話
「町長さん、いますか?」
コンコンと、ファルネが家をノックして呼びかけるが中から返事はない。
「町長さんは用心深い人ですにゃ、いつも一回くらいのノックじゃ出てこないんですにゃ」
用心深い人というよりかは、用心深くなってしまったと言った感じだろうか。新しい人が町に入っただけで確認しにくるほどの心配性、騎士が町を守っていない現状に何もできない自分のふがいなさに思うところがあるのかもしれない。
「町長さーん、私です、ファルネですー」
何度かファルネが呼び続けると、扉がようやく開いた。
「なんだ、ファルネに……旅の人じゃないか。昨日は町の者を助けてくれたようで感謝する」
町長は俺たちの顔を確認すると頭を下げてきた。
「それに騎士様が今日門の守護をしているのはあなたたちのおかげだとか。重ねて感謝する」
「いえ、あれは降りかかった火の粉を払っただけだからそこまで感謝されるのは」
「エミさんはすごく強かったですにゃ。見事なまでにあの騎士をぼこぼこにしてましたにゃ!」
マキが事実を述べたとしても、どうやら受け入れてもらえないらしいくらいに騎士は嫌われていたようだ。確かにあんな感じでは好かれる要素など皆無だが。
「そうだな何か礼の一つでもしてやれればいいのだが、お茶くらいしかだせんでの」
「それなら、この町が襲われた時の話を聞かせてもらえませんか?」
マキがそういうと、町長は少しためらうような表情を見せたが家に入れてくれた。
客間らしき場所に通され、お茶とお茶菓子を出してもらった。それに手を出す前に町長に話を振る事にする。
「単刀直入に聞きますけど、この町、誰かに狙われていませんか?」
「え?」
ファルネが俺の言葉に反応して顔を見てくるが、村長は神妙な顔をしたまま口を開いた。
「……どういうことだ?」
「予想です。まずドラゴンがいたという話ですがにわかには信じ難かった。こんな風に町を襲った話もないではないですが、かなり稀ですね」
「ふむ……。だがそれだけが根拠はあるまい?」
村長のこの仕草だけで結果はわかっているが、話を聞こう。
「そもそもがおかしかった。ドラゴンが来たのにたった一人しか護衛を出さない。結界修復に時間がかかりすぎている。そして、水の濁り」
水の濁り、という部分で村長はピクリと反応した。
「この町で出された水やお酒は美味しかった。綺麗だったころと何も変わらないくらいに。それだけなら何もおかしくはないですが、水が濁っているのに何故、と思いまして調べてみました」
「調べただと! 原因はなんだ! 戻せるのか!?」
村長がつかみかからんばかりの勢いでマキに詰め寄る。
「原因はわかりました。それに予想通りなら水も元に戻る。上手くいけばですが」
「そうか……そうか……」
町長は椅子に腰かけ安心したように頷いた。この町の事を第一に考えているのだろう。
「ト、トモキさん。本当なんですかその話。というかどうやってわかったんですか? 調査の人たちだってわからなかったのに……」
ファルネが問いかけてくるが他の人からしたら気になるだろう。調査は基本的に魔法使いしかできない。そして俺達は魔法に精通しているようにも見えないし、魔法を使っていない。
マキが魔法を使えるがかなり特殊な例のため、俺が表に出てるときは勇者ですら見破れないほどだった。
「方法については教えられないが、確実に誰かがこの町に流れる水に魔を流し込んでいる。それが誰かっていうのはわからないが、町長は知っているんじゃないですか?」
「……」
この町を調査していて思ったことがあった。
町の水に魔が流れ込んでいるのは確実で、それはドラゴンやゴブリンの仕業ではなかった。誰かが町の中で魔法を使ってそれが影響したというわけでもない。
じゃあ何故水に影響が出ていたのか。
考えられるのは単純に誰かが細工をしていた以外にはない。
そしてこの町に入ってきたら町長は俺たちのように確認していただろう。
つまり町長は少なくともそいつの顔を知っている、というのがマキの結論だった。
「どうなんですか、町長?」
ファルネも気になったのか、町長を見つめていた。
「……そうだな、これも何かの縁、話しましょう」
町長はやはり知っていたようで、ゆっくりと話し始めた。
「ドラゴンに襲撃されたというのは、既に知っているようだな……」
ドラゴンに町が襲撃された時、もうおしまいだと思ったらしい。それほど大きくないドラゴンとはいえ結界の中にいても相当な衝撃だったらしい。
しかしドラゴンは壊しつくす前にどこかに飛び去り、町の人たちは安心した。
「しかしわしはどうしても安心できなかった。一度襲われたのならまた襲われるのではないかと不安で仕方なかった。すぐに帝都に使いをだし救援要請をした。その直後だった、帝都の使いが戻ってくる前に奴が現れたんだ、お前を助けてやると言ってな」
町長は藁にもすがる思いでその怪しい奴の話を聞くことにした。そしてそいつの話によるとドラゴンを寄せ付けない秘策があるとの事だった。
「結果的に確かにドラゴンにはまだ襲われておらん。だがそのかわりに綺麗だった町の水が汚れてしまった……」
町の景観を大事にしていた町長からするとその光景はかなり衝撃的だったようだ。
「汚れると知っていたらこんなことは……」
その人物は町に流れる水脈を使って結界を張り、ドラゴンを寄せ付けない事が出来ると言っていたようだ。
「どうして結界を張るだけで水が汚れるんですか?」
「その怪しい奴は、水の中に特殊なアイテムを使ったと言っていた。たぶんそれのせいだろう。それがどこにあるかはわからないが……」
(マキ、そのアイテムでこんな大規模に水に魔を充満させられるのか?)
「難しいだろうな、というかそんなアイテムあったら欲しいわ」
(確かに……それが手に入ればもう魔が不足するなんてことは起きないだろうしな)
「トモキさん、どうかしました?」
「いや、なんでもない。町長、その人とはもう会えてないんですか?」
「町にたまに来ているらしいが……いつ来るかはわからん、すまんな。そいつは何が目的かもよくわらんが、もしかしてわかるのか?」
町長の話はそれで終わりらしく、かわりにマキに質問をしてきた。
「目的はわからんが、俺が調べたのはその水が何故汚れているのかと、それを戻す方法だ」
目的は人に魔を蓄積させて何かすることだろうが、不安にさせる事はないだろう。




