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8.疑念

 婚約して一か月経った。

 この所、私は苛立っていた。


 新堂家にパーティーの招待状が届いた。

 招待の文面には『式部家のご令嬢と婚約が調ったお祝いに』とあった。

 

 これまで新堂家では声もかからなかった類の招待に、源一郎さんは狂喜乱舞し、益子さんは驚き怯えた。

 幸太郎さんは、良く分からない微笑み方をしていた。

 でもきっと、これが彼の望みだったに違いない。

 そう思うと悔しさが先に立ってくる。


 それにこのご立派な招待状のおかげで、ようやく慣れてきた益子さんとの関係が逆戻りだ。

 益子さんは私のせいで、より上流で、彼女の考えでは、より意地悪な世界に連れていかれることを嫌がった。

 源一郎さんが、自分たち夫婦は遠慮しよう、と決めた後も、私がそのパーティーに出席することで、華やかな世界を見、様々なことを吹き込まれた結果、高慢ちきなご令嬢になって帰ってくると信じ込んだ。


 そうではない、と納得させるには、実際に出席して、何事も無く帰って証明してみせるしかなかった。


 私はギスギスする新堂家の中で、行きたくもないパーティーの日を指折り数える日々を送っていた。

 

 加えて、パーティーに出席するのに着る服を選ぶように幸太郎さんに連れて行かれた新堂家の真ん中にある倉庫代わりの部屋で、私は信じられない光景を見た。

 そこには『うちの家』のものが大量に保管されていた。

 ここ二年で見えなくなったものが多い。

 キツイ口調で問い詰めると、「君の家から頼まれて預かっているんだ」という、とてもあり得ない説明をされた。

 嘘つき。

 なんでそんなことする必要があるの?

 式部家はお金はないけど、空間はたくさんある。

 他家に頼んで物を保管してもらう必要はないのだ。


 思わず首にかけて守っていた家の蔵の鍵に手が伸びた。

 江戸時代の錠前師に特別に作らせた鍵は、重くて大きい。

 首にかけているのは正直、辛い。

 その代り、これがなければ、その錠前は現代でもそう簡単には破られないはずだ。

 

 ……いけない。

 気付かれたら取られちゃうかも。

 慌てて胸元から手を離した。

 手元無沙汰な手を握りしめた。


「下手なドレスよりも着物の方がいいと思うんだけど、俺にはさっぱりわからないから、君が選んでくれる?」


 私の様子など気にもせず、幸太郎さんは着物の入った箪笥を指差した。

 その箪笥も式部の家にあったものだ。

 勿論、中に入っている着物も全てだ。


 久保田さんも私に嘘をついている。

 あの老庭師の本庄さんを盗人呼ばわりしたけど、この家の人こそ、そうなんじゃないの?

 この保管しているという物を売ったら、いくらかの借金の返済は出来るはずなのに、それもさせてくれないの?

 そこまでして、くだらない上流社会の集まりとやらに出たいの?


 唇を噛みしめて、一枚、自分の着物を選んだ。


 思うことはたくさんあったが、式部の物と言える着物があって良かった。


 幸太郎さんと買い物に出かけて、必要なものとは言え、様々なものを買い与えられる度に、あのお小遣いを貰った時と同じ気持ちになった。

 もし宝くじが当たったとしても、新堂家で使った費用も借金に加えられてしまったら、返しきれなくなるかもしれない。

 出来れば安いものと適当に手を伸ばす私の横で、幸太郎さんは眉間に皺を寄せて、真剣に選んでいた。

 幸太郎さんの趣味は良かった。値段は高めだけど、どれもこれも素敵なものを持ってこられては、拒否出来ない。

 そういう所はあの両親の娘なのだな、と実感する。

 私が断りきれずに、幸太郎さんの勧めるものを選ぶ度に、笑われた気がするので、最後の方は、値段を気にせず、初めから自分が気に入ったものを選び取った。

 「これがいいです」と見せるたびに、笑われた。結局、笑われるのだ。


 買い物の帰りには、お土産に、ケーキも買ってくれた。

 デパートの地下で、どこのケーキ屋さんが良いか回っている時、ふと、あるお店に目が止まった。

 元の婚約者がいつも買ってきたくれたケーキ屋さんだ。


 「ここがいいの?」と聞かれたので、首を振った。

 「昔、よく家に来ていた人が買っていたお店だな、と思っただけです」と答えたら、察したようだった。

 幸太郎さんは当然、私が以前、別の人と婚約していたことを知っているのだろう。


 ケーキは別なお店で買った。

 益子さんがどんなケーキが好きなのか分からなかったので、幸太郎さんに頼んだ。

 彼の選択は、いつだって外さないのだ。


 高校に持っていく可愛いお弁当箱も幸太郎さんが選んだ。

 それに益子さんが作ったおかずを詰める。


 美味しいけど味が濃い。

 お弁当にはちょうどいいけど、実家の薄味が恋しくなった。

 それはまだいい。

 どうしても慣れそうにないのが味噌汁だ。

 式部家は白みそだが、新堂家は赤みそ。

 

 味噌汁は他の料理と違って、毎日、毎食出て来た。

 残せば益子さんに泣かれてしまう。

 

 私の苛立ちは日々、募っていく。




「雪花! 明日の雨宮のお茶会に呼ばれたんでしょ?

私も清彦さんと一緒に招待されたから、雨宮家で会いましょうね!」


 高校でこれ見よがしに、都子に呼び止められた。


 そうか、私が出席するのは雨宮家のお茶会だったのか……。

 パーティーの内容に興味を持てなかったせいで、詳しいことを知らなかった。

 雨宮家のお茶会ならば、それは相当なものだ。


 近くで円方時乃まるかたときのの気配を感じた。

 憎々しげな視線を受ける。

 都子はわざと彼女の前で雨宮家のお茶会の話題を持ち出したのだ。


 世の中には上には上がいる。

 雨宮家は数多の名家の中でも圧倒的な存在だった。

 つい最近まで、この高校には雨宮家のご令嬢が二人も在籍していた。

 一人は正真正銘のご令嬢で、もう一人は、縁戚で、後に養女となって、これまた良い家に嫁ぐことが決まったらしい。

 彼女たちと同学年だったならば、時乃は取り巻きになろうと必死になったかもしれない。

 そして相手にもされなかっただろう。

 

 円方家や新堂家では、お茶会と言えどもなかなか呼ばれない。


 都子の六辺家はよく呼ばれるらしい。

 そして、その婚約者である八平はちだいら家もだ。


 都子は同い年の八平清彦という男と婚約をしていた。

 私も小さい頃から知っている幼馴染で、二人は熱烈に愛し合っているとは違うけど、互いに信頼して、この相手だったら、と親が勧める結婚を承諾したのだ。

 私と元婚約者の関係と似ているようで、似つかない。

 羨ましいことだ。



「幸太郎さんにも挨拶出来るの、楽しみにしているね」


 時乃への牽制を続ける都子を引っ張った。

 これ以上は耐えられない。

 

「やめて」


「どうしてよ。

時乃のやつ、雪花のこと、散々に言ってるのよ」


「金で買われたって?」


「……で、でも違うんでしょ?」


 親友が動揺した。

 うちの財政状況はそれなりに知られているはずだから、新堂家との婚約話が持ち上がった時、みんなそう思うに違いないと予想していた。


「ねぇ、そうなんでしょう? 雪花?

私、あの人のことそんなに悪い人とは思えないんだけど」


 都子が幸太郎さんを庇うなんて、どういうことよ!

 あの男、どこまで私の退路を絶とうとしているの。


 苛立ちは頂点に近付く。


 けれども、幼馴染の親友に、当たりたくない。

 目の前に幸太郎さんを思い浮かべた。


「何でそんなこと言うの?

あの男は最低よ! 大っ嫌い!!!」


 いつも私のことを見て笑っている。

 ある時は馬鹿にして、ある時は自分の獲物に満足して、だ。


「私、てっきり、雪花も幸太郎さんと知り合いだとばかり……」


「あの男に何を吹き込まれたの?」


「吹き込まれた、だなんて。

ただ、ことあるごとに聞かれただけよ。

ご友人の式部家の雪花さんはお元気ですか?って。

ほら、私はよくいろんな集まりに出るでしょう?

でも、雪花は滅多に出てこないから……」


 何、どういうことなの?

 私は都子と顔を見合わせた。

 お互い、戸惑っていた。


「知り合い、なんでしょう?」


 都子の問いかけに、頭を振った。

 あんな男と知り合った記憶はない。


「この間、初めて会ったばかりよ!」


「ええ!? 私……確か、五年くらい前から雪花のこと、聞かれてたわよ」


 五年前!?

 五年前ですって!?!?


 久保田さんの話を思い出した。

 それによれば、新堂家と式部家の付き合いは三年前から始まっていたらしい。

 しかし、都子の話からすると、五年前に遡る。


 五年前と言えば、十二歳。

 円方時乃と取っ組み合いの喧嘩をして、表に出なくなった頃だ。


 新堂幸太郎と出会う機会があるはずがない。


 なのに、幸太郎さんは私のことを知っていた。


 奇妙だわ。


 彼は言ったじゃないの。

 私が一番手っ取り早かった、と。

 

 適齢期になって、家名を高める為に結婚することを決めた時、ちょうどよく没落している式部家に娘が居た。

 そんなニュアンスだったのに、これでは五年以上前から、私への包囲網を築いていたことになる。

 

 

 混乱した気持ちで新堂家に戻る。

 戻るしかないのだ。

 幸太郎さんが手配したハイヤーが学校に毎日迎えに来る。

 決められた三人の運転手の車以外、乗ってはいけないと厳しく言われていて、その三人の運転手は、私を寄り道させてくれない。

 そうするには別料金がかかると教えられた。

 走行距離と用事を済ませるまで待つ時間のお金まで請求されるのだ。


 自由にさせているようで、私を束縛する幸太郎さんにも苛立っていた。


 それに、明日に迫ったパーティーを前に、益子さんがいつになく怯えているというのに、源一郎さんと幸太郎さんは仕事だということで、私が起きている間は帰って来なかった。


 久保田さんがいるとはいえ、対面しての二人っきりの食事に、私の神経こそ、参ってしまいそうだった。

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