フライパンチ
「あ、ふと思ったんだけど村長さん実は結構怪しいよね」
「ん?」
マキと体を入れ代わり昼食を終えて宿屋に戻った時、装備を点検している妹が唐突に言ってきた。あんなに人の良い村長を捕まえていきなりすぎるだろ。
「だってさ、村長さんは町の住人の顔全員知ってるんだよ。ってことはストラが来たらそれが町の外の人だって気づくじゃん」
「普通の冒険者だと思ったんじゃないか?」
このラメルの町は初代勇者のご神体があるからそれなりに冒険者は来る。と言ってもあまり多いとは言えない人数だが。
「あのストラが服装冒険者に見えるような恰好で町に来ると思う?」
「……」
年に数回ふらっと現れてなんか買ってくワンピースの女。とてもそんな遠くに行けそうにない装備で町の外に出ていく。何物か怪しまれないのはおかしい、か?
「それに人が少ない町だし、年に数回とは言え何回も来てたら顔覚えられるんじゃない? なんだかんだで見た目綺麗だし、恰好によるけど冒険者には見えないでしょ」
一理どころか二理も三理もあるな。
「でもあの村長がこの町の不利益になる事をするか?」
「うん、そうなんだよね。だから怪しいだけで怪しくないのかなってふと思ってさ」
(あの村長からは魔の気配はない。村長は白だよ。エミちゃんの言う通り行動は怪しいけど)
マキが言うなら白なんだろう。妹も行動だけが怪しいって言ってるだけだし村長を信用したい気持ちもある。もし問題あったところで町に不利益な事をしなければ何もしてこなさそうだし。
「そうだ、お兄ちゃん」
妹は装備の点検が終わったのか、それを装備して具合を確かめながら声をかけてきた。
「なんだ?」
「魔法、つかお!」
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妹はおれを町の外に連れ出してあれやこれやと話を始める。
「フライパンチ使えたんだから他の魔法も覚えてみようよ。私こう見えて初級の魔法位ならいくつかつかえるんだよっ」
お前は本当に拳で戦う職業なのか?
「例えばこう! ファイア!」
そう言って妹は遠くにある岩に向けて炎を放つ。
(おーやるなぁ)
着弾した岩は粉々、とまではいかないが結構壊れていた。
「ファイアだけじゃないよ。他にも……」
その後も火、水、土、風、と基本的な魔法を撃って見せる。ただなんだろう。変な感じがする?
「なあエミ、お前のそれ本当に魔法か?」
ストラに血をもらってから魔の動きにはかなり敏感になっている。そのせいか、妹の魔法? が通常の魔法と違う気がしていた。魔の循環がほとんど行われていないというか。
「あれ、わかる? うんそう、普通の魔法と違ってこれ物理だから」
「え?」
「ほら、私拳で戦うじゃん。属性攻撃を乗せるために武器に魔法を纏わせるのはできるんだけど、使えなかったんだよね。でもフライパンチが出来るからもしかしたらって」
フライパンチもそうだけど拳で戦ってないからねそれ。
(とんでもない発想だな。魔法を二重に使って打ち出すとか合成魔法の域だぞ。そして発想があっても普通は出来ない)
「マキもその理屈はおかしいみたいなこと言ってるぞ」
「でもできたよ?」
いや、うん、まあそうなんだけどさ。
「おにいちゃんもやってみてよ、ほらほら」
妹に急かされて手に力をこめる。腕に炎をまといながらフライパンチを撃とうとしてみる。
「……」
(飛ばないな)
「飛ばないね」
普通のフライパンチなら飛ぶが、属性乗せたから飛ばないということだろうか? 劣化コピー版だから飛ばないなら、倒れるの覚悟でやってみるか。
「フライパンチ!」
自分の中から何かが抜けていく感覚はあるが、あのときほどじゃなく、さらにフライパンチは飛ばなかった。
「おー、飛びそうだったけど飛ばないねぇ」
(もしかしたらコピー自体出来てない可能性があるな)
「コピー出来てない?」
(ああ、たぶんだが見ただけじゃなくまた触りながらやってもらえば出来るようになるんじゃないか)
確かに。魔の流れが見えるからといって出来るわけじゃなく、触りながらじゃないとっていう条件の可能性はあるな。
「エミ、もう一回やってみてくれ」
「はーい」
今度は妹の肩に手を置いて魔の流れをしっかりと確認する。近くで見てるときよりもハッキリと感じる事が出来る。
「どう? 出来そう?」
「これなら、どうだ!」
妹のものに比べると前の通りだいぶ弱々しいが今度はちゃんと出来た。
「おー! やったねお兄ちゃん!」
「あ、ああ」
「どうしたの?」
「いやお前、これ、めちゃくちゃ疲れるんだが……」
(MP不足だろうな。合成魔法なんて通常の三倍くらい消費する。平然と撃ちまくったエミちゃんがおかしい)
マキの言う通りかなりの倦怠感に襲われていた。技名叫んでたら死んでたんじゃなかろうか。そして新しい技を物まねするには毎回触らなきゃだめなのかこれは。
「じゃあお姫さまだっこしてあげるね?」
「じゃあってなに!?」
「正直な話お兄ちゃんが倒れるの期待してこの技を伝授した。倒れたお兄ちゃんを盛大に看病しようと思っていたので大変遺憾です」
「お前な……」
「でもお兄ちゃん、火を腕に纏うのは自然にやってたね」
「そういえばそうだな」
物まねの条件が見た事あってかつ相手に触れてるって条件なら、今みたいに腕に火を纏うのもそれと同じく触らなきゃ確認できなかったはずだ。それでも出来るって事はまた別の条件……ん?
「なあエミ、もしかして今の炎とか飛ばすやつは今初めてやったのか?」
「うん」
(しれっと新技使うよなエミちゃん)
「そうなると物まね出来るのは、相手の魔を吸収した時にその相手が使えているものに限るって事か。これにさらに魔の流れを一回は確認しなきゃとか結構厳しいんじゃないか」
戦闘中に相手から物まねするのは現実的じゃない気がしてきた。そもそも血をもらうのが手っ取り早いからもうそれ自体でかなり難易度高いじゃんっていう。そこで攻撃してもらって魔の流れ見るとかもうただの自殺志願者な気がする。
「じゃあ話通じそうな状態にしてからゆっくりとやればいいんじゃないかな?」
「話通じそうな状態ってどういう状態だよ……」
物騒な光を目に宿しながら言う妹にびびる。




