71話 帰れるなんて……アリですか!?
ウルシーラ王国入口の門をくぐってすぐにある、大きな宿。
国一番高級な宿らしく、師匠に一泊の金額を聞いた時は目玉が飛び出るかと思った。
そんな宿屋に、師匠を連れて私は来ていた。
「……はー、金ってのはあるところにはあるもんだね」
そんなことを呟きながら、部屋の中をまじまじと眺める師匠。
でも確かに凄く豪華……今まで一番見た高そうな部屋って、カルディラ商会の部屋くらいなもので、そこよりも豪華で綺麗。
ここを借りたのはもちろん私や師匠では無く、シルフィさんだ。
師匠の姿を見たシルフィさんは、ソファーから立ち上がって出迎える。その表情はいつもの表情ではなく、商会長としての凛とした顔を見せていた。
「師匠様ですね、お越しいただきありがとうございます」
「よしとくれ、堅っ苦しい。それに私はあんたの師匠じゃないんだけどね」
「……では、店長様と。それはそれとして、まずはこちらをどうぞ」
「これは?」
「ヴィーナがサハギンを討伐した分の報酬です」
テーブルの上に置かれた重そうな布袋の中身を師匠が覗くと、仏頂面をしていた師匠の口がニヤリと上がる。
一体あたりいくらの報酬か聞いてなかったけど、結局私ってどれくらい倒したんだろう……?
っていうか。
「師匠! 私のは無いんですか!?」
「ええい! 剣をやったしいいだろ! 宿泊費だってこっちはもらってないんだよ!」
「そんな薄情な!」
正直に言って、お金が欲しいわけじゃない。けど、だけど頑張った分の還元はしてくれないと次に頑張れないじゃないですか!?
「……で、これだけの為に呼び寄せたわけじゃないんだろう? 大方の想像はつくがね」
「はい、これからが本題ですが……ヴィーナを、カルディラ傭兵団として改めて迎え入れたいと思っているのです」
師匠の横顔はいつもと変わらない。
お金を目にした時の輝きはすっかりと消え失せて、無愛想な目線を惜しげもなく投げかける。
シルフィさんの側にいるみんなは、じっと私のことを見ていた。
逃げ出した私、情けない私をまた迎え入れてくれる。
それはありがたいけど……、私は師匠に恩がある。それが返せるまでは……。
「つきましては、店長様も共に私たちと一緒に来ていただければ、というご提案をさせていただこうかと」
「師匠も……?」
私の呟きにシルフィさんは軽く頷いて、言葉を続ける。
「ヴィーナが剣一本であれだけ戦えることには、正直驚きました。聞けば店長様も元は剣聖、ならヴィーナをこれからも鍛え上げて欲しいのです」
「鍛えて、ね」
その声は溜息混じりの声だった。
師匠とは短いけれど、濃密な時間を過ごしてきた。その声色ですべてを理解してしまう。
「ヴィーナを連れていきたいなら好きにしな。だけど私はこの国を離れるつもりはない」
「……そうです、か。一応……理由をお伺いしても?」
「第一に、私はもう剣を置いた。今回のはバカ弟子の背中を押すための特例さ。
第二に、私には大事な家がある。古ぼけてるし強い風が吹けば飛ぶようなボロ屋だけど、気に入ってる。
第三に、ここが好きなのさ。金が渦巻くこの国がね」
最後が凄く俗っぽい理由だった。なのに最後だけ妙に声に力が入っていたのは嬉しいやら悲しいやら。
「それにあの子なら大丈夫だよ。これからは私の手がなくったって、いずれ剣聖って呼ばれる腕になるよ。いや……もしかしたら剣神って呼ばれるかもね」
「師匠……」
普段はダメだしばっかりなのに……そんな風に考えていてくれていたなんて。
「なら店長様、最後にこれを」
「…………これは?」
先程よりの布袋よりも一回りも二周りも大きく、重そうな音。
「ヴィーナを拾っていただいたお礼です」
「そんな動物みたいな扱いっ!」
間違ってはないけど、言葉にされると私の立場が!
「いらないよ」
「ではあの子を育てていただいたお礼、あの子の背中を押してくれたお礼、何でも構いません」
「…………あんた、今といいさっきといい、金を払えばすべて片がつくと思っていないかい」
「…………」
「私がそんなに金に目がない業突く張りのババアだと思われてるのかね」
「え、違うんですか――いったっ!」
いつの間に木剣を!?
「嬢ちゃん、商会とやらで成功してるからか知らないけどね、よーく聞きな。私とバカ弟子の絆を金で精算するなんてさせやしないよ。絆は金で買えないんだ」
「……はい、肝に銘じます」
「うん……さて、それじゃ私は帰るよ。フェンにもここに来るように伝えておくよ」
「あ、あの……師匠!」
「…………元気でやるんだよ。ヴィーナ」
「は……はいっ! ありがとうございました!」
ドアを閉めて師匠は去って行く。あの師匠がお金をもらわなかったなんて……。
「――ヴィーナちゃんっ!」
「うわあっ!?」
ガバっと飛びついてきたのはリースさん。
倒れそうになったのを踏ん張り、彼女を抱きとめる。
「おかえり……でいいんだよね!? もう何処にも行かない!?」
「……はい…………で、いいんですよねシルフィさん……?」
「締まらないわね……良いに決まってるでしょ、あんたは悪くない。村のみんなが犠牲になったのはもちろん悲しいことだけど、あんたを恨まなくて良いっていうのは……心の底から嬉しく思うわ」
「…………ありがとう、ございます!」
涙が溢れそうになる。
許してくれたこと、勘違いだったこと、暖かく迎え入れてくれること。それ全部が、私の心の中に染み込んでいく――
「ヴィナちゃん! いやーよかった、本当によかったよー!」
「わっ……ライラさん」
「心配したんだよ、本当に」
「……ごめんなさい」
「まー……アタシも逃げ出したクチだからね、人のことはとやかく言えないんだけど!」
「あはは、確かにそうでしたね」
だけど逃げずに立ち向かい、過去のトラウマを払拭した。
そう考えれば、ライラさんは私にとって先輩なのかもしれない。
「じゃーヴィナちゃんも帰ってくることだし、ようやくサボれるのかなー」
……こういうところは相変わらずだけど。
「ヴィーナ」
「ユノさん……」
「次逃げたら、クロスボウで射殺すから」
「シンプルに怖いんですけど!?」
「それくらい、やっちゃダメってこと」
「……はい、わかりました」
最初は目の敵にされていたけれど。
いつの間にか打ち解けて、仲間だって思ってくれるようになっていた。
相変わらず声に抑揚は無いけれど、それすらもユノさんの可愛い部分に見えてくる。
「帰ったら、ヴィーナのコーンスープ飲みたい」
「……わかりました、向こう一ヶ月は食事当番を請け負います!」
「やった」
胸元で小さくガッツポーズをしながら、シルフィさんの陰に隠れる。
「これでまともなご飯が食べれる」
「……今までどうしてたんですか…………いえ、怖いんでやめておきます」
気にはなるけど、聞いたらダメな気がする……!
「やあやあ、随分賑やかだね。何か良いことでもあったのかな?」
「フェンさん!」
「その声色からして、どうやらわだかまりは解けたみたいだね?」
「はい、ありがとうございました!」
「フェン、色々ありがとうね」
「これはこれは……商会長様からの直々の礼とは恐れ多いね」
「まったく、ふざけてばっかりなんだから。エレナも、助けてくれてありがとう」
「いえ、仕事ですから」
……これで、元通りなのかな?
私は、またここに……みんなの輪の中に、入っても……?
「ヴィーナ」
「……シルフィさん?」
シルフィさんが伸ばしてきた手に、そっと手を伸ばす。
グイッと力強く引き寄せられ――シルフィさんの胸の中に収まった。
「――帰りましょうか、カルディラ傭兵団に」
「…………はいっ! ただいまです……!」
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