閑話・幸せ
「気をつけて行ってきてくださいね」
依頼を受けた冒険者さんを見送りながら声を掛けた。
これで朝のお仕事は一段落。
隣をちらりと見れば、同じく朝の依頼受付が一段落したらしく、イーズさんが大きく伸びをしている。
「お疲れ様です。イーズさん」
「そっちもね」
言ってお互いにくすりと笑い合う。
「春になって、依頼多くなったものねー」
「冬の間は、採取とかの依頼がほとんど止まってましたからね」
手元の依頼札をまとめながら、思いを馳せる。
(もう二度目の春かぁ)
去年の春には盗賊退治。夏には、グラットンモスの騒動と忙しかった。
けれど秋は穏やかに、冬は賑やかに過ぎて。
あっという間の一年だった。
(そういえば、冬も冒険者ギルドには依頼が結構来ててびっくりしたな)
普段は採取依頼が多いから、冬になれば閑散としていると私は考えていた。
実際には雪かきや護衛の依頼があり、特に雪かきは、毎日結構な件数が依頼されていたので、日々依頼が途絶えることはなかったのだ。
(お陰で除雪剤が冒険者さんによく売れたし、保温石もよく売れたお陰で、お店の知名度も上がったのよね)
保温石を使っての薬草栽培も、クロード様主導で領地全体の農園に広まり、例年の冬よりも食料が安定供給されていたらしい。
去年の暮にあった冬祭りは、例に見ないほどの豪華なものだったとか。
(領民が飢えないのは、領主一族にとって一番大事よね)
うんうんと頷いていると、ふとギルド内にいたウォードと視線があった。
(何か用でもあるのかしら?)
内心首を傾げていると、彼はなぜか大回りに――まるで私を避けるように――移動して、イーズさんと話し始める。
(依頼?)
だとしたら、盗み聞きするような事をしてはいけない。
隣の窓口なので、否応にも聞こえてしまうし。
そう考えて、席を立つ。
この時の私は。
普段なら真っ先に私へと声を掛けてくるだろうウォードが、イーズさんへとわざわざ声を掛ける。
そんな不自然さを気にも止めなかった。
* * *
避けられている。
そう明確に感じ始めたのは、いつ頃だったか。
自室でぼんやりとベッドで横になりながら考える。
(先週の花冠祭は皆普通だったのに……)
メレピアンティナ領の花冠祭。
一週間掛けて街中を花で彩っていき、最後の七日目に盛大に祝い、街の広場で皆で踊る。
春の頭に行う春祭りは、今年一年の実りを祝うものに対し、こちらは純粋に春を喜ぼうという催しだからか、だいぶ華やか。
他領からも見物人が来る程に有名なお祭り。
私自身も、いつか行ってみたいと憧れていた。
七日目には、女性は花冠を、男性は花飾りを身に着けると聞いて、皆の分をせっせと作り、当日は大いに楽しんだ。
それはそれは――楽しい一週間だったのに。
最近皆よそよそしい。いや、はっきり言って避けられている気がする。
何かしただろうか。
(……思いつくことはないのよね)
一人や二人なら、何か気に触る事を言ってしまったとかも考えられた。
けれど、ほとんどの友人に避けられるというのは、よほどの事をしでかした時だけだと思う。
(……実家では友人なんて、ほとんどいなかったから分からないけれど……)
それでも、周囲に引かれなければならない程、酷い事をした記憶はない。
明確に避けてる、と思うのはウォード。
彼は顔を合わせると何かしら理由を付けては、去っていく。
子どもたちは、お店の外まで賑やかな声が聞こえていたというのに、私が中に入ると途端に静かになってしまう。
小さい子達なんて、口に手を当てて、にこにこしながら「ナイショ」と言うのだ。
オズちゃんやクロード様に「皆に避けられてる」と相談したものの、二人共「気の所為だよ」と言って、忙しいからとすぐに居なくなる。
(……忙しいのは仕方ないけれど……)
クロード様は領主一族だし、そういう事もあるだろう。
オズちゃんも、魔術師ギルドで、何かしら課題や仕事があるのだろう。
(それでも……)
寂しいと感じるのは、自分勝手だろうか。
ジャスさんは、相変わらず借金返済のために忙しそうだからなかなか会えない。
イーズさん達も、私に何か隠し事をしているように感じる。
「あぁ、もぅ……」
うじうじしている自分が嫌になる。
一人で考えていても、答えなんて出ないと分かっているのに。
状況を変えたいのならば、自分が何か気づかないうちに、やらかしてしまったのかと、問いただせばいいだけ。
なのに、それが出来ないのは”嫌われているのでは?”と考えてしまうから。
(はぁ……ダメね)
ため息を吐いて身体を起こす。
寝るにしても部屋の灯りを消さなければ。
立ち上がり、ランプに手をかけ火を消して、改めてベッドへと潜り込む。
春の終わりも近づいて暑くなってきたけれど、夜はまだ少し寒い。
布団を肩まで掛けて、目を閉じる。
(明日は久しぶりにお師匠様と採取をするんだから、ちゃんと寝なきゃ……)
そのついでに、皆のことを相談しよう。
* * *
春の森は新緑の葉や、様々な花が咲いていて、とても賑やか。
けれど、初夏の森は青々とした緑の葉が、力強いというか……。
生命力に満ちていて、こちらを元気づけてくれるような印象がする。
(落ち込み気味の私には、ぴったりの陽気かも)
目で見るだけでも楽しいし、たくさん採取する事が出来て、やっぱり楽しい。
(冬の間はほとんど、採取なんて出来なかったものね)
上機嫌で採取を続け、気がつけばもう太陽が真上に来ていた。
お師匠様と適当な木の根を椅子代わりに、座って昼食を取ることにする。
今の時期の薬草の分布や、例年に比べての生育状況等を話題にすることしばし。
やがて話は世間話へと移っていく。
「――店の調子はどう?」
「はい。お店の方は順調です。また何か新製品とか作った方が良いかなとは思ってるんですけれど」
「ふぅん。それなら良かったわね」
柔らかく笑って(うさぎ姿で大変愛らしい)、頭を撫でてくるお師匠様に、つい、涙腺が緩む。
「どうかしたの?」
「いえ……その……」
視線を逸し、潤んだ目から涙を拭う。
相談するつもりだったけれど、泣くつもりはなかった。
思いの外、私は寂しがり屋になっていたらしい。
「……最近みんなが私を避けるんです」
「え?」
「話しかけようとすると、逃げるように居なくなっちゃうし。
子どもたちも、私が来るまでは楽しそうだったのに、私が顔を出すと突然黙っちゃうし……。
オズちゃんやクロード様は、気の所為だって言うんですけれど……」
ぽつりぽつりと、最近感じていた寂しさを言葉にしていけば。
自然と胸がしめつけられるような感覚。
「……お師匠様も気の所為だと思いますか?」
本当に気の所為だったのなら。
それはそれで良い。
私が拗ねてるだけだから。
また、皆で過ごせるようになれるのならば――それで良いのだ。
どこか期待を込めて、お師匠様に問いかけると、当のお師匠様は手を額に当て、なんだか考え込んでいた。
(可愛い……ではなくて、えぇと……どういう事だろう?
なんというか、頭痛そうな感じというか……私の質問が原因ですか?)
なんと声を掛ければいいかわからない。
お師匠様はぶつぶつと、どこか呆れるような口調でなにか言っているけれど、それは聞き取れないし。
「あ、あの……お師匠様?」
「――あら、ごめんなさい」
おずおずと切り出すと、ふっと笑ってお師匠様は再び、柔らかく笑う。
そして、もふもふと私の頭へと手を置く。
「避けられてるんじゃなくて、隠し事してるのよ」
「隠し事……です、か?」
「そ。それに、私が今日貴女を採取に誘ったのも、お願いされてなの」
どういうことだろう?
意図することが理解出来ず、首を傾げていると、お師匠様は再び笑う。
「仕方のない子ね」と呆れたように呟いて、私の手を引いて立ち上がらせる。
「そろそろ頃合いでしょう。貴女、オズが常連だって言ってたパスタのお店の場所は覚えているかしら?」
「はい。何度か一緒に行っているので覚えてますけれど……」
「なら問題はないわね」
にっこりと微笑んで。
お師匠様は、私の背を押し出すように歩き出した。
* * *
(言われた通り来たけれど……)
例のパスタの美味しいレストランの前に来て、私は立ち尽くしていた。
何故かというと――お店がまだ開いていないのだ。
『準備中』と書かれた看板が扉に掛けられているし、日は高くなったけれど、そろそろ夕刻。
明かりの一つや二つ、店内から出ていても良いだろうに、暗いまま。
何より、お店入口近くにある立て看板には『本日貸し切り』と書かれていた。
(……お師匠様はここで待ってれば、迎えが来るって……)
でも本当に?
閉まっているお店に、不安が募る。
お店の扉をノックするべきか、それとも逃げてしまおうか。
悩んでいると、ドアベルの音と共に、誰かがお店から出てきた。
青い髪の男の子――ブラウ。
彼はきょろきょろと見回して、私と目が合うとぱぁっと笑顔を浮かべる。
それから、駆け寄ってきた。
「シアおねーちゃん! はやかったね!」
「えぇと……?」
「こっちこっち」
”早かったね”ということは、お師匠様の言う通り、私がここに来るのは予定通りのことなのだろう。
けれど、その理由はやっぱりわからないまま。
ブラウに手を引かれ、中腰気味にお店へと連れて行かれると――
「「「「「お誕生日おめでとう!!!」」」」」
突然の大合唱と共に、周囲に灯りが一気に灯る。
眩しくて、少し目を細めていると、やがて目が慣れて、見慣れた人達が私を囲んでいるのに気づく。
ジャスさん、オズちゃん、ウォード、クロード様。ブラウとはじめとした子供たち。更には、受付嬢仲間のイーズさん達まで。
「……え?」
誕生日。言われた言葉を反芻する。
(そうだった……。今日は私の……)
すっかり忘れていた。
去年は色々ありすぎてそれどころではなかったし、元々祝われるより、祝う方が好きだったから。
「私の、為に?」
ウォードがよそよそしかったのは、この企画の為?
子供たちが、はしゃいでいたのに私が近寄ると溜まり込んだのは、内緒にしたかった?
オズちゃん達が、気のせいだよと言ってたのは、このサプライズパーティに気づかせたくなかったから?
今にして思い返せば、彼らの態度はそれぞれ冷たいモノではなかった。
意地悪をしたくて、冷たくしているようなのではなくて。
だからこそ、最初は気づかなかったのだから。
胸が熱い。
目頭も熱い。
あぁ、泣きそう。
「ちょっと、何主役が泣きそうな顔してるのよ」
オズちゃんが近づいて、ハンカチで涙を拭ってくれる。
それに気の利いた言葉を返せなくて、戸惑っていると彼女は手を引いてくれた。
「せっかくのパーティなんだから笑って笑って」
「そうです。この企画の為に、この数週間子供たちも頑張ったのですよ」
クロード様が、ウォードが笑って言う。
「誕生日なんだろ? 皆でプレゼント用意したんだぜ?」
ジャスさんが笑って子供たちの方を見れば、彼らは満面の笑みで頷く。
「はい。――ありがとうございます」
なんて私は幸せなんだろう。
だから、せめて、と。
今の私に出来る最高の笑顔で皆に、お礼の言葉を言った。
これにてひとまず完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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