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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
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アルバイト先は――。


 今日は美影さんに連れられて蛟さんのところに来ていた。都心部の某所にある雑貨屋さんだ。オーナーは奏さんで、管理をほぼ蛟さんに任せているらしい。

 今日、私がここに来たのは、前に優吾が話しを通してくれていたアルバイト先の下見のようなものだ。

 店は商店街から少しだけ外れた場所にあるわりには人の出入りは多いようで、美影さんの話では主に、十代後半から上は四十代後半の女性がよく店に来ているらしい。

 女性客が多いというだけあって店の外観もかわいいものだ。

 白と黄色を使ったポップな屋根に、外からでも店内がよく見える大きな窓、窓には明るいポップ調の文字で描かれた新商品入荷のポップが張り出され、メルヘンかつカジュアル感を演出する飾りつけがされていた。

 窓から店内を見れば、家具や小物から食器類とありとあらゆる雑貨が見て取れる、店内も割と広そうだな。そして店内は美影さんの言う通り女性客の姿が多い。


「春乃様、蛟は事務所の方に居ますので、裏から回りましょう」


 美影さんが言うのに従い、彼の案内で店の裏手に回る。

 店の裏はまあ、普通に路地裏な感じだ。事務所と店は建物として壁でへただれてはいても基本的にはつながっているようで、裏側が従業員ようの出入り口でもあるんだろう。

 それにしても――。


「事務所もデカくない?」


「奏様がおいでになられる場所でもありますし、従業員たちの更衣室や休憩室もありますからね」


 まぁ、そうだろうけど。外観を見た限りでは店側の一階部分といい勝負の広さに見える。ちなみに、この店は二階建てで、二階部分は丸々倉庫として使われているらしい。


「さあ、春乃様。蛟が首を長くしておりますよ」


 なんてにこにこと美影さんに促され、事務所の簡素な白いサッシ扉を開ける。と、ワンルーム並みの広さの休憩所に出だ。オレンジ色の大きな丸テーブルに、カラフルな椅子の数々が円卓上に並ぶ。壁沿いにはジュースや食べ物の自販機が置かれ、冷蔵庫や電子レンジ、小さいがキッチンも完備していて、このままここで生活がすぐにできそうだ。キッチンの棚にはカップやらお皿やらも見て取れるあたり、さすが雑貨には困らない場所だ。しかも家具も食器類もなんかかわいらしい。


「蛟は奥のオーナールームに居るはずですので、奥へ行きましょう」


 美影さんの言う方向へ顔を向ければ、それほど長くない廊下が奥へと続いていた。美影さんの言うオーナールームってのが、ここからでも見える廊下の最奥、金色の楕円状のプレート貼られた白い扉だろう。白い扉の手前には、左右に二カ所ずつ、計四カ所のとにらが見える、それぞれにシルバーのプレートが扉の上部、ちょうど視線の位置に来る辺りに貼られている。多分、更衣室などそのあたりがあるんだろう。他の部屋に何があるかわからないけど。

 大した時間もかからず廊下の奥へ、扉の前にたどり着くと私は扉をノックした。ほどなくして「どうぞ」という声が室内から聞こえてきて、私は扉を開けて室内へと入る。

 中に入ればデスクに座り仕事をしていた蛟さんが、こちらに顔を向けて慌てて立ち上がる姿が見える。


「春乃様、ようこそお越しくださいました。どうぞこちらへ」


 蛟さんはそういうと、デスクの前にある座り心地のよさそうな黒い革張りのソファーへと手をかざして私に軽く頭を下げて見せる、一先ず促されるまま私はソファーへと腰を下ろした。見た目を裏切らない座り心地の良さったことに、ちょっとほっこりしつつ。


「では、私はお茶を入れてまいりますわ」


 そう言って美影さんが室内を出れば、私と蛟さんだけが残された。


「今日は私のわがままですみません」


 私がそう言ってあ蛟さんに頭を下げれば、蛟さんは慌てたようにソファーわきに片膝をついて私を下から見上げる。その顔はなんだか泣きそうにも見える。って……。


「いやいや蛟さんっ!? ソファー、私の向かいにもソファーあるからっ! そっち座ってっ!」


 なんでいきなり膝付いたこの人っ!?


「本来であればこちらからお迎えに上がらねばならない立場である私が、主にご足労いただいた上に、頭を下げさせてしまうなど従者として有るまじき失態っ。大変申し訳ございませんっ! このうえは私の処分をいかようにも御心のままにお与えくださいっ! 割腹だろうと、斬首だろうと、春乃様のお言いつけ通りに――」


「ストップ!! 何言ってるか全くわからないですからっ!? 蛟さんひとまず落ち着いてっ。深呼吸、深呼吸」


 今日はよくしゃべるなと思えば、いきなりテンパりだしたんだけど、どうしたらいいんだ……。


「はっ、私はいたって冷静でございます」


「冷静に割腹だの斬首だの言われた日には私の胃袋に穴があくよ。って、そうじゃなくて、今日は私がわがままを言って、仕事中にお邪魔しちゃったからごめんなさいって言いたいだけなんですよ? 私の言いたいこと伝わってます? 大丈夫?」


「は、はい。申し訳ございません……今まで、主に頭を下げられたことなどございませんでしたので、少々、取り乱してしまったようで……」


 少々……少々? まあ、とにかく蛟さんはそういうと、少しだけ困ったように眉尻を下げた。まったく関係ないけど、前に会ったときはインテリヤクザ風の冷たい怖い顔がデフォルトだと思ってから、今のように困った顔は普通な感じでちょっとほっとした。

 気を取り直して、蛟さんがテーブルを挟んだ向かいのソファーに腰を下ろし、なんとか会話ができつ状態になったので、私もようやく落ち着いたわ。そして。蛟さんは小さく事務的な咳払いをして見せると。


「本日はよくお越しくださいました。お話の方は要や雅臣様、そして優吾様より伺っております。春乃様は何かアルバイトのようなものがしたいとのことですが、春乃様はこうした販売系のお仕事の経験はございましたでしょうか?」


 そう言って私を見つめるけど。


「え? そういう情報って全部知ってるんじゃないの?」


 だって、全部調べてるんでしょ? という意味で蛟さんを見つめれば、彼はやはり困ったような笑みを私に見せた。

 私の全てとは言わないが、私の生まれや両親のことや私の通ってた学校や今まで下仕事等々、わりと個人的な情報収集はっずでにできていると思っていたけど?


「おっしゃる通りでございます。ですが、それはあくまで『紙の上の情報』に過ぎません。ですので、春乃様から直接お聞かせ願えれば、情報はより正確なものになり、春乃様をより深く理解できるかと存じます」


「そうなんっすね。えっと、コンビニのアルバイトとかしたことはあったかなぁ」


 大分昔のことではあるが。


「なるほど。では、ご希望などはございますでしょうか?」


「希望?」


「仕入れや在庫管理、経理などと、品出しやレジ打ちなどの仕事とどちらかご希望はございますか?」


 希望ってのはそういうことか。


「どっちでもいいんですけど、たぶん品出しとかの方が私には向いてそうかな。とは思うんですけど」


「ご希望でしたら、もちろんかまいませんが……奏奥様は内勤をお勧めでございましたよ」


「それって、希望を聞く意味あるんですか?」


 お母様の勧めを蹴るのは勇気がいるだろマジで。

 なんてことをやっていれば美影さんも戻ってきて、私たちは美影さんの用意してくれたお茶をすすりながら、蛟さんとの長くもない話を美影さんにもかいつまんで説明しつつ話を再開する。


「――奏様が春乃様に過保護になっていらっしゃるのは分かるわ。でも、雅臣様や優吾様は春乃様の希望にできるだけ添うようにと仰せなのよ? だったら、春乃様のお好きにしておいただく方がいいんじゃない?」


 温かい紅茶を飲みつつ、蛟さんの隣で美影さんがそう言って優雅にほほ笑む。そんな美影さんの言葉に蛟さんはなんとも複雑な顔をして見せた。


「とはいえ、店の中では任務に支障がでるかもしれん」


「だからいつも言ってるじゃない。そんな真っ黒いスーツにグラサンなんてやめなさいって。まるでどこかのマフィアみたいだもの。こういうお店に居る時くらい、前髪を下ろして、普通のスーツに普通の眼鏡になさいよ」


「そんなに、怖いか?」


 蛟さんはそう言うと、かなり落ち込んだように自分のあごに手を当てる。わりと本人は気にしているらしい。


「そのまま店に出るとお客様に怖がられるんでしょ? それってそうとうよ? 新人のバイトの子にも怖がられてるじゃない? 慣れれば平気になるけどね。接客の時くらいは普通にして店に出れば、任務に支障も出ないじゃないの」


「普通っていってもな……そもそも俺は接客が苦手だ。知ってるだろ?」


「知ってるわよ。極度のあがり症だものね?」


 美影さんの言葉に今さら思い出したが、蛟さんはそんなギャップがあったな、たしか。


「そう言えば蛟さんは、もう私に慣れたんですね」


 最初に会ったときはかなり眉間にしわを寄せていたけど、今日は眉間にしわは一本もない。


「はい。大量の資料と、何度か春乃様とお会いする機会を与えていただけましたので、こうして対面しただけではあがらなくなりました。その節は大変し礼をいたしました」


 そう言って頭を下げてみせる蛟さんだが、なれたのはまあいいことだ。うん。でもな。それよりも私が気になるのは、大量の資料とやらの中身のほうなんだよ。いったい何が書いてあるんだい? 私の恥ずかしい過去じゃなきゃいいんだけどね。


「まあその話はもういいじゃない? 春乃様も蛟にはなれたみたいだし、それよりも春乃様はこの雑貨屋でのお仕事にお決めになるのですか? 私はいいと思いますわよ。かわいい小物たちに囲まれて様々なお客様と交流するお仕事って楽しそうですもの」


 美影さんはそう言って笑みを深める。

 私も悪くないと思う。それに、外から見た感じも明るくて働きやすそうな店に見えたし。それに、ここは本家からも遠くていい……。


「そうですね。私もお店の雰囲気がいいなって思ってましたから、できればここで仕事をしたいかなって思いますね」


「じゃあ決まりですわね! 早速、帰ったら奏様にご報告申し上げないとっ」


 というわけで、私のアルバイト先は決まった。






 そのあと家に帰り、美影さんは本家の奏さんへと報告に帰り、私は家で一人、ゲームをしながら午後の時間をつぶしていた。それから優吾かすぐに帰ってきて、着替えた優悟と夕飯まで一緒にゲームをすることになって、そのついでに私は優吾へと今日の報告だ。

 まあ私がわざわざ今日の報告をしなくtれも、蛟さんか美影さんが優吾に報告してくれそうなものなんだが。


「雑貨屋ね。そう言えば、母さんが趣味でやってる店なんだよ。『小人の森小屋』って店の名前も、昔、母さんが読んだ絵本に出てきた小人が、靴職人の手伝いをしたとかいう話が元らしいね」


 協力型のアクションゲームを一緒にありながら、優吾は今日行った雑貨屋の説明をしてくれる。

 奏さんはそういう小物とか、かわいい話とかが好きらしい。


義母様おかあさまがなんか可愛く思うわ、そういうエピソードを聞くと」


「母さんはよく父さんをロマンチストだなんて笑うけど、母さんも似たり寄ったりだよ。まあ似たもの夫婦なんだろうね」


「夫婦仲がいいのはいいことだね。熟年離婚も多いですし」


「そういう話を聞くと、うちの両親の仲がいいのは本当に幸せだなって思うよ」


 だよねぇ。私の思い出の中の両親も本当に仲のいい夫婦だったから、晩年になって別れてしまうご夫婦さんたちに、ちょっとした寂しさのようなものを覚える。きっといろいろな問題が積み重なった結果で、他人の私がとやかく言うことではないのだろうけど。

 それはさておき。


「とりあえず、私はあの雑貨屋さんでアルバイトをすることに決めたよ」


「いいと思うよ、どうせ蛟が来てる火曜日と水曜日しか仕事もないだろうし」


「過保護なんだか慎重なんだか」


「どっちもだろうね。駒百合本家の嫁って、立場はかなり、ね。だからどうしたって過保護にも慎重にもなるんだよ。誰かに殺されましたとか、誘拐されましたとかが、わりとシャレにならないから」


「それ、普通の人が遭遇してもシャレにならない事件なんですが」


「そうだね。でもそれ以上に、春乃にもしものことがあったら、間違いなく責任問題で要と美影が処罰されることになる」


「マジかっ!?」


「これは大マジ。要は四家のまとめ役で、美影は春乃付き護衛だからね。誘拐程度なら春乃が無事で戻れは大したことにはならないだろうけど、もしも命にかかわるようなことになれば、もれなく二人は春乃の後を追わされる可能性が高いだろうね」


「本当やめてっ!? そうなったら優吾が止めなさいよっ! 大事な従者でしょーよっ!」


 本当にやめてよ。なんかそういうのいやっ。マジで嫌だっ!


「一応は止めるけど、僕や父さんが止めても四家の長老連中が許さないと思うんだよねぇ」


 そんなのも居んのかよぅ。


「安全第一だよね。うん」


「うん。それが一番。あ、春乃、こっちからじゃ開かない」


「ああ、そこの扉は私の方でか仕掛けとかないと――」


 怖い話もそこそこに、私と優吾はゲームの続きに集中した。だいぶ駒百合とその関係者のあれこれには慣れたつもりでいたけど、私の知らないことの方がまだまだ多い。おかげで、驚く回数は一気に減るものでもないと改めて思わされた。

 だけど、昔どっかの王族が死ぬと、召使いやら妾やらを一緒に生きたまま埋葬するなんて話をどっかで聞いたことを思い出してしまった。死んだ主が死者の国で困らないようにとかなんとか。

 こっちはそんなこと望んでないってのに。いや、当時の王族は望んだかもしれないが、どちらにしろ死んだ人間には断りようもないな。

 さすがに駒百合での責任の取り方ってのは、生き埋めとかにはならないだろうが。今日、テンパった蛟さんの口から割腹なんて言葉が出るあたり、昔の侍風な処罰じゃないかと若干不安になってしまった。

 さすがに切腹とか、今のご時世でやめてほしいところだ。

 そんなことを頭の片隅で考えながらゲームをしていた私たちを呼ぶ要さんの声が聞こえるのは、一時間ほど先の話である。


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