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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
43/53

happy birthdayを君に2


 私の誕生日の当日。優吾がいろいろと準備してくれたようで、朝から私と優吾は二人で出かけていた。まあ二人でとは言っても、私たちの視界に入らないどこかにボディーガードたちが居るんだろうけど。

 一緒に軽いデートをしながら他愛ない話で笑いあう。きっと他人が見れば本当に恋人同士に見えるんだろうな。

 不思議なものだと思う。

 優吾の無茶な契約を飲んでからそろそろ一年近くたとうとしてる。最初は家族として、あるいは友人として優吾に好意を持てればいいだろうと思っていたのに、今は……嫌いじゃないんだよなぁ。

 だけど西園君とのことはまだ終わったわけじゃない。この間の電話では、彼がどういう答えを出したかなんてわからないけど、彼と優吾が次に会うときこそが、私たちにとっての一区切りになるとおもう。

 仲直りというか、元通りに戻るならこのまま契約続行で、結婚まで大きな問題も当面はないだろうとは思うが、でももし西園君が優吾と別れることになったら……私はどうしたらいいだろうか。

 下手に私が優吾に好意を持ってしまったせいで、私自身、非常に複雑な気分になっている。

 優吾までこっちに好意があるふうなことを言うし、やるしでもう……なんだこの関係?






「手をつなごうよ」


「は? 嫌ですけど」


 急に何を言い出すのかと思えば、優吾が笑顔で手を差し出してくるからきちんとお断りしておいた。不満そうに口を尖らせたって駄目だね。


「せっかくのデートなのに」


「デート中の恋人同士が全員手をつないで歩くと思うなよ」


 それでなくとも西園君と離れて以来、優吾の言動はおかしくなる一方なんだから、これ以上の変化はいらないんだよ。まったく。人の気も知らないで。


「僕は自分の気持ちをちゃんと表現しようとしてるだけだよ?」


「お前。この際、言わせてもらうけどな。西園君のことを丸々放置しておいて、私にちょっかいかけるのはどうなんだよ。実際、もし西園君が優吾と別れないという選択をした場合、どうするの?」


 そんな状態で私がお前を好きだと言った日には、嫌な三角関係の出来上がりだ。冗談じゃない。私はそういうドロッとした面倒ごとは大の苦手で大嫌いなんだよ。絶対に私はそういう関係にはならないからなっ。

 大体にして優吾は器用すぎんだろっ。西園君が好きなのに、私も好きって。お前の恋心は年中無休のバーゲンセール中ですか? って話だ。


「圭介が戻ってくるなら、僕は受け入れる気だよ?」


「じゃあ私に迫って来ないでくれますっ!?」


「それとこれとは別問題だよね? だって、圭介は『恋人』で、春乃は『妻』だよ? 自分の妻を愛さない夫はいないでしょ?」


「くそがっ! お前はどこの王族だこの野郎っ!」


「王族っていうより貴族だね」


 と満面の笑みを見せる優吾に、イラっとする。


「清々しい顔すんなっ! なに割り切っちゃってんのっ!?」


 心を切り売りできるお前がスゲーわ! 私にはまねできないよっ。したくもないけどなっ!


「割り切ってるとは違うんだけどなぁ。例えこの先、圭介とよりを戻したとしても、結果として最終的には落ち着くところに落ち着いちゃうと思うだけだよ」


 優吾はそう言うとどこか訳知り顔で口元を笑みの形に歪めて見せる。


「なにそれ?」


「所詮、自分の体を切り離せないように、心だって切り離せないってことだよ。それよりもほら。せっかくのお祝いなんだから、今日はそっちに集中して?」


 優吾はそう言うと、私の手を取り歩き出した。結局は手をつなぐ羽目になるのか……。もういいけど。


「はいはい、で? 次はどこ行くの?」


「というか、のど渇かない? どっかに入ろうよ」


「ほーい」


 確かに、今日を祝ってくれるという優吾に振る話題じゃなかったな。ちょっと反省。とはいえ、今日は朝からあちこち動き回ってる感じだ。

 軽いショッピングにドライブ。ちょっとしたランチを取った後は散歩ついでにぶらぶらとしていた。確かに優吾の言う通り、私もちょっとのどが渇いたなとは思うので、彼の提案は賛成だ。

 そして歩いていてちょうどいいカフェを見つけて入り、コーヒーを飲みながら次に何をしようかと話し合う。

 実はつい昨日まで、私は少々ビクビクはしていたのだ。金と権力を使い、優吾が何かやらかしやしないかと、本当に夜中まで考えてしまっていたが、いざ当日になってみれば、何のことはない。特別にどこかに行く訳でもなく、どかを貸し切ってパーティーを開くでもなく、ただ私の好きそうなことを一緒にやって、冷やかしショッピングを楽しみ、何でもない時間を過ごすだけだった。

 でも、不思議と心が落ち着く穏やかな時間であり、純粋に楽しいと思えた。

 朝起きて一番に『おめでとう』の言葉を優吾がくれたことに、私は本当にうれしいと思えたのだ。

 特別なことはやはりうれしいだろうし、サプライズだって嫌いじゃない。でも、シンプルな言葉ほど心に響くものはないと久々に感じた瞬間でもあった。

 まるで朝一番に新雪を見たあの感動にちょっと似てる。

 あるいは初めて見た虹とか、流れ星にもちょっと似てるかもしれない。


「ありがとね」


 カフェに入って雑談していたけど、ふいに会話が途切れた時、私はふとそんな言葉をこぼしていた。

 私の言葉に、優吾は一瞬不思議そうに目を丸くして見せたが。


「まだ今日は終わってないよ」


 そう言って笑った。


「言いたかっただけ」


 おかげでちょっと恥ずかしい。


「僕もそんな素直にお礼を言われるのは久しぶりかもね。特に春乃が素直なんて、明日は雪が降るかもしれない。そしたら会社は迷わず休むしかないよね」


「私にも会社にも失礼だからな? 空から雹や槍が降っても会社は休ませねぇぞ」


「鬼っ子っ!? 槍が降ったらさすがに休ませてよっ」


「いや、休まなくても優秀な従者たちが何とかしてくれそう」


「ああ、確かに」


 優吾まで納得しちゃったよっ!? 本当に何者の集まりなんだよ従者諸君。


「まあ、要たちが優秀なのはもう分り切ってるからどうでもいいけど。それよりこれからのことだよ」


 どうでもはよくないだろう。まあ、一先ず確かにこれからのことはちょっと気になる。このままデートを続行するのか、そろそろ夕飯に向けてお家へ引き上げるのか。

 優吾が腕時計に目をやるのにつられて、私も優吾の手元に目を向ける。まあ私の位置からでは優吾の腕時計は見えないから、カフェの壁に取り付けられている時計へと向け直せば、時間は三時を過ぎたあたりだった。午後のお茶にはちょうどいい時間だ。


「三時のおやつにケーキを食べよう」


「ん? ああ、いいよ。何食べる?」


 そう言って優吾がメニューを取ってくれるので、遠慮なく紅茶のシフォンを頼んだ。紅茶のシフォンやクッキーってわりと好き。美味しいよねぇ。ちなみに、優吾はイチゴのクレープをご注文。そっちもおいしそうだった。

 ほどなくしておやつが運ばれてくると、私も優吾も一先ず一口めに手を伸ばし、その甘さにお互いの頬がちょっとだけ緩んだ。


「あのね。実は四時過ぎからはちょっと僕に付き合ってほしいところがあるんだけど」


 甘いものを口の中に入れつつ、優吾がそう言って私を見る。


「そりゃ別にかまわないけど、夕方以降に予定を入れてたのね?」


「そう。四時までここでのんびりして、それから色々と目的地に行く予定。大丈夫だよね?」


「そりゃ大丈夫よ。予定なんざひとつもないからね! 自分で言ってちょっと悲しくなった……ってか、いろいろと? 行く場所は一か所じゃないの?」


「最低でも二カ所だね。で、その際に一つお願いがあるんだけど」


 改まってそう言いながら、優吾がじっと私の目をのぞき込んでくる。なんだよ、と思って首をかしげる私に。


「文句を言わずに最後まで僕に付き合う。ってことをね」


 優吾はそう言って、また笑った。






 時間になり、私は優吾に連れられて普段なら絶対に自分で入らないお高い洋服屋さんに連行されていた。ブティックと言え? 知らんな。

 こんな店に来るのは奏さんに連れてこられて以降二度目だ。しかも前回とは違う店なのに、前回同様、通されたのはVIPルームときた。

 先に『文句を言わず』という約束をさせられているから、私は否が応でも口を引き結ぶしかない。

 そして例によって店の偉そうな人がいくつも綺麗なドレスをもって現れる……これも奏さんので覚えがあるぞ……。つまり、この中から選べというやつだな?


「じゃあ、好きなの選んで」


「選べるかっ」


 文句は言ってないからなっ!


「まあ、最悪六時までに決めてくれればいいから」


 ただ今の時刻、四時半を少し過ぎたあたりだ。いや、さすがに二時間もここに缶詰とか嫌なんですけどっ!?


「選ぶって言っても基準が分かんない」


「好きに選んでいいよ。色でも形でも、値段でも、好きなようにね。選ばないと、僕の好みで決めるからね?」


「例えば?」


「そうだなぁ……」


 そうつぶやきながら、優吾は軽い足取りでずらりと並ぶドレスに近づき、いくつか手に取り眺めて見ると、一着を私に見えるように差し出してきた。


「これとか好みかな」


 それは背中の部分が、がっつり開いたジャンパンゴールドのロングドレスだった。右側の太ももあたりにバックリとスリットも入っている。おまけに、背中が腰辺りまで開いてるというのに、胸元までかなり開いている作りになっていて、思わずこのドレスを床に投げ出してやりたくなった。

 お前、どれだけ私に露出させたいのっ!?


「嫌なら自分で選んでね?」


 と言いながら笑みを見せる優吾に、私はゴールドのドレスを投げ付けるように渡すと、豪華なドレスが並ぶ場所へと足を進める。

 あんな露出の多いドレスなんざ着られるかっ! せめて露出の少ないものにしてくれよまったく。そんなわけで、とにかくなんとか必死で選んだものは、落ち着きのあるひざ丈の青いドレスだ。ぱっと見ドレスというよりスーツにも近いかもしれない。腕部分と首元が細かいレースになっているのでわりとお洒落だと思う。


「それでいいの?」


 私が選んだのを確認して、優吾がじっくりと私の選んだドレスを見ながらそう言った。


「むしろほかのはちょっと……」


 足も背中も胸の谷間も見せて歩く勇気はないんだよ。


「いいなら構わないよ。春乃によく似合うと思うよ」


 優吾はそう言うと、私からドレスを受け取り。


「これに合わせて靴とアクセサリーも頼むね。僕の方もこれと合わせて見繕ってくれる?」


 そう付け加えながら店員にドレスを手渡した。優吾からドレスを受け取った店員は深々と頭を下げると、足早に部屋を出ていく。きっと、優吾の指示通りに急いでなんか準備するんだろう。お仕事とはいえ、なんか、店員さん。すみません。


「時間もそこそこだね。着替えて移動して、ちょうどいいかな?」


 そう言いながら時計を確認する優吾に視線を向ける。


「てか、ドレスアップしてどこに行こうというのかね?」


「まだナイショ」


 可愛らしくウインク付きで言われても、ちょっとイラっと来ただけだった。てか、時間を考えれば夕食を食いに行くんじゃないかという予想はつくけど、ドレスコードのあるレストランなんて、面倒くさいことこの上ない場所じゃねぇかよ。と、ため息が漏れてしまう。

 しばらくして色々準備してくれた店員さんが戻ってくると、持ってきたものを確認して優吾が店員さんにカードを手渡し、私たちはすぐに着替えるべく個室を貸してもらい、さっさと着替えを済ませた。

 それにしても、真っ黒いカードなんて初めて見たわ。マジで存在してたのか、ブラックカード。

 とにかくだ。仕立てのよいアイボリーの洒落たスーツに着替えた優吾に手を引かれるまま、私は優吾と共に車に乗り込み次の目的地へと向かう。

 そしてたどり着いたのは高級ホテルで、ホテルのボーイに車を預けると、高そうな赤い絨毯が敷かれたロビーを通り抜けてエレベーターへと乗り込んだ。どうやら向かっているのはこのホテルの最上階で、最上階にはどうやらレストランがあるらしい。


「ヤバイ、嫌な緊張で吐き気が……」


 なんて口元を押さえる私に。


「本当にこういう所が苦手だよね」


 優吾はそう言いながら私の背中をさすった。

 や、やめろっ! なんかダメなものが出てきそうだっ。

 そして、たどり着いたレストランでは、オーナーらしき人に出迎えられて、私と優吾はそのまま個室へと通された。くっそう。ことごとくVIP対応されやがってっ。と不満に思っていた私だが、広めの個室には白いお洒落なテーブルとそれに合わせた繊細な椅子に、テーブルを飾る赤いバラが嫌味なく室内に文字どおり花を添えていた。

 なかなか悪くはない。ただ、不自然に感じるのは壁一面を覆いそうなほどに大きな閉じられたカーテンの存在だ。カーテンの大きさからみるに、壁一面に大きな窓があると予想できるが、なぜ閉められているのか。


「さて、春乃。一回目をつぶってくれる?」


「はい? まあ、いいけど」


 優吾に言われるまま両目を閉じると、室内の電気が消えたのが分かる。そして、優吾が私の手を引くのでそれに合わせて動き、ある位置まで来ると動きを止めたのに合わせて私も足を止めた。


「じゃあ、開けていいよ」


 と言われたので、私は両目を開けた。

 すると、まあ予想してはいたが、私の目の前にはカーテンの開かれた大きな窓があり、窓の外には、あふれんばかりの街の明かりが夜空のようにキラキラと眼下で輝いていた。

 言葉にすれば呆気ないものだが、その美しさは本当に言葉にできないほどだ。よく宝石に例えられたり、光の海に例えられたりもするが、それもあながち間違いではないと思える。

 これほど高い位置から見下ろすという行為自体が滅多にできるものでもないことを思えば、今まで見てきた人工的な景色の中ではピカイチと言ってもいいだろう。


「予想はしてた。けど、想像以上だった……」


「春乃らしい言葉をありがとう。でももう少し素直に感想をもらえると嬉しいんだけどな?」


「ああ、うん。すごくキレイ。本当に、びっくりした」


 私がそう答えれば、優吾は嬉しそうに私を後ろから抱きしめてくる。そして――。


「でもね。実はこの夜景はおまけなんだ」


 そう言うと、私の前に腕をまわして何かを私の首に着ける。その感触に、思わず首元を見下ろす私。

 そこには少しだけ長めのチェーンに美しい青い石のトップがついていて、青い石を飾る歪な装飾にふと違和感を覚えた。かろうじて鳥をモチーフにされてるっぽい装飾であるのは分かるのだが……ディテールがマジでヤバイ。つぶれたカエルに見えなくもない。


「これ……」


「メインはこっち。ブルートパーズって珍しいらしいよ」


「マジかっ!? いやいや、そうじゃなくてっ」


 私が優吾へと振り返ると、彼は苦笑いを見せた。


「頑張ったんだけどさ。僕にはそれで精一杯だったんだ。ほら、心の籠ったものって言えば、やっぱり手作りに勝るものはないかなって? でも、そんなひどいのを作るくらいならプロの職人に頼めばよかったよ。ごめんね」


 なんて、優吾は困ったように笑う。

 こいつ、これ……手作りって……。


「春乃?」


 私は慌てて優吾に背を向けた。


「あ、ありがとう。こんなにうれしい誕生日プレゼントは本当に久しぶりだよ」


 本当に、こいつ。何してくれんだよ。私が涙もろいと知ってての所業かっ!? 許さんぞっ!

 こんなの作るの初めてだろうに、私を喜ばせようと、私のことを考えて作ってくれたんだろう。両親からもらった初めてプレゼントに匹敵するものがある。


「あれ? もしかして、泣いてる?」


「泣くか馬鹿っ! 不器用っ!」


「え? 喜んでくれたんじゃないの?」


「嬉しいよバーカバーカっ!!」


「誕生日プレゼントを悪態付きながら喜ばれるのは初めてだなぁ」


 このあと、夕飯を食べるのにしばらく時間がかかってしまったのは、まあ仕方ない。


キリよく終わらせるのに、ちょっとだけ長くなりました。

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