第十八話:埃の聖域と、忘れ去られた知性
女子寮の喧騒が遠ざかり、学園の最果てに位置する石造りの重厚な建物が姿を現した。
窓は煤け、入り口の扉には「知識は力なり(※ただし筋肉に限る)」という、誰かが彫ったであろう皮肉めいた落書きが刻まれている。
「ヨウジさん。着きましたよ」
サクミが台車を止め、優しく声をかける。
ぬいぐるみの山の中から、ヨウジが「よっこらしょ」という言葉すら省略したような虚脱した動きで這い出してきた。
「ありがとう。……考えてみたら僕自身、図書館なんて数えるほどしか来たことないな。……空気が重い。紙と埃の匂いだ」
ヨウジは、誰もいないエントランスを見渡した。
「……素晴らしい。ここには『プロテインの匂い』が微塵もしない。筋肉を震わせる熱気もない。……ただ静寂があるだけだ」
「当然よ」と、カコがちんちくりんな体を揺らしながら、暗い書庫の奥へと進む。「この学園の連中にとって、本は『重り(ダンベル)』以外の何物でもないんだから。ここにわざわざ読書に来るような物好きは、全校生徒を探しても私たちくらいなものよ」
三人が奥へ進むと、そこには天井まで届く巨大な書架が迷路のように並んでいた。
最新の魔法理論書(といっても「いかにして広背筋を魔法で膨らませるか」といった内容ばかりだが)の棚は埃を被り、代わりに古びた「歴史」や「哲学」の棚が、誰にも触れられずに眠っている。
「先輩、見てください! このソファ、何十年も誰も座っていないせいか、驚くほどふかふかです!」
サクミが見つけたのは、ベロア生地の古びた巨大ソファだった。
ヨウジは吸い込まれるようにその場へ倒れ込んだ。
「 これだ……。この反発係数、そしてこの沈み込み。……こここそが、僕の求めていた『終焉の地(約束の地)』だ……」
ヨウジは数秒でソファと一体化した。隠身魔法「いないいないばあ」の効果がソファにまで伝播し、もはやそこには「少し盛り上がった布」があるだけにしか見えない。
だが、その時。
完全な無音のはずの図書館の奥から、「……スッ」という、紙が擦れる微かな音が響いた。
「(……ッ!? 誰かいる……!)」
カコが即座に踏み台(図書館用)の後ろに身を隠し、サクミが身構える。
ヨウジも、閉じていた片目を数ミリだけ開いた。
この学園で、筋肉を動かす音ではなく、「ページをめくる音」を立てる存在。それは、ある意味でタノ監察官や連邦の工作員よりも異質で、危険な存在を意味していた。
書架の影から、ゆっくりと人影が現れる。
それは、分厚い眼鏡をかけ、右手に「古代魔導言語」の辞書を、左手に「小指一本で100キロを支えられそうな細身の鋼鉄筋肉」を宿した、謎の人物だった。
「……静かに。……ここは、言葉が筋肉を凌駕する唯一の場所だ」
その人物が放つ空気は、これまでの誰よりも「重く」、そして「冷たかった」。




