十九、景天の王家来訪
景天は王家の屋敷の広さに驚いていた。
(俺はこんな屋敷に住んでいる令嬢に手を出そうとしていたのか。あの時、母さんが部屋に来なかったら、俺は玲莉の親に殺されていたな。思いとどまってよかった)
景天は玲莉と自分との身分の差を改めて思い知らされていた。
「お久しぶりです。景天さん。といってもあの時からそんなに日にちは経っていませんが」
客間に通された景天は笑顔の玲莉に出迎えられた。
「そうだな。そのはずなのに、俺は長らく玲莉に会えていなかったような気分だ」
玲莉は母の思敏を紹介した。
「娘を助けてくださりありがとうございました。玲莉の母の周思敏と申します」
思敏は表情こそ穏やかだったが、景天を見て動揺していた。
(やはり、若㬢の子だわ。目鼻立ちがそっくりだわ)
景天は思敏に自己紹介をした。景天は思敏の表情から自分を知っているのではないかと感じ取っていた。
三人は椅子に座り、春静が茶を出し、部屋から出ていくと景天はここに来た経緯を話しはじめた。
「玲莉がどこかの令嬢だとは思っていたが、まさかこの国の丞相の娘だったとは。実は玲莉の後を追っていたのだが、途中で見失って。手がかりは王玲莉という名前とどこかの令嬢であるということだけだった。道端の人に聞きながら、ここまでたどり着いたのだ。ということは許嫁と言っていた翔宇?だったか。皇子なのか?」
思敏は許嫁?と玲莉にどういうことなのか説明しなさいと言わんばかりの顔をしていた。
玲莉は軽くため息をつきながら、本当のことを話した。
「景天さん。翔宇・・・翔宇殿下は私の許嫁ではありません。あれは翔宇殿下がその場でついた嘘です。翔宇殿下は楚の皇太子です。私の許嫁は他にいます」
「楚の皇太子?隣国のか?なぜ、魏にいるのだ?」
「話せば長くなります」
景天は劉翔宇について知りたかったようなので、玲莉は劉翔宇が魏にいる理由は自分であることについて説明した。
「なるほど。翔宇殿下の気持ちは俺にもわかる気がする」
玲莉がどういう意味ですかと尋ねたが、景天は急に顔を赤きしながら、気にするなと玲莉から目を逸らした。
景天は玲莉を追ってきた理由について話しはじめた。
「玲莉に会いたくて来たのもそうなんだが、本当は翔宇殿下に会うためにここに来たのだ。玲莉の家を訪ねれば、翔宇殿下に会えると思ったのだ」
「なぜ、翔宇殿下に?」
「おそらく、翔宇殿下は私について何か知っているはずだ」
玲莉も劉翔宇が景天の家を訪れた時、様子がおかしかったことに気づいていた。
「景天さん、あの時は否定していましたけど、ご両親について知りたかったのですね」
玲莉は景天をからかうように笑っていた。
景天はうるさいと言いながらも、小声でそうだと言っていた。
二人が話している中、思敏は目を伏せて、一点を見つめたまま、思いつめた様子だった。
景天はその様子に気づいて、思敏に声をかけた。
「おばさ・・・王夫人。もしかして・・・俺の事何か知っていますか?」
思敏は景天の顔を見ながら、何言おうとしているのか口だけが微かに動いていた。
「母上、何かご存じなのですか?何か知っているのなら景天さんに教えてあげてください」
玲莉は心配そうな顔で思敏を見ていた。
しばらく三人の間に沈黙が続いていた。
思敏はやっと重い口を開いた。
「景天、玲莉、これから話すことは決して口外してはいけないわよ。玲莉、父上にも兄上、姉上たちにも言ってはなりませんよ。特に景天、あなたはあなたが生きていることが知られると殺されるかもしれないわ」
景天と玲莉は今から思敏が打ち明ける話が生死にかかわる話であることを理解した。
「わかりました。肝に命じます」
思敏は景天の母、若㬢に出会った頃の話を懐かしむように語りはじめた。




