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騎士

 そのあとも何度か俺のお酒に手を出そうとする妹をなだめながら残りの料理を食べていると、甲冑を着た大男が酒場に入ってきた。


「おーう、今帰ったぞ」


 それだけ言うと空いてるテーブルに勝手に座り、剣の手入れをし始めた。酒場で武器を平気で抜くなんてどういう神経してるんだと思ったが、周りの人たちが緊張してるのがわかる。


「もしかしてあの人が騎士……?」


 ロウシーさんが俺の質問に答える前に、大男が俺の方を見ていた。


「余所者がいるなぁ、この騎士様に挨拶もなしとはどういう事だ」


 お前も余所者だろうがという突っ込みを入れたいが、無駄に挑発する必要もない。自分で騎士様と名乗ったのだからあれがこの町に派遣されてきた騎士なのだろう。


 騎士という割には粗暴な感じで、俺の中のイメージとはだいぶ違う。町長が騎士を見てもあんまり良い印象は受けないと言っていたがなるほどと言った感じだった。


「おう無視か。そういうやつにはしつけってもんが必要だな」


「どうも初めまして、今日この町に来た旅の者です」


「ほうそうかそうか、でももう遅いんだよ」


 男は剣を置いたままこちらに近づいてきて、立ち止まったかと思うといきなり殴ってきた。なすすべもなく吹っ飛び、机の上の料理までが散乱する。


「がははは、思い知ったか若造め。目上の人にはちゃんと挨拶せんとなぁ」


 それで気が済んだのか、机に戻りまた剣の手入れを始めたので聞こえるようにつぶやく。


「騎士なのに村人守れない奴に言われたかないな」


(お、いいねぇ)


「あん?」


 ただ殴られるだけというのも癪なので挑発する。無駄な争いは嫌いだが、やられっぱなしってのも好きじゃない。料理も台無しにされたならなおさらだ。


「あんたがいないから町にきたゴブリンは俺らが退治したんだよ」


 本当は妹だけだがここはいいだろう。


「がはは、ゴブリン倒した程度で粋がってるのか! 騎士様の実力を後でしっかり見せてやるよ。おう酒持ってこい」


「そのゴブリン程度に怖気づいて町にいない騎士様の実力とやらを見せてもらいましょうか」


「てめぇ……今殺す」


 男は剣を手に持ちこちらに近づいてくる。中々様になっているあたり実力もあるのだろうとうかがえる。挑発されて剣を持ち出してくる辺り嫌われているというのもかなり納得だが。


「ど、どうするんですか」


 ファルネとロウシーさんが慌てているが俺も内心かなり慌てている。だって剣持ち出してくるとかそこまで性格悪いとは思わなかった。


「死ね!」


 男から剣が振り下ろされると同時、転がってなんとか避ける。怒っている相手なら攻撃が読みやすくなるが、思ったよりも早い攻撃で本当に冷や汗ものだ。


「避けるな貴様あ!」


 大振りで近くにあった机をたたき切る。八つ当たりってのも相当ひどいな。


「うるさあああい!」


「ああ?」


 叫んだのは妹で、手には俺のお酒を持っている。料理は吹っ飛ばされたのにお酒を持っていたのか。


「私は! ゆっくり! 食事を楽しみたいの!」


 完全に酔っぱらっている。俺が吹っ飛ばされても黙っていたから予想はついていたが、すこしまずいかもしれない。


「おう中々可愛いじゃねぇか、お前今日俺の部屋こいよ。それでそいつの事許してやるよ」


「触るなあ!」


 手を伸ばした男の手を妹は思いっきりはたく。男は面くらった顔していたが直後怒りに顔を歪ませる。


「女の分際でこの俺様に逆らおうってのか、そいつと一緒に殺してやる」


「うるせえええ! 静かにしろって言ってるだろおお!」


 静かにしろとは言ってなかったなうん。


 男は剣を向けて構えるが、妹はふらふらと足元がおぼつかず、完全に酔っ払い状態だった。


「くらえ!」


「ふん」


 振り下ろされた剣を難なく横からはじく。完全に素手の状態で。


「は?」


 態勢を崩された男の顔に剣を殴った勢いのまま回し蹴りを入れる。


「がっ」


 俺たちは当然装備を外していたので油断していたのだろう。それでも人間離れした動きには違いないが。


「妹さんのこと助けなくて大丈夫なんですか」


 ファルネとロウシーさんが俺を助け起こしながら聞いてくる。


「大丈夫です、というか近づくと巻き込まれるのでもう少し離れたほうが良いです」


「でもあんなに酔っぱらって……」


「酔えば酔うほど強くなる拳法がある、っていう話を聞いたことはありませんか?」


「酔えば酔うほど?」


 どこかの国で酔拳と呼ばれる拳法があるらしい、そしてその拳法は強さと引き換えに痛みや感覚が鈍るので使用はあまり好まれていないそうだ。


 要はただの酒の力に溺れてしまって、大事な事を見失う可能性があるから使わないで鍛錬しろって事なんだろう。


「妹は、その酔えば酔うほど強くなるという拳法、酔拳が使えるんですよ。本人には自覚も記憶も残ってませんでしたが」


 正確には使えるんじゃなくて本当にただ酔っぱらっていて近づいたものを吹っ飛ばす獣みたいな状態になっているだけだが。まさに酒に溺れている状態だと言える。


 騎士は攻撃をかわしながら打撃を繰り出す自分よりも小さい女にイライラが募り攻撃がどんどん雑になっていく。それが悪循環になって攻撃を貰い続けていく。


 こうなってしまったら俺でも近づいたら殴られる。今の妹には誰が誰だが判別もつかないだろう。


「もしかして前にもこんなことがあったんですか?」


「ええまぁ少し」


 いつだが父親が飲んでいるお酒に手を出した時は本当に悲惨だった。主に父親が。


「何事だ!」


 マスターも出てくるが、店の惨状と騎士が暴れているのを見ると渋い顔をして俺たちのほうにくる。


「あの女の子強いな」


 正直店の中で暴れているので注意されるかと思ったが、第一声がほめ言葉だった。このマスター達観してるな。


「すいません、店の中で暴れてしまって」


「いやいい、あの騎士は酔うといつも店の物を壊していくんだ。それが少し増えたくらいどうってことない。それに一方的にやられてるあいつを見られるのは気分がいいからな」


 にっと笑うマスターにこっちも思わず笑ってしまう。


「というか落ち着いてるが、大丈夫なのか?」


「そろそろ終わると思いますよ、ほら」


 キィンという高い音がしたかと思うと騎士の持っている剣が半ばから折られていた。素手とはいえ鍛えている拳で何度も殴れば金属も折れる。


 折れた剣に驚いている騎士に容赦なく拳を浴びせていく。酔っているとはいえ、攻撃を捌いていく様はいつもよりもずっとかっこいいと思えた。



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