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元宰相の異世界物語(仮題)  作者: 徳兵衛
第1章
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第31話

 絶不調。書く時間も取れない上に筆も進まない。ネタだけが溜まる一方...


12/24誤字修正しました

12/25微修正しました。内容に変更はありません。

 2度に渡るドミトリーの爆発は、学外実習の方向性を大きく変えた。


 従軍法術士としての実戦経験を積ませるという当初の予定は完全に形骸化し、実習生たちは安定した食事と比較的整った衛生環境の下、自身が大学で身に着けた知識と技術を戦闘以外の方面に向け始めたのである。


 先陣を切ったドミトリー達の土塁と風呂の建設に続き、食料保管用の倉庫と居住用の建屋の建設、周辺に残された遺構を再利用した橋の再建など、企画された作業計画は多岐に渡った。



「術式なしでも出来る事ばかりだが、法術士がいればこんなに楽になるのか...」



 本来であれば年単位で建設されるはずの施設が、早回しで見ているように次々と建設されてゆく。半ば悲壮な覚悟で再建に臨んでいたオーク達の度肝を抜く光景に、若頭かしらが呆然と呟いた。



「痒い所に手が届く。それが術式。これだけ沢山術士がいれば当然だ。」



 それに満足げに返すドミトリーも内心では法術の利便性に舌を巻く。


 術式を民生に転用した際の効果はドミトリーの想像をはるかに超えていた。

 一般的な建築に必要である念入りな計画や事前の資材の集積をほとんど必要とせず、失敗した際の修正は発覚した時点で処置される。

 素人作業にも関わらず作業が迅速に進んだのは、トライ&エラーが術者にとって容易であったからに他ならない。試行の数だけ経験を積み、より早く完成度の高い作業が可能になるのである。


 限度こそあるが、そもそもマンパワー無しに大きな力を発揮することができるという強みが法術士にはある。

 加えて、読み書き計算をこなし、意思の疎通が円滑であるという事がその効果をさらに高める。口頭では曖昧で不確実だが、書き起こした図面が一枚あるだけでより具体的かつ正確に伝えることができるからである。


 ちなみに、オークのほとんどが初歩的な計算はともかく読み書きができず、この国の識字率の低さが改めて浮き彫りとなったが、読み書きを教えるには時間が余りにも足りなかったためにドミトリーはそれらの不足を実習生で埋めることで強引にカバーしていた。




「サムソノフ。お前の目指したのはこれだったのか。」



 オークに混じって建材となる木材の加工を手伝っていたオーケルマンが、進捗の確認のために陣地内を見回っていたドミトリーに声を掛ける。

 一夜明けてすっかり日曜大工に興じるおっさんと化していたが、作業の傍らで出す指示は的確であり、オーク達の中にすっかり溶け込んでいた。

 元々の気質が政治的なやり取りに向いていないこともあって、現在は何処か解放されたように朗らかさが戻っている。



「そうですよ。切った張ったの実習よりは、よほど楽しいとは思いませんか?」


「否定はせんよ。頑張っとった学部長殿には悪いがな。」



 現在、ゴロバノフは橋の復旧の指揮を執るべく手すきのオークとベックマンを連れて野営地の外へ出ている。いざとなれば彼がオーク達の護衛を取れるためという理由だったが、実際はドミトリーの喝で傷ついた心を癒すための休養措置である。

 護衛の人選を決めるときに真っ先に自分が行くと宣言したゴロバノフに、さすがのドミトリーも罪悪感を感じて何も言わずに改めて依頼した。努力が報われず、部下おしえごに反旗を翻された中間管理職に言葉を掛ける資格など、首謀者であるドミトリーには無い。


 オーケルマンの言葉に肩をすくめ、居心地の悪そうに眼を逸らすしかなかった。



「根に持つような人ではないから心配はいらん。言われて気付いたが、やはり目が曇っとったとしか思えん。耳が痛くて仕方がなかったがな。」


 憮然として告げるオーケルマンの表情には影がない。極めて幸運なことにドミトリーは恩師を完全に敵に回さずに済んだらしい。

 


「それにしても、分別盛りとはよく言ったものだ。長生きすると本当にくるぞ。」


「すみません。」

 

「気にするな。だがな、お前も長命種だから他人事ではないのは忘れるなよ?」



 途中で落命さえしなければ前世よりも今世が長くなることが確実であるため、長命な先達との付き合い方は今後細心の注意が必要になる。



「はい。ありがとうございます。」



 ドミトリーがはっきりと答えるのを見て、オーケルマンは満足そうに頷くと作業の監督へと戻っていった。



 残念なことに術式が最も良く効力を発揮するのはは土や岩、水などの無機質に限られ、木材などの加工は術式では不可能である。彼らの道具に付呪を施すことは出来ても、板材や柱を作るのはそれらをやり方を知っている者にしかできない。

 故に、建材の調達はともかく、加工となるとそれらに熟達した人材が必要になる。だが、ドミトリーにとって幸いなことに、そういった人材を確保する手間は全く問題とならなかった。


 オークという種族が木材加工においてとびぬけて高い技量を持っていたからである。


 オーク達の手際が良いのは森林地帯で林業と狩猟を生業としているからに他ならない。木材の扱いにおいてオークに並びうるのは長耳族エルフ位のものらしい。




 

 地面を深く掘り下げ、粗削りな丸太を次々と打ち込んでゆく光景を見ながら、ドミトリーは若頭に問いかけた。



「もし仮に、今年の税が例年通りであればどうなる?」


「払えなくはないが、確実に冬の間は厳しい暮らしを強いられる。体の弱い者は春を迎えられないだろう。」



 それすらも暗に覚悟の上であると暗に告げる若頭に、ドミトリーは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。何らかの負担軽減の措置は必要であることは明らかだった。

 可能ならば3年間。最悪でも1年分の税の負担を免除せねばオーク達の生活は荒んだものになる。オーク達の境遇は言い出しっぺであるドミトリーにとって看過しえない問題であった。



「...わかった。」



 オルロフ公の決断次第ではあるが、ドミトリーは理詰めで公爵を納得させるための意見書も同時並行で纏める事になった。

 見知らぬ相手を説き伏せる算段を考えつつ、野営地の雑務を纏めて建設の指揮を執るという草鞋まみれの実習生活だが、望まぬものを押し付けられるよりも遥かに充実している。


 自己満足の域を出るものではないと自戒しつつも、ドミトリーは脳内で次々と算段を立ててゆく。



「皆で冬を越したいな。暖かい家で、飢えることなく。」



 誰に向けてでもなく、ドミトリーは歩きながらそう呟いた。





 指揮所として設営した天幕に戻ると、同期達が休憩がてらに喧々諤々の議論を繰り広げていた。直ぐ側ではオークの女衆が炊き出しと連れてきた子供達の面倒を見ており、兎にも角にも騒がしい。


 男衆とは異なり、女衆は顔に施された独特の化粧が目を引く。


 若頭曰く、各家ごとに異なる文様を持つためにどこの家の者か一目でわかるらしい。ちなみに男衆は背中にその文様を刺青している。実際に見せてもらうとこれまた反応に困る鮮やかな代物で、どうやったのかは不明だが非常に精緻な文様が描かれていた。


 余談だが、釈迦や龍ではないだけマシだと思って安堵したのもつかの間、文様が表す意味の中に冥府の神や竜が含まれていることを教わり、感想を求められたドミトリーが難儀するという一幕があった。


 長命種であるために子供が授かりにくいはずなのだが、子供に恵まれた家族が多いために一体どのような秘訣があるのか聞いたところ、純粋に試行回数が多いだけという答えが帰ってきた。

 親や家族による干渉の無い、純粋な恋愛結婚のみという彼らの婚姻スタイルに依るところが大きいらしい。世界は違えど愛は偉大である。

 


「居住設備は明日中には目処が立つ。各家長たちにはそう伝えてくれ。」


「了解した。」



 身なりもしきたりもそうだが、その気質が仁義を重んじるオーク達は縦はもちろん横の結束が極めて固い。兎にも角にも矜持を刺激されると黙っていられないらしく、若頭経由でドミトリーの啖呵を知ったオーク達はまさかの全力動員で駆けつけている。


 戦力外の老齢な者以外が女衆を含めて駆けつけた結果が現状の開発ラッシュだった。



「赤子に天幕暮らしは好ましくない。赤子と身重の伴侶のいる家庭が優先だ。」



 若頭が頷いて天幕を出て行った。恐らく今夜は集会が開かれるだろう。


 てっきり集中指導すると思いきや、重要な内容は家長とその夫人たちによって議論された上で決定している。下手な人間種の村よりもよほど民主主義的な運営をするオーク達に対する興味は尽きなかった。



「冬への備えが間に合えばいいが...」


「やっぱり気になるよな、そこ。」



 天幕に詰めていたランナルがドミトリーの呟きを拾い上げる。北国である帝国の冬は苛烈を極める上に一年の半分以上に渡るため、生半可な備えではまず生き延びられない。

 帝国に流民が流れこむ理由の一つに税の安さがあるが、それは民の事を思っての事ではなく現実問題としてそれ以上の徴収が不可能であるという理由によるものである。


 税をとってもその後に民が残らなければ意味がない。


 その規模の割に財源の不足が目立つのは、決して政府の無為によるものだけでは無かった。



「最悪でも、準備不足でもしっかりと暖が取れれば命は繋げられる。後は公爵様を説き伏せられれば御の字だ。」


「またキレて怒鳴りつけるなよ?相手は大貴族だ。」


「...わかってるよ。人を何だと思ってるんだ?」



 女子達は現在、オークの女衆らの要望を取り入れた台所の整備を行っている。無論仕上げはオークの手によるが、土台作りや部屋割りなどの作業は術式で済ませられるために重宝しているらしい。


 土練術式は術者のコントロール技術がはっきりと現れる。構築式による補助の効果が薄く術者の技量が露骨に形になるため、男女問わずに講義で散々やらされてきた術式である。



「...食料倉庫は間に合いそうか?」


「ギリギリだけどな。屋根さえかかれば壁なんてどうにでもなる。」



 昼飯の時間前にも拘らず、倉庫建設部隊は小休止中である。


 倉庫は野営地内でひときわ目を引く大型建築だが、その建設速度も目を見張るものがあった。地下1階、地上2階で敷地の広さは目算で200㎡ほどの大型の施設だが、目下その進捗は野営地内の施設の中で最も早い。仮設の住宅も兼ねているために地下から2階部分までにはすでに床が張られ、夜になるとオークの子持ちの家族が寝床としている。


 雨が降る前に何とか屋根を張りたいところだが、建材の加工が追い付かずに梁が渡されただけで止まっている。工期短縮のために1階部分が圧縮を掛けて固めた土壁になっているため、間近で見ると威圧感が凄まじい。



「教授が助太刀に入ったから明日までには建材不足は何とかなるはずだ。残り時間は少ないからどの道かなりの急ぎ足になるが。」


「やるさ。ここまで形にしたんだ。今更引き下がれるかよ。」



 ベクトルが変わっただけで負担は決して軽くはないが、目に見えた成果が表れているために実習生の士気は高い。自分たちが力になっているという自負心と改善された食生活がその下支えとなっている。



「美味い飯も出してもらっているからな。応えないと“不義理”だろ?」



 ドミトリーの言葉に対し、いい感じにオークの狭義心に染まったランナルがニヤリと笑う。礼には礼を、無礼には軽蔑をというオークの流儀はランナルの琴線に触れるものがあったらしい。

 良くも悪くも素直である彼にとって、彼らの竹を割ったような気風は相性が良いのか、作業しながら楽しそうに談笑している姿をよく見かけていた。


...少し離れたところでヘレンが寂しそうに視線を送っている姿さえなければ微笑ましかったのだが。


 ペンダントの効能があるとは言え、許嫁に対する扱いがどうにも足りていないように見えて仕方がないドミトリーだったが、彼のプライベートにズケズケと口出しするのも憚られる。

 何より今はオーク達の未来がかかっているため、ドミトリーはそれらの気になること全てに蓋をして職務に当たっていた。



「成し得る最善を、か。良い家訓じゃないか。」



 ドミトリーはそう呟いて天幕の片隅で詰めているウラジミール達を見た。


 野営地の防衛の指揮を執る彼らだが、現状では魔獣の襲撃もなく平穏な日々が続いていた。周囲には小鬼の痕跡は多く残されていたが、罠が荒らされることもなくなったためにやや暇を持て余した感がある。彼らもそれを気にしているそぶりは見せていたが、ドミトリー全く気にせず敢えて放置していた。


 平和な事は良い事だったし、それを理由に彼らを防衛の任から引きはがした場合その責任はこちらに移るからである。たとえ暇でも出来る事はあるし、彼らが防衛に責任を持てばこそドミトリー達は安心してオークの支援を行えるのである。

 

 それに、彼らはウラジミールの発案で敵側として野営地の攻略案を練る等、決して無為に過ごしている訳ではない。各々が自身に出来る事を考えて立ち回っている。はじめこそ躓いたが、今この瞬間がドミトリーにとって実に満足のゆくものだった。



「そう言えば、学部長はまだ帰ってこないのか?」


「今朝早くに野営地を出たが、今はまだ作業中だろう。」



 ランナルの問いかけに対してドミトリーが答えた直後、腹に響く爆発音が森の方から轟いた。







 爆音に驚いた鳥たちが森から一斉に飛び立つ。


 天幕から飛び出し土塁に駆け上がったドミトリーが見たのは、巨大な白いキノコ雲だった。



「橋を架けていた方角だな。製材以外の建設作業は一旦中止!手の空いた者はウラジミールの指揮下に移れ!」


「オーク達は!?」


「若頭の指揮で即応態勢!急げ!」



 伝令役のランナルが駆け出すのを尻目に、ドミトリーは土塁から飛び降りた。


 野営地は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。土塁があるためにすぐさま陥落する事は無いが、防衛体制が脆弱であることは否めない。まして、籠城出来るだけの食料は皆無である。里を失ったオーク達にとってはトラウマを抉るもの以外の何物でもなかった。すれ違うオーク達には不安の色が浮かび、彼らの指揮を執る若頭の表情もすぐれない。


 天幕に戻ると、ウラジミールが実習生たちに指示を出し、班ごとに戦闘態勢を整えて配置につこうとしているところだった。せっかくノッてきたところを水を差され、実習生が殺気立っている。



「来ると思うか?」



 天幕に戻ると、ウラジミールが白煙の上がる方角を睨み付けていた。ドミトリーが戻ってきたのを見てウラジミールが問いかける。



「今は何とも。学部長が負けるとは思えませんので帰還を待つべきかと。」


「作業を止めるのは心苦しいが、仕方ないか。」



 もとより建設作業は資材不足で手が止まっていたために大きな問題ではない。だが、襲撃に怯えての作業は著しく消耗する。実習生は勿論、オーク達も職業軍人ではなかった。



「まずは確認しましょう。防衛自体はサムソノフがいれば最悪でも野営地は守れます。」



 セミョーノフの言葉の通り、ドミトリーの火力であれば問題なく蹴散らすことができるが、それをしてしまうと他の実習生の立場がなくなってしまう。戦闘込みでの実習であることを考えればドミトリーが必要以上に出張るのは好ましいことではなかった。

 ドミトリーも眉を寄せながら肯定するが、自分が出張るつもりは無い。



「やれやれ、まずは学部長殿の無事を祈るしか無いか。」



 ウラジミールはそう言うと、守りの固められた入口へと目を向けてため息をついた。


 だが、程なくして野営地に満ちた不穏な空気を裏切るかのように、ゴロバノフたちは何食わぬ顔で帰ってきた。むしろ和気藹々(わきあいあい)としており、厳戒態勢のまま彼らを迎え入れた野営地に微妙な空気が広がる。



「む?ドミトリー、一体どうした?」


「あー...ご無事なようで何よりです。」



 事態をいまいち呑み込めていないゴロバノフにウラジミールが説明すると、ゴロバノフはすまなさそうに頭を掻くと、懐から布に包まれた白い斑の入った黒い石を取り出してドミトリーに見せた。



「火石だよ。どうやらこの上流に火石の鉱脈があるらしい。」


「ではさっきの爆発は?」


「下草を刈りはらうために風魔法を放った際にこいつにぶち当ててな。」



 火石は術式の触媒となる鉱物の総称である。術式や魔力に反応して激しく熱を放つ特性を持ち、特に上質なものは術式反応を長期にわたって維持することが出来る。また、触媒としての効果が切れても魔力との親和性が高さから構築式を刻み込むことで魔道具の重要な材料となるため、法術士の間でも需要は高い。

 見た目は石英質の深成岩だが、地表に出て時間が経つと加速度的に効果が下がるために見た目以上の価値を持つものは少ない。放っておくとありふれた石ころになる


 似たような鉱物には水石や風石があるが、水石はともかく風石は極めて希少なためにまず目にすることはない。


 閑話休題、ゴロバノフが下草狩りを兼ねて川岸を風旋術式で薙ぎ払ったところ、たまたまこの火石にぶち当てて沢の水が水蒸気爆発を引き起こしたのが事の真相だった。



「怪我人が無くて何よりです。橋は問題なさそうですか?」


「見たところ問題は無い。材料さえそろえばどうにでもなる。最悪でも私が架ければ済む話だ。」



 ゴロバノフはそういうと、ドミトリーに火石を渡す。



「上手く使いなさい。教材にするには強力すぎる。」



 ドミトリーが火石を受け取るのを見て、ウラジミールやオーク達が顔を見合わせる。誰もが困惑する中で、ドミトリーはウラジミールに進言した。



「半刻の休息の後、作業を再開しましょうか。」



 人騒がせな石ころだが、利用価値はある。内心の高揚を隠しつつ、ドミトリーはこの後の算段を組み直す。ドミトリーの進言に異議を唱える者はおらず、ウラジミールは息を深く吸って声を張り上げた。



「警戒態勢は解除!各員、半刻の休息の後、作業に戻るように。」



 ウラジミールの宣言により、野営地に再び平穏と喧騒が戻る。何とも締まらない形だったが、初めての共同防衛は平和裏に終了となった。












 その晩、ドミトリーはゴロバノフとオーケルマン、若頭と里長、ウラジミールとセミョーノフの7人で野営地の今後に関しての打ち合わせに臨んでいた。

 たき火を囲んで男は8人が車座になって語り合う。謀反の謀議かと思うほどに空気は悪い。



「正直なところ、拠点を移しただけで我々の暮らしが大きく変わる事は無い。支払える税が大きく増える事は無いのだが...」



 里長の言葉に渋い顔で頷く若頭。



「税の軽減を申し出るには押しが弱いか。だが我々の出す謝礼では焼け石に水。現状では救済策は税の一時免除がもっとも有効なんだがな。」



 オーケルマンが苦々しい表情で吐き出す。



「...サムソノフ、君はどう思う?」



 ウラジミールに話を振られたドミトリーは、



「税収の増加に関しては大きな問題とはならないでしょう。里の窮状を今まで放置してきた責任の所在を追及すれば自ずと丸く収まる流れが出来ます。」



 思いの外黒い回答に、ウラジミールが鼻白む。



「提言は公爵閣下、役者は内務省と軍。場合によっては長い演目になるでしょうが、遅くとも年内には方針ははっきりと出るはずです。税の徴収は冬前ですから。」


「そのように上手く行くものでしょうか?」



 セミョーノフの問いかけにドミトリーが答える。



「押しが足りなかった点は今日、学部長が解決して下さいました。高品質の火石の鉱脈は大きな釣り餌となります。いずれは枯渇する資源ですが、今が重要である我々にとっては良い見せ札となります。」


「鉱山利権で釣ると?」



 ゴロバノフがドミトリーを引きながら見る。



「あくまで釣り餌です。無視するには勿体ない金の成る木。所詮は奪われるのが癪に障る程度ですが、彼らの目線を向けさせるには十分な釣り餌になるでしょう。」



 火石の鉱脈は規模こそ不明だがあれだけ上質なものが産出するならば採算は採れる。慢性的な資金不足にあえぐ軍にとっては無視できるものではなく、それは内務省にとっても変わらない。



「政府内の対立を利用するか...あまり褒められた手ではないが...」


「もちろん正論を突き付ける事は前提です。ですが、義だけでは動かないのが普通の役人。味を付けねば彼らを動かすことは不可能です。そうですね?学部長。」



 渋るオーケルマンに答えると、ドミトリーはゴロバノフを見た。



「なぜそこで私を見る。否定はしないが言っていて悲しくはならんのか?」


「種族問わず商人はより大きな儲けを、農民はより多い収穫を目指します。では役人は?軍人は?と考えれば自ずと見えてきますよ。自分としては悲しくはありません。それ以上に目障りではありますが。」


「ちなみに、軍人は何を目指す?」


「組織内での栄達を。叶うならば自己の影響力を持って国を動かすことを目指すかと。」



 ウラジミールの問いにドミトリーがよどみなく答える。



「牙を抜くのは結構ですが、抜いた牙には毒があります。くれぐれもお気を付け下さい。」


...牙の扱いを誤れば己に突き立つからな。


 妙に実感が籠った釘をウラジミールに刺すと、ドミトリーはオーク達に向き直って問いかけた。



「自分としては今年度分の税の免除、あるいは最低でも3年間の税の軽減を理想としています。里の再建がどの程度の時間がかかるかは分かりませんが、初動さえしっかりすれば伸びしろは大きくなると考えていますが、どうですか?」



 ドミトリーの問いかけに里長と若頭が顔を見合わせると、若頭が口を開いた。



「我々としては、今年の分の税はすでに確保してある。王領の管理者の仕事も任せていただいている身の上では、文句などつけようがない。今まで生きてこれたのは他ならぬ陛下の温情があればこそ。ゆえに、まつりごとを揺るがしてまで温情を求めるつもりは無い。」


「すでにここまで力を貸していただいた。この先は我らの力で切り開かねば、この地で眠る父祖たちに顔向けできん。」



 その言葉に目を見開き、ドミトリーは立ち上がるとオーク達に深く頭を下げた。



「あなた方を侮っていたわけではありませんでしたが、やはり自分はあなた方の矜持を過小に評価していた。心よりお詫び申し上げる。」



 突然の謝罪に戸惑うオーク2人に、ドミトリーは頭を下げたまま続けた。



「しかし、税の軽減も火石の鉱脈もあなた方の里の再建の力になることは事実。今一度何が必要なのか、あなた方の目線で教えていただきたい。」


「止めてくれ。元はと言えば我々の我が儘を聞き入れていただいた身、そのように頭を下げられてはこちらの立つ瀬がない。」



 慌てた若頭の言葉でやっと頭を上げたドミトリーは、座り込むとゴロバノフに尋ねた。



「税の軽減を求めないとするならば、せめて支援金という形で後押しは出来ませんか?やはり今のままでは冬はともかく春までの繋ぎが厳しいかと。」


「...予算が無い。元々の謝礼金以上を用意するのは難しい。」


「あるよ。」



 ゴロバノフの苦しい答えに割り込んだウラジミールは、ゴロバノフを見つめて告げた。



「公爵家からの報奨金に色付けして支援金とすれば問題ない。どうせ貴方の事だ。辞退するつもりだったのだろう?」



 唐突なウラジミールの言葉にゴロバノフは渋い表情を浮かべる。



「父上ならばそういう事をする。そういう人だ。ならば断るより納得できる形で使えばいい。その方が父上も喜ぶだろう。」



 ウラジミールはそう言うと、ドミトリーを見て告げた。



「先の案、君ならば制御できるだろうが、残念ながら今の内務尚書には荷が勝ちすぎる。筋書き通りに進むとは思えない。だが、これならば問題はないだろう?」


「閣下がそれで宜しいのであれば。」



 ドミトリーが同意するとウラジミールはオーク達に向かって告げた。



「謝礼の支給であれば正当な対価。思う所はあるだろうが、ひとまずはこれを収めてもらえると僕としては嬉しいのだが。」


「それは...。」



 好意のゴリ押しという経験した事の無い事態に、里長も若頭も言葉を失っていた。どのようにすればよいのか、彼らの中でも結論が出ていないのは明らかだった。


...望んだ時に得られない救いの手がいきなり大量に差し伸べられれば戸惑いもするか。


 どうにもこの場で結論を出すのは憚られたため、ドミトリーはウラジミールやゴロバノフと目配せをするとオーク達に告げた。



「ま、実習終了まではまだ時間があります。結論を出すのは最後の最後でも構わないでしょう。思いついたことがあったら何時でも言ってください。ゴロバノフ学部長に。」



 そう言うとドミトリーはウラジミール達と共に席を立った。






「歯痒いかい?」



 静まり返った野営地を歩きながらウラジミールがドミトリーに問いかける。


 先を歩く彼の少し後ろを歩きながら、ドミトリーはオーク達の今後に考えを巡らせて深い溜息を吐いた。



「それはまぁ。そうですね。すべての責任を里長と若頭に押し付ける形になっていますから。」


「それはいったいどういう意味ですか?」



 ウラジミールの横を歩いていたセミョーノフの質問に、ドミトリーは渋い表情で答えた。



「さっきの話し合いで選択肢を提示したよな。あれな、どっちを選んでも上手く行かなければ里長と若頭が責められるんだ。選んだ責任を取らなきゃいけなくなる。」


「ですが、その選択肢は彼らの希望と現状を勘案した結果で...」


「不満が溜まれば全てが悪になる。本来ならそれらの責任リスクはすべて政府に帰するべきものだ。ここで政府が前面に出なければ万が一の際、責められるのはあの二人になる。」



 それがどうしようもなく気に食わないとドミトリーは言うと、土塁の上で見張り番をする同期を見遣った。

 夜風から夏の終わりがはっきりと感じられるようになり、見張りに立つ面々もしっかりと外套を身にまとっている。秋は近いが、それが果たして実りの秋となるかどうかは予断を許さない状況だった。



「政府が気付くのも動くのも遅れた現状では、僕らに出来る事などたかが知れている。成し得る最善以上を目指すのは良いが、夢だけ見せる訳にもいかないだろう。」



 そう言い切ると、ウラジミールも深い溜息を吐き出した。彼にとっても不本意な解決方法であることは変わらないらしい。



「何も知らなければそれはそれで良いのだろうけどね。知れば知ったで悩みや悔いが出てくるものだ。ままならないものだな。」


「...。」


「正直、後悔しているんだ。もっと早くに君たちと出会っていれば、もっと多くの事を時間をかけて触れていけたんじゃないかってね。いろいろあって後回しにしていたが、今にして思えば勿体ないことをしたよ。」



 ウラジミールはそういうと足を止めて振り返ると、ドミトリーを見据えて告げた。



「君の知見が欲しい。家に来ないか?」


「...自分には既に夢と先約がありますので。」



 ドミトリーの答えに、ウラジミールは苦笑いを浮かべてセミョーノフに愚痴る。



「やはり出遅れたか。これは高い授業料だな。」


「残念ですね。」



 割と本気で残念そうな二人に、ドミトリーは努めて気楽な口調で返した。



「知っての通りこの性格ですから、抱えて頂いてもご迷惑なるだけかと。学友、友人としての関わりが最善でしょうね。」


「それを自分で言い切るあたり、本当に良い性格をしているよ。とても惜しいな。」



 実習の洗礼はウラジミールにとって良い刺激となったらしい。出会いこそ不穏なものだったが、粗食と疲労に耐え、身の回りの世話無しに過ごす日々が彼の何かを目覚めさせたのは疑いようがない。



「もし、もっと早く出会っていても、実習が無ければこうして言葉を交わす機会も無かったかもしれませんよ?」


「それもそうか。全く、運のないことだ。」



 かくして、ドミトリーは記憶にとどめておくべき人物をまた一人見出す事になったのである。


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