竜の道
遠い峰々のあいだを縫うように竜が駆け上がってくる。
カチカチと奥歯がなりやまない。
ブワッ 踏み切れない私の背中を風がふいに押した、グラリとバランスを崩して頭から空に身を投げる。
―― 落ちる! 落ちる! 落ちる!
「ひっ……」
悲鳴を置き去りにして落ちていく。
勝手に暴れだそうとする手足を無理やりに抑え込み、頼りない薄皮に風をうけて飛ぶ。
きっと酷い顔をしている、後ろを飛んでいるシェリーに見られたら一生もの笑いのネタにされるに違いない。
ここで恐怖に屈してスピードを殺してしまうと失速して墜落する、この速さで岸壁に触れれば一瞬で切り刻まれ、地上に落ちるまでに私という原型は無くなってしまうだろう。
―― 怖い! 怖い! 怖い! 怖い! 怖い!
何度、飛んでも慣れることは無い。
―― やっぱり、止めておけばよかった。
二度とやらないと何度誓っただろう、私はバカだ。
でも行かなきゃならない、アマレットと多くの人の命がかかっている、私にしかできない、飛べ、飛ぶんだ!
加速する世界に視界が狭まる、自分を鼓舞していないと失神してしまいそうだ。
高度七千メートルの崖からウイングスーツを装着してベースジャンプ、山岳を吹き抜ける風が見える、私の目は特別だ。
もう少し! そこに風の道がある、あの風に乗ってしまえば40km先のランディング・ポイントまで十分かからない、険しい地上を行けば丸一日以上はかかるだろう、往復すれば二週間はかかる。
アマレット達にそんな時間はのこされていない、隣国ラインハウゼン共和国、境界の街、ソーンシティの聖教会まで飛ぶ、抗魔素薬を手に入れて三日で帰る、こんな作戦を発案した私はどうかしていた、その作戦に面白いと手を上げた連中もいかれている。
マップメーカーの中でも空の道が見えるのは私だけ。
私の後ろに三組三人小隊の九人が付いてくる。
チーム・レディッシュ(赤髪)、そして作戦名がオペレーション・ドラゴンロード。
―― 強く言っておくが私が命名したわけじゃない、ギルド長が中二病だとは知らなかった、イケオジだと思っていたのは勘違いだ。
魔素の荒れ狂う冬のラライ山脈を飛ぼうなんて無茶苦茶だ。
A級四人を含む全員がB級以上、シェルパ・ギルドのトップ・メーカーを私が先導する、私の翼に皆の命が乗っている。
そうだ、忌み嫌われる私の金眼はこんな時のためにあった、今こそ役に立て! やり遂げろ! ビビ!
私はヴァレンティーナ・バンドール、金眼のマップメーカー。
バオッ 山岳を駆けるジェット気流に乗った、神獣ドラゴンのように加速する。
垂直落下を水平飛行にすると恐怖心がやっと溶けていく。
手足に幕を張り、落下抵抗を揚力に変えてムササビのように滑空する、それがウイングスーツだ。
速度が上がると広げた手足、特に肩回りの抵抗がきつくなる、翼を閉じてはいけない、滑空距離を伸ばすためにはムササビの幕を張りつづけなければならない。
わずか十分の飛行が永遠の苦痛、高い所は大嫌いだ。
―― なのになぜ飛ぶ!?
マップメーカーなら空の道を飛ぶのも必携だ、飛べなければB級には昇格できない。
―― 私はC級だけど。
でもそれは関係ない、ここで死ぬ訳にはいかない、必ずアマレットを助ける、そしてもうひとつ。
―― 私は、ダンテ・フォン・バーデミリオンを探している。
ダンテとアマレット、そして息子のディーノ、あの家族を元に戻す、三人の笑顔を取り戻す、それが願いだ。
標高一万メートルを超えるサガル神山を最高峰にラライ山脈には七千、八千メートル級の山々が連なる、その峰を泳ぐ魔素の風はひとつじゃない、重なり、別れ、消えて、生まれる。
複雑に流れ、吹き荒れる道を見極めて、ビビと精鋭のマップメーカー九人がランディング・ポイントを目指して滑空していく。




