二十、若㬢の唯一の友
周思敏が王浩と婚姻した頃、楚と魏ではそれぞれの公主を互いの国に嫁がせることにより停戦と友好の証とした。
魏では当時まだ皇子だった李叡の従妹李明珠が楚へ、楚では公主劉若㬢が互いの国へ嫁ぐこととなった。
劉若㬢は当時の将軍孟子謙に嫁いだ。
政略結婚ではあったが、孟子謙は劉若㬢を大切にし、夫婦関係は良好だった。
思敏と若㬢が初めて会ったのは、皇帝が主催した宴の場だった。二人は年が近かったこともあり、意気投合し、皆が楚の者として、若㬢に冷たい視線を送る中、思敏だけは友として若㬢に接していた。
男どもは近づくことはしなかったが、若㬢の凛とした美しさに目を奪われていた。
ある日の亥の刻、王家も皆寝静まっている頃、一人の女性が王家の門を激しく叩いていた。
その女性は泣き崩れながら、思敏の名前を繰り返し呼んでいた。
思敏も外の騒がしい音に気づき、何事かと思い、戸をそっと開けてみた。すると、門の方から一人の門番の男が走ってこちらに向かってきているのが見えた。
「奥様、劉若㬢という方が奥様にお会いしたいと申しております」
「若㬢?」
(こんな時間に来るなんて、何かあったのかしら?)
思敏は門番と共に急いで門へ走っていった。
門の前では綺麗な顔の面影がないほど涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
思敏はどうしたの?と声をかけながら、若㬢を思敏の部屋に連れて行った。
思敏は部屋に着くと若㬢を寝台に座らせ、背中をさすりながら、温かい茶を渡し、ゆっくりと飲ませた。
しばらくすると落ち着いたのか、呼吸もゆっくりになり、ぐちゃぐちゃになっていた顔も元に戻りつつあった。
若㬢は思敏の手を握りながら、孟家に起きた残酷な出来事を話しはじめた。
将軍孟子謙は魏の南の国境付近で曽が攻めてきているという情報が入り、南に駐在している軍部を助けるため、その日の夜に南へ出発した。
若㬢は不安だったが、孟子謙が家を空けることが多かったため、その日の夜もいつも通りに見送り、床に就いていた。
若㬢は熟睡しており、不審者が孟家に忍び込み、護衛の者たちを殺していることにすら、全く気付かなかった。
若㬢はいきなり口を押さえられ、
「静かにしろ!」
と言われ、口を布で塞がれた。
(この声・・・どこかで聞いたことがある声だ)
若㬢は身包みをはがされていった。急な出来事で若㬢は自分の身の何が起きているのか理解できなかった。
(ごめんなさい・・・子謙・・・ごめんなさい・・・)
若㬢は抵抗できないまま心の中で孟子謙に謝ることしかできなかった。
男は事が済み油断したのか、一瞬の隙をつかれ、若㬢に蹴り飛ばされた。
若㬢は衣を整えつつ、孟子謙から教えてもらった隠し通路をつかい、思敏のところまで逃げてきた。
逃げながら孟家の庭を見ると、暗くてよく見えないながらも、護衛たちが息絶えている姿が目に飛び込んでいた。若㬢は涙を堪え、必死に逃げた。
若㬢が頼れる人は思敏以外誰もいなかった。
やっとのことで王家の前にたどり着き、涙を流しながら、必死に戸を叩いた。
「男はどんな人かわかる?」
思敏は若㬢の背中をさすりながら、思い出したくもないだろうとは思いながらも、若㬢を傷つけた者を特定するために、優しい声で問いかけていた。
「わからない。若い男で・・・でも、声は聞いたことがあるの・・・思い出したわ。思敏と初めて会ったあの宴の時に会ったはずだわ・・・顔までは思い出せないわ・・・」
(あの時参加した者は皇子たちや高官の息子たち、軍部の者もいたわ。数が多すぎてわからないわね・・・)
思敏は従者に孟家が襲撃されたことを王浩に伝えるように命じた。
「若㬢、孟将軍が戻るまでここにいていいからね」
若㬢は声にならない言葉を発しながら、お礼を述べていた。
その頃、南の国境近くについた孟子謙は愕然としていた。
「どういうことだ?」
孟子謙が見たものは、何の変哲もない、普通に日常生活を送っている民の姿だった。
南に駐在している軍部へ馬で駆けていった。
そこにはいつも通り訓練している軍部の者たちの姿があった。
「孟将軍!?どうしたのですか?」
(・・・まさか!)
孟子謙は血相を変えて、若㬢が待つ自分の家へ引き返していった。




