


 薪の爆ぜる音に包まれながら暖炉の傍で羊皮紙に重要事項と決定事項を纏め、ドミトリーは静かに頭を回転させ続ける。

 手元にはインク壺とチャイのポットが置かれ、冷めかけのチャイを時折口に運びつつ黙々と羽ペンを進める。


 何が求められ、何が必要なのか。どうすれば要請に応えられるのか。ひたすら考える。


 現実など何時もそんなものであるとは解っていても、もう少しどうにかならないかと足掻いてきた前世である。今世に於いても向き合い方を変えるつもりは無かった。


 それでも結論は変わらない。



「...どう考えても無茶だ。」



 無茶なのだ。目に付き思い付く全てが。 


 そもそもこの時代水準の軍の運用など知らないドミトリーが編成委員会の幹部になること自体がおかしい。莫大な公費を投じた事業を年端も行かない子供に丸投げするのも無茶極まる。

 そういう社会であると言われればそれまでだが、薄々と感じていたこの国の雑さが一気にドミトリーの元へ押し寄せている。


...何か悪い事をしたのだろうか。


 思い当たる節が無いわけではないが、それでも今の状況を招来する理由になるとは思えない。

 ドミトリー自身の預かり知らぬところで何らかのやり取りがあったのは確実だが、ヴァシリーは把握しておらず、セルゲイは思わせぶりな様子を見せたがそれ以上の反応は無かった。



「即席ででっち上げるには規模が大きすぎる。もし、これが教育の一環ならスパルタもドン引きだろうな...」 



 ドミトリーは自身で纏めた書類を手に取りながら独り言ちた。


 暖炉に照らされた手は赤く冷え切っており、暖炉の傍でも容赦なく体温は奪われる。


 部屋の片隅の暖炉に文机と椅子をわざわざ移動しなければ、手先が悴んで書き物どころではなくなってしまう。春がすぐそこまで近づいても、帝国の冬は生きとし生けるもの全てに容赦がない。


 明らかに露出面積で勝る尾よりも先に手が限界にくるのが不思議ではあるが、実際そうであるためにドミトリーは手先を優先していた。それでも見事なあかぎれになってしまうのが悩ましい。



「サムソノフ様、そろそろお休みになられては如何ですか?」



 部屋の隅で控えていた使用人の若い女性が声を掛ける。


 首まで覆う飾り気の欠片も無い黒いドレスの上に、くすんだ白地の厚手のエプロンを身に着けた姿はメイドというよりも漁村の娘といった趣である。実に野暮ったい。



「突き合わせてしまって済まない。寝室を借りられるかい?」



 今更ながらにドミトリーは、寝泊まりする場所に関して完全に失念していたことを思い出した。





 案内された寝室は来客用の寝室らしく、大学で提供されていたものよりもさらに上質な部屋だった。



「本当にこの部屋でいいのかい?」


「こちらの部屋にご案内するように申し付かっています。何か不備がありましたら...」


「いや、不満ではない、疑問だよ。平民には過ぎた待遇に思えるんだが。」



 使用人側が軍人や貴族の相手に慣れていたのが裏目に出たのか、いまいち要領を得ない返答しか得られず、結局ドミトリーは違和感をぬぐえぬままにベッドに腰かける事となった。



「...はぁ。」



 一日であまりにも多くの出来事があり過ぎ、腰を掛けた傍から倒れ込んでしまいそうになる。重みを増す瞼に耐えつつ、ドミトリーは寝る前にトランクから道具一式を取り出して身繕いを整え始めた。


 角を磨き、鱗の剥がれを取り除く。


 濃緑色の艶やかな鱗も季節や体調によって荒れたり色褪せたりする為、他の尾のある亜人種同様に手入れは欠かせない。

 なお、年を取ると徐々に暗い色彩となるため、加齢による外見上の変化に乏しいエルフに比べれば年齢の判別は容易である。


 悴む手で鹿革セームで角を磨き、高価そうな寝具を痛めぬようにサックを嵌める。


 寝具を傷つければ何を言われるか分かったものではない。給料が出たら早めに何処かで部屋を借りる必要がある。当面は帝都暮らしが続く以上、活動の拠点を用意しなければならない。

 鈍くなる頭で思い付いた事を羊皮紙に書き込み、手帳に挟み込む。



「ダメだ。限界。」



 根性で整えた身繕いもそのままに、ドミトリーはベッドに倒れ込んだ。



 夢は、見なかった。



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