LV0 初音さん5 土曜日
いい意味で鈍感とか聞いた事ないが。
初音さん、俺は、興味がないわけでは無くて……
嫌いでもないしむしろ……
ん?いま、あんた、なにか意味深なこと言った?
俺が暑さに幾分やられ気味の回転が鈍っている頭を目いっぱい働かせているその時に、
突然、初音さんは椅子から立ち上がり、
「駄目だ。こんなんでは、いつになるかわからん」
そう言って、スッと立ち上がり、腰を両手に当て周囲360度を見渡すと、やおら防波堤沿いに歩き出す。
周りの家族連れは楽しそうに釣れるたびに歓声を上げて子どもは歓喜の声を上げている。
いつの間にか真上にあった太陽も視界に入るくらいに傾いていた。
歩いてどこかに消えた初音さんを目で追うと、他の釣り人の釣果を確認に行って居るようだ。
それにしても、あんたデニムのショートパンツ、赤いキャミにハイヒールで釣りに来るとはいい度胸だな、完全に服装だけなら浮きまくっているぞ、何なら、おやじ釣り師の目の保養になっているぞ。
付け加えれば、そこの出店で買った大き目の麦わら帽子がプラスされたことで、どこぞの海賊王の様相だ。
そんな、初音さんはおやじ釣り師に気さくに声を掛けて、点々としている。ときおり、なにやら楽しそうに談笑しながら防波堤のおやじ達を一通り回遊して戻って来た。発泡スチロールの白い箱を手に抱えて。
「ほら、私の釣果よ。真面目に釣りするよりこの方が早かったわね」
箱を開けて魚を満載にした初音さんが”ほら見ろ”と俺に満面の笑みを浮かべている。
「私が話しかけると向こうから貰っていただけますかと魚を差し出してくるわ。言い心がけね。」
あんた釣りに来たんだよな。
俺の隣に座って、どう?と釣果について聞いてきた。俺はそれよりも、初音さんの匂いに参っていた。
いい匂いだ。
しばらく居なかった初音さんが、再び俺の隣の本当に肩が触れ合うくらいの隣に座ると、当たり前でわからなくなっていた初音さんのいい匂いが舞い戻ってきて……俺の匂いの記憶を呼び起こした。この人の記憶は、この甘い匂いもセットだったな。
そんな事を考えている俺をよそに、初音さんは、
「私、こういうの夢なのよ。こういう何でもない毎日が送れることが……」
遠く水平線に沈みそうな太陽を見ながら初音さんは膝を抱えて丸くなって呟く。
声を掛けるべきか迷った。遠く太陽を見ている初音さんの横顔は今まで見たことのない憂いを帯びていたから。
「私、高校を出てすぐに働きだしたの……」
今まで、あまり自分の事を語る事のなかった初音さんが何を思ったか、目の前のイソメに語りかけている。いや、俺にか。
「パパもママも学校に行きなさいって言ったんだけど、私が違う世界を見て見たくてね。家から出たの。それから、もう6年ぐらいね。一度も家には帰ってないわ」
イソメを小枝でなぶりながら続ける。
「でも、違う世界は私に厳しい現実を教えてくれるだけよ。何もないわ……多分、これからもずっと……でも、こんな風に送れたら毎日が楽しくなるのでしょうね……」
初音さんは薄い茶色の瞳で俺の目を見つめ動かない。こんなにも憂いのある表情で話をする初音さんを始めてみて俺は正直どのテンションで返すべきか悩んでいた。
初音さん……あんた、もしかして、結構……繊細なんだな……
俺はそっと初音さん評を更新した。
しかし、それとは別に俺は視界にとらえた事象を告げずには、いられなかった。
「初音さん!」
初音さんが俺の声に少しおびえたような表情で目を逸らしたが、もう一度俺の目を見返す。
「竿! 引いてるよ!」
初音さんの肩越しの竿先を指さして初音さんに教えると、目を伏せ、少し間を開けてから後ろを向いて、
「ほんとね」
ため息をついてリールを巻き始めた。
次回更新は11日です。




