戦闘
「マリーさんを助けたいならしっかりしろ! 落ち込んでたってどうにもならないだろ!」
「……!」
俺の叱咤でアンナさんはすこし正気を取り戻したようだった。急がなければならない。もしもこいつらのリーダーが俺たちよりも強かったらもうどうしようもない可能性がある。そうしたらアンナさんを引きずってでも逃げるしかない。
「エミ、こいつもやっちまってくれ。生かしておく気になれない」
「はーい」
「お、おい!! 命は助けてくれるって言っただろ!? 話がちがう!」
嘘を言ったつもりもないし助けるなんて言った覚えもない。ここは常識人として本当の事を言っておかないといけない場面だと思う。
「いいや何も違わないな。何せ助けるなんて一言も言っていないし言わなくていいって言ったのに喋りだしたのはあんただろ? 助ける義務も義理もないね」
「悪魔か……ごはっ!?」
聞きたい事も聞いたし悪党を許す度量も俺にはない。改心するとも思えない人間を生かしておこうと思える聖人達を素直にすごいと思えるが見習おうとは思わない。
なんだか不快な話を聞いたせいか思考がどんどん暗くなっている気がする、もとはこんなに人の命を奪うことに抵抗がなかったなんてことはないはずだったんだがどうしたんだろうか。
妹の件については何故こんな殺伐としてて平気なのかは間違いなく師匠のせい。会ったらよくこんな凶悪な人材を発掘しましたねと言っておかねばなるまい。
「トモキさん、急ぎましょう!」
「そうですね、急ぎますか」
妹が処理をしている間に邪魔なものは端に寄せておく。もし何かあってから逃げるとしたら必ずここを通るはずだ。生存率を上げるにはレベルを上げるだけではたりない。逃げ道の確保が優先だ。
撤退するというのは諦めることじゃない、無理な物は無理だから一度体勢を立て直す、生きていればまた次がある、そういうことだ。
ダンジョンの奥へ進んでいくと大きな扉があった。
「これは……ボス部屋?」
「新しいダンジョンだしそんな強くはないと思うけど、さっきの人たちの仲間がこの奥にいるのかな?」
「いやこれは、人工的な扉なんじゃないですか?」
ダンジョンには必ずボスがいる。階層や強さはまちまちだが一定以上奥に行くとボス部屋があってそこに待機していることが多いらしい。
一説によると人間の真似事か、強さを下級の魔物に示しているためとも言われている。そしてダンジョンの中で確実に最強である。
しかし盗賊の話からするとこの奥にはリーダーがいるという事だった。つまりこれはこの部屋が今の盗賊のたまり場となっているんじゃないだろうか。扉もアンナさんが言うように元からあったような感じはなく、人が手を入れたようになっている。
もしこの奥に何十人も盗賊がいた場合、それこそアウトだ。逃げる逃げないの話じゃなく確実に殺される。
「お兄ちゃん、話し声がする」
「なんだって?」
言われたように扉に近づいてみると中から話し声がする。人数からすると話しているのはどうやら二人だけのようだ。扉越しだが壁が薄いのか近づけば声がはっきり聞こえてきた。
『人間にしては中々出際がよかったな。魔物だと町に入れないから不便に思っていたところだ』
『へっへっへ。人間の言葉を喋れるモンスターが話しかけてきた時にはびびりやしたぜ。いきなり町の住人さらって来いだなんて』
『魔法使いの肉はモンスターにしてみれば最高級だからな。闇魔法使いならなおさらだ』
『へへへ、それじゃ報奨金ってやつををいただけやすか? 部下を待たせてるんで』
『そうだな、目的も達したし町にももう用はない。お前も要らないから処分してやろう』
『へ? ぎゃああああああ!!』
叫び声がした直後、部屋のなかは静まり返っていた。人間の言葉を喋れる魔物に盗賊が騙されて殺された、これはもしかしなくてもまずい状況なんじゃないだろうか。
というかボスがダンジョンの外にでるというのもめずらしい話だ。というか出られないと思っていたが不思議でしかたがない。
魔物は頂点に立ちたがる、部下を従え、自分の命令に忠実な組織を作り、人間を倒すために力を注ぐらしい。
魔王が力ある魔物にそういう指示を出して、人間を殺すために強い魔物にそういう権限を与えているんじゃないか、という話が定説である。そしてダンジョンに住み着きレベル上げ目的の勇者たちを倒す、ということなのだろうか。
しかし今はそんな事を考えている場合じゃない。盗賊とはいえリーダー格を一瞬で倒してしまうような魔物相手に俺たちで敵うのだろうか。アンナさんの様子を見るにここは引くわけには行かない所だが、妹も死なせるわけにはいかない。
「トモキさん、私は一人でも行きます」
「アンナさん……」
俺の迷いを見透かされたか、アンナさんは力強く言った。アンナさんの事鼓舞しておいて、自分だけ弱腰だなんて馬鹿な話もあったものだ。妹を見てみるとこっちもいつでもかかってこいよと言わんばかりの戦闘態勢だった。
二人を見ていたらなんだか勇気づけられてしまった。やる前から逃げるなんてのはらしくないな。相手のほうが強いなんてことは常だったしこれからもきっとそうなのだろう。
ならこの魔物だって切り抜けられる、そう信じて進むしかない。
「そうだな、行こう」
俺は扉を押し開いた。




