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ちょっとした不安

「お兄ちゃん?」


「ああエミちゃんか。ストラとのバトルはもういいの?」


 唐突に背後から声をかけられる。


「ごまかそうとしても抱きしめたの見てたからね? 今夜は楽しみだね?」


「ご主人……」


 二人ともいないと思っていたが、いつの間にか戻って来ていたようで思い切りジト目で見られる。俺がやったわけじゃないが、なんだかちょっと焦る気持ちが沸いてくる。本来焦る必要なんて皆無なはずだが。


「ファルネに今の現状をちょっと話したんだが……」


「そんなことはどうでもいいね? 今夜って今だからね?」


 手をわきわきしながらにじり寄ってくる妹の目がやばい。


「え、エミさん。別にやましい事してたわけじゃないにゃ! マキさんが魔王っぽさを見せてくれただけにゃ!」


「ファルネ? 魔王っぽさを見せつけるのに抱きしめる必要性ってないよね?」


「そこは魔を引き抜かれたと言いますか、ドレインと言いますか……」


「この泥棒猫!! お兄ちゃんは誰にも渡さないんだから!!」


「おおおお落ち着いてくださいにゃ! それにどっちかって言うと取られたのはこっちですにゃー!」


 妹はファルネを掴んでがっくんがっくん揺らしまくり、何とか喋ろうとするファルネは舌を噛みそうになっているが、ふと動きを止める。


「……ん? 魔を抜いた……? 抱きしめただけで?」


「はいですにゃ……うっ」


 ぐらぐらされて気持ち悪くなっているファルネを放置し妹は何かに気づいたようだった。


「お兄ちゃん、いえマキさん。一つ聞きますが」


「おうなんでもこい」


 ジト目をやや深めた感じで妹はマキと向き合う。


「この前、マリーさんが危ない時に魔を吸い取ったよね? そして今ファルネからも吸い取ったよね? なんでマリーさんの時はキスしたの! 思い出したらもう我慢できない! お兄ちゃん成分が足りないよ!!」


「ああそのことか。あれは緊急時だったのもあったけど、密着率の問題かな」


 妹の錯乱状態を無視してマキは話を続ける。


「あのマリーの恰好はローブを着てて肌の露出が少なかっただろ? だから体に触れなきゃできない吸収は口からやるのが一番手っ取り早かったってことさ。それに体内から侵食されていたからな」


 どうやらあれはマリーさんの服装が原因だったらしい。肌に直接触れてエネルギーを吸い取るならたしかにあれは無理だろう。


「じゃあファルネは……」


「裸みたいな恰好だろ? 余裕だ」


「……そういうこと言わないで欲しいですにゃ」


 裸みたいな恰好のファルネが縮こまっていた。


「今回もマキさんだったからセーフ……お兄ちゃんはしてないお兄ちゃんはしてないお兄ちゃんはしてない」


 納得したのかしてないのか妹はぶつぶつ言いだして大人しくなる。一気に興奮したり大人しくなったり忙しい妹である。


「そんでストラ、お前ら戻ってくるの早かったな」


 言われてみればそうだな。殴り合いの喧嘩に行ったと思ったのに二人とも無傷で戻ってきている。


「最初はちゃんと戦おうとしてたんや。でもな、そこの人間の嬢ちゃんがお兄ちゃんがやましい事してる気がするとか言うて気配消してついてこい言うたんや。そしたら抱きしめてる現場やろ? 戦う気も失せたわ」


「流石エミちゃんだな……」


 呆れて物も言えないというかなんというか。病気もここまでくるともはや尊敬するレベルに達しそうな気がする。


「マキさんマキさん、お兄ちゃんに変わって?」


「……なるほど、わかった」


(あのマキさんあのあのエミの目がやばいんで抑止力になってくれると嬉しいんですがそれは)


 俺の弁明もむなしく体が入れ替わった瞬間妹にタックルをもらう。


「っとと」


 なんとか踏ん張るが、転ばされそうな勢いだった。


「えへへ、お兄ちゃんの匂い……スーハースーハー」


「……やめろ」


「私にはお兄ちゃんの体からファルネの匂いを取り除く義務があるのです。ほんとは押し倒したかったけど我慢してるんだから褒めて?」


「褒める要素がどこにもねぇ!?」


 本気で転ばせようとしていたらしかった。油断も隙もないが、嬉しそうな表情だったので仕方なく頭を撫でてやる。


(お前も大概エミちゃんに甘いよな)


「……ほっとけ」


 マキに嫌味を言われたが事実ではあるので弁明はしない。妹がもっと性的に来なければもっとだだ甘やかししていただろうという自覚はある。


「ご主人……いやにーちゃんもやっぱそういう」


「そういうってなんだよ……俺はノーマルだよ」


 ストラが若干引き気味で言ってくるがこの現状的に何も言い返せないのが辛い。


「まあそういう事にしといたるわ。そんで実際ここまで何しに来たんや? ご主人が後始末とか言うとったけど」


「あ、あーそういやなんも説明してなかったな。というか喧嘩して出て行ったのお前らだろ」


「だってお兄ちゃんの一番は私なのに! この鳥奪おうとするんだもん!」


「おう嬢ちゃん、ドラゴンの事舐めとったらあかんで。ご主人いる手前生かしといたるけど次鳥言うたらただじゃおかんで?」


「ちゅんちゅん」


「覚悟は出来とる見たいやな?」


「エミやめろ煽るな全く話が進まん」


 バチバチと視線で火花を散らし合っている二人をなんとかなだめ、ここに来た理由を説明する。

 ドラゴンが町を襲って警戒されている事。

 町の水が魔に汚染されていた事。

 それが誰かに仕組まれていたんじゃないかという事。


 ストラは黙って話を聞いていた。何だかんだでちょっと頭緩いんじゃないかと思っていたが、やはりドラゴンだけあって知性が高く結構考えているのかもしれない。


「とまあそんな感じだ。怪しい奴ってのもさっきエミたちが倒したし」


「なるほどなぁ。結界壊れたくらいでそんな大騒ぎになっとったんか」


 ストラの考えでは、町を襲う→お宝返却されて万々歳→奪った奴倒す。これくらい簡単な式が出来上がっていたようで、やっぱ頭緩いなこいつと思わされた。


「でもなにーちゃん、そいつほんま死んだんか?」


「え? だってストラピンピンしてるし呪いも無くなったんだろ?」


「いや? まだ呪いの影響受けてるけど? 自己治癒でほとんど消してるだけやで」


「「「……」」」


 ストラ以外の三人は無言で目くばせし合い、嫌な予感がして来ていた。


「な、なあマキ。もしかしてさっきの爆散したやつ、生きてたり?」


(もしあいつが生きていたとして、魔を回収しようとしても無理だろうな。木、もらっちゃったし)


「そういや、そうか」


(不安ならいっちょ見にいきますか)


 マキはあっけらかんと言うが、見失ったあいつをどうやって見つければいいのか。一度爆散したあと姿を消したならそうそう簡単に見つかるとは思えないが。


(そこはほら、目の前に最高に魔力蓄えた奴がいるじゃん?)


 意志だけで伝わるマキが指した方向にはストラが座っていた。


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