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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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見つかるのは早かった。


 みんなとわいわい楽しく仕事をしていた時だ。

 店の入り口からお客様が来店したことを知らせるベルのような軽い音が店内に響いた。まあ、別にそれは普通なことなんだけど、そこから来たやつが問題だった。


「あれ? マネージャーじゃん。こっちから入ってくるの珍しい――」


 と、瑠美ちゃんが言葉を全部吐き出す前に、マネージャー改め、駒百合の優秀なる側近の一人、蛟さんがかなり慌てた様子で視線を店内に泳がせ、私に視線を合わせたと思えば。


「え? ちょ、なにっ!?」


 速足で私の目の前まで近づいてきたと思えば、片膝をついて低く私に頭を下げて見せた。

 いやいやいやっ! お前こんな店の中でなにしてくれてんのっ!?


「ああ、ご無事で。春乃様、すっとお探し――」


 何のんきに私の無事に安堵してるのっ!? てか、心配かけてすまなかったよっ! でも今はそれどころじゃねぇよっ!

 西城さんも瑠美ちゃんも豆鉄砲くらった鳩より驚いた顔してんじゃねぇかっ!


「ちょっとこっち来てっ!!」


 私は急いで蛟さんを立たせると、なぜか驚いた顔の蛟さんを引っ張り事務所の方へと引っ張って一先ず店から逃げ出した。

 ああもう、これどうやって誤魔化そうかなぁ、もう。

 とりあえず、休憩室の奥にある事務所なら扉にカギもかかるから、私は急いで蛟さんと部屋に入り、とりあえず扉の鍵をかけて『はぁ~』と深いため息を吐き出した。

 そんな私の様子に、蛟さんが心配そうに少しそわそわしていて微妙にイラっとしたが、今はそれは置いておこう。

 どうして来たとか、なんで探してたとか、そんなことよりもだ。


「人前で跪くとか何考えてんのっ!? 誤魔化すこっちの身にもなってくれるっ!?」


 絶対に後で聞かれるに決まってんだからさぁ。


「申し訳ありません。ですが、春乃様がお姿をお隠しになってより、我ら四家が昼夜問わずお探し申し上げておりました。ですが痕跡の一つも発見には至らず、それがようやく、こうしてご無事なお姿を……感極まり、まわりが見えておりませんでした。配慮が足りず、心よりお詫び申し上げます」


 蛟さんは悲痛な面持ちで、うるんだ瞳を私に向けたと思えば、静かに言葉を吐き出してから、ゆっくりと深く私に頭を下げた。

 いや別に謝ってほしいんじゃないんだけどもね。

 とはいえ、私を探していたのも、私を見つけて本当に安心したらしいことも、彼の顔を見れば嘘ではないんだろうなと分かってしまうため、これ以上彼の行動を責めるわけにもいかず私はまた大きく息を吐き出していた。


「まあ、心配させたのは私ですし、私のほうこそ何も言わずに消えたことを謝らないと、すみません」


「とんでもございません」


 蛟さんはそう言って、少しだけ顔に笑みを浮かべて見せた。

 だけどおかしな話だよね? だって確かに私は何も言わずに出て行ったんだけどさ。雅臣さんや奏さんにはきちんと話をしたはずでしょ? なのに、私を探してたっていうのは、いったいどういうとこだろう?


「あの、蛟さん」


「はい」


「雅臣さんや奏さんからは、何も聞いてないんですか?」


 私がそう聞けば、蛟さんは少しだけ言い難そうに視線を泳がせると、ちらりと私を見てから、小さく息を吐き出した。

 そんな彼の態度に、まあ何も聞いてないというわけじゃないんだろうとは予想できる。けど、ってことは、問題は優悟のほうか。


「いえ、実は……。雅臣様からお話は伺っておりましたが、詳しい事情などは全く聞かされておりませんでしたので……」


「つまり?」


「春乃様が契約を破棄したこと、そしてマンションを出て元通りの生活に戻ることだけを」


 なるほど。他の情報は雅臣さんが徹底的に隠蔽してくれたわけか。家長の本気がすごすぎて怖い。

 駒百合家は敵に回しちゃなんねぇよ。


「だけど、私が消えたことも含めて雅臣さんがそれを認めてくれたってことなんですよ? なんで私を探したんです?」


 おまけに奏さんのうっかりで見つけられちゃったけど。本当にうっかりですよね。奏さん?

 まあ奏さんのうっかりはいいとして、雅臣さんが必要以上の情報を渡さなかったってことは、それ以上の詮索をするなと暗に言われているようなものなんじゃないだろうか。

 それなのに、さっき蛟さんも言ってたけど、四家が私を探してたってことは、四家のリーダー的立ち位置に居るはずの要さんまで私の捜索に参加してるってことでしょ? つまり間違いなく優吾の命令が出てるってことじゃないの?

 そう思って首をかしげる私に、蛟さんが苦笑いで力なく首を横に振って見せる。


「春乃様はもうお気づきかもしれませんが、優吾様が何を犠牲にしても探し出すようにと」


「何を犠牲にしてもとか危ない発言を許さないでくださいよ。優吾の場合、本気で出来ちゃうんだからっ」


「申し訳ございません。ですが、優吾様のあの焦りようは、我らどころか、雅臣様や奏様も見たことのない様子でございました。今もなお、仕事にも手を付けず、春乃様を自ら探しておいでです」


「おい、優秀な従者がそろって馬鹿な主人を止めないってのはどういうことだっ」


 仕事もしないで逃げた女を探してるって、ただのダメ男だろうがっ。そんなこと聞いたって『まあ、私をそこまで思ってくれてるのね』なんて、感動するような女じゃねぇぞ私はっ!


「で、ですがっ。優吾様は今まであれほど必死になったことなどございませんっ。私どもが春乃様にお戻りいただけるように哀願することなど無意味でございましょうが、せめて……せめて優吾様を直接、説得してはいただけないでしょうかっ」


 戻って来いと言われないだけマシなのか。

 私の見通しが甘かったと言えばそうだろう。まさか、優吾が逃げた女(わたし)を探すとは実はあんまり思ってなかった。

 だから、雅臣さんや奏さんが私の勤務先や住所を隠そうとすること自体、ちょっと過剰じゃない? と思っていたくらいだし。

 放っておいてもそのうち忘れるだろうとか、きっとすぐに次の相手を見つけるだろうと思っていた私が楽観的過ぎたのか。

 少なくとも、目の前に居る蛟さんの顔色を見る限り、自分の甘さに小さな罪悪感くらいは浮かぶ。

 隠そうとはしているらしいけど、目の下のクマに青白い顔。まともに寝てるのかも怪しい。

 だが。


「伝えることがあるとすれば、『お互い前の生活に戻るだけだよ?』ですかね」


 説得も何も、私ってそんなに探し回らないといけないような、すごい人間か? どこにでもいる普通のアラサーだぞ?


「あのですね、蛟さん。私を探し出すことより、皆さんがするのは優吾の説得じゃないんですか? 私が優吾を説得するんじゃなくてね」


 あなたたちは子供の時から彼と一緒なんでしょ? もう家族のようなものじゃないの? そんな家族同然の人が心配して、きちんと仕事に貸せるほうが、よっぽど優吾のためじゃないだろうか。

 私なんて、赤の他人なんだからさ。

 みんなが優吾を大切にしてることを彼だって知ってるんだし、要さんたちの言葉なら優吾だってちゃんと聞いてくれるはずだ。

 だから、もう私のことは放っておいて。そのうち、お互いに前の生活に戻って、お互いの存在なんて記憶の片隅に消えてしまうから。

 ただちょっと、お互いに居心地よかっただけの関係なんだから。

 優吾とはまともな恋愛はしてないし、ただ変わった関係が面白かっただけかもしれないでしょ? それに、私は要さんが言う通り、主としてはふさわしくないじゃない?

 もうみんなに苦労をかけることもないんだし……。

 私は言葉を続ける代わりに、いろん気持ちを飲み込んで蛟さんに笑って見せた。

 だけどそんな私に、蛟さんは私から視線をそらして下を向いた。どこか寂しそうに……そして、ふと。


「聖が……」


 と、静かに口を開いた。


「聖君が、どうしたんですか?」


「毎日スマホを開いて、春乃様の電話にかけています。すでに解約されていることも分かっているのですが、やめられないそうです」


(うっ……そういう手段で来るのかっ)


 ちょっと胸がきゅってした。


「そうですか」


 でも動揺を悟られないように、私は静かに頷いて見せる。


「美影も、春乃様の部屋を毎日掃除しております」


(そういう話は私にはキツイ)


「要も春乃様の食事の支度を続けております。いつお戻りになってもいいようにと」


 そう言って蛟さんは私を真っ直ぐ身に詰めてきた。その視線に耐えられなくて、今度は私が視線をそらしてしまう。


「そして私は手が空いている時間が一番多かったので、春乃様の手掛かりを探し、こうしてお目にかかる機会を得ることができました」


 頼んでないんだけど。と、冷たくあしらえたら、それこそ私は自分を褒めてやれるだろうが、みんなと一緒にいた時間は、そんな簡単に切り捨てられるほど軽いものじゃなかったのだ。

 何より、私はみんなと居て楽しかったし――幸せだった。

 何も答えることのできない私に、蛟さんは変わらず静かな声で言葉を続ける。


「私たちなどが、春乃様にお心をかけていただくなど恐れ多く、また我らにはそのような価値がございません……ですが、恐れ多くも、我らは春乃様が我らの主であることお望んでおります。厚かましくも我らは、春乃様を『家族』として敬愛しております」


 だから、なんで駒百合家は私を泣かせにかかるんですかねぇっ! くっそう、弱点をさらした時点で私の負けなのかよっ。だからって、はい、そうですかって、どの面下げて戻れってんだっ!

 私はそこまで厚顔無恥じゃない。


「これは私個人の勝手な哀願でございます」


 そう言って切なそうな表情を見せる蛟さんの顔をが見えると、とたんに私の心臓がギュッと痛みを訴える。私が悪いことをしている気分になるのだ。

 だけど、迷うなよ、私。自分から逃げたくせに。ここで流されたら本当に私って最悪すぎるだろ。


「どうか、もう一度優吾様とお話を……できることならば、駒百合にお戻りください」


 蛟さんのその言葉が胸にグサッとくる。

 戻れる場所がそこにあるんだと、私の甘い考えがぐらりと揺れる。

 だからこそ、ダメなんだよ。

 だから、私は扉の鍵を開けて蛟さんに背を向ける。


「もう、戻れないよ」


 そして、蛟さんの言葉を耳に入れないように、私は足早に事務所から出た。






 事務所から出た私はただ仕事に集中していた。

 空気を呼んでなのか、西城さんも瑠美ちゃんも、私に話しかけてはこなかった。まあ、こっちをちらちら見てはいたんだけど。

 そのあとは、きちんと接客してたのかもわからないまま仕事はが終わり、私は一人、アパートへと帰宅した。

 一先ず、もうあの職場には戻れない。

 蛟さんに口止めしたところで、きっと要さんたちにバレるし、そっちにバレたら優吾にも筒抜けになる。せっかく落ち着いてきたばっかりなのに。

 部屋の中にある荷物はまだ半分ほどにほどきもできてない。


「雅臣さんと奏さんに連絡しないと……」


 私は部屋に入って着替える間もなく、雅臣さんたちに連絡を入れた。

 一先ず店にはしばらく出ないことと、今後どうするかを相談するために来週に会う約束もしたが。


「結局、駒百合から離れられないってどうよ」


 自分の独り言に、自分でおかしく思う。

 奏さんたちとの関係が切れない時もそう思ったけど、今回は本当……迎えに来るってどうなのよ。


「で、どうするよ?」


 店に行けないんじゃ昼間は何してればいいかねぇ。

 現実逃避に一日中ゲームをしててもいいけど、さすがに本気で考えないとまずよなぁ。今はゲームをしてる場合じゃない。

 でももうあの職場には戻れないのは確かだ。蛟さんにバレたんだから当然、要さんたちにもいつ訪問されるかわかったもんじゃないし、優吾が来そうなのが一番いやだ。

 かと言って、雅臣さんや奏さんが経営してる店のどこかに入れてもらうのももうやめた方がいいだろうと思う。今回の件で、要さんたちがそこを見逃すはずがない。

 確か奏さんが持っていた私の履歴書は、住所が優吾と暮らしてたマンションのままだったはずで、今私の暮らしてるこのアパートの住所を知ってるのは雅臣さんと奏さんだけだから、一先ずここは安全……と思いたいんだけど。

 従者(あいつら)が本気出したら、この場所もすぐにバレるじゃないかと言う懸念もあったりする。

 無駄に優秀だからなぁ、従者(あいつら)。

 そしたら、ぼうっと家に居て過ごすわけにもいかないかと思った。

 新しい職場を探さないといけないだろうし、このアパートもすぐに引き払って別の場所を探さないといけないだろうし、来週、雅臣さんたちに会う前にこっちで探せるものは探しておかないと、また雅臣さんや奏さんの好意に甘えそうだ。


「今は特に優しくされるとクラっときちゃうもんなぁ」


 一人になったせいで独り言が多い。

 でも、独り言は別に悪いことじゃないらしいし、まあ気にしない。

 気にしなきゃいけないことは他にあるしな。

 だけど、今はご飯を食べて、お風呂に入って、何にも考えずにのんびり寝たい。

 他のことはまた起きてから考えるってことで。


最後までお読みくださりありがとうございます。


お話が50話目に突入ということで、お読みくださっている皆様やブクマ登録をしてくださっている皆様に、この場をお借りして深く御礼申し上げたいと思います。


本当にありがとうございます。

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