【 後編 】
キイキイと鳴る保健室の椅子に座って、俺は頭のコブを恐る恐る触ってみる。ああ、かなりでかい。
「吐き気は?」
「無いです」
「目まいは?」
「大丈夫です」
「そう。まあ、大きなたんこぶ出来てるし、脳挫傷なんてことはないとは思うけど、少しでも変だったら救急車呼んでね、頭は危険だから。明日必ず脳神経外科行ってよ」
「はい。ありがとうございました」
数年ぶりの保健室。
相変わらずちょっとだけ色っぽい佐和子先生がいてくれてラッキーだった。
さっきは一瞬目の前が暗くなったが、何とか潤也の肩を借りて保健室までたどり着いた。
「先輩、おれ、そんなに強くぶつつもりなかったんです。すいません……」
「え?、あ、違う違う。潤也のせいじゃないんだ。たまたまたんこぶのところをぶたれたから───それより、ごめんな、服ドロだらけにしちゃって」
「気にしないで下さい。大丈夫そうだったら部室に行ってそのたんこぶの話、聞きます。着替えもあるし先輩の好きな、タケノコの山チョコも用意してありますよ」
「……ありがとう、潤也」
良く出来た後輩だ。
「あーあ、あれですか。文化祭の準備をしてたんです」
部室について、出されたコーラを一気飲みして、やっと人心地ついた。
ちょっと恥ずかしかったが、竹林での一連の出来事を話した。
目の前には潤也と、白い着物を着た二年後輩の部長、四ノ宮亮平が座っている。
「文化祭の準備?──だっていつもは各自でミステリーの短編を書いて配るとか、どこかの教室の黒板にクイズ書いて、当たったらお菓子あげるとか、だったよな」
「そうですけど、去年と同じじゃつまらないからちょっと趣向をかえてみようかと。今年はなんと、オバケ屋敷と立体迷路の合体です。面白そうでしょ。四ノ宮がダメ元で先生に掛け合ったんですよ、竹藪を刈り込んで迷路作りたいって」
「そしたら、案外あっさりOKもらえたんすよ~。あの竹藪、来年伐採してテニスコートかなんかにするみたいなんで。だから好きにしていいって。条件つきですけど」
「条件?」
四ノ宮はタケノコの山チョコをつまんで口に放り込んだ。
「はい。竹がやたら伸びて隣の畑に侵入しちゃってるところがあるけど、その辺りは絶対いじらないことです。畑の持ち主、タケノコ採って楽しんでるらしいんすよ。どういうわけか、そこて採れるタケノコはめっちゃ美味しくて、他じゃ味わえない格別なタケノコらしいんです」
そう言って四ノ宮はまたチョコをつまんだ。
つまり俺の見た色々は全て文化祭の出し物の準備だったようだ。
どうせなら例の噂通りに包帯男を登場させようと、包帯に赤いえのぐを塗って木の枝に干して乾かしていたのだ。髪の毛は古いかつらで、やはり洗って干してあったとのこと。
ゲリラ豪雨が来そうだったので、四ノ宮が慌てて片づけに行ったのだが、直前に着物の試着をしていたのだそうだ。
「着替えてからじゃ間に合わないかと思って。急に真っ暗になっちゃいましたから、あわてて着物のまま行っちゃったんすよー。そしたら先輩がいたんでホントびっくりしました。で、ちょっとおどかしちゃえと思って……」
「あの女っぽい白い手はお前だったのかよ」
「そうですよ、ほら、白塗りすると奇麗でしょう~」
四ノ宮は目の前に手の甲を垂らして幽霊のポーズをしてみせる。
「振り返ればすぐオレだってわかったのになー。いきなり『ぎやぁっ』って叫んで、すごい勢いで走り出したから、クマ先輩!って呼んだんすけど」
「……全然わからなかった……」
「四ノ宮、先輩はこう見えてけっこうチ───キチンとして、繊細なんだからな、あんま脅かすなよ」
「スイマセン」
四ノ宮はヘラヘラしながら謝った。
「いや、それはいいんだけど。じゃ、あの白骨の手も文化祭と関係あったのか?転んだとき、偶然掴んだんだけど」
「ん?あ~あ、それ、きっと手じゃなくて右足っすよ、ガイコツの」
「ガイコツの右足?」
「どこで拾いましたか。行方不明になっちゃって探してたんです。あれって、生物室の古い骨格模型なんですけど、超ラッキーなことに新しいのに買い換えるから、古い方をもらえたんですよ」
「生物の吉永がうちの顧問だから、ほんとラッキーでしたよね~」
二人は顔を見合わせて肯きあっている。
「昨日、そのガイコツを竹藪に持っていって、色んな所に立たせてみたんです。でも、恐いと言うより、なんか笑っちゃう感じでしっくりこなくて。引き上げてきたら、右足がなくなってて、まだ見つかってなかったんです」
そうか、やっぱりあれはニセモノで、しかも手じゃなくて足だったのか……。よっぽど気が動転していたようだ。
俺だって本物の人骨は見たことがない。
でも、ドロで汚れてはいても、人工的な安っぽさのない、本物だけが持つ説得力というか、薄黄色くてかさついたような古い質感が、いかにもそれらしかったんだが……。
「オレ、ちょっと探してきます。どの辺にありますかね」
四ノ宮は立ち上がって教室の隅で着物を脱ぎだした。
「えーと、……お前に会った後、走って、ころんで、つかんで、放り投げた」
「え~どこにですか~?」
「竹が密集してて、畑との境目だったと思う」
「はあ……ちょっとみてきま~す」
「あ、どろだらけだぞ」
「は~い」
四ノ宮はサッとシャツを着るとビニール袋を持って教室を出ていった。
そうだ、まだ気になることがある。
「あとさ、さっきあそこにいたお前そっくりのやつは───」
ガチャ、とドアが開いてまさに今僕が聞こうとしていた本人が入ってきた。
「あっ!そうだコイツだ!何でこんなにそっくりなの?」
当の本人は俺をチラッと見ると、何も言わずに持っていたコンビニの袋を潤也に渡した。
「はい、頼まれた物」
「サンキューご苦労さん。あ、先輩こいつは従弟の恭一──」
「弟の、恭一です。兄がいつもお世話になってます」
そう言いながら、恭一は妙に丁寧におじぎをした。
「は?何、どっち?って、潤也お前兄弟いたっけ?」
「あー、恭一は母の妹の子供で──」
「潤也のお母さんと僕の母は、一卵性の双子なんです」
「は?……ああ、従弟よりは血が濃い、ってことか」
恭一はちょっと冷たい視線で俺を見た。
「それより、せっかくヒヤロンを買って来たんですからそのコブ、早く冷やしたらどうです」
そう言ってコンビニ袋をアゴでくいっと示した。
「そうですよクマ先輩、早く冷やした方がいいです」
「あ、わざわざ買ってきてくれたのか」
ここからだと一番近いコンビニまで往復20分はかかる。
「ありがとう、恭一君。手間掛けてすまない」
「別に……潤也に頼まれたたけですから」
(顔は可愛くても性格は可愛くないなあ)
「はい、どうぞ」
潤也がヒヤロンの袋を破って俺に差し出した。
「サンキュー──」
目の前にあるヒヤロンを掴んでいる潤也の、手。
(……違う……)
俺はその手を見つめながらわし掴みにすると、ぐっと引き寄せた。
「わっ!先輩?」
「違う…………。あれは絶対足なんかじゃない……あれは──」
廊下からバタバタと足音が近づいたと思ったら、突然四ノ宮が転げるようにして飛び込んできた。
「てっ、てっ、てっ」
目を見開いて持っていたビニール袋を前につきだした。
ぶるぶると震えている。
「どうした四ノみ──うわあ!」
ビニール袋の中の白い物体──泥まみれになっていてもわかる。
それは確かに、俺があのとき掴んだ、白骨化した[ 手 ]だった。
──二ヶ月後──
昨日潤也から、事件が解決し、その概要を校長に聞いたと連絡があった。どうせなら直接会って詳しい話を聞こうと学校近くのファミレスに来てみれば、四ノ宮と恭一もいて、四人で遅めのランチとなった。
もう十一月も下旬だというのに今日はかなりの暑さで、あの日のことを思い出させる。
ミステリー同好会の文化祭もオバケ屋敷立体迷路はボツになって、いつも通りメインからばすれた隅の教室で、地味にオリジナルクイズの冊子を配ったりしたようだ。
「僕、思ったんですけど、警察って、案外詳しい事は教えてくれないものなんですね。校長もそう言ってましたよ」
「そうなんだ」
「クマ先輩があの[ 手 ]を発見したから事件が解決したわけでしょ。だったら先輩だけにでも、もっと色々教えてくれても良いと思うんですけどね。結局何もかも校長からの又聞きだもんな」
俺の前に座っている潤也はそう言ってコーラをグイッと飲んだ。
「デスよね~。ドラマだと、事件のことを色々語る場面があるじゃないですか、まぬけな刑事がヒロインにポロっと情報漏らしたり」
ランチの野菜炒めを食べていた恭一が、あきれたような目つきで四ノ宮を見た。
「それは一時間か二時間で事件を解決する必要があるからですよ。現実はあんなユルユルなわけないでしょ」
「へっへっ、だよネ~、現実はこんなもんか……。でもさ、オレはもっと事件の背景とか人間関係の、こう、ドロドロ~っとしたところを聞きたかったわけよ。その辺りは全部スルーだもんな」
「四ノ宮先輩のドリンクのほうがドロドロしてそうですね。何を混ぜたらそんな灰色になるんですか」
「ここのドリンクバー色々あるから恭一もやってみ、スゲーうまいから」
四ノ宮は俺の隣で、オレンジジュースとメロンソーダとカルピスと──よく分からない何かを混ぜた液体を美味しそうに飲んだ。
校長の話によると、真相は────
まず犯人は当時も疑われていた隣地の、元の地主親子だった。
そして俺が転んだ地境の竹藪に遺体を埋めた。DNA鑑定の結果、やはり行方不明だった女子学生のものと一致した。
元地主の息子Aと被害者の女子学生との間に何らかのトラブルがあり、Aは女子学生を殺害してしまう。
それはすぐ、同居のAの父親に知れたが二人は協力して、はじめは遺体を敷地内の畑に埋めて隠したそうだ。
「ちょうどキャベツを植える時期だったから、遺体を埋めつつ畑を耕して、その上に畝を作ってキャベツの種を蒔いたらしいんです。けっこう隣の畑は広いですからね、畑が全部畝になってちゃ、そう簡単にわからなかったのかもしれません」
遺体の捜索を何とか躱した父子だったが、自分の畑に遺体が埋まっているのが、どうにもこうにも耐えられなくなったらしい。
絶対に遺体が見付からないところはないか……
そこで思いついたのが、すでに捜索の済んだ竹藪に遺体を埋め直すことだった。
一度捜索されたところはもう二度目はなかろうと思ったわけだ。
「着眼点は悪くないんですけどね、有名な刑事ドラマにもそんなようなトリックあったし。とにかく遺体が有ると無いとじゃ大違いで、現にその当時は家出じゃないかって方向に見解が流れて、繁華街のほうを捜索してたらしいですよ」
俺はアイスコーヒーを搔き回しながら言った。
「俺の中学時代には、彼女は竹藪の奥のパラレルワールドで生きてるって説があったよ」
「う~わっ、なんスかそれ。イタすぎでしょ」
「そうだな……今回の一番の功労者は、竹、かも知れないな」
「確かに」
潤也も頷いている。
「僕も調べてみたんですけど、竹の地下茎はかなり固い物でも突き破る力があるみたいですね。孟宗竹ともなるとプラスチック製の波板を破壊した例があるそうですよ。遺体が何に包まれてあったかは不明ですけど、ビニール袋なんて簡単に突き破りそうだし、木の箱だったとしても、この十数年の間で木が腐ってきたら、やっぱり簡単に突き破るでしょうね」
「その伸びた竹の地下茎が伸びて、彼女の手の骨に引っかかり、雨で緩んでた地上近くに移動して───先輩が偶然、つかんじゃったんスね」
「……そうゆうこと、だな」
ふう……全く、運が悪いと言うべきか。
「それで潤也、結局何が決め手になってこんなに早く解決したんだ?」
「自白、みたいなものですかね」
「自白?」
「はい。警察が元地主の親子を探したところ、主犯の息子のほうは数年前、交通事故で亡くなっていて、父親のほうは入院していたそうです」
「病気か……」
「それが、すでに病状が思わしくなかったようで……事件のことを尋ねたら、あっさり自白したそうです」
その父親にしてみても、まさか十年以上経って遺体が見付かるとは思ってもみなかったことだろう。
「竹の地下茎が伸びて遺体の一部を露出させたと聞いて、悪いことは出来ないと呟いたそうです」
そしてその後、自分の息子が犯人であること、はじめは自首するよう説得していたが息子は言うことを聞かず、仕方なく遺体を隠蔽することに協力したと語った。
そして泣きながら何度も何度も謝り、ベッドから降りて土下座しようとまでしたらしい。
だが最期は、自白出来る機会があったことに感謝すらして、つい先日亡くなったとのことだった。
「あ、じゃあ今、隣地に住んでるタケノコ好きの人は、何か事件に関係あったのか?」
「彼はかなり遠い親類みたいで、犯人親子には会ったこともないそうです。三年ほど前に格安であの畑を譲り受けたそうですよ」
「なんだ~『めっちゃ美味しくて格別なタケノコが採れるから、あそこはいじるな』なんて言ってたから、絶対何か隠してるのかと思ったけど、違ったんスね」
「じゃ、関係者は全員もういないって事か……でも、被害者のご両親の事を考えるとやりきれないなあ」
潤也もため息をついた。
「ほんとに。あの竹林をずっと『立ち入り禁止』にしていたのは、ご両親の強い希望があったからだそうです。家出をしたとは思えず、何かあったかも知れない現場を保存したい気持ちだったようですね。でも十年以上経って、少しだけ気持に区切りがついて、校長と話し合い来年あそこにテニスコートをつくることになったらしいです」
「なるほどな。あの『立ち入り禁止』の立て札は、七不思議なんかじゃなかったんだ。現場を保存したい親心だったのか」
「……あと、オレ、ちょっと考えちゃうんですよね~。もしも犯人親子が、竹藪に遺体を埋め直すなんて変な小細工しないで、畑に埋めたままにしておいたら…………どうなってたかな、って」
「昔から『悪事千里を走る』って言うだろう。いずれ何かでバレたんじゃないかな」
「そうですよね……」
全員なんとなくうなづいている。俺は気を取り直して潤也に言った。
「それで、もう学校は落ち着いてるのか?本来ならとっくに受験モード入ってるだろ?」
「はい、もう日常に戻ってますよ。先生達も落ち着いてます。すっかり元に戻ったよな?」
「ですね~、びっくりするぐらい前とかわらないですよ」
「変わったといえば───」
ちょうど野菜炒めを食べ終わった恭一が言った。
「───大したことない噂ですけど。例のタケノコ大好きな隣の地主、もう一生タケノコは食べられそうもないって、言ってるそうですよ」
「……そりゃぁ」
「……そぅ」
「……ですよ、ね……」
「それから、遺体を畑に埋めたままにしておいたらどうなってたか、ですが」
恭一は皿の端に張り付いていたキャベツをフォークでサクッと刺すと、目の前に持ち上げた。
「『めっちゃ美味しくて格別なキャベツ』が出来てたかも、ですね」
恭一は、すました顔で口を開けるとパクリと食べた。
──終──
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