3 森を出る
半月ほどすぎると、夜空には、丸い月がかかっていました。ファーゴはすぐにでも月に行きたかったのですが、ゴンドラは、なかなかきませんでした。
「お母さんはあんなこと言ってたけど、探せば、きっとあるはずだ。ほら、うさぎの学校の遠足で乗った乗りものがあったろう。くるくる回って高くまでいくやつ。あれは小さかったけど、もっと大きいのが町にいけばあるかもしれない。カエルのゲーロも町には月がたくさんあるといってたし、それって、月に行くゴンドラの事かもしれないよ。それを探しにいこうよ」と言いました。
「いきたい」
「よし決めた。町にでて、月に行くゴンドラを探しに行くぞ」とエリーザにいいました。
エリーザは兄のファーゴの言ったことは、素直にききました。
そこで、ファーゴはお母さんに、どう言えばいいか考えました。
月に行くゴンドラを探す旅に出たいと言っても、お母さんがかんたんに、ゆるしてくれないだろうと思い、ともだちの家にお泊りするとウソを言いました。
「一日だけよ、次の日には必ず帰るのよ。それと約束して……」
「何を約束するの」
「決して、ウソはつかないこと」
ファーゴはエリーザを見てから、下を向いて返事をしました。
「分かった」
ファーゴはゴンドラを探す旅をゆるしてくれた母にかんしゃして、次の日の朝早くおきると、エリーザといっしょにでかけたのです。
お日さんが山から少し顔を出した頃、ファーゴたちは森の道を町に向かって歩いていました。明日には帰る約束をしているから、時間がありません。
歩いていると、なぜか顔を真っ赤にしたエーリヒと出あいました。エーリヒはいつもきれいな服を着て、よごれひとつない靴をはいているのですが、今日はくたびれた上着に、靴は木のゲタをはいていました。
ファーゴは不思議に思いました。
「エーリヒ。そのへんな服にゲタはいて、どうしたんだい」
「そんなこと、どうでもいいだろう。それより、こんな朝早くから、どこへ行くんだ」
エーリヒはいたずらっ子で、よくいたずらや、からかわれたりしていたので、あまり好きではありませんでした。
ともだちのところだよと言うつもりが、おかあさんとしたウソはつかない約束を思いだして、正直にいいました。
「ゴンドラを探しに行くんだよ」
「ゴンドラってなんだよ」
「月へ行くための乗りものだよ。僕たちはゴンドラに乗って月へ行くんだ」
「月へ行くにはロケットに乗らないとダメだよ。それも何カ月もくんれんして乗るんだ」
エーリヒの言い分に、ファーゴはなっとくできません。
「お母さんが、そう言ってたんだ。お母さんはウソはつかないよ」
ファーゴが言うと、どうじに話をさえぎるように、ちがう声が聞こえてきました。
「月に行くための乗りものが、ロケット以外にないと言いきれるかな」
イムメンゼーの森に長く住む発明家のサージソン先生でした。頭には色とりどりの糸であみこまれた帽子をかぶり、ギンガムチェックのベストを着て、別に足が悪いわけではありませんが、竹のツエをついていました。
「なんだサージソン先生じゃん。月に行くのにロケットのほかに方法があるのか」
「乗りものが自ら意思を持つものだと考えれば、ロケットのほかにも、月に行く乗りものがあっても不思議じゃない」
「よくわからんけど、ほら見ろ」
ファーゴはエーリヒの方を向いて、ほこらしげに胸をはりました。
エーリヒは面白くありません。でも、尊敬するサージソン先生の言うことなので、ファーゴには我慢してだまっていました。
「じゃ、サージソン先生、ファーゴの言う、月に行くゴンドラって、どこにあるんじゃ」
エーリヒはファーゴの言葉に口をむすんだかわりに、サージソン先生に質問をしました。
ファーゴも、それが知りたいのです。
「町には赤い月があるそうだよ。それは、月のように丸く輝いていて、そのもの自身に意志のあるものなんだ」
サージソン先生のなぞだらけの言葉に、ファーゴは顔をくもらせました。当然、エリーザにわかるはずもありません。ポカーンとやりとりをみていました。
「それが分からないから、困っているのに」
「私のいった意味が、わかる時が、きっとくるだろう」
サージソン先生は、ふかく毛の生えたながい耳をピンとたてたまま、その場を立ち去りました。
耳を立てるのは、何かがひらめいた時です。
エーリヒは、なんだという顔でサージソン先生を見送っていました。
「もしゴンドラを見つけたら、おいらも月に連れていってくれよ」
「月には、ぼくのジーたんとバーたんがいるから行くんだよ。エーリヒはどうして月に行きたいんだ」
「行きたいから行くんだ。サージソン先生も言ってただろう。そういう意志のある物体なんだよ」
「よくわからん。約束はできないけどね」