第11話「恋は惹かれること、愛は確かめること」
とある大きな公園の、老人ばかりが目立つような場所。その整った大きな石階段のところに飯塚郎二というパーカーを着込んだ中肉中背の男がいた。
黒い短髪の男である飯塚は老成したような風格があるが、年齢は二十半ばといったところである。そんな雰囲気を出すのは長く所属していた自衛隊を一ヶ月前に除隊し、これからの人生に明るいものがないからであろう。
『やりすぎだ飯塚!』
『しかし実践だともっと――』
『本物の切れ味を考えろ! 殺しは訓練じゃないッ!!』
彼は最近になって自分が物事に集中しやすい性格だということに気づいた。そして格闘術やナイフ術には天性の才があると評されたこともあり、やりすぎて熱中するあまり訓練相手に大怪我をさせることもあった。それには上司にたびたび注意されていた。その他の能力については並みかそれ以下だ。特に指揮官能力に関してはよろしくないという結果しか出ていない。
しかしそれでも飯塚は自衛隊員としてしっかりとした人生を歩んできたつもりであった。下っ端の隊員としてやれるだけやる。そうして年齢による除隊後はその過程で取れた資格で食っていくという、自衛隊員としては珍しくない人生を送れるだろうと思っていた。
『――以上をもって、飯塚一等兵を懲戒処分とする』
『そんな! 俺はやってない!』
『女性隊員の風呂場で見張り役をしたのは認めただろうが……』
『あれは友達に頼まれたからだ! 騙されたんだ!』
『バカはこれだから話にな――』
『ふざけんな! ぶち殺してやる!』
『うがぁ!?』
比較的仲の良かった同僚のやらかしか、もしくは別の誰かに同僚ごと嵌められたのかはわからない。しかし飯塚は問題行為に加担してしまった。その際に揉め、反論の際にカッとなって上司を失神までさせたことが除隊の理由になってしまった。
結果、今の飯塚はちょっと格闘技やナイフ術に優れるだけの、何の資格も持たない一般人というわけである。
「……雨が強くなってきたな」
飯塚は首に巻いているタオルを頭に巻きつけ頭部の傘代わりとし、公園の整った大きな石階段から急いで降りていく。そしてそのまま商店街のほうへと出て行った。
商店街はいわゆるオタク街のような街並みだ。マンガ喫茶や書店、ゲーム機やゲームソフト、パソコン、プラモデルなどを扱う量販店が並んでいる。
飯塚はそれらにあまり興味がない(ゲームはたまにするがアニメなどを積極的に視るタイプではない)が、雨宿りと気分転換を兼ねて適当な大きな店に足を運ぶことにした。
そう思って入ったところ、等身大ほどの大きな看板に巫女服のようなものを着た桃色髪のキャラクターが目に付く。そこにはモニターも設置されており映像が流れている。映像の内容は、社守さくらによるお店の広告動画や、生配信の見どころを切り抜いた動画であった。
「ブ、Vチューバー? 生放送の映像? ……時代はすげーな。人が喋ってるのに反応してキャラクターが動くのか……」
関心してると近くに絵描きコーナー用のノート、何かしらの宣伝の冊子やプリントが数多く並んでいるテーブルがあった。そこにはフルライブに所属するVチューバーの紹介や、それぞれのオススメ配信を閲覧できるURLなどが記載されている。
たまにはこういうのもいい。飯塚はスマホで冊子のコードを読み取り、近くのベンチに座ってフルライバーの動画を少し見てみることにした。
閲覧するVチューバーは看板で目立つ、社守さくらである。
『こんさくー! 社守さくらです! 今日も負けずにみんなを応援する恋愛神社のスーパー巫女だよー! よろしくねぇ!』
『ああ! さくらのファイアソードォォオおおおお!? ヤバイヤバイヤバイ!? 回収地点が遠すぎるし敵がめんどいやつが多かったねぇ!? 嫌だぁあああ! 全ロス2回目は嫌だぁぁああああああ!?』
『おお♪ 愛しの愛しのファイアソードぉ♪ おまえはどうして灰になるぅ♪ さくらの思いを詰めた赤い鉱石どんぶらこっこ♪ 鉄鉱石もホイホイホラホラ♪ 諦めぬぅ♪ 諦めぬぅ♪ ファイアソードよ永遠にぃ♪ かのドラゴンを倒すまでぇ~♪』
『“アイスソードのほうがよくない?”――ふん、お利口な言葉は嫌いだよ。情熱と不滅の炎のほうがかっこいいの。かっこよさは大きな物事を為すために大切なんですっ……でもたしかにアイスソードは伝説の武器っぽさがあるよね。ハ……失礼、禿頭の屈強な男性が使うととっても映える武器っぽいよね』
などという、装備やアイテムを作ったり拾ったりしてラスボスを倒しに行くアクションゲームの実況動画を視聴した。それをきっかけに、飯塚郎二は社守さくらというVチューバーに夢中になっていった。
彼女に惹かれた理由はいくつかある。配信がワクワクする内容が多いこと、気軽に楽しそうに視聴できること、なにより社守さくらの驚くほどの豊富な語彙から生まれる冗談に笑ってしまうことなどだ。細かく説明することは難しい。
いや、はっきりと魅了されたのはおそらくゲーム後に設けられた雑談時間の時だ。
『人生って七転八起というのをしみじみ感じるんだ。何かをやってると必ず問題が起きて転んじゃうものなんだよねぇ。
でも必ず起き上がれるの、不思議なことに。
自分だけで起き上がれる場合もあるし、誰かが起こしてくれる場合もある。でもどっちにしろ起き上がれるものだと思うんだぁ。
だからみんなも失敗したら起き上がれると思って、そこで止まらないようにしたらいいと思うよ。あ! でもねぇ、無理だけはダメだよ? さくらはアールちゃんのおかげでセーフだったとけどね。
だから転んだらゆっくり休んで、ちゃんと次に行けるようになってから起き上がろう。それを繰り返せばいつの間にか成功してるよ。社守さくらが保証します』
おそらくこの言葉を聞いたあたりだろう。
飯塚郎二は初恋に似た胸の高鳴りを感じていた。
その日から、飯塚は自粛していた課金を彼女にするようになっていった。
■ ■
「ありがとうございましたー」
夜の街、タクシーから出て来た人物は橋渡凛(V:魔女屋オルエン)だ。彼女はそのまま歩道を歩いて待ち合わせ店へ歩いていく。
今日の彼女の格好は、武術家のため靴こそ自衛がしやすいいつものだが、服はちょっと見栄えを優先させたものにしている。特に下は愛用するワイドパンツではなくロングスカートを着用していることがその証拠だ。とは言っても、ゆったりとしたロングスカートなので蹴りや走ったりしても支障はないものを選んでいる。
しばらく歩いていたところで目印であるビルに到着する。そこの地下へ続く大理石っぽいおしゃれな階段を見つけて彼女は降りた。その先には大きなバーが店を構えており、中へ入店する。そして中を見渡し、店の奥へと向かった。
その先には隅っこのテーブル席で雪藤美子(V:社守さくら)がソワソワとした状態で待っていた。凛が来たことに気づき、彼女の顔を見てびっくりしている。緊張しているのだろう。それを見て凛もいささか緊張してしまった。
「早かったんだね、待たせたかな?」
「だ、大丈夫……っ」
「ハッハッハ。久々に時間が取れたからさ、なんか私も緊張するなあ」
凛が笑いながら彼女と対面するように席へ着く。そのまま無言でいると、店員が訪れて注文を訪ねて来た。凛はスプリット(度数九十六度のウォッカ)をベースにしたウォッカ・マティーニを予定通りに頼む。そこで美子が息を呑んで言う。
「わ、私も同じのをお願いしますっ」
「え、ええ……?」
美子の覚悟を決めた顔に凛は困惑している
「今日は、私もケツバットしてもらわないといけない……っ」
「あ、ああ……の、残してもいいからね? 余ったら私が飲めばいいし」
「わ、私は今日、なにも言う資格がないってことです……か?」
「いやいや、アルコール度数がヤバいから心配してるだけだよ。他意はないからさ、信じてくれよ」
凛が朗らかに笑って言うが。美子は不安そうだ。
「美子。今日はさ、ちょっと大切な話をしようと思うんだ」
「う、うん。か、覚悟はしてるから……っ」
「忙しくて予想以上に全然会えなくて、イライラしたり不満を感じていたのは確かななんだが……不思議なことにちゃんと顔を見ると穏やかになるな。きみはどう?」
「ガチガチの緊張なのでなーんも共感できないですぅ、ごめんなさい」
「ハッハッハッハ!」
凛が大声で笑ってしまうが、咳払いをしてすぐに抑え込む。落ち着いた雰囲気の店なので自然と静寂に会話をしたくなるのだ。なお、美子のほうは緊張のあまり顔もカチカチで、まだその雰囲気を味わえていない。
そうして二つのマティーニが届き、それぞれの前に置かれる。サービスとしておつまみ用のナッツが盛り付けられた小皿と、チェイサー(口直し用の水)も置かれていった。
「じゃあ改めまして、ライブお疲れ様。乾杯」
「か、乾杯っ」
凛は迷うことなくクイっとマティーニを全て呷った。喉に強烈なアルコールを感じる。これがクロルの言ったケツバットである。そのアルコールをしっかり感じた後に、ドライ・ベルモットの甘い風味が広がって独特の心地よさが舌の上で広がった。
そうしてしっかりと気付けを行なって、凛はちらっと横目で見る。想像通り美子が険しい顔で百面相をしており、凛は思わず笑いそうになった。美子は口に含んだほんの少しのカクテルをなんとか飲みこむと、いそいそとチェイサーの水を喉に流し込む。
「プヘェ~……あんのアルコールソムリエめ、凛ちゃんになんつーもんを勧めてんだっ」
「いやいや、クロルは悪くないからな? 私が強い酒を好むからそれに合わせた酒をオススメしてくれただけさ、ハッハッハ。ところでそれ、飲めそうかい?」
「あー……その……」
「じゃあ私におくれ。捨てるのはもったいない」
言って、凛はナッツとマティーニを味わっていく。二杯目のマティーニはゆっくりと味わうように少しずつだ。それをかっこいいと美子は見惚れてから、意を決して話を切り出すことにした。
その前にまず、場所を対面した状態から凛の隣へと場所を移した。
「凛ちゃん、愚かな私はもう素直にお願いするしかありません……聞いてくれますか?」
「ああ、いいとも? それで?」
「……お願いだから美子を捨てないでぇぇええええっ!!」
美子がプライドを捨てて抱き付いた。凛は予想外の行動に驚き固まったが、ふと冷静になって彼女の頭をよしよしと撫でつつ、彼女を落ち着かせようとする。
しかし美子の謝罪というか懇願は止まらない。
「もっとマメに連絡するし、デートの時間も作るし、夜のほうも頑張るからお願いだから捨てないでぇえええ!」
「お、おうおう?」
「三ヶ月も放置したのはポン、ただのポンコツのせいなんですぅ……っ。けっして、けっして浮気なんかしていませんっ。ルーちゃんとは遊んでました、よく考えたら仕事でのお泊りもしていました、でもホントにただのお友達の付き合いなんですぅうううう!
凛ちゃんに甘えていたんですぅうううううう!」
美子は必死で別れたくないという思いをシンプルにぶつけていた。それしかできなかった。というのも3ヶ月も恋人らしいことをできなかった原因は全て雪藤美子にあるからである。
何かにつけ予定が合わないとか疲れているとかを口にしたせいで、凛がそれに気を遣って美子の言うことを優先してくれたのだ。
そんなあまりに必死な懇願に、凛の心には怒りや呆れというものが一切なくなっていた。代わりにあるのは笑いというか愛しさという感情である。彼女が物事に集中しやすい性質なのはよく知っているので、彼女らしいなと感じ入っていた。
でもせっかくなので少しからかってみよう。
「そうかそうか。じゃあ私もクロルと二人でお泊りでもしてみるか? そうだな、お酒を飲んで配信をして、それから一緒のベッドに寝るとよく眠れるかもしれないあ?」
「ひょっ!?」
「実はお泊りオフコラボを何度も誘われててな。まああちらも他意はないが、意識してないところで誘惑を放ってしまうことがあるだろうから、私も手を出すかもしれないなあ……きみのおかげで女の誘い方や抱き方というのはわかってるつもりだし」
「や、や、いや!」
「でもきみはルーちゃんと寝たわけだ……」
「あああああ!? 違うんですぅううう! 仕事で泊まるしかなくなっただけなんで一緒に寝たりしてません違うんですぅう!?」
机にグタリと倒れ込んでしまう美子。言葉の棘に耐えられなかったらしい。凛はそれを見て浮気女が浮気を否定しているように見えてしまった。彼女は顔だけ笑わせて、大声が出そうになることには必死に耐えた。
「ごめんごめん、からかうのは終わりにするよ」
「……からかう?」
「きみは私みたいな生粋のレズじゃない。だから一般的な感覚でルカと接しているのはよくわかっているつもりだし、いい友人関係だとは思ってるんだ。ただこう、私のワガママな欲望がな? もしかしたら二人は……と思うわけだ」
「うえ~……違うんだよ~」
「リスナーにも思う人がいるから、単にそういう雰囲気があるってことさ。仲がいいのはいいことなんだよ? 言っておくが、私に気を遣って距離を置く必要はないぞ?」
美子がバッと起き上がる。すると彼女は凛が飲んでいたはずのマティーニを奪い取り、残っているお酒を勢いよく飲んでふう~っと息を吐いた。その表情は一言で言うなら、穴があったら入りたい、と言いたげな表情である。
凛は嬉しそうにしつつジェスチャーで『まだ飲む?』という確認をしてみた。美子も飲むと返事をされたので店員を呼ぶ。すぐに訪れた店員に追加の酒を頼んでから、凛から会話を再開する。
ちなみにこのジェスチャーのやり取りは事務所でもたまにやっていたりする。秘密の関係にしている以上会話を避けているが、意思疎通はしたい時もあるからだ。
「恋愛って難しいな。まあ、私が恋愛ヘタレだからそう思うだけなのかもしれんが」
「…………」
「相手の気持ちを尊重する、と言っておいてその実、私はただ自分を、きみを信用していないだけのひどい女じゃないかとも思うわけだ」
「いや、それはないよ、凛ちゃん」
美子は自虐的な凛の言葉にはすぐに否定した。その反応の速さに驚く凛。
「いつも言ってるかもしれないけど、凛ちゃんはもう少し自分の優しさと頭の良さを自覚したほうがいいと思うよ?」
「……だからきみを甘やかしすぎて他の女とイチャイチャさせやすくするって?」
「ぐぅうううう……っ!?」
「ハッハッハ、ごめんごめん。またからかっちゃった」
「魔女に弄ばれすぎて逆に気持ちよくなりすぎちまうかもしんねぇ……っ」
「それはドMすぎるだろ」
「フッ、エロゲーならNTRやBSSがいける女を舐めてもらっては困るということですよ」
「堂々と言うんじゃないよ、この変態さんめ」
二人が笑っているところに店員が訪れて酒を置いていく。
酒は二人ともジン・トニックだ。
「あのさ、美子」
「な~に?」
「私達の関係をな、もっとはっきりさせよう」
「……わ、私は別れないからねっ」
「ああいや、そういうつもりはないからさ。その……ああいうふうに誤魔化すのはもうやめようと思うんだ」
「ああいうこと?」
「その……セ、セフレと言って関係性を誤魔化そうとすることさ」
すぐに理解ができずに呆然としてしまうが、理解すると美子は満面の笑みを浮かべた。その純粋な眼差しに凛は余計に恥ずかしくなって、少し目を逸らす。
「そうですかぁ。ようやくですかぁ……いやぁ、一年……一年と半年ですか? この年月、大変長かったですねぇ」
「いやいや、そんなことはない」
「ベタ惚れしてる私からするとぉ、とっても長かったんですよぉ?」
美子は甘えるように凛に身を寄せる。凛はそれに対していつもの癖のまま、近いほうの腕で彼女を少し抱き寄せる格好にした。
凛が少し緊張し、息を吐いて緩ませようとしている。それを見た美子がふと気づき、以前から思っていることを尋ねてみる。
「凛ちゃん、地味に大切なお話があるんですけどぉ?」
「な、なんだい?」
「……そろそろみんなに見せつけるのもいいと思うんですよ、私達の仲を。フルライバーのみんなにはもちろん、リスナーにもですっ」
「えあ……!?」
想定していなかった問いのせいで凛はかなり慌てふためく。美子はそれを見てニヤニヤしている。珍しい彼女を見ることができて嬉しいからだ。
凛は恥ずかしがりながら弁明する。
「もうちょっと、もうちょっとだけ待とう? 正直、コラボ配信とか事務所での接し方とかでもろにプライベートの自分が出て来るのは決まり切ってるんだからさ、なあ?」
「凛ちゃんはキス魔で抱き着き魔みたいなところがありますもんね? たしかにこれは知られると恥ずかしいかもしれないねぇ」
「そう……っ! さ、さすがにすぐにはな?」
「私は一向に構わんっ」
「お願いだからもうちょっと時間をおくれ~恥ずかしいんだよ~」
凛が抱き着きながら美子の頭を撫でていく。美子はそれが嬉しく思いつつ、わざとらしい表情で妥協することにした。
「しょうがないなぁ~凛ちゃんはぁ~。わかりました、いい女は待てる女でもありますからね。待ってあげようじゃありませんか」
「助かる~」
「だけどいつかコラボしようね? このままだと不仲説が出てきちゃうよ?」
「まあまあ、善処するからさ。もう少し、ね?」
「じゃあもう少し美子をなでなでしなさぁーい」
「了解したとも、我が愛する人よ」
そういったようにしばらく会話を楽しんだところで二人のジン・トニックは無くなった。
「ああ~美子、酔っぱらっちゃたな~」
「ああ、お酒が強すぎたか。それなら――」
「家に帰る力がないなぁ~ホテルならいけるな~」
「ハッハッハ……わかった。じゃあ店を出ようか」
あからさますぎる誘いに吹き出しそうになりながらも堪え、凛は囁くように了承した。美子はそれを聞いて頬を緩ませている。
そうして二人は会計を済ませ、バーを出た。二人は幸せそうに腕を組みながらゆっくりとした足取りでタクシー乗り場へ向かっていく。
「あのねぇあのねぇ」
「うん?」
「私はね、凛ちゃんの好きなところがいっぱいあるの。頭がいいとことか、優しいとことか、料理が上手いところとか、頼りになるところとか、一緒にいて無言の時間でも楽しい、いや落ち着くからずっとそうしたいとか、いっぱいいっぱいあるんだ」
凛は頷く。
「凛ちゃんはさ、私のどういうところが好き? 言うのが難しいならそれでもいいの。私もちゃんと言えるようになったのは時間かかったし、自覚もしてからだったし。もし言葉にできるなら知りたいなぁ?」
美子の無邪気な笑顔に困るが、凛は頑張って考えてみた。彼女にとって人間関係なんて単に好き嫌いで判断するものである。人に対して咄嗟に返答できる評価など考えたことがないのだ。
夜を照らす街の光の下にあるタクシー乗り場が見えてきたところで、凛は答える。
「じゃあ、きみが自覚してないところを言うか。全部言うのは難しいからさ」
「うんうん」
「私が好きな美子のところはな、頭のいいところさ」
「ほほう……ん? なんかすごいワードが出てきたぞ……?」
「ふざけているわけじゃなく、本心だ。私はきみの賢さを尊敬している。具体的なところはそうだな、人に自分の気持ちを伝える機転とか、人の気持ちへの理解力と対処力、共感力といったものを尊敬している。それと企画力とかもそうだな。こういうことに対する能力に関して、私はきみに勝てるとは思っていない。
だから素直に尊敬しているし参考にしているのさ。もっと言うなら頼りにしている。わからないかもしれないけど」
美子は何も言わずに恥ずかしそうにしていた。
凛はおかしそうに笑っている。
「まあポンが目立つのは事実だし、計算能力が非常に弱いのも知っている。それらと比べてギャップが凄まじいからか、きみの頭の良い部分がより目立つような気がしている。きみのリスナーもそこに惹かれているんだろうね。ああ、それから集中力や勤勉さ、研究力もそうだな。このあたりは動画のサムネイルを作っているきみを見ればよく分かる。フルライバーやスタッフなら誰でもわかるだろう。
どうだい、とりあえずこんなところで? まだ言ったほうがいいか?」
「すみません充分ですありがとうございます」
「ハッハッハ。いいぞいいぞ、恥ずかしがれ恥ずかしがれ」
美子はあまりにも褒められすぎて顔を真っ赤にしていた。短大までの人生ではそれほど褒められたことがないため、こういう賞賛には弱いのである。凛はそんな彼女を見てわかりやすいほど上機嫌だった。
そうしてタクシー乗り場につくと。
「美子」
「はい……」
「きみを愛している。これからもよろしく頼む」
「私も、よろしくお願いします。私も愛してます、凛ちゃん」
そうしてタクシーはホテルへと向かっていった




