表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
石の支配  作者: シュシュ
第1章 『涙から始まる物語』
39/53

第36話『ヒーローに憧れた小さな悪魔』

『ブルア、今度はこの人だよ』


 子どもなら誰もが憧れる「ヒーロー」という単語。俺もその中の一人だった。

 絵本で見たヒーローは悪者を倒して、お姫様を助け出す王子様だった。そんな王子様ほどの身分はいらない。

 だからーー


『この人はね、沢山の物を盗んできた悪者なんだよ』


 悪者を倒して、みんなに喜ばれるヒーローにただ、俺もなりたかっただけだった。


『だから、この人を殺してきてーー』


 俺はヒーローになれる。

 両親がそう言ってくれた。

 悪者を倒せば、みんなが喜んでくれる。

 みんなの苦しみを和らげてあげることが出来る。

 悪者を倒すと両親は喜んで、俺の頭を撫でてくれた。

 よくやった。これで、誰かを救うことが出来たんだよって言って褒めてくれた。

 最初は怖かったけど、大人が手伝ってくれた。やっていく内に慣れた。

 俺はどんどん、悪者を倒していった。


 普段の生活にも不自由はなかった。

 家が貧乏というわけでもないし、友達も居た。

 唯一変わっていたとすれば、見た目だ。

 青髪に青い瞳。だけど、誰もが俺の見た目を羨んだ。

 俺はヒーローでもあり、一人の少年だった。

 どちらの世界も充実していて、幸せだった。


 だが、一つの小さなことがきっかけで、俺の人生の歯車が狂い始めたんだ。


 ♢♦︎♢


「やめろ!やめてくれ!!!」


「大人に聞いた。お前は奥さんを殴って、殺めたらしいな。お前は悪だーーだから、倒す」


 短刀で、男の首を刺す。

 少し抵抗した後、男は息を引き取った。


「やった!今日も倒したよー!」


 すると、黒服の大人達がぞろぞろと出てきて、男がその場に元々居なかったかのように証拠を全て消した。

 大人が証拠隠滅をしている間、ブルアはニヤニヤが止まらなかった。


「後、二人!」


「おい、あいつ頭イカれてるんじゃないか?」


「口を慎め」


「ねぇ、誰かタバコ吸ったしょ?」


 ブルアが思いっきり黒服の大人達を睨みつけ、一人一人の目を見て確認する。

 ブルアはタバコの匂いが好きではない。別にタバコ関係で嫌なことは起きてはいないが、生理的に無理なのだ。

 ブルアがタバコ嫌いなのは、黒服の大人達、皆が知っていることだ。

 ブルアは見たことない顔ーーいわゆる新人に目をつけた。


「もしかして、君?」


 今度は新人の黒服一人だけを凝視する。

 その瞳に光はない。

 周りの黒服の大人達は、「何やってんだよ」みたいに軽蔑の眼差しで新人を見ていた。

 大勢の視線に耐え切れなかった新人は下に俯いてしまった。

 それでも、ブルアは顔を覗く。


「俺はね、タバコの匂い大っ嫌いなんだ。だから、仕事前や仕事中は絶対に吸わないで。あと、スーツにも匂いつけないでくれる?」


「は、はははい!」


「まぁ、新人だから大目に見てあげる。次からは許さないから」


 ブルアは新人から目を離し、リーダ格の黒服の元へ向った。

 今度は輝きに満ちている瞳をしている。


「ねぇ!今回のご褒美は?」


「どうぞ、受け取ってください」


「わーい!」


 一人の大人が渡してきた物は青い棒付きキャンディーと新しい武器だった。


「これ、最新型の銃?」


「はい、次のターゲットはこれで倒してください。次は二人です。これで、100人目になります」


「はーい!じゃ、またねー」


「……⁉︎」


 ♢♦︎♢


 朝がきた。

 今日も俺はヒーローで在り続けられる。

 大好きで憧れたヒーローに。

 いつも通りに優しい母が作ってくれた食事にありつき、身支度をして家を出る。

 いつもの集合場所の広場には、既に子ども達が居た。

 だが、今日はいつもと少し違った。

 空気がなんだか、重いのだ。


「おーい!どうしたんだよ?」


「ブルア……ケイのお父さん、居なくなっちゃったんだって……」


「そうなの?ケイ?」


 ケイは遊ぶメンバーの中で人一倍元気よく、ブルアと張り合っていた。

 だが、いつものケイとは違い表情が暗い。

 俺がケイを慰めようと頭を撫でようとしたとき、手を振り払われ、拒否された。


「この人殺し!!!!!」


「え……?」


 一気に場が凍りつく。


「俺は昨日、見たんだ!お母さんと喧嘩して、家を出て行った父さんを追いかけたら、誰かに殺されていた!そして、後からぞろぞろと黒い大人達が出てきて、お父さんを車に乗せていたんだ!そして、お父さんを殺した奴は笑っていたんだよ……フードを被っていたから顔は分からなかったけど、髪が少し見えた」


「ーーーー」


「青かったんだよ。ブルア、お前の髪色にそっくりだった」


 あの男はケイの……。


「俺は……」


「すっとぼけんじゃねぇ!この街に珍しい髪色してんのはお前しかいねぇ!」


「違うよ!ねぇ、みんな、ケイがおかしいんだ」


「おかしいのはお前だ。化け物ーー」


「っ!」


 みんなの目が俺を睨みつけ、蔑んでいるのはすぐに分かった。

 俺はその空気に耐え切れなくて、その場から逃げた。みんなから逃げた。

 自分のしたことから、逃げた。


 ♢♦︎♢


 家に帰ると俺は母親に泣きついた。


「ねぇ……!俺がやっている悪者退治はおかしいことなの……?みんなに言われたの、お前は化け物だって……」


「そんなことないよ。ブルアが正しくて、お友達がおかしいんだよ?だから、大丈夫」


 優しく頭を撫でてくれたが、俺はまだ不安だった。

 もう、みんなと遊べなくなってしまうかもしれない。俺はヒーローで在り続けたいけど、友達が居なくなるのは嫌だ。


「もう、俺……ヒーローやめる!」


「え?」


「俺はみんなと遊びたい。だから、みんながおかしいって言うなら、やめる!」


「……」


 一瞬、お母さんの目がとても冷たくなったと思ったが、それは気のせいだろうか。


 ♢♦︎♢


 俺は今日も広場に向かう。

 家を出て行くとき、お母さんは笑顔で見送ってくれた。だが、今日の笑顔はなんだか気持ち悪く感じた。


「……?」


 昼間は遊ぶ子ども達しか居ない広場に大人が沢山立っていた。

 俺はその人混みの中をかき分け、みんなを探す。みんな、とても騒がしくしている。

 泣き声が沢山聞こえてきた。

 遂に人混みの中から抜けると、とんでもない光景が目に飛び込んできた。


「え……」


 ケイを含めた4人の男女の子どもが血だらけで、倒れている。酷い有様で、多くのナイフの刺し傷があった。

 俺は中から溢れ出そうとしているものを必死で口を押さえた。

 息をしていない、笑っていないみんなから離れる。少しずつ後ろに下がる。


「ケイ!!ケイ!!ねぇ、起きてよー!!」


 ケイの母親が泣き叫ぶ。


 ーーお、俺のせい……?


 あの黒服達がやったの?


 ねぇ、誰か教えてよ。


 俺は間違っていたの?


 だから、みんなは死んだの?


 目の前で命が消えることなんて、慣れていたのに。

 だが、今目の前に居るのは悪者じゃない。

 殺されて良い人達じゃない。


「うぇっ!ぇぇ……」


 止まらない、止まらない。

 罪悪感、疑問ーー

 友達を死なすような奴はヒーローじゃない。

 だけど、みんなは俺のことおかしいって言った。俺は悪者を倒しているヒーローなんかじゃない。


 人を殺した化け物。


 ♢♦︎♢


 誰かが俺の背中をさすった。

 吐き気は止まったが今度は呼吸が荒くなった。ヒューヒューと聞こえてくる。


「お、俺が……お、おお俺のせい……」


「いいえ、あなたはいつだって正しいのですよ」


「かぁっ⁉︎」


 何かが腕に刺さっている。

 細い針に謎の液体ーー

 体が痺れてきた。そして、目の前も暗くなる。微かに見えた人物は黒かった。


 ♢♦︎♢


 コポコポと音がする。

 どうやら、別の所に連れてきてしまわれたようだ。

 目を少しずつ開けるとそこは俺の知らない場所だった。

 見えるのは真っ白い壁と天井。だが、隣には何らや機械のような物が沢山置いてあるし、俺はベッドにの上で足や腕などを拘束されていた。

 そして、ガラス張りの透明な窓があって、向こう側には沢山の大人が居た。


 目覚めた俺に気づいた一人の大人が部屋に入ってくる。

 青髪の白衣を着た女性だった。

 俺は水色だが、彼女は濃い青だった。

 そして、こちらに微笑みかけてくる。


「お友達が居なくなって、大変だったわね。でも、もう大丈夫よ。あなたを脅かす存在は居なくなった」


「どういうこと?脅かす存在って?」


「うふふーー」


「まさか……黒服がみんなをーー」


「大正解!流石だわ」


「俺が間違ってたんだ……俺が!」


 拘束から逃れようと体に力を込め暴れるが、白衣の女性はただーー


 俺を見つめて笑っているだけだ。

 ニヤニヤ、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべて。


「うふふ!!うふふ!!!!!」


「あなたは記憶を消して、またヒーローになるのよ!」


「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 ♢♦︎♢


「……」


 夫婦が怯えている。

 俺の手には新しい武器があるからだと思う。

 もう、頭の中は真っ白だ。

 何も考えられない。

 俺は言うことを聞くだけでーー


「これで100人目!俺はヒーローだ!」


「あはは……あははは!!!!!」


 真っ赤な夫婦は何も言わない。

 俺が黙らせたからだ。

 二人で仲良く手を繋いで死んだようだ。

 俺はまともに二人の顔を見ていなかった為、顔を拝もうと目の前で屈んだ。

 女の方は茶髪、男の方はーー

 俺と同じ髪色。


 俺は部屋のタンスの上に置かれていた写真を見つけた。

 夫婦と赤ん坊が写っていて、髪は水色だ。


「これは……俺?」


 俺は黒服達に黙って、その写真をポケットに忍ばせた。


 ♢♦︎♢


 俺はあの夫婦を殺したときから、違和感を感じ始めていた。

 写真の赤ん坊が自分に見えてしまう。

 小さい頃にもこの違和感を感じたことがある。

 俺が珍しい水色をしているのに両親は一般的な茶色だった。おばあちゃんやおじいちゃんも珍しい色をしていたわけでもない。


 俺は本当にあの両親の子どもなのだろうか?


 どんどんと広がっていくこの考え。

 それを確かめる為に俺は顔馴染みの情報屋の元へ向かった。


 ♢♦︎♢


「カケル、俺だ」


「合言葉は〜?」


「青の悪魔ーー」


 情報屋のカケルに会いに行くときは、自分の通り名を言わなければならない。


 青髪で笑いながら人を殺す悪魔ーー


 今までその通り名は俺にとっての勲章だった。誇っていたその名が今は忌々しい。


 ジジ……。


「っ⁉︎」


 頭痛が走る。

 血だらけの仲間達が、黒服の大人達が、青髪の女研究者が頭の中に浮かんでくる。


『うふふ……』


「おーまたせ!あれ?どうしたん?」


「ゲホッ」


「ちょ!大丈夫?」


 この金髪で俺と同より二歳年上の少年が情報屋だ。名はカケル。

 小さい頃、両親に捨てられ、俺の母親と父親に拾われたそうだ。

 生活を保障してくれる代わりに青の悪魔専用の情報屋となったらしい。


 カケルは俺の兄代わりで、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。

 俺が大きくなり仕事が増えると、本当に仕事としてでしか、会うことが出来なくなっていた。

 今は義兄弟と言うより、仕事仲間だ。


「おい、久しぶりの再会でそれはないわー」


「ごめん、急に頭が痛くなって……」


「で?何の情報が欲しいの?」


「なぁ、カケルは俺がどんな情報を求めようと答えてくれるよな?」


「もちろん。何が聞きたい?」


「本当の両親のことを教えてくれー ー」


「えー?知りたいの?」


 カケルはニヤついた顔でこちらを見る。


「あぁーー」


「後悔しても知らないよ?」


「覚悟出来てる」


「……そうか」


「君の本当の両親はこの前ブルアが殺した夫婦だよ。今の両親はお前の監視者だ」


「監視者?」


「お前が産まれる前よ、政府が考えたんだ。この国の安定させる為には、指示通りに動く殺人鬼が必要だと。プロに頼むと、金のことで問題になったり、裏切られる可能性がある。だから、無邪気な子どもを"何でも言うことを聞く殺人鬼"として育てることにした」


「……」


「そして、殺し屋の素質がある子どもを見つける為に政府が国中の病院に根回しした。ある検査をしろとね。妊婦はただのお腹の中の子どもを見ている検査だと思っているが、本当はその子どもの能力値を計測していたんだ。そこで、第一被験者に選ばれたのがお前。産まれて一ヶ月後にお前を誘拐。記憶を消して、新しい両親を用意。小さい頃から、ヒーローが出てくる絵本を見させ、ヒーローに憧れを抱かせるように仕向ける。そしてそして、殺しの訓練をさせ、国に必要のない人間を徐々に排除させる。これで、"無邪気な殺人鬼"の完成っ!!!!!」


 突然、イメージがつかない物事を沢山言われたものだから、理解するのに時間を要した。

 驚きが段々と嫌悪感に変わってくる。


「じゃあ、本当の両親を殺せと命じたのはーー」


「政府だよ」


 俺はヒーローなんかじゃない。

 化け物、殺人鬼。

 幸せになる権利を持たされていない者。

 これが絶望というやつなのだろうか。

 自分のしてきたこと、全てが間違いだった。

 真実を知りたくなかったとは思わない。

 だが、なんだろう……。

 俺は生きてはいけない気がした。


「あはは……うはははっっっ!!!!!ひー!面白い面白い面白い!!!!!」


 カケルが大笑いしている。

 俺は咄嗟にカケルの胸ぐらを掴んだ。

 バカにされたような笑い方が気持ち悪かった。


「俺も殺す?政府の命令じゃないけど。まっ、また再洗脳かな?」


「再洗脳?ーーゔっ!」


 頭の中でぐちゃぐちゃのフィルムが思い浮かんでくる。

 だが、それは一つずつ鮮明になってきてた。


 俺は真実と嘘のどちらも思い出した。


「ぜーんぶ思い出した?まぁ、今更思い出した所で、もう遅いんだけどね!あははっっ!!」


「カケル……お前はどれだけ俺が醜くても、ずっとーー俺だけの情報屋で居てくれるか……?」


「あぁ、もちろんだよ」


「俺はこれから、監視者を殺してくる」


「それで?」


「バレるのは時間の問題だが、政府に情報を流さないで欲しい」


「そんな簡単なこと、わざわざ言うなよ。俺は昔からお前だけの情報屋だぜ」


「ありがとう。そして、さようなら」


「おぅ、逃げて逃げて逃げまくれ!安定したら、顔見せろ」


「おぅ!カケル兄ちゃん」


 覚悟はした。

 俺はもう、ヒーローと名乗らない。

 してしまったことは消せない。

 だから、殺人鬼として、俺の勝手な思想でーー

 あいつらを殺す。


 ♢♦︎♢


 朝はいつも通り、あの二人の息子として、同じ食卓につき、楽しい会話をしながら、「いい息子」を演じた。

 今日一日中、二人は出かける用事があるそうだ。

 カケルの話によると、二人で出かけるときはいつも、政府に状況報告をしに行っているらしい。

 帰ってくるのは、夜だと彼らは言った。


「いい子にして待っているんだよ?」


「うん!」


 あぁ、いい子にして待ってやる。


 彼らは笑顔で歩いて行った。

 その笑顔を見ると吐きそうになる。

 憎悪で胸がいっぱいになる。


 真実を知ってしまった以上、もう後戻りは出来ない。

 彼らを葬った後は、どうしようか。

 もちろん、政府からは逃げるが、自殺という道は絶対に選ばないことに決めている。

 今まで殺してしまった人達から逃げるわけにはいかない。

 どんな善行をしたところで、赦されるわけがない。

 だが、これからは俺の思う罪滅ぼしを死ぬまでしていこうと思う。


 ただの自己満足だと思われるかもしれない。

 だけど、もう記憶を消されて都合の良いように生きる化け物にはなりたくない。

 苦しむのは当たり前だ。辛いのは当たり前だ。幸せを望むことも許されない。当たり前だ。それだけのことをしてきたのだから。


 ◇◆◇


 窓から二人が帰って来るのが見えた。

 喜んで二人の姿を見ていた過去の自分を罵ってやりたい。


 ーーそいつらは敵だ。


 扉が開く。二人が中に入る。


 敵が射程内に入る。


 聞き慣れていたこの音も、改めて聞くとうるさい。

 こんなうるさい音をほぼ毎日聞いていた。

 なのに、昔は何も思わなかった。

 俺は本当におかしかったんだ。


 彼らを絶命にはしなかった。

 聞きたいことがあった。言いたいことがあった。


「なぁ、お前らは俺のことどう思ってたんだ?ただの道具か?」


 男の方は薄ら笑いを浮かべた。

 女の方はとても苦しそうにしている。


「お前を人間としても道具としても、心から愛したことなど一度もない」


「そうか……よくも、俺自身に本当の両親を殺させたなーー」


「お前は人を愛することが出来ないだろうな。受けている愛が必ずしも真実だとは限らないことを知った」


 俺は誰かを愛する権利はない。

 確かに醜い真実を知った。

 だけど、それをーー


「お前には言われたくないな」


「そして、お前はずっと化け物にしかなれないーー」


 男の方は薄ら笑いを浮かべたまま、息を引き取った。


「やめて……ブルアぁ!!」


 母のふりをしていた女はブルアに懇願する。

 その必死な顔を見て、ブルアは心底、それを醜いと思った。


「やめて……その言葉を俺は何度も聞き、命を踏み潰していったーーだが、それも今日で終わりだ」


「ヒッ!?」


「さようなら、偽物の母さんーー」


 微笑んで彼女に銃口を向けて、引き金を弾いた。

 散々、言うことを聞く殺人鬼として育ててようと優しい顔で接していた女の最後は呆気なかった。

 絶望と悲しみの顔なんて、何度も見てきた。

 彼らに感じることなんて憎悪しかない筈なのに、なんだこの納得がいかない感じはーー

 偽物とはいえ、殺人鬼として育てられたとはいえ、両親だったからだろうか。だから、彼らを殺しても胸がモヤモヤするのだろうか。


「何なんだよ……これは!!!」


 テーブルに置かれていた花瓶を思いっきり床に叩きつける。

 すると、高い音を出し瓶だったものは砕け散った。

 そして、綺麗に生きていた花も一気に生気を失う。


 もう何がなんだか分からなくなっていた。

 憎しみの対象を殺せて、嬉しい筈なのに。

 いや、嬉しいのか……?本当に俺は嬉しかったのか?

 俺はーー彼らを殺したことを後悔しているのか?


 沢山の人の涙を見た、叫び声を聞いた、絶望と悲しみの顔を見た、苦しく死ぬ姿を見た。

 見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見てきた。

 大人に言われてやった。悪い奴を倒せばヒーローになれるって言われたから。だけど、やったのは俺だ。

 だから、ケリをつけようとして彼らを殺したというのにーー

 俺の中では何も解決していない。


「俺は……俺は!俺は!俺は俺は俺は俺は俺は!!!」


「ただ、救われたくて殺したのか……?こいつらを……今までの行いをなかったことにしたかったのか?」


 分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からないんだ。


 気付けばありとあらゆる物を壊していった。

 かつて、美味しい料理を上に乗せていた皿はバラバラになり、ベッドの上にあった柔らかい素材の物は、羽が舞い上がっていた。

 そしてふと、ヒビが入った鏡に写し出されている自分を見る。


 本能のままに生きる恐ろしくて醜い化け物。

 目は血走り、髪は乱れ、顔はいつの間にか沢山の傷を負っていた。


「あぁ……俺も醜い」


「……なんだ?雨漏りか……?」


 窓に目をやるが、雨は降っていない。むしろ、良過ぎる方だ。

 だが、ブルアの目には雫がつーっと流れていた。

 そして、しょっぱい味が口の中に広がる。


「これは……っ!?」


 急に胸が苦しくなる。そして、目から出てくる雫が止まらない。


「ひくっ……うう……」


 両手で目を抑える。

 あぁ、見える。見えるよ。幸せだったあの頃。

 みんなと遊んだあの広場、あそこが俺たちの初めて出会った場所でもあった。

 一人で噴水を見ていたら、ケイが声をかけてくれたっけ。


『見たことない奴だな?名前は!?』


『俺……ブルア』


『へぇー!よろしくな!ブルア!!』


『え……うん!』


 珍しい見た目をしていた俺はこの街では、普通に接してくれなかった。

 人々はブルアをまるで、宝石のように。芸術品のようにしか見ていなかった。だから、最初はこの髪や瞳が大嫌いだった。

 だけど、ケイ達は違った。「綺麗だね」とは言うけれど、普通に接してくれ、人間扱いをしてくれた。

 一つの『物』ではなく、一人の『人間』としてーー


 あぁ、見える。見えるよ。

 偽物の両親を本物だと思っていたあの頃。

 お父さんは力強くて、かっこよくて、憧れた。尊敬していた。

 お母さんは優しくて、料理や裁縫が上手でーー

 二人はいつだって、俺のことを考えてくれてーー褒めてくれてた。


 だけど、全部嘘。


 嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘。


「俺は!本当の俺は……何もない……全てなくしてしまったんだ」


「死にたい……何もないなんて耐えられない!」


 ーーだが、逃げちゃダメだ。俺は……逃げちゃダメなんだ。


「だけど、俺は逃げちゃいけない。けど、死にたい……」


「少しくらいなら、良いんじゃないか?」


「っ!?」


 ブルアはいくら子どもとはいえ、暗殺や人を殺すことに関してはプロと呼べるほどの実力を持っている。

 僅かな気配だって見逃したことはなかった。

 普段の生活や仕事中でも、知らない気配を感じたならば、すぐに後ろを確認する。

 なのに、このよく分からない感情が邪魔したのか、いつの間にか家に入って来ていて、声をかけてきた男に気づくことが出来ずゾッとしてしまった。


 男はスーツを着ていたが、いつも後処理をする黒服の大人達の中で見たことのない顔だった。上層部の奴らか、新人かも知れない。だが、男は黒服の大人達が絶対にしない行為をしていた。

 タバコの匂いがスーツに染み付いている。

 黒服はブルアがタバコ嫌いなのを知っている為、絶対に仕事前や仕事中は吸ってはいけないという暗黙の了解があるし、スーツの姿でタバコを吸うのも業務上、禁止されている。

 それなのに、タバコの匂いが染み付いているということは、ルールを知らない新人か、部外者の可能性が高い。

 ブルアに恨みを持つ者か、それとも同業者かーー


「お前は怒りと悲しみの二つの大罪を犯した。もう、この世界にお前の居場所はないーー」


「お前、何者た!?」


「Stone house 監視官、ジバルだーー」


 監視官ジバルの動きはとても速かった。

 ブルアが攻撃を仕掛ける前にブルアを気絶させる一撃を食らわしていたのだから。


 ーーあぁ、これで俺の人生は終わったな……何も出来ずに……。


 ◇◆◇


 俺は死んでなどいなく、新しい家に居た。

 場所は『Stone house』という名の監獄。

 どうやら、人間には怒りと悲しみの二つの感情を持ち合わせており、その二つの感情が表に出てしまうことは、このステラ国では大罪に当たるらしく、俺は施設に入れられた。

 そして、この施設では罪人のことを『覚醒者』と呼び、国の為に秘密の戦争に参加しなければならないという。

 ステラ国は、戦争もない幸せな国だと国民に信じ込ませているらしい。


 俺はまた、誰かに利用される運命なのかーー


 誰かに指示されて、国の為という建前が存在し、他人を殺める。


 これが、沢山の罪を犯してきた罰だというのか。


 ◇◆◇


 俺は忘れてはいけなかったのに、自分の罪を忘れ、殺しに没頭した。毎日、毎日、秘密の戦争に参加する。

 笑いながら、楽しみながら、血を浴びる。


 おかしい、狂っている。そんなことが分からなくなってしまった。


「あはははははははは!!!!!!!!」


 普段の生活では、周りの人が全部醜く見えるようになった。


「私ね、お母さんが亡くなって……」


「私もなんだ……」


 そうやって、自分の過去を語り合い、慰め合ってるのが傷の舐め合いをしているようで、気持ち悪かった。

 だから、俺は人と関わるのを拒絶した。


 戦闘のときも、チームワークが大切だとか言われるけど、俺はずっと一人で殺しの仕事をやって、後処理は黒服に任せていたから、チームという単語の意味をよく理解出来ないでいた。

 だから、作戦なんて無視して、一人で突っ走る。


「おい!ブルア!一人で行くな!必ず二人ペアでーー」


「うるせぇ!!!」


 ブルアが一人で突っ走ると、チームメイトは混乱しながらも、何とか作戦を忠実に守っていた。

 だが、ブルアとペアを組んでいた『ロイ』という少年は、相棒が急にいなくなり、焦っていた。


「ねぇ!ブルア!どこ!?」


『ロイはリーダー達とでも、行動してろ。俺は一人で良い』


「僕が良くないんだ!」


 ロイはブルアを探し、辺りを散策した。

 だが、突然背後に気配を感じた。

 口を抑えられ、意識を奪われる。


 ◇◆◇


 一方、ブルアは一人で突っ走り、敵をなぎ倒していった。

 そして、このときも表情は笑顔だ。

 剣を握るときの汗、顔や服にべとべとと纒わり付く返り血。

 何より、やってやったという達成感。

 それら全てが心地よくて、何もかも忘れさせてくれた。


 ただ、俺には昔も今も"責任"というものがなかった。


『ブルア!どこにいる!?』


「どこにいるって……知らね。森の中」


『ロイが敵に捕えられた!助けに行くから、お前も探せ!』


「はーい……」


 返事をしながらも、ブルアは仲間のことに興味などなかった。

 敵を探すついでに、ロイが見つけれたらそれで良い。

 森の奥に進むにつれて、静けさが余計に感じる。

 自分自身の足音が大きく聞こえる。

 敵の気配を感じない為、物陰に隠れず、大胆に歩いてみる。

 段々と秘密の戦争を経験していく内にこの施設に来た意味を知った。


 俺は殺しの場でしか、生きることが出来ない。

 普通の生活や人並みの幸せを感じることも許されない。

 だったら、楽しまないと。


 ーー誰かいる……それも大勢だ。


 そして、それと同時に大量の血の臭いがする。

 これは、敵のものかそれともーー

 物陰から覗くと、木に縛り付けられているロイが居た。

 ロイの近くには、敵が三人。

 これくらい人数なら、すぐに片付けられると思った矢先、ぞろぞろと大量の敵が現れた。数えてざっと15人くらいだ。


「今回ステラ国は何人寄越してきたんだ?」


「9人ではないでしょうか?人質のこいつも含めーー」


「いや、10人の筈だ。連絡がつかなくなった奴らが青の悪魔が現れたと言っていた」


「じゃあ、こいつらの無線機奪っちゃって、悪魔に連絡しましょー!こいつでおびき出してーー」


 一人の小柄な兵士はロイの頭を掴む。

 ロイは口を塞がれ、叫ぶことが出来ない。

 ただ、涙を流し続け、助けを求めていた。


 ーーん?


 ブルアは小柄な兵士が言っていたことを思い出す。


『こいつらの無線機奪っちゃってーー』


 ーーこいつらってことは……。


 ブルアはすぐに物陰から、敵の周りの様子を見た。

 するとロイが縛り付けられている向こう側に横たわっている。

 ブルアは回り込んで、横たわっている人物を見ようとした。


「ーーっ!?」


 そこには見知った顔の死体があった。

 皆は無残な姿で目を背けたくなるほど、酷かった。

 ブルアは嫌な記憶がフラッシュバックした。

 まだ、未来がある筈だったケイ達の姿を。

 白いに肌には赤い鮮血、悲しみの顔、絶望の顔。


 みんなもこいつらにも、未来はあった筈なんだ。


 そして、俺はーー


 またやってしまった。


 夢じゃない。これは現実だ。


 そうだ。必ず誰もが自分の身を守れるわけではない。

 状態が良くなかったり、仲間を庇ったりすれば、敵の攻撃を受けてしまうことだってある。

 反抗する力を持たない子どもじゃないから、訓練を受けているから、こいつらは大丈夫だと思い込んでいた。

 馴れ合いたいとは思わなかったが、信頼はしていた。

 だから、死ぬ筈ないってーー


 必死に両手で口を抑える。

 過呼吸をすれば、即座に敵に居場所を知られてしまう。

 ブルアは一旦、その場から離れた。

 深呼吸をして、心を落ち着かせる。

 そして、ブルアは覚悟を決めまた、敵に居る場所へ向かった。


 ◇◆◇


 戻るとまだ、ロイは生きていた。

 きっと、俺をおびき出そうとしているのだろう。

 手始めにロイの近くに居た三人の敵を短刀で首元を刺していく。

 悪魔の存在に気づいた敵は次々と銃やら剣やらで攻撃を仕掛けてくるが、こちらも色々な種類の武器で相手の命を奪っていく。

 短刀に剣、銃ーー全て子どもの頃から教わっていた。

 どうすれば、早く相手の命を奪えるか。どうすれば、武器を長く持たせることが出来るのか。殺し屋として、完璧になる為の英才教育。


 気づいたら、静かになっていた。敵の呼吸が全て聞こえなくなっていた。

 残りの敵が周囲に居ないかを確認しに行くが、近い所には居ないようだ。安全を確認した後、ロイの元へ向かい、縄を解く。


「ロイ、大丈夫か……?」


「あぁ……!あぁ……!あぁ……」


「ロイ?」


「ブルア……ぼ、ぼ僕たちの大切な人達が……」


 ロイは両手で顔を隠した。


「化け物……」


 手の隙間から見える目はこちらをじっと見つめていた。


 ◇◆◇


「10名中、8名が戦死。自分とロイの2名が帰還しました。そして、出会った敵は殲滅させました」


「そうか、ロイの様子は?」


「はい、ロイは只今医務室にて、療養中です」


 目の前に居るのはブルアをこの施設に連れて来たジバル。当時はブルアの嫌いなタバコを平気で吸う気に入らない奴だったが、今は直属の上司だ。


「ロイは立ち直れそうか?」


「さぁ……」


「お前、変わったな。残念だ」


「ーーーー」


「失礼します」


 ◇◆◇


 あの後、医務室に寄った。

 医務室のベッドで寝ていたロイは、ブルアの存在に気づくと、毛布の中に隠れた。


「こっちへ来るな……」


 震えた声だ。


 ブルアはなんて声をかけたら、良いか分からなかった。

 普通じゃない幼少時代を過ごしていた為か、他の子ども達とは少しズレている。

 目の前で血の海が広がることが当たり前になっていたブルアは、とうの昔におかしかったのだろう。


 普通の人間は、あの状況を楽しむことなんて出来ない。


 しばらく、無言でロイの寝ているベッドの近くで座っていた。

 そして、ロイは恐怖だったあの情景について語り出した。


「僕、誰かと一緒じゃないと戦えないんだ。なのに、お前が勝手な行動して、僕は弱いからすぐ敵に捕まって……無線機奪われて、言いたくもないセリフ言わされて。みんなは優しいから僕を助けに来て、そしてーー」


 ロイは普段は出さない低い声で言った。


「みんな、簡単に殺されちゃったんだ。僕は強いからって、みんなに依存してた。ずっと一緒に居れば安全だって、助かるって。だけど、みんなは大量の敵に太刀打ち出来なくて僕の目の前で……目を逸らしたかったけど、敵に顔を固定されて、無理矢理見せられた。みんな、苦しい表情をしていて、泣いてた。今でも思い出すんだ!みんなが僕に向かって、"泣いていた"」


「嫌だ!死にたくない!誰か!助けてって!!!」


「だけど、僕は何も出来なかった。今まで強くなろうと努力しなかった!みんなの表情、血、血、血、血だらけの姿!!!!!」


「何もかもが呪いで僕は縛り付けられてしまった!」


 ロイは毛布から顔を出し、ブルアの方へ向かって言った。


「お前が勝手な行動をしなければ、みんな死ななかったのに!!!」


「すまなかーー」


「でも、分かってもいるんだ」


「え?」


「本当に悪いのは僕だよ。弱かった僕だーー」


「ロイ……?」


 ロイの目からは光が失われていた。

 そして、ロイはベッドから降り、窓に近づく。

 嫌な予感しかしなかった。


「ごめん、僕はいつまで経っても弱いからさ……さようなら、ブルア……」


「ロイ!ロイ!?」


 急に体が重くなり、ロイに近づけなくなった。

 見るとロイはブルアの方に向かって手を伸ばしていた。


「僕でも魔法使えたんだ。だけど、死ぬときにしか使えないとか、本当に僕は役立たずだねーー」


「待ってくれ!ロイ!!!!!」


 その日、ロイは帰らぬ人となった。

 今まで死んだ仲間の顔なんて覚えていなかったのに、今回の戦いで死んだ9人の顔は中々忘れることが出来なかった。



























評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ