禁忌の愛
通夜の帰り、私はなんとも言えない気持ちを抱えたまま夜空を眺めていた。
今まで一緒に暮らしてきた祖母が死んだ。昨日は放心状態だったが今日になってようやく実感した。もういないんだ、と。
私は一人涙を堪え、街を歩く。その時ふと小洒落たバーが目に止まった。
こんな時にはやけ酒でもしないと、ささくれた気持ちは治らない。そう思い私は戸を開けた。
「いらっしゃい」
カウンター前に座り、私は強い酒を注文する。いつもはあまり飲まないけれど、今日は特別。
ごくりごくり。飲んでいると、色々なことを思い出して泣きそうになる。
その時だ、少し離れた席にいた青年が私に声をかけてきたのは。
「やあ。どうしたんだい浮かない顔して」
小汚い服の青年だ。彼の顔が見覚えあるように思えたので、私は訊いてみた。「どこかでお会いした?」
が、青年は首を振る。「いいや初めてだよ」
そりゃそうか。知り合いならすぐわかるし。
私は酒の勢いで彼に事情を話してみることに。すると彼は「わかるよ」と頷いた。
「実は僕も親なしなんだ。君と違って、捨てられて孤児院育ちだけどね」
「え? 私も孤児院の出よ。0歳の頃に引き取られたの」
「へえ奇遇だね」
それから私たちはしばらく談笑した。彼はとても愉快で、普通なら辛くて話せないような過去を、軽妙に語る。
私は彼を楽しい人だと思った。もっと喋ってみたい。思い切って名前を聞く。陽太というらしい。
「私は陽子。捨てられた時、おくるみに書いてたらしいわ。名前までそっくりね」
そしてまた会おうと約束し、別れた。
数日後、彼と待ち合わせて一緒に買い物へ出掛ける。
最初は友人のような関係のつもりだった。けれど彼とは気が合いすぎた。趣味、食べる物、好きな物。
気づくと私は、いや私たちは――恋に落ちてしまっていた。
まもなく同棲を始めた。祖母の死後ずっと一人だったからとても嬉しい。喧嘩することもなく平和な毎日。
体を重ねた。愛し合い、すぐに結婚することが決まった。
私は結婚式のドレスを用意。青いフリフリドレスはとても可愛い。彼には内緒だ。
陽太は結婚に必要な戸籍謄本を取りに行く。捨て子に戸籍があるのかと驚いた。
そして運命の日。
ドレスを纏い私は結婚式に臨む。お互いの準備姿は見せないようにと決めたので、彼の反応が楽しみだ。
壇上へ登り、美しい花嫁姿を晒した。客席の人々が感嘆の声を漏らすのが聞こえる。後は陽太を待つのみ。
すぐに彼も姿を現した。が、少し暗い顔に私には見えた。
どうしたのかと聞いても、「いや……」と言葉を濁すだけ。ドレスを褒めてもくれない。
不審に思いつつも式は進んだ。司会が定番の言葉を述べる。
「では新婦、永遠の愛を誓いますか?」
私は深く頷いた。彼とならそれを誓ってもいいと思ったから。
次は彼の番だ。「新郎。あなたは新婦との末永き愛を誓いますか?」
ずっと何かを言いたげだった陽太。やっと思い切りをつけたのか、パッと手を上げた。「一つ、言わなくてはならないことがあるんだ」
視線が彼に集まる。私は妙な胸騒ぎがした。
「それが……」彼が言うにはなんと、私と彼が『双子』であるというのだ。
その証明は戸籍だ。出生が同じ孤児院であり、拾われた日にちも同じだったらしい。
慌てて孤児院に聞くと、確かに同じ場所で拾ったのだと言われた。――つまり陽太と私は、同じ親から生まれ捨てられた双子の兄妹だったわけである。
しかしそんな話は信じられないし、信じたくない。だってそれなら私と彼は、禁忌の恋を犯したことになるではないか。
でも思い当たる節はたくさんある。おかしなほど相性が良かったこと、初見の時に見覚えがあると思ったこと。認める他ない。
「だから、僕らは結ばれることが許されないんだ」
そう、肩を落とし呟く彼。一方の私は、胸中にむらむらと激情が湧き上がり叫んでいた。
「嘘よ! あなたが兄さんだなんて! 悍ましいわ!」
これがただの恨み言だと私にもわかっている。けれど、止められない。
「どうして言うの? 黙ってくれてたら私たちは!」
式場に金切り声が響いていた。
運命は私たちの愛を裂いた。
彼は何か言おうとしたが、手を振り払い私は式場を飛び出してしまった。
――これからどんな思いで生きていけばいいのだろう。私のお腹には子供だっているのに。
見上げるとそこには夜闇が広がっていた。祖母を亡くし彼と出会った夜を想起させる。
ドレスを両手で引っ掴む。私は涙を流しながら、夜の街を駆け抜けた。
以上で、この短編集は終わりとなります。
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