第24話
各貴族視点
王都近郊に位置するヴィンセント子爵家の領館。
そこでは早朝から慌ただしい足音が響き渡っていた。
「ち、父上、一大事にございます!」
息を切らして駆けこんできた息子の姿にヴィンセント子爵は眉を寄せ、机の上のカップを持ち上げた。
「騒々しいぞ。次期当主ともあろうものが」
「も、申し訳ありません。ですが、すぐにご確認を仰がねばならないと思いまして――まだ、王家の夜会のお返事はお出しではないですよね?」
「たった今、返事を出すつもりだったが」
机の上にある便箋を持ち上げ、軽く振ってみせる。息子はその様子に小さく安堵の吐息をこぼすと、彼は真剣な表情になる。
「今一度、お考え直すべきかもしれません」
「何故だ、急な開催とはいえ王家の開催。欠席する選択肢はなかろう」
(――まぁ、陛下の思惑も大体読めるが)
ヴィンセント子爵は内心で吐息をこぼす――彼もまた他の貴族たちと同様、情報収集に余念がなく、勇者と王女の確執について知っている。
勇者とは面識がないが、愚直な性格と聞いている。
一方で王女を溺愛する現国王は、その勇者を毛嫌いしているとか。
そのために恐らく関係性にヒビが入ったのだろう、と子爵は推測していた。
(王も無謀なことをしたものだ。勇者は国民だけでなく、一部の貴族から支持を集めている存在――それを敵に回すような真似をするなど)
紅茶で唇を湿らせながら、子爵は思考に整理をつける。
今回、急遽開催した夜会は恐らく、この噂で揺らいだ自らの基盤を確固たるもの。そして、そこで勇者と王女の婚約解消について明言するのだろう。
だとすれば、勇者の今後の扱いを判断するためにも、夜会の出席は必須と言えた。
だが、息子は首を振ると、はっきりとした声で告げる。
「同日開催されるマーロック子爵家の夜の茶会にて、勇者殿が出席されるとのこと――!」
「――っ」
その言葉に紅茶を吹き出しそうになり、ぐっと堪える子爵。視線を上げながら紅茶をぐっと飲み干し、息子を見て冷静に訊ねる。
「――それは、確かなのか」
「確かです。あちらの子爵閣下からの手紙で、しかと」
(……そういえば、マーロック子爵の妹君は勇者殿と親しかったか)
現状、勇者の居場所は明確ではない。恐らくその縁を伝ってマーロック家に身を寄せていたのだろう。そして、今回の茶会で公式に姿を現すつもりなのだ。
「ちなみに、これには第四軍から第七軍まで参加されるとかで」
「――っ、なんだと……っ」
その言葉にじわじわと心中に焦りが込み上げ始めていた。
王家の夜会と、マーロック家の茶会――どちらも同刻に行われるため、どちらかに出席しなければならないだろう。
仮に夜会に出席し、茶会を欠席した場合、王家への忠誠を示すことができるが、フリーになったばかりの勇者に誼を通じる機会が失われる。領民からの人気が高く、軍の支持を取り付ける勇者と接触できないのは辛いところだ。
だが、逆に茶会に出席すれば、王家からの心証は悪くなる。今後の家を考えると、王家に従順なところを見せておきたいところだ――。
(――ただ、懸念点としては今の王家はあまり評判が良くないことだな)
勇者と王女の婚約破棄の噂は一端にしか過ぎない。
少し前、王家によって何人もの貴族が改易された。その理由は違法取引や脱税行為などと言われているが、その罰には大きく差があった。
これを口実に王は自らに不都合な貴族を取り潰したのではないか、という噂もある。
そのために、貴族たちは明日が我が身と戦々恐々としているのだ。
子爵は考え込んでから、ちら、と息子の方を見る。
「――他の貴族の動向はどうだ?」
「まだ分かりませんが、軍が勇者殿を支持している点は大きいかと」
「そうだな。軍あってこその我が国だ」
魔王軍を守っているのは勇者を筆頭とした軍。それに恩義を感じている者も少なくない。貴族は基本的に利を優先するが、中には義を重んじる者も少なくない。
「さらにマーロック家は今回の茶会に際し、ピジョン伯爵家の庭園を借りたと」
「つまり、ピジョン伯爵家はそちら側か。それに――」
伯爵家の庭園はかなり広い。それだけの客が来るとマーロック家は判断しているのだ。
(ここは賭けにはなるが――)
考え込んだ後にヴィンセント子爵は決然と顔を上げて告げる。
「――よく知らせてくれた。息子よ」
「では、父上――」
「うむ、今回の夜会は欠席とする。なに、元々、マーロック家の茶会には出席予定だったのだからな。我らは当初の予定を厳守する、ということにする」
そう告げると同時に、子爵は夜会に出席する旨を書いた手紙を握りつぶした。息子は目を光らせると頷き、低い声で告げる。
「であれば、念には念を入れるべきかと。自分は他の子爵家に話を持ち掛け、ぜひ茶会の方に行くべきだと説くことにします」
「うむ、それがよかろう」
(仮に王家が欠席者に対して睨みを利かせてきても、複数の貴族が欠席していれば、矛先が分散するはず――)
子爵はしたたかにそう考えると、すぐさま筆を執って手紙をしたためていく。
夜会の欠席の連絡と、茶会へ出席するべく――。
◇
同じ頃、辺境に位置するユニウス辺境伯領でも同じ知らせが届いていた。
「なに、勇者殿が茶会を催すと! こうしてはおれん! 返事を出せ!」
「お、御館様、お待ちくださいませ!」
憤然と吼える豪快な辺境伯に対し、初老の家宰は慌ててそれを引き留める。
「同日、王家が急遽夜会を催すという知らせも来ております……! 茶会に出席するならば、こちらには欠席と相成り――」
「構うものか! 王家は我らの領地に対し、何もせぬではないか!」
辺境伯は家宰を振り返り、厳しい声ではっきりと告げる。
「我らは魔王軍の侵攻に領地を踏み荒らされた。それを助けに来たのは第四軍と、はるばる遠方から来た勇者殿! 一方の王家は支援の一つもせず、するのは納税の催促のみ! どちらに義理を通すべきかは自明の理だ!」
その言葉に気圧されたように家宰は目を見開いていたが、すぐに頷くと告げる。
「――かしこまりました。そう仰せであれば、我らもそれに従います。ですが、一つだけ提案をさせていただければと」
「何か考えがあるのか」
「はい、他の辺境伯、そして王都から遠い領地の貴族たちにも使いを出すべきかと。そして、勇者に義を尽くすべきだと説くのです」
「む――なるほど、それは名案であるな。勇者殿にも良き手土産になろう」
辺境伯は熱狂を鎮め、思案するように考えてから頷いた。そして厳めしい顔で家宰に向けて宣言する。
「時間がない。一刻も早く使者を出すのだ!」
「はっ、心得ました!」
◇
そして王都に近い位置に領地を設ける大貴族。
キリルハイム公爵家にもこの知らせは届く――。
「――勇者か、王家か」
初老の域に差し掛かった公爵は二つの招待状を並べて難しい顔をする。
先代の王のとき、キリルハイム公爵は傾きつつある国を懸命に支え続け、糧秣も兵も供出し続けた。その功績を以て今は四大公爵の中でも広大な領土を持つ。
だが――今の王は感状も送らず、糧秣や兵を当然のように受け取っている。
(――それらのほとんどが前線ではなく、近衛に消えている――)
その事実にわずかに憤りを覚えつつも、公爵は感状に流されずに冷静に考える。
(儂の個人的な感情は良い。息子たちのためにどうすべきか、よな)
三男は近衛に送り込んであり、次男も官僚として経験を積んでいる。どちらかといえば、公爵家としては王家に近しい立場を取っている。
であれば、王家の夜会に出席するのは確かなことだ。
(とはいえ、勇者と誼を通じぬのも後の禍となるかもしれん――)
となれば、と公爵は結論を出し、使用人に命を下す。その使用人が出ていくと、しばらくして一人の少女がしずしずと部屋に入って来た。
「失礼いたします。お祖父さま」
「うむ、メリッサや。堅苦しくなくてよい――実は頼みがあってな」
「何なりとお申し付けください」
「ふむ、再来週のことだが、実は勇者殿が茶会を開くことが決まっていてな。だが困ったことに、同日に王家が夜会を開くことを急遽決定してもうた。儂たちは王家に尽くすものとしてそちらに行かねばならん」
「――なるほど」
メリッサの瞳が爛、と輝いた。公爵は頷き、孫娘に頼みを告げる。
「儂の代理として出席し、どうか勇者殿によろしく伝えてくれまいか?」
「かしこまりました。お祖父さまの代理として、出席してよろしいのですね?」
確認するように告げたメリッサに、公爵は鷹揚に一つ頷いた。
「うむ、その通りだ。話す内容については任せる」
「心得ました。お祖父さま」
優雅に一礼するメリッサ――その所作や言葉の端々からは聡明さが感じられる。
(惜しむらくは、この子が女であることよ――)
男であれば、名君になり、この公爵家を導けただろうに。
それを思いながら公爵家は自身の家の未来について思いを馳せる。
◇
勇者、アヤト・カンナギの茶会の出席。
その情報は各貴族たちを驚かせ、それぞれの頭を悩ませることになる。
ある男爵は悩みながらも王家には逆らえないと夜会に出席を決め。
ある伯爵は落ち目であることから勇者の接近を狙い、茶会に出席を決め。
ある子爵は迷った末に夜会に自身が向かい、息子を茶会に出席させ。
ある辺境伯は迷わずに勇者の茶会に出席し、夜会には代理も出さず。
自然と国を取り巻く環境は勇者派か、王家派に二分されようとしていた。




