1 月に行きたい
うさぎの住むイムメンゼーの森には、
月が二つあるのを知っていますか。
大きな黄色い月と小さな赤い月です。
赤い月は黄色い月にくっつくように、
くるくる回っています。
そして、わんぱく広場には、
七色に光るすべり台がありました。
それは小うさぎたちの遊び場であり、
うさぎのファーゴにとっては宝物なのです。
このお話は「ジーたんとバーたんは、月にいるのよ」となにげなく言ったお母さんの言葉から始まりま
す。
「だから、ジーたんとバーたんは、月にいるのよ」
ファーゴはお母さんの言葉を夢見ごこちで聞いていました。
「月に行きたい。どうしたら月に行けるの」
ファーゴはお母さんに聞きました。
お母さんは料理の手をとめられないので、決めのひと言をつぶやきました。
「こっちにおいで、裏の畑でとれた、おいしいにんじんをあげるから」
大好きなにんじんをもらったファーゴは、すっかり月のことを忘れて外にでました。そして、花を見ていた妹のエリーザとかくれんぼうをして遊びました。
太陽は西の空にかたむきかけると、ファーゴとエリーザはかくれんぼうにあきたのか、大きな木にもたれていました。
「ジーたんは、よく虫とりをしてくれたんだよ」
ファーゴが言うと、エリーザはうなずきました。
「バーたんは、お花摘みに連れていってくれたね」
そこでファーゴは、お母さんの言葉をエリーザに話しました。
そうしたら、エリーザも、月に行ってみたくなりました。
どうしたら月にいけるのだろうかと、一生けんめい考えました。
夕食を終えファーゴとエリーザは「外は暗いし少し寒くなってきたから、お家にいなさい」というお母さんの言葉を背中にして外にでました。
どうしてもファーゴは、ジーたんとバーたんがいる月を見たかったのです。
空には三日月が浮かんでいます。
ファーゴは月を見ながら、エリーザにいいました。
「そうだ、あの三日月にロープを投げてみようか。うまく引っかかったら、それをのぼって月にいけるよ」
エリーザが喜んだのは言うまでもありません。
ファーゴとエリーザは近くの工事現場で持てそうな細いロープを見つけてくると、ファーゴはわんぱく広場でロープをぐるぐる回して、力いっぱい月に向かって投げました。
なんど投げても、とおい三日月にはとどきませんでした。
そこに現れたのがカエルのゲーロです。仲間をたくさん引き連れています。
「なにをしているので、ゲロ?」
白い雨傘を頭にのせたゲーロが聞きました。
「月に行きたいから、月にロープを投げているんだ」
ゲーロは表情をくもらせてから、あきれたように言いました。
「うさぎはどれほど馬鹿なんでゲロ。そんなに低いところからじゃ、とどくはずがないでゲロ。小屋の屋根にでも登らないと、屋根にさ」
そこで、ファーゴはもっともだと思い、エリーザを残して小屋の屋根にあがってロープを投げましたが、三日月にはとどきませんでした。
それを見ていたカエルのゲーロとその仲間たちは、ゲロゲロゲロと大笑いしました。
「ロープが月にとどいたとしても。あんなに剣の先のようにとがっているんだ。ロープが切れてのぼれないでゲロ。よく考えてから、行動しないと」
ゲーロの仲間が、はやしたてると、空を見上げてゲーロは言いました。
「雨になるな。雨はいやだな」
「ぼくも雨はきらいだよ」
ファーゴはこたえます。
「ゲロゲロ、雨は月の涙だって知ってるかい」
「しらない。はじめて聞いた」
「月が流す涙が、雨になるんだよ」
「ふーん」
「だから、雨をのぼっていけば、月にいけるゲロ」
「雨をのぼるって、そんなことができるの」
ファーゴは首をかしげました。
「ぼくたちはできるよ。雨をのぼって月にいくことができるんだよ」
「ほんと」
「もっとも、それには、この雨傘がないとできないけどさ」
ゲーロは頭にのっている雨傘をゆらしていいました。
「その雨傘をかしてよ」
「いやだな。この雨傘をとると、ぼくは死んでしまうよ」
ゲーロは首をすくめて、かなしい顔をしました。
「月に行って何をするのさ」
「月にはジーたん、バーたんがいるの」
ファーゴの言葉にゲーロとゲーロの仲間たちは、おたがいの顔をみあって笑いました。
「君はりこうそうだから教えてあげるけどさ、月にはジーたんバーたんもうさぎもいないのさ。だって月はカエルの王国なのだゲロ。ぼくには月にいく雨傘があるから、それがわかるんだよ。君はどうして月にジーたんバーたんがいるっていうのかね」
「お母さんがおしてくれたんだ」
「君がまだ子供だから、そういったんだよ。月にジーたんもバーたんもいないことを、お母さんは知っているのさ」
「うそだよ。じゃ、ぼくが行って見てくるから、その傘をかしてよ」
「この雨傘は、ぼくのだから、かすことはできないんだ。月にいきたいのなら自分で雨傘をつくるんだね」
「つくれるの?」
「かんたんでゲロ。やらかい軽い紙で作るんだよ。そうでないと空をとべないからね。そして雨がたくさん降る日に雨傘をさすと、雨をのぼって月に行くことができるのさ」
ファーゴは家にかえると、さっそくエリーザと、やわらかくて軽い紙で雨傘をつくりました。
「何をつくってるの。傘かしら?」
不思議がるお母さんにファーゴはこたえました。
「そうだよ。ふわふわ空とぶ雨傘をつくってるの」
「へぇ、空をとべたらいいけれど、そんなにやわらかい紙じゃ、すぐにやぶけちゃうよ」
ファーゴはお母さんのいうことがわかっていても、月に行きたい気持ちがつよく、ファーゴとエリーザは雨傘をつくりました。
傘ができると、次の日にイムメンゼーの森にたくさんの雨がふりました。
ファーゴとエリーザは雨傘をもって、そっと外へ出ました。
雨傘をもったファーゴとエリーザの前に、カエルのゲーロとその仲間たちがゲロゲロと通っていきました。
ゲーロたちは、それぞれ雨傘をさしていました。
「おやおや、うさぎのファーゴじゃないか。月に行くための雨傘をつくったのかね」
「そうだよ。君のいったようにやわらかくて軽い紙で雨傘をつくったんだ」
「それはすばらしいでゲロ。それでは君たちが月に行くのを見物させてもらおうか」
雨にぬれない大きな木の下で、ゲーロたちはいちれつに並びました。
しかたなく、ファーゴは雨傘ひらいて雨の中に出ていきました。でも傘をさしているのにファーゴはすぐにびしょぬれになりました。
お母さんが言ったように紙がやぶれてしまったからです。
「そんな紙じゃだめだよ。紙にロウソクのロウをぬり込めないと、あぁ、雨はいやだな」
雨きらいのゲーロはゲロゲロなきながら、ピョンピョン、その場を立ち去りました。
ファーゴはゲーロに言われたように紙にロウソクのロウをぬりました。
次の日に雨がふったので、ファーゴは外に出ました。
外にはゲーロが待っていました。
「できましたか」
「今度はロウをぬったから大丈夫だ」
ファーゴとエリーザは雨傘を広げました。雨ははじきましたが。雨をのぼることはできませんでした。
「どうして雨をのぼれないのだろう。ゲーロ、一度雨をのぼってみてくれないか」
ファーゴがうらめしそうにゲーロを見ました。
ゲーロはうなずくと空を見上げました。
その時、風が強く吹いて、たくさんの木の葉が落ちてきました。「君に月に行きたい本当の気持ちがないからでゲロ。僕たちは月にいくんだと強い気持ちがあるから、月にいけるのだよ。いいかい見てろよ」
そう言うとゲーロは雨の中に出てピヨーンととびはねました。上から落ちてくる落ち葉にうまく足をのせて、さらに上の落ち葉にとびうつっていきます。白い傘がひらひらして、まるで雨をのぼっていくようにファーゴには見えました。
「すごいな」
ファーゴは同じようにとびはねても、雨をのぼることはできませんでした
そのうち、雨をのぼっていったゲーロがみえなくなり、ゲーロたちの仲間もいなくなりました。
雨傘がやぶけしまい、ぬれウサギになったファーゴは肩を落としておうちに帰っていきました。
そして、また傘をエリーザと作っていると窓の外から声がしました。
「君たちは体が大きいから雨傘じゃ無理かもしれない。町に出て月へ行くのり物をみつけたほうがいいよ」
カエルのゲーロの声でした。
ファーゴが窓を開けると雨ぎらいのゲーロがいました。
「君が月へいきたいと馬鹿なことを言っているから、からかわれたと思ったんだけど、ほんとうに行きたいなら町に出ないとだめですよ。町には、たくさんの月があるというはなしですから。あぁ、雨はいやだなゲロ、ゲロ、ゲロ」
「ジーたんとバーたんは、お月さまにすんでいるんだよ」
母が言ったことは、ファーゴたちの宝物なのです。
「町に行けば、たくさん月があるのかな。大好きなジーたんとバーたんに会えるかな」
ファーゴは心から、そう思いました。