37話 争奪戦なんてアリですか!?
今日は私が料理当番。食材を切っていると、背中に不安を煽る言葉が投げかけられる。
「なんでも……なんでもか~」
「ライラさん、いつまで言うんですか……怖いんですけど」
泥棒を捕まえるために『なんでも頼める』権利をあげてしまった所為で、日々の私は何を頼まれるのかビクビクしながら過ごしていた。
それを知ってか知らずか、こうやって私の不安を煽るような言い方をしてくるのだけれど。
「だって、これを言えばヴィナちゃん怯えてて可愛んだもん」
「やっぱりわざとですか! もう、やめてくださいよっ!」
「イヤ、これは正当な取引で得た権利だからねー」
うう……なんでもとか言うんじゃなかった……。
「うーん、でもあんまり怖がらせて嫌われちゃ元も子もないし……よし、決めた!」
「ちょっと待ったー!」
バァン、とドアが勢いよく開かれる。乱暴にドアを開けた主はシルフィさんだった。
開いた際の手をそのまま突き出し、厳しい視線でライラさんを見る。
「聞いたわよライラ、ヴィーナに『なんでも頼める』権利を手に入れたんだって?」
「え、うん」
「それあたしに譲りなさい」
「なんでですか!」
決めた、と言っていたのに、新しい介入でうやむやに。
早くライラさんの望みを叶えて終わりにしたかったのに……!
「ヤダ」
「お願い、お金なら幾らでも出すわ」
「そこまでしますか!?」
なんでそんなに必死なの……。
そしてその必死さが伝わったのか、ライラさんは。
「はあ……しょうがないなあ」
「じゃあ……っ!」
パッと花が咲いたように笑顔になる。
でも次にライラさんが言った言葉で正反対に曇ってしまう。
「絶対ヤダ」
「なんでよ!!」
「そりゃあれよ、ヴィナちゃんのお願いはお金に替えられない価値があるからね」
「そうですか?」
「くぅ……っ、一理ある……!」
「そうですか!?」
私にはわからない……。無茶なお願いじゃなければそんな権利が無くても聞くつもりなのに。
だって、仲間なんだし。だけど今この二人にそれを言っても耳に届かない気がする。
「じゃあわたしに頂戴」
「ユノちゃんまで。やーよー」
「ユノさんまで!?」
「持ってたら面白そうだし」
そんなライラさんと似たような理由なんて!
私の軽はずみな一言が、こんなことになるなんて誰が予想できただろ。少なくとも言った張本人は出来ていない。
「お願い」
「お願い」
「二人に言い寄られるのはちょっと分が悪いかも……だから、逃げる!!」
二人の脇を抜けてライラさんは走り去る。普段ダルそうにしてるのに、何処にあんな元気が!
「捕まえたらくれるってこと? いいよ、受けて立つ」
「えっ、違っ、そういうわけじゃ、ちょっと待って……きゃーっ!!」
「いいわユノ! 捕まえておきなさい!!」
「ちょっと三人とも、もうすぐご飯なんです…………けど……いなくなったし」
シーンとなったリビング。
フェンさんは鉱石の買い出しに出てていないし、エレナさんはついて行ってるし……。
後はリースさんだけ……。
「あれ……リースさんは行かないんですか?」
リビングにはあと一人だけいた。
一連の騒ぎにはまったく興味ないのか、らんらんとした瞳でご飯を待ち望んでいるリースさん。
「え? うん、だってご飯!」
「あはは、はい。すぐに用意しますね」
この騒動の間にも調理は進めてあるし、後は炒めるだけなんだけど……どうしようかな、まとめてやっちゃってもいいのかな。
「それにヴィーナちゃんへのお願いって言っても、無茶な内容じゃなければ聞いてくれると思うし!」
「そう……そうなんですよ、あのときはついぽろっと言っちゃったっていうか……そんな権利なんて本当はいらないんです」
「えへへ、だよね。そうだ、リースも手伝うよ!」
脳裏によぎったのは、数々の裏目に出る行動。最近は少し減ったとはいえ、ドジっ子はまだまだ健在。
どんな惨事になるか想像もつかない……。
「いえ、大丈夫ですよ。後は……」
「ううん、手伝う! リースはスープ入れるね!」
私の制止の声は届かず、リースさんは大きな鍋からスープを注ぐ。
鍋が倒れる? 注いだ食器を落とす? お玉が暴れ竜のようになる?
「…………よし、出来たっ!」
「……え、嘘……本当に?」
だけど私の目に映ったのは、私の分とリースさんの分。二人分のスープを注ぎ終わったリースさんの姿だった。
運ぶときも危なげなく運んでいき、テーブルに並べられる。
まさか……ドジっ子が、治った!?
「リースさん、すごい! 偉いです!」
「えっへへ、でもねー。リースは別に凄くないし、偉くもないんだよ?」
「え……でも、出来てますし……」
「こういうのは、みんな出来ることだもん。リースはいらない子だから、みんな出来ることでも出来ないんだよー。だから出来たところでそれは、当たり前なんだー」
「そんな……」
私から見れば見当違いな自虐だ。
出来なかったことが出来るようになったら褒めるべきだし、それは成長した何よりの証なのに。
謙遜とかそういうレベルじゃない。笑顔で言ったその言葉は紛れもなく本心。
誰にも褒められなかったリースさんは、自分をとことん下に見ているみたいだ。
「いただきます!」
私の分とリースさんの分だけお皿に乗せて、テーブルについた。
残りの分は……帰ってきたら自分たちでやってもらおう。
「もぐもぐもぐ……うん、美味しい! ヴィーナちゃんのご飯はどれも美味しいね!」
「良かったです。最初はあんまり自信無かったんですけど」
料理するのも初めてだったし。これまでレシピ本片手に頑張ってきた甲斐もあるというものだ。
それに最近は料理するのも少し楽しく思えるようになってきた。
「リースもね、お料理上手くなりたいんだけど、どうしても失敗しちゃうんだー」
「今後、私が使ってるレシピ本貸しましょうか? それとも一緒に作ってみます?」
「一緒に作る! 一緒に作りたい!」
「あは、じゃあ今度一緒にやりましょう」
「うん、約束!」
こんな明るくて優しい子が、いらない子なはずがない。
あ、そういえば……リースさんはどうしてここの傭兵団に来たんだろう?
今は誰もいないし、聞くにはいいタイミング、かも?
「リースさん、あの――」
「あーもう! 全然追いつけないじゃない!」
突然騒がしくなった。声の主はシルフィさん……だったんだけど、他にもライラさんもユノさんも帰ってきてた。
「まさかわたしが追いつけないなんて……」
「だってアタシ元鉱夫だよ? 体力には自信があるの。それに今日はいっぱい寝たからね」
「そういう問題じゃないと思う。フィジカルお化け」
「失礼ねー。ヴィナちゃんご飯ちょーだい」
ご飯できたときにいなかったのに!
今日は自分でやってもらうって決めたんだ。だから……。
「キッチンになりますから、自分で――」
「ヴィーナお願い」
「お腹、減った……」
ライラさんに続くようにシルフィさんとユノさんからも催促された。
…………ああもうっ!
「わかりました、わかりましたよ……」
「ありがとー、やーさしー」
「まったくもう……っ」
口の中のものを飲み込んでから、キッチンへと向かって温め直す。
まだあんまり時間は経ってないから、温めるのにそんなに時間はいらないと思う。
………………。
…………あれ? 何聞こうと思ってたんだっけ?




