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カフェオレ・ダーリン  作者: 風犬 ごん
14/53

だから惹かれるんだと思うんだ。

優吾の思うところ、その二。


 翌日、仕事が終わると僕はその足ですぐに圭介の元へ向かった。


「しばらく、会うのを止めようか、圭介」


 僕はずっと考えていた。

 その時の圭介の顔は、こちらが辛くなるほどに、ショックを受けていたのがありありとわかるもので、僕は彼の顔を見ていることができなかった。

 圭介が春乃を嫌っているのはもう十分に分かっている。だけど、今さらなかったことにはできないし、なにより、僕は彼女との契約を取りやめる気はないのだ。

 圭介が春乃はどれだけ身勝手で酷い女なのかを言い始めたあたりから、僕の中で変化が始まっていたのだと思う。

 もっと前からかもしれないけど、自覚したのはこのときからだ。

 圭介はことあるごとに『自分たちが許されない関係である』ことや『家に縛られる優しく哀れな優吾さん』と言うことを口にしていた。

 でも僕にとっては、それが限りなく不快で、面倒なことであると彼は知っていたのだろうか? と考えてしまう。

 僕は人を愛するのに、最も大事なことは中身だと思っている。何しろ僕の周りには見た目だけなら絶世のとつけても遜色ない美形ばかりが多い。

 そう言うのを常日頃から見ていると、見た目の美醜よりも、中身が大事なんだと思うようになるもので、それが一種変わった性癖に関連しているかと言われれば、きっとそうなんだろうとは思う。

 それで困ったことはないし、性別や見た目ではなく心で相手を愛せるなら、僕はそれが一番幸せだと思っていたし、今でも変わらずそうであると思っている。

 だから、圭介が『許されない関係』というのを気にしていることに、少しの不満を持っていた。分かっていて僕の気持ちを受け入れてくれたんじゃないの? そう思って。

 それに家のことに関しても、僕は家を継ぐことに不満はないし、歴史を刻む家の跡取りとして、義務を果たしたいとも思っていた。

 何しろ僕の両親ときたら、自分たちが不自由した分、僕に同じ苦労はさせたくないと、とにかく僕を自由にさせてくれたのだ。

 学校を選ぶ時も、職場を選ぶ時も、恋人を選ぶ時でさえも。

 世継ぎの期待できない男が相手となると、さすがの両親もそれだけはダメだと許してはくれなかったけど、でも僕自身、両親が駄目だという理由にも納得していた。

 だから契約結婚の計画を両親にも話した。もちろん最初は両親もしぶってはいたが、何とか説得し、僕自身の現状を包み隠さず相手に話すことと、その上で相手の女性が快く条件を飲んでくれたら、という条件で両親にも許可をもらったのだ。

 そして出会ったのが、宮島春乃という女性だ。初めての出会いは、お互いに好印象というわけではなかっただろうけど、僕は彼女を気に入っている。

 彼女の大雑把でおおらかな正直さが、僕には好ましかった。

 面倒事が嫌いで、そのくせ責任感は強くて、負けず嫌いな女性。ちょっと口は悪いけど、僕は春乃と居るのが好きだ。落ち着くし、楽しい。

 細かいことを気にしない性格なのも僕には楽だった。

 契約結婚の話に最初は乗り気じゃなかったけど、何とか彼女にも了承してもらえて、僕は晴れて、両親にも渋い顔をされずに圭介との付き合いも続けていけると思ったけど。

 全てを納得させるのは、本当に難しいものだと思う。

 とくに圭介が、もう少し柔軟に物事を考えられないものかと。出来たら電話口で春乃と口論にはならないだろうけど。

 春乃から言わせれば、同性愛と言うのが世間一般から見てあまり大っぴらに受け入れてもらえるようなものではないが、だからと言って、それは犯罪でもない。

 本人が幸せならそれでいいだろうと、春乃は考えているらしい。

 性別を越えて人を心から愛せるのであれば、それ以上に幸福なことはきっとないだろう。そう彼女も思ってくれているらしいのだ。

 僕が彼女に出会えたことは、まさに僥倖であると思えた。

 僕と圭介のことをただ黙って受け入れてくれて、自由と言う言葉の意味を正しくとらえてくれる人。こんな理想的な女性は、たぶんこの先巡り合えないだろうとさえ思わせた。彼女は、本当に特別な人だ。

 だからと言って、じゃあ圭介にも気に入ってほしい、とはさすがに言わない。圭介はゲイだし、もともと女性が大の苦手だ。でも、それがイコールで春乃を貶していい理由にはならない。

 圭介の嫉妬を通り越した独占欲と、盲目なまでの女性に対する悪感情は、僕にとってとても悲しいことなのだ。なぜなら、僕が信頼されていないという証拠なのだから。

 博愛主義者になれとは言わない。自分に合う合わないはそれぞれだ。世界中の人間に嫌われる人間もいないが、世界中から好かれる人間も居ないのだから、馬が合わないならそれでもいい。

 ただ、一方的に決めつけた最悪な評価が全てであると思ってほしくないし、それが真実だと実しやかに嘯かないでほしいのだ。

 そのたびに、僕の心が圭介から離れていく。

 君を嫌いになりたくないのに……。




「僕のこと、嫌いになったんですか……」


 そんな泣きそうな声を聞くと、そうじゃないよと抱きしめてあげたくなる。


「違うよ」


「じゃあ、やっぱり……あの女のせいですか」


 そう言った圭介の声には、うんざりするほど聞いた恨みがましい色が混ざっている。だから、そうじゃないんだよ圭介。


「それも違う」


「じゃあ、なんでなんですかっ! 僕は優吾さんのことを愛してますっ! 必ず僕が優吾さんを自由にしてあげますからっ!」


 それがすでに、明後日な言葉だって気が付いて。


「そうじゃないんだよ。僕はすでに自由だし、僕は自分ですべてを選んでいる」


 だというのに、圭介はなぜ僕の言葉を聞いてくれないの? やっと恋人として気兼ねなく居られるって言うのに、君は僕とのこれからよりも、ただ形だけの結婚をする女に嫉妬するの?

 そうじゃないだろ? 君は僕を好きで、愛していると言ってくれるけど、そこに僕への信頼はあるの? 僕を、本当に愛してる?

 僕が無理なお願いをしているのは十分に分かってる。だから今まで我慢してきたけど、さすがに限界なんだよ。


「僕に不満があるなら言ってくださいっ! 直しますからっ!」


 圭介がそう悲痛な叫び声をあげるけど、そう言うことでもない。


「不満があるのはむしろ圭介じゃないの? 僕じゃない」


「僕は、不満なんて……僕はただ優吾さんが好きで……」


「そう。僕も圭介が好きだよ。なのに、なんでお互いに理解できないんだろうね」


 どう言えばいいんだろうか。

 僕を信じてと言えば、きっと信じてるというだろうし、僕を愛してるのかと問えば、きっと愛してると答えるだろう?

 でも、本当にそうなのかな?

 僕はその場から立ち上がると玄関へと足を進める。数歩行った先で足を止め、もう一度圭介を見つめた。圭介が少し青い顔でつばを飲み込んだのが分かる。


「お互いに時間が必要だと思うんだ。僕も近いうちに婚約パーティーがあるだろ、さすがにこの大事な時期にフィアンセを放置するのは外聞も悪いし、タイミングがいいと思う」


 僕は今度こそ玄関へと体を向けると、そのまま歩き出す。


「優吾さんっ! 会わないって、いつまでなんですかっ!」


 圭介のその質問には正直、僕は答えを持ち合わせて居なくて……。

 何も言わずに圭介の家を後にした。




 車に乗り込んで時計を確認すれば、まだ七時を過ぎたあたりだった。

 急いで戻れば夕食には間に合うかもな。なんて思いながら、僕は要にメールを送る。

 きっと今日も本家のダンスホールで、春乃は美影にダンスを習っているんだろう。

 彼女は知らないのだろうけど、僕を含め要たちや両親は、本当に春乃を気に入っている。

 大雑把ではあるがさっぱりした性格だから、きっと付き合いやすいとは思っていた。もともと媚を売る人間には山ほどお目にかかっている分、春乃のように素直でさっぱりした人間は好ましいものだ。

 彼女が時折、僕に対して『愛してる!』と叫んでくれることがあるが、実はその言葉が割と好きだって言えば、彼女に変な奴だと笑われるかもしれない。

 車のエンジンをかけて、シートベルトを付けるとメールの着信音が聞こえる。

 確認すれば要からの返信で、春乃が煮魚を食べたいというので、今日はカレイの煮つけになる予定だと教えてくれた。

 春乃は魚が割と好きなんだな、そんなことを思って、あと三十分位で家につくとメールで送り、車を走らせる。

 車を走らせてすぐ、どうせならお土産でも買っていってあげようか。ふとそんなことを考えた。だって彼女は頑張っているから、そんな彼女の疲れを少しでも癒せるものを送りたい。




 本家にたどり着き、駐車場に車を止めて鍵を使用人の幸子さんへと渡すと、ダンスホールへと足早に向かう。

 灯りのついたダンスホールに足を踏み入れれば、楽しそうな春乃の声が聞こえてきた。要の作った夕飯を称賛しているようだ。まあ、要は料理がうまいからね。

 声を辿るように休憩室へ向かい、こちらに背を向けるように座っている春乃の姿が見えるが、僕が声を出すより早く、こちらに向かって立って居る要と美影が先に気がつき、僕へと頭を下げた。

 こういう場合は脅かすと言うことができないので少し残念に思うけど、要たちの反応を見て振り返った春乃に、僕は笑顔で「ただいま」と伝えた。


「おかえりっ」


 そう言って、いいことでもあったのか、笑顔でこちらを振り返る春乃に僕は首を傾げた。


「機嫌良さそうだね?」


「聞いて褒めろっ! 今日はなんと練習中に一回もこけなかったっ!」


 そう言って頬をほんのりと桃色に染める春乃に、かわいい人だな、と思うと僕の顔がゆるんだ。


「凄いねっ。お疲れ様。そんな頑張ってる春乃にお土産買ってきたよ」


 僕はそう一言添えて、後ろ手に持っていたケーキの箱を彼女へと差し出す。


「ケーキっ!」


 両目をキラキラと輝かせる春乃が、またなんとも愛らしい。


「ご褒美ってことで、苺たっぷりのケーキを買ってきたから、あとで一緒に食べようね」


 そう言って僕が笑えば、春乃はケーキの箱を持って。


「優吾愛してるっ!!」


 なんて、満面の笑みで言ってくれる。


「もう、相変わらず調子いいんだから」


 そんな現金な君の愛でも、僕はとても嬉しく思うから苦笑いが顔に浮かんでしまう。

 嬉しいことや嫌なことを素直に口や態度で出してくれる君が、僕は本当に好きだし、心地いいんだよ。

 上着とネクタイを要に預け、春乃のケーキを美影が預かり、僕たちは夕食をいただいた。


「――ああ、そうそう。明日から僕も仕事が終わったら真っ直ぐこっちに戻るから」


 僕がそう伝えれば、春乃は一瞬考えるそぶりを見せた後、お茶で口の中のものを流し込み。


「パーティー近いしね。西園君、拗ねちゃったりしない? 大丈夫?」


「大丈夫ではないだろうけど」


 圭介との関係がね。

 僕は味噌汁の入ったお椀に口を付ける。


「主に練習が必要なのは私だけなんだし、行けるときは会いに行っても大丈夫だよ?」


 春乃は何でもないことのように言う。

 そんなのわかってるよ。君は決して約束を破る人じゃない。自分が僕たちの邪魔になるようなことはしたくない人だってことも分かってる。


「そうだね。でもいいんだ」


 僕がそう言って笑えば、お椀に口を付けようとしていた春乃がお椀を置いた。


「ケンカした?」


 こういう時の女性の勘と言うやつは恐ろしいほどよく当たると思う。


「ちょっとね」


 僕の答えに、春乃は一度僕から視線をずらした。きっと深く聞いていいものか迷っているのだろう。


「そっか、早く仲直りできるといいね」


 そう言うと、春乃はどこか寂しそうに笑う。

 不思議に思うけど、前回の時と今回では何か違いでもあるんだろうか。どうして今回は前回より優しい言い方をしたんだろう。


「聞かないの?」


 なんて、まるで僕が聞いてほしいみたいな言い方をしていた。そんな僕自身にちょっと驚いたけど、でも実は聞いてほしいのかもしれない。


「聞いてほしいなら聞くけど?」


 春乃は魚を口に放り込んでから僕に顔を向ける。


「うーん、なんていうか、ケンカではないんだけど、僕にちょっと思うところがあってね。しばらく会わないって圭介に言ったんだ」


「距離を置いたんだ。まあお互いにそばに居すぎて見えないこともあるから、冷却期間はあって悪いことばかりじゃないよ」


「僕もそう思うんだけどね。ただ圭介がさ。僕の言いたいこととか、あんまり理解してくれてないっていうか。信頼されてないっていうか。だから、冷却期間がそのまま自然消滅な流れになってもおかしくないかもなぁなんて」


「優吾のことだから、きちんと説明はしてるんだよね? 西園君が優吾のこと好きなのはなんとなくわかるし、優吾だって好きなんでしょ?」


 そう、僕だって好きだ、好きだったはずだ。


「多分ね」


 自嘲気味に笑う僕の答えに、春乃は少しだけ真剣な瞳を僕に向ける。


「何を迷ってるのかは分からないけど、優吾と西園君が別れることになれば、この契約自体が無意味じゃない?」


「ああ、うん。そうなるね」


「まあ、そう言うことはその場になってから話し合うとしてだ。とにかくさ、自然消滅なんて、絶対

にやっちゃだめだよ」


 春乃はすごく真面目な声色で、同じような瞳を僕見向けてくる。

 それはとても誠実で、彼女と言う人をそのまま表しているようだった。


「自然消滅なんて、一番心に根深く残るものだからね。ケンカしてもいいんだよ。自分の気持ちをちゃんと伝えて、きちんとケリをつけたほうがいい。そりゃお互いに苦しいし辛いことにもあるだろうけど、あの時、ああしておけばよかった、なんて後悔するほうがよっぽど辛いんだからね」


「経験者の言葉は重いかな?」


 なんて僕が茶化して見せると、春乃もそれに合わせて小さく笑う。


「経験者は語るぜぇ~。でもさ、真面目な話。好きだった気持ちさえ後悔してしまうような終わりは絶対にダメ。だって、そこには確かに愛した思いが残ってるはずでしょ?」


 春乃の瞳が切なげに揺れる。ここではないどこかに思いを馳せているのだろうか。

 そんな彼女の言葉に僕はただ黙って耳を傾ける。


「自分のことを理解してほしいと思うのは当たり前だし、でも違う人間だから理解できないのも当たり前で、自分と同じように相手だって、どうして自分を理解してくれないんだろうって思ってるかもしれないでしょ?」


 そうだね。春乃の言う通りだと思う。

 だから人と付き合っていくのは難しいといつも思うんだ。

 春乃はいったんお茶を飲み、そして笑顔を僕に向ける。


「お互いのすれ違いとか、誤解は出来るだけ言葉でゆっくり解いていくしかないんだと思うよ。だから、短絡的にならずに、自分の中に育った愛情を大事してあげないとね」


「そうだね。確かにそうだ」


 僕は自分の胸にそっと手を添える。

 確かにここにまだ残っているこの思いは嘘じゃない。

 そして同じく、ここに新しく芽生えそうになっている思いも確かにあるんだよ。


「ちゃんと分かり合えるよ。きっとさ」


 そう言って笑ってくれる春乃が眩しく見える。

 圭介に無くて、春乃が持っているものが、多分僕が欲しいものなんだと思う。

 だからこんなにも、僕は君に惹かれているんだと思うんだ。


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