対話
『魔物を食っただと……? くくく、はっはっは! こいつは傑作だ! 人間が魔物を食う……魔物も人間を食べるからお互いさまというわけかはっはっはっは!』
魔物は突如笑い出し完全に隙だらけになっていたが、俺達も動いたところでどうしようもないので相手の様子を伺うことにした。
魔物に取って、人間に食べられるというのがそんなに面白いのだろうか。人間を食べる魔物は数多くいるが魔物を食べる人間はそんなに少ないのだろうかと思ったが、妹がいなければ口に運ぶなんてこと絶対なかっただろうなと思い直した。
『なるほどなるほど、確かに人間の匂いもするな。魔物を食ったなら魔物の匂いもするだろう』
俺たちのほうをじろじろと吟味するように全身を見てくる。一応危機は去ったように思えるが油断はできない。さっきみたいに急に態度が変わるかもしれないし逃がしてくれるとも限らない。
「そんなに面白いのか?」
『ああそうだ面白い。お前、魔物が何で出来てるか知ってるか?』
たしか魔物は闇の精霊を宿していてそれが強さ、とかどうとか言っていたな。それの事を言っているなら闇の精霊だろう。
『いいや闇の精霊も確かに一部だが実際は違う。人間や動物の魂の記憶だ、人間によく似た形の魔物とかいるだろう?』
骸骨戦士とか鎧だけの魔物もいるにはいる……しかしあいつらが元は人間や動物? じゃあ何か、グロテスクな奴らは一体何なんだ。
『俺たちみたいなグロテスクな奴らは記憶の寄せ集めさ。大量の残りかすが集まって一つになる、だから一つしか魂のない連中よりも強くなるってことさ。姿を変えられたり例外もいるがな』
そういうならそうなのだろう。例外とはたぶん俺を魔界に連れて行こうとしたやつとかその辺だろう、奴は相当強いのに人間みたいな姿をしていた。
『というわけでだ、お前らはその魂の記憶を食った。もともと人間だったかもしれない魔物を、だ。魔物は人間も魔物も食うが、人間も同じもんだと思って笑ったのさ』
クックックとまた笑い出した魔物は心底楽しそうだった。魔物はお腹が空いた時に人間もしくは魔物を食う、人間もお腹が空いたから魔物を食う。姿が人間に近かったら食べる気も失せるが、さっきアンナさんにしたみたいに知らずに出されたら食べてしまうかもしれないな。
魂の記憶だろうと何だろうと、人間の形をしていなければ問題ないんじゃないかと俺は思うがこの魔物はそうじゃないらしい。転生とか信じてるんだろうか。
「俺は人間だったら食わないぞ」
『姿形が、だったらだろ? 肉片になったら人じゃないとかそういう考えか、お前? 魔物よりもモンスターらしいな』
知らなければ食える、そういうもんじゃないのか。いやもう知ってしまったのにこういう事言ってるから笑われてるのか。魔物を食べてから少し倫理観がおかしくなってきている気がする。
「お兄ちゃん、どういう事? 逃げられるの?」
理解が追いついたところで妹がこそこそと割って入ってくる。俺には区別がつかないが、どうやら魔物の言葉で会話していたらしい。人間の言葉と魔物の言葉が同じに聞こえるってのも妙な話だが。
「わからん、わからんが上手くいけば逃げられるかもしれないな」
「できれば私も戦いたくない、さっきのも凄かったしどういう能力持ってるのかもさっぱりわからないし」
できれば、か。頼もしい妹だな。
『そうだな、お前気に入った。お前も人間を食ってみろ、うまいかもしれんぞ。待ってろ』
そうい言うと魔物は椅子の後ろの扉を開き中に入っていった。隠し扉もあるのかこのダンジョンは。
「お兄ちゃん、今のうちに逃げるっていうのは」
「いや、まだアンナさんの姉を見つけられていない。たぶんあの扉の向こうだが……」
おそらくもう、とはアンナさんの前では言えなかった。アンナさんもそう思ったのかずっと黙ったままだった。
少しすると魔物が戻ってきた。
『好きなものを選べ』
「うぅ……」「たすけ、て……」「ころせ……」
生きている人間だった。原型もとどめているし服も着ている。ただ、衰弱ぶりがものすごく、何日もずっと放置されていて体に全く力が無いようだった。
なぜこんな弱らせているのか疑問に思っていると魔物が答えた。
『俺たち魔物が強くなるにはどうするかは知っているか?』
いちいち質問してきてくれる辺りこの魔物の親切具合が半端じゃない。教師か何かに向いていると思うが見た目で子どもは泣き出すだろうな……。
「他の魔物の闇の精霊を取り込むって聞いてる」
『そうだ。そして人間にもそれは少なからず存在する。それを増大させるのが恨みや妬み、負の感情だ。死ぬぎりぎりまで痛めつけて恨んでもらうのさ。そうすると魔物にとっては腹も満たせるし強くなれるしでおいしくなる』
魔物が人間をどうやっていたぶっているのかは知らないが、人間同士でやらせないだけ安心した。人間が人間をいたぶるのはきっと魔物が考えているよりも悲惨で効率的に負の感情を高められるから。
いや、いたぶられてるのは間違いないだろうから安心している場合ではない。ないが、この状態ならマリーさんも生きてはいるに違いない。試してみるか。
「こんなまずそうな物を俺たちに食わせるのか……? さっき闇魔法使いがどうのって聞いたんだがそれじゃないのか?」
『ほう? 俺の食い物を横取りしようってのか? だがだめだな。アレはまだまだおいしくなる、まだ早い』
生きている、生きているのは確認できた。だがこれは倒さないと連れて帰るのは絶望的だと言っていい状況だ。何かできないだろうか。俺は必死になって考えを巡らせていた。




