第32話『奥に仕舞い込まれた記憶』
「お母さん!」
ミドは母親の元へ向かい、抱きついた。
お母さんは、優しく頭を撫でてくれる。
「本当、ミドは抱きつくのが好きねー」
「だって、こうすると安心するんだもん!」
「みーど、お姉ちゃんには?」
「ムギュッ!」
「よしよし〜」
ミドは優しい両親と、一人の姉を持つ普通の少年。少し違っているとすれば、瞳の色くらいだ。
産まれた当初、ミドの瞳は何の変哲もない茶色い瞳の色をしていた。だが、3歳辺りから、色が少しずつ変わり始め、6歳になると完全な緑色の瞳に変化した。
しかし、"タチバナ家"では、姉のフミカと父親のフミオは緑の瞳である為、驚きはしたが、すぐに受け入れることが出来た。
タチバナ家はヤヨイ町の条例などを決めるリーダーとしての役目もあった。
当主であるフミオは、町の人々のことを第一に考えていたので、その為か、タチバナ家の者が珍しい緑の瞳でも、町の人々にはその色を気味悪がることもなく、受け入れてもらえていた。
「フミカ、話がある。ちょっと、来てもらえるか?」
「分かったよ。父さん」
フミカはミドを離し、「行ってくるね」と言い、フミオの元へ向かった。
「最近、お父さんとお姉ちゃん、二人でお話ししていること多いけど、どんなお話ししてるのかな?」
「うーん、何だろうね?」
そう言って、お母さんはいつも笑う。
ミドは笑顔が大好きだった。
両親や姉の笑顔が大好きで、それをずっと見ていたかった。
だが、最近、三人が時々思い詰めているかのように感じた。
ミドが「どうしたの?」と声をかけても、何も話してくれない。笑って、ごまかされるだけだ。この笑顔は好きじゃない。
♢♦︎♢
「今日は桜を見に行こう!」
急にお父さんがそう言い出した。
春じゃないというのに、無茶なことを言うと思っていた。
タチバナ家は、毎年桜が咲く季節になると、家族全員でお花見をする。毎年毎年、貸し切りだ。
誰にも邪魔されずに家族だけで楽しめる。
沢山の桜が舞い散っている下で、お話ししたり、姉の舞を見るのが楽しくて、毎年心待ちにしている行事だった。
「でも、春じゃないよ?桜なんて、咲いてないよ」
「あの桜はね、特別なんだよ?」
「どうして?」
「父さんがね、神様にお願いしたんだ。いつでも、家族みんなが大好きな桜が見れるようにして欲しいって」
「そうなの⁉︎神様、すごーい!」
「けど、今日が最後だろうな……」
「え?」
「何でもない。ほら、行くぞ!」
「うん!」
お父さんの言う通り、桜は綺麗に咲き誇っていた。そして、誰も居ない。
ここは、僕たち家族だけの秘密の場所。
ずっと、ずっとずっとーー
家族みんなで居たい。
♢♦︎♢
あのお花見以降、お父さんの様子がどんどんおかしくなっていった。
時々、お母さんやお姉ちゃんでもない人と言い争っているし、壁を殴ったり、自分を傷つけることが多くなった。
そして、僕は見てしまった。
お父さんがお母さんをぶつ瞬間をーー
ミドは使用人と一緒に茶菓子を作って、両親の部屋に持って行こうとした。
だが、扉の前までくると、怒声が聞こえてくる。そっと、扉を少しだけ開け、中を覗いた。
「お願い!彼から離れて!」
「嫌だね、ミドを呼んでこい」
「どうして、ミドなの?」
「ひゃははは!!!決まってるだろう?緑の瞳だからだよ!普通の瞳に興味はないんだ!だから、お前に用はない!」
「っ……!」
ミドは茶菓子が乗っていたお盆を落としてしまった。
フミオはこちらに気がつくと、ニヤつきながら近づいて来た。
すぐにフミカに助けを求めようとして、走る。だが、家中を探しても、フミカは居なかった。
そして、次に使用人を探した。
使用人は庭で掃除をしていた。
見つけたミドは大声で叫ぶ。
「逃げて!!!」
後ろから、思いっきり肩を掴まれた。
「行こう?お前の進むべき道にーー」
そう言うと、景色が歪んで、今度は思い出の桜が咲いている場所にミドと狂ったフミオは居た。
「痛いよ!お父さん!どこに行くの⁉︎」
「この桜の向こうにはね、社があるんだよ。そこに行こうね?」
「お社……?」
「さぁ、行こう!」
今のフミオの笑顔はミドの好きな"笑顔"ではなかった。
ミドを自分の息子としてではなく、完全なモノとして見ていた。
あるのは親心ではなく、ミドが欲しいという醜い欲求だ。
フミオはミドの思いなど無視して、手を掴み引っ張って行く。
ーー痛い、痛いよ……お父さん。
「これで、ミドは父さんの力になれるんだよ?」
連れて行かれた場所は、フミオ本人から立ち入ってはいけないと言われていた所であった。
穴だらけのボロい社がぽつんと建っている。
周りは手入れなどされていなくて、桜の木が近くにあるというのに何故か花も一輪も咲いてはいなかった。
フミオは社の扉を開くと、ミドを突き飛ばし扉を閉めた。
ミドはすぐに扉にしがみつき、扉を叩く。
「お父さん!お父さん!出してよ!」
「やっと……やっとだね、兄ちゃん」
「あぁ、そうだな」
外にはフミオしか居ない筈なのに、二人で会話しているような声が聞こえてきた。二人は兄弟関係だと分かる話し方をしている。
「神よ我らの神よ。願いを聞きたまえ。禁忌の力を求めし我らの生贄はーー」
「この美しい緑の瞳だーー」
「え……」
すると、急に悪寒が走った。
体はガクガクと震えるし、建物の端から"黒い何か"がミドに近付こうとしていた。
一気に恐怖がミドを支配する。
「やだよ……怖いよ……!」
"黒い何か"は「ケラケラ」と笑っていた。
そして、ミドの腕に纏わり付いた。
腕に痛みが走る。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
バンッと扉が開く音がした。
そこに立っていたのは、探した求めていた姉のフミカだった。
フミカは弓矢で"黒い何か"を攻撃し、退散させた。そして、ミドを抱く。
「お姉ちゃん……!お父さんがお父さんじゃないんだ!」
「うん……」
「怖いよ……僕、死んじゃうの……?僕たち家族はどうなっちゃうの?お母さんも苦しそうな顔してたよ……」
「ミド……これから酷いことをするお姉ちゃんを許してーー」
「どういうこと……?」
フミカは笑って答えた。
「忘れられたくないけど、これもミドの為だからーー」
「さよなら、いつかまた会う日までーー」
♢♦︎♢
僕はミド・テトラです。
テトラ家の長男ですけど、一人っ子で兄弟は居ません。なので、とても寂しいですが、僕には大好きなお母さんが居ます。
お父さんは居ますが、居ないようなものです。僕を見てくれません。病気がちなお母さんを放っておく人です。
だけど、お母さんの笑顔が見れるなら、僕は生きていけます。




