LV72 12/25(金)-3
「今日も寄ってくんでしょ?」
初音さんがアパートの前で立ち止まり部屋を指さすと俺の目を見ながら聞いて来たが、今は目を伏せて俺の答えを待っている。
「もちろん。色々、話があるんだ」
とは言ったものの……?
俺は上妹から前情報で初音さんの部屋の話を聞いていた。
でも、そんなに狭いか?あいつ俺の部屋が良くて適当言ったな……
部屋はゆるふわちゃんの部屋位だ。それでも、妹達と合わせて3人は厳しいかな。
俺と初音さんはベッドに腰かけている。そう言えば、この後、妹来るんだよな。すまんな上妹、おにいは今夜、このベッドでおねえと一夜を共にするんだ。お前は寒空のなか道端で寝ろ。
「初音さん、思ったよりも、広いね。部屋」
「そう? 足の踏み場もないわ。寝るだけの部屋だもの。これで十分よ。昔はここでボーっとしていたわ。なんか今とは隔世の感があるわね」
俺の目を見て、隣に寄り添う様に腰掛け、俺に上半身を預けている。髪の匂いがこの数日を行ったり来たりしていた俺には懐かしい。
「どうせ今は、休みはあなたの部屋にいるのだから、困らないわ……」
え?そうだっけ?
……そうだっけ?……
「初音さん? 今思うとさ。深圳から地下鉄経由で電車に乗って戻れば良かったんじゃない?」
「………………」
急に黙り込む初音さんを俺は見つめた。黙り込む、じゃないんだよ。答えられないんだね。
俺の目をみて離さない、潤んだ薄い茶色の大きな瞳が、ずっと見つめて動かない
薄い魅力的な艶のある唇が動き、
「さ、今夜はどんな風に私を誘ってくれるのかしら?」
そう言って初音さんは俺の頭の後ろにそっと手を回すとそのまま、目をつぶり俺に近づきキスを求めている……
「……そうか、見つけたよ……乙姫様。カメと乙姫様が同じ……同一人物だったんだね」
その刹那、俺の背中で破裂音がした。慌てて振り返ると今まであった部屋の壁がパズルのピースになって暗黒の空間が見えている。
そこから細い腕が伸びてきて俺の腕を掴むとその暗黒の中へと引きづりこもうとしている。
「やっと見つけたわ! 急いで!!」
あれ?壁の中から初音さんが俺の腕を掴んでいる。さっきまでいた初音さんも俺の脚を掴んで離さない。俺は初音さん対初音さんの綱引きの綱になっている。
「ボーっとしないで、帰れなくなるわよ」
暗黒から生じている初音さんは俺に大声を上げてえらい力で暗黒の中へと引きずっていく。
「そっちに行ってはダメ。あなた、偽物を信じる気なの?」
俺の脚を必死の形相で抑える初音さん。
周囲の光景がパズルのピースのように細かくヒビが入ってきている。これは、ついさっき見た光景と同じだ。
俺の腕を掴む初音さんは、上半身だけ見えて下半身は暗黒の中にある。どちらかと言えばそちらに行くのは抵抗があるのだが、
「あなた、このまま消えて私をバーベキューに誘わないつもり? 永遠に恨むわよ!」
そう言った。
そんなに行きたかったの?バーベキュー?
おれは……ごめん。脚の初音さんを足蹴にして、腕の初音さんに身を委ねた。
腕を引かれてものすごい速度で遠ざかる部屋の景色を振り返り見ると、脚に取り付いて、俺が足蹴にした初音さんが、次第に黒服部長、美麗に変化する様が見えていたが、それはやがてパズルのピースが剥がれるように暗黒に置き換えられすべてが喪失した。喪失の瞬間、最後に見えたのは、美麗の苦悶の表情だった。




