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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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シリアスは似合わない?


 夕べは早く寝たのに、起きたら十時五分前だったんだけど、そんなに疲れてたのか?

 私はのっそりと布団から起きだして、顔を洗って、歯を磨いて、冷蔵庫からお茶を取り出して、コップに中身を移すとコップの中身を一気に飲み干した。

 おかげでちょっと寒いことに気が付いて、快適温度に設定済みのエアコンのスイッチを入れる。ちなみにエアコンは最初からこの部屋に取り付けられていたやつだ。

 朝ごはんには中途半端でお昼にはまだ早い時間だ。けど、自分で食事の支度をするのは面倒臭い。誰かに用意してもらってるってのが、どれだけありがたいことなのかと身に染みる。

 かと言って、引っ越しや職場の変更を考えると、外食と言う無駄な出費は避けたいのだ。これからまたどれだけ貯金を切り崩さないといけないかを考えただけで憂鬱になるじゃん?


「レトルトやカップメンが本当に便利すぎてヤバイわぁ」


 買い物に行くのには着替えなければならない。化粧もしないわけにはいかないし、そう言えば財布にお金は入れてあっただろうか? なければ先に銀行に行ってこないと。そう言えば、仕事をこのまま止めることになるなら、家の掃除と洗濯は済ませておきたい。


(どうするかな)


 私はもぞもぞと動いてまた布団の上に横たわる。

 天井の木目が見える。細い梁が天井を横に走り、私の視線は電球でとまると、明かりのついていないライトの灰色がやけに冷たく見えた。

 カーテンの隙間から漏れる光が天井の一部に線を作り、線をたどれば締め切った窓の外に青色が見えた。今日も晴れらしい。外はきっと今日も寒い。

 寒いとどうにも外出が億劫になってくる。暑くてもか。気温の極端な変化は体にも悪いしな。

 でも、早めにここを引き払うことも考えないといけない。

 引っ越しの荷物ももう一回まとめないと。

 布団たたまないとなぁ。着替えるの面倒臭い。

 一日や二日くらいご飯を食べなくても死にはしない。

 このまま二度寝をしてしまおうか? 目が覚めたらさすがにいい加減、空腹に耐えられなくはなるかも。

 目をつぶりかけて、私ははっとなり両目を開けるとばっと上半身を起こした。


「二度寝とかしてる場合じゃないし。新しい職場と引越し先を探さないといけないんだって」


 貯金だって無限じゃないんだ。さっき自分で外食するような出費はしたくないと考えたくせに、のんびり二度寝しようなんて甘いぞっ、私!

 仕方ない。


「着替えるか」


 私はその場に立ち上がると段ボールの中から今日着る服をあさりだした。確かお気に入りのパーカーをしまってあったはずだ。






 私は支度を済ませると家の鍵をもって玄関へと向かう。

 戸締りは大丈夫。ガスも大丈夫。財布の中身を確認したらほぼすっからかんだったので銀行にお金を下ろしてから、コンビニで軽く食べ物を買って、まずは不動産屋に行こう。これからの行動をそう決めたら、私は玄関で靴を履き、玄関を開けた。

 すると、目の前に壁が……壁?


「あ?」


 誰だ人んちの玄関前に壁なんぞ置きやがった阿呆はっ。なんて壁を見上げた私は、『壁』と視線が合ってしまい。


「あ」


 と『壁』が私を見て声を発したことで、私は回れ右をして玄関のドアを閉めるためにノブを引こうと力を入れたが――。


「ちょ、ちょっと待って!」


 と言う『壁』の言葉が聞こえたと同時に、閉じかけていた玄関の隙間に足をねじ込まれ、ドアが閉じられなくなった。

 無駄に反射神経のいい奴はこれだから面倒臭いのだ。


「足をどけろ。ドアが閉められない」


「僕がどいたらもう出てきてくれないでしょっ」


「飢え死にする前にいつかは出る」


「そこまで籠城するのは流石にやめてよっ」


「いいから帰れっ。お前をここに呼んだ覚えはないっ」


「絶対に呼んでくれないだろうから押し掛けたんだよっ。両親を説得するのにどれだけかかったかっ! その努力分は報われてもいいと思わないのっ!」


「褒めてほしいのか? そりゃ偉かったですね。はい。気は済んだか? 帰れ」


「お願いだから話を聞いてっ」


「話すことはない」


「僕はあるんだ。どうしてもっ。だから、必死に君を探してたっ」


「むしろ私を探すのが私にとって迷惑になるかもしれないとは考えなかったのか? お前」


 私が静かにそう返せば、『壁』改め優吾は一瞬口を閉じ、深く息を吐き出すと。


「考えたよ。いろいろ。でも、春乃に迷惑がかかるとか、春乃が僕を本当は嫌いだったかもしれないとか、そういうのを全部無視してここに来たんだ。この際、他のことはどうでもいいんだよ。どうしても会いたかった。それだけの理由でここにいるんだから」


 そう言って、今度は口を閉じた。

 引いても押してもドアはびくともしない。私の力じゃドアを閉めるのは不可能だろう。

 私の気持ちも周りの気遣いも全部無視して私を追いかけてきたのか。

 本当に、こいつ。


「馬鹿だよね。優吾って。自分勝手だし、わがままだし、おまけに強引だし」


「ああ、もう好きなだけ罵倒してくれていいよ」


 諦めればよかったのに。


「足どかして」


「いやだ」


「あのねぇ。どかしてくれないと、ドアも開けられないんだけど?」


 ここで何時間「帰れ」と私が言い続けたところで、優吾が帰ってくれるとは思えなかった。だから、彼の望むとおりに話をしようと思ったのだ。それであきらめてくれるなら、転職や引っ越しを考える必要もなくなる。

 優吾は私の言葉に一瞬だけ戸惑ったようだが、素直に玄関に挟み込んだ足をどかしてくれた。

 なので、そのまま玄関を閉じてカギでもかけてやろうかと思ったけど、さすがに今の段階でそれをやったらドアを破壊されかねない。

 こいつならマジでやりかねないので、おとなしく話をする方がいいと判断したまでだ。

 一先ず部屋に入れて、冷たいお茶を出す。お湯沸かすのも面倒だが、うちには茶葉だとかコーヒーだとかは買ってないので、文句があるなら近くの自販機にでも行ってもらう。

 私も自分の分のお茶をコップに入れて、優吾の前に腰を下ろした。

 さぁ、いつでも来い。

 とはいうものの、私にしろ優吾にしろ、結局は向かい合ったままお茶をちびりと口に含む程度で言葉を吐き出そうとはせず。てか、話があるといったのは優悟なのだから、私から話し出すことはないからな? そう思ってじっと優吾を見つめていれば。


(ああ……)


 あんまり見なきゃよかったなと、ちょっと後悔してしまった。

 蛟さんがひどい顔をしていあのを見ていたんだから、ちょっと考えればわかることだった。

 だって、全部召使に任せて、自分は何もしないでのうのうと生活する。なんてことはこの一族に出来るわけがないのだから。


「あんたさ。ちゃんと寝てる? ご飯とか、きちんと食べてるの?」


 私からは話さないぞと決めていたにもかかわらず、私はそう口をついていた。ついだ。つい。

 でも私がそう言って眉間にしわを寄せると、優吾はきょとんとした目で私を見て、子供のような顔で破顔した。なんだよ。


「相変わらずだなぁ。お人好し」


「うるさいよ」


 別に、お前を心配したんじゃないからなっ。ツンデレでもないぞ私は。そっぽを向いて私はお茶を飲む。私がお人好しなわけじゃない。違うはずだ。誰だって、顔色のよくない人を見れば、気にするものだろ。するよね?


「春乃が出て行ったあと――」


 優吾はふいにそう言うと、困ったように笑みを見せた。


「僕はどうして止められなかったのかを考えてたよ。予感はしてたんだ。僕だけじゃない。要や父さんもね」


「私が婚約を破棄すること?」


「まあそうだね。理由なら想像できるよ。契約違反をしたのはこっちだからさ。君を止める権利はこちらにない。せめて後ひと月あれば、君が出て行けない状況を作れたんだけどね」


「もしかして、早く籍を入れようって言ったのはそれが理由?」


「そうだよ。結局うまくいかなかったけどね」


 優吾はそう言って疲れた顔で自嘲気味に笑う。

 だけど、それならなんで私を追いかけてきたんだろうか。私が出ていくことも予想済みだったなら、わざわざ来る理由なんてないじゃないか。

 少なくとも、私は駒百合の家長にきちんと話は通してる。一応のケジメはつけたつもりだ。まあ、優吾に何も言わなかったのは、悪いとは思うが。


「僕はね。今まで君に嘘を言ったことはないよ」


「なにが?」


「君に惹かれてる自分が居るといったこと。君を好ましく思い、君に愛情を持っていること」


 一緒にいる間、優吾に言われていたことだ。

 好きだという言葉も、私を大事にしたいという言葉も、それが嘘でないことは誰よりも私が分かってる。


「私があんたに謝らなきゃいけないことがあるとすれば、『逃げ出した』ことでしょ? 優吾の気持ちを信じられなかった。私自身に問題があるんだよ」


 結局は、契約があるから西園君と優吾の関係が続く限り、私は相手の気持ちなんて考える必要がなかったのに。

 優吾が本当にゲイだったなら、これほど悩んだりもしなかったのだ。

 だって、彼が女性を愛せない人であれば、西園君と別れても、次に付き合うのは必ず男性であるはずだから。

 でも優吾は違う。彼は性別で恋人を選ばない。

 だけど、それは私に不安を植え付けるには十分な理由になるのだ。


「人として、私よりも魅力的な人はたくさんいる。性別にこだわらないあんたが選ぶのは常に『自分にとって好ましい人』だ。契約があり、その条件を飲んだ私はあんたにとって『好ましい』存在だったかもしれないけど、その契約がなくなれば、あんたの望む私のままであると思う?」


 もし『好ましい』私でなくなったら、私は優吾にとって『不要』になるんじゃないの?

 私はそんな不安を抱えるのも、誰かと比べられて捨てられるのも、もう嫌なのだ。

 特に自分が好意を寄せる相手に『いらない』と突き付けられたときの絶望は、笑えるほど簡単に心が死んでしまう。泣きたくても泣けないほど苦痛だ。

 桃里と別れたとき、たいして傷つかなかったのは本当のことだ。でも、それまでに育てた私の気持ちが、彼の行為で殺されたのも事実で、その結果、私は臆病になり誰かを信じるのが怖くなった。

 だから、これは私が悪い。


「今ならまだ、契約の破棄だけで済むんだよ。あんたも私も傷つかないし傷つけない。これがお互いのためだと思う。それに……あんたを信じられなくて逃げ出した私に、追いかけてもらうような価値はないよ」


 だから、このまま自分の生活に戻るのがお互いのためだ――。


「うん。春乃の言い分は分かった。君の言葉が間違っているとも言わない。逃げ出したのも確かだ。それで? 僕が納得して、本当に君を手放すとでも思ったの? それは考えが甘いんじゃない?」


 そう言うや、優吾は悪そうな顔でにやりと笑って見せる。

 さっきまでこっちが気を使いたくなるほどの顔色の悪さはどこに行った? と言いたくなるほどに、彼の顔は邪悪に染まっている。

 てか、おい。こっちはちょっとシリアスに話を進めてたと思うんですがねぇ?


「一応あんたのことも考えて出した結論なんですけどねぇ? そもそもなんで追いかけて来たんだよ、お前はっ」


「春乃は僕のモノだからだよ。逃がすわけがない」


「私はモノじゃないわよっ。ていう王道のツッコミを入れるべき?」


「突っ込むのは僕のしご――」


「おいっ!」


「とにかく。さっきも言った通り、君がなぜ出ていこうと思ったのかと言う想像は出来たっていっただろ? 春乃が不安に思うのは『雪里桃里』の件もあるんだろうけど、君は両親を亡くしてる。愛する人が自分から離れる恐怖を知ってしまっていることが、君の臆病に拍車をかけているんだよ」


「まてよ。なんで私の精神分析してくれてんだお前はっ」


 頼んでないんですけどっ!?


「だから原因の一つである『雪里桃里』を消してあげるって言ってるのに」


「止めなさい。マジでっ」


 それも頼んでないからな? なっ?


「ねぇ春乃。僕は確かに『自分にとって好ましい人』を選ぶよ。でも、それは僕だけじゃない。誰でもそうだ。春乃だってそうだろう? だけど、どれだけ『好ましい人』を選んだところで『完璧』ではない。そうだろ? だって、完璧な生き物は存在しないんだから。君だけじゃない。僕だって完璧じゃない」


「ああ、鳥を作るとことごとく潰れたカエルになる人もいますもんねぇ」


「教えたのは母さんか……。まあ、完璧じゃないでしょ? でもそれがいいんだよ。完璧な生き物はそれ一個体でいればいい。他はいらないだろ? でも僕も君も不完全だ。だから互いが必要なんだよ」


「理屈は理解してるつもりだけど、だからって、あんたと私が一緒じゃないとダメってことじゃないでしょうがっ」


 この野郎が。小難しい屁理屈並べやがってっ。


「何言ってんの? が君じゃないとダメだって言ってるんだよ。君の意見なんて聞いてない」


「おいっ! 人の意見はまる無視かっ! 本気で物理せっとくかますぞっ!」


「暴力反対っ。そうやって暴力で訴えるのはよくないよ? 血の気が多いし、甘え下手だし、ゲームオタクだし、貧乏性だし――」


「ああ、喧嘩売りに来たんですか。そうですか、買ってあげようね? 高くつくぞ。骨の十本は覚悟しろ貴様っ」


 有に事欠いて人の欠点ばかり挙げ連ねやがってっと、こぶしを握り締めてその場に立ち上がろうとした私の両手を、優吾はがっちりと掴んで自分の方へと引き寄せた。


「おいっ!」


「本当に、欠点なんて吐いて捨てるほどあるよね。どこが『僕の好ましい人』なんだろう?」


 そう言って愛しむような笑みを見せる優吾の顔に、私の胸がピクリと反応した。


「ねぇ春乃。欠点ばっかりでもいいでしょ。足りないものがいっぱいあってもいいじゃん。僕の思い通りにならなくていいんだよ。僕はそのままの君が好きで仕方ないんだ」


「だから――」


「順番が狂っただけだよ。不安なら僕にぶつければいい。契約なんてもうないんだ。君は自由に僕から離れてかまわない。だから、僕だって自由に君を口説き落としてもかまわないだろ?」


 今さら口説き落とすって……何わけのわからないこと言ってるんだこいつは。それに、そう言う話じゃなかったはずだ。

 私は逃げたんだから、放っておけばいいんだよっ。


「馬鹿じゃないの……」


「そうかもね。でも僕は春乃が欲しい。僕と結婚して欲しいし。春乃を手放したくないんだ」


「契約はないんだよ?」


「そんなもの、もう要らないだろ?」


 縛るものはもう何もない。だから自由でいい。

 自由って、なによ。


「僕はチャンスが欲しいわけじゃない。春乃が受け入れてくれるまで、僕は君に求婚し続けるだけだ。だからお願い……もう黙って居なくなったりしないで」


 優吾はそう言うと、私の手を引き、自分の唇で私の手に触れた。温かくやわらかな感触に、私は今までで始めて激しく動揺してしまっていた。

 彼の唇が少しだけ震えているのを確かに感じながら、私は『どうしよう』と意味もなく考えていることしかできなかった。


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