第25話
「何故だ、何故、こんなにも欠席者が多い――!」
国王執務室。そこでは怒鳴り声が響いていた。
その怒鳴り声の主はこの国の主であり、シグバード・ル・フォン・ルーデンドルフその人である。その勘気に王の前に立つ男は身を震わせた。
顔面蒼白にしながら男は絞り出すように言葉を続ける。
「も、申し訳ございません……! ただ、招待状の返事が欠席なのもまた事実でして……ただいま、その原因を調べておりますが、その……」
男は逡巡してから、小さく言葉を続ける。
「一部の貴族は明確に『マーロック家の茶会に出席するため』と申しております」
「――っ、何故だっ、子爵家の茶会より、王族の夜会の方が優先すべきだろう!」
苛立ちを載せて荒々しく拳で机を叩く。その音に男は再び身を震わせて平伏さん勢いで頭を下げる。
「い、今一度招待状を送るなどの対応を致します故――」
「いえ、少々お待ちください」
男の震えた声を遮ったのは、部屋の壁際に待機している一人の男だった。シグバードは不機嫌さを隠そうとせず、視線を男にぶつける。
「ドリウス、何か意見があるのか」
「ええ。ひとまず陛下、お怒りを収め下さい。彼に当たり散らしても利はありません」
「当たり散らしてなど――」
そう言いかけ、自身の言動を顧みてシグバードは首を振った。それから感情を押し殺して手を振って告げる。
「下がれ。また追って指示を出す」
「ははっ――!」
報告に来た男を下がらせてから、シグバードは改めてドリウスを見る。
「それで――近衛隊長、何か意見があるのだろうな?」
「無論です。陛下。まず、夜会の欠席者のほとんどですが、理由がどうあれ、マーロック家の茶会に出席する模様です」
「ふん、たかだか子爵家の集まりに何故――」
「それがどうにも、勇者が茶会に出席するらしく」
その言葉にシグバードの頭に一瞬にして血が上った。気づけば机に手を叩きつけ、椅子から腰を浮かせていた。
「またあの勇者か……!」
「お気を鎮め下さい。陛下」
王の勘気を前に、ドリウスは落ち着いていた。部屋に置かれていた水差しからコップに水を注ぐと、シグバードに差し出して告げる。
「今、欠席しようとしている貴族たちは去就に迷っているだけのこと。ここで王が動揺を見せたら、相手の思う壺でしょう」
「……む、むぅ……」
シグバードはその指摘に呻きながら、水の入ったコップを手にした。それを飲むと、冷たい感触が喉を滑り落ち、冷静さを取り戻させてくれる。
(――さすがはドリウス。認めたくはないが、俺のことをよく分かっている)
ドリウスはシグバードの乳兄弟にあたり、まさに弟妹以上に兄弟のように過ごしてきた。それだけに性格や宥め方を熟知している。
だからこそ、シグバードは彼を近衛隊長とし、常に傍に置いていた。
無論、頭の回転も速く、シグバードの弱点を把握して戒めてきた。
「ならば――ドリウスよ、気にするな、というのか。我らが主催する夜会に欠席者が多いとなれば、王家の沽券に関わってくる」
「今はそれしかないかと。ただ、欠席者たちの名はきちんと控えておき、いずれは白黒つけるべきでしょう。そして、次に備えて手を打つべきかと」
「なるほど、して、次に備えた手とは?」
シグバードが催促するが、ドリウスは一息ついてから慎重な口調で訊ねる。
「――その前に陛下のご存念をお伺いしたく」
「ふむ、答えよう。問うといい」
鷹揚に頷けば、ドリウスは低い声で訊ねる。
「勇者はこれまで魔王軍に対する切り札でした。ですが、戦況は好転した今、必ずしも勇者は必要ではないと思えます――それを踏まえた上で、陛下」
ドリウスの目が淀んだ光を放ち、その問いを投げかけた。
「勇者はまだ必要と考えますか?」
「……なるほど」
シグバードは側近の意図を正しく汲み取った。その上で確認するように訊ねる。
「勇者を、排除するか」
「はい。今やあの男はこの王家にとって癌になりつつあります。そして、王家に不満を抱えている者たちはその男の周りに集まりつつある。それが現状にございます」
「茶会は、その表れか」
「ええ――ただ、今はまだ勇者という存在を中心に集まっているだけ。その中心点がなくなれば、自ずと連中は空中分解するに違いありません」
「――なるほど。一理ある」
このまま、団結を許してしまえば、王家といえど彼らを無視し続けるわけにはいかない。どこかで要求を呑むなり、妥協せざるを得なくなる。
それはつまり、王家の威光の敗北を意味する。
それは断じて認めるわけにはいかない。
(勇者の利用価値は、魔王軍との戦い。だが、今は戦況は好転している――)
しかも勇者が前線から離れてすでに一か月が経ち、それどころか前線の将軍たちも隙を見て王都に来ている。つまり、魔王軍の圧力はそれだけ減っているのだ。
ならば――勇者などはもはや不要ではないか。
ふふ、とシグバードの口の端に笑いが込み上げた。
それを見てドリウスが静かに声を掛ける。
「――陛下、お命じ下されば、我ら証拠を残さずに実行します。丁度、絶好の機会があります。狙われているとも知らず、のこのこと姿を現す日が」
(なるほど、確かにおあつらえ向きだな)
ドリウスの言わんとする日が分かった――茶会の日だ。
確かに勇者が出てくると公言されているのであれば、まさに絶好の機会だ。シグバードはますます邪悪な笑みをこぼすと、ドリウスに鷹揚に告げる。
「命ずる――ドリウスよ、勇者を抹殺せよ。できる限り大々的にな」
「承知しました。恐らくはどこかで勇者に注目が集まるときがあると思います。そのときに必ず奴を仕留めて見せます」
その言葉にシグバードは想像を膨らませる。
王家に不満や反感を抱く者が集まる茶会。その連中の目の前で勇者を暗殺する。そうすれば、連中はどんな顔をするだろうか。
そして、敏い者はすぐに気づくだろう。王家に逆らえばどうなるか。
(はは、今に見ていろ。勇者め――)
シグバードは笑いを抑えながら椅子にふんぞり返るように座る。その前にいたドリウスは頭を下げると静かに退いていった。




