二、玲莉誘拐事件
玲莉は寝台に大の字になっていた。
「春静、暇すぎる」
屋敷の外に一歩も出ることができず、退屈すぎて、皇子たちが訪れていたほうがまだ楽しかったと思うほどだった。
携帯電話もパソコンもゲームもない時代で慣れるまでは大変だったが、玲莉も現代機器のない時代にようやく慣れてきていた。しかし、エアコンも扇風機もない時代の夏はなかなか厳しかった。
(この時代の人はすごいよ。氷があるだけで全然違う。でもたしか庶民からすると氷は高価すぎて買えなかったはず。高貴な身分でよかった。王玲莉、ありがとう)
「玲莉お嬢様、ゆっくりできるのも今日までですよ。明日からまた殿下たちのお嬢様争奪戦がはじまりますよ」
(何でこんなことになってしまったのだろう。さっきの感謝は訂正。王玲莉、恨むよ)
玲莉はふと皇子たちがこの三日間何をしていたのか気になったので、春静に尋ねてみた。
春静が言うには、特にお互いに干渉せず、自由に過ごしていたらしい。
建明は玲莉に接触できないのならと後宮へ戻り、李義は部屋から出る様子もなく、何をしているかわからなかった。しかし、従者の白庭が頻繁に出入りしていた。
劉翔宇は剣の稽古をしていたり、書物を読み漁っている様子だった。
(もしかして私だけダラダラ過ごしてたの?これはまずい。聖女の力のコントロールの訓練でもやるか)
玲莉は春静を連れて部屋を出て行った。
(集中・・・集中・・・)
玲莉が目を閉じ、心の奥底に意識を集中すると、体に不思議な感覚を感じた。
(これが聖女の力ね)
春静は玲莉から放たれている淡く綺麗な光を見て、心が癒されていた。
玲莉が目を開けると、淡い光に包まれていた。
(私のこの力は何のためにあるのだろう。この力で私は何ができるのだろう)
玲莉がため息をつくと、玲莉を包んでいた光はゆっくりと消えていった。
「お嬢様、前髪が・・・」
玲莉が左手で自分の前髪を目の前に垂らすと、視界には白髪が見えていた。
「えっ?春静、もしかして私白髪になったの?」
「いえ、前髪の一部だけです」
(もしかして力が増すごとに白髪になるとか?十五にして白髪か・・・しかも、左側の前髪だけ)
玲莉は少し落ち込んでいたが、お洒落だと思って気にしないようにした。
今日のところはここで終わりにしようと思い、春静とともに部屋へ戻ろうとしている時だった。
横を見ると隣にいるはずの春静の姿がなかった。
玲莉が後ろを振り返ると、口を手で塞がれ、涙目で何かを訴えている春静の姿があった。
「王玲莉、この侍女を殺されたくなかったら、大人しく、俺たちについてこい」
周りにいた男は三人だけだったが、女一人でどうこうできるような相手ではなかった。
春静は必死に首を横に振り、行かないでと言っているようだったが、玲莉は春静を見て微笑んだ。
「わかりました。あなたたちの言う通りにします。ただし、春静を放してください。そうしないならば、大声で叫んで、部屋にいる殿下たちに来てもらいますよ」
男たちは玲莉の主張を受け入れ、玲莉が馬車に乗ったら、春静を解放することにした。
玲莉は春静に向かって、
「春静、私は大丈夫だから」
といって満面の笑みを作った。
春静は大粒の涙を流しながら、首を横に振り続けた。
男たちは玲莉を連れ、裏手の門へ向かった。
春静は口の中に布を押し込まれたうえに布で口を塞がれ、手足を縛られて、その場に放置された。
(早く殿下たちに知らせないと)
春静は自由に手足を動かせない中、顔に擦り傷を作りながら、虫のように這っていた。
(これはお嬢様の・・・)
玲莉も春静と同じように口を塞がれ、手足を縛られていた。
(この人たちの目的は何?誰の差し金なの?口が塞がれていなければ、父上からもらった笛を吹けたのに。あれ、笛がなくってる)
玲莉は不安になりながらも、殿下たちが助けに来てくれることを祈っていた。




