10.真贋
人気者の二人をそう長くは独占出来ない。
「またね、雪花さん」と優雅に手を振る真白お嬢さまと離れると、それを見ていたのか、都子が寄って来た。
「雪花〜、真白さんと話したの?
あの人、いい人だよね。
それにすっごい美人で素敵!」
素直に雨宮真白を褒め称える都子に泣きそうになった。
「どうしたの? 緊張した?」
「……うん」
そういうことにしておこう。
本当は違うのだ。
あの人と別れて、最初に会ったのが都子で良かった。
これが時乃だったりしたら、同じ所に落ちたかもしれない。
益子さんが恐れ怯えたように、実力が伴ってないくせに高慢ちきな令嬢になって帰ってきたことだろう。
「スタイル良かったね」
「うんうん、モデルみたいだよね!」
「あれはまるで……」
「うん……」
「「バービー人形!!!」」
顔を付き合わせて笑い合った。
「雪花も可愛いよ!」
都子は昨日、幸太郎さんとの一件のことを気にしているようで、私のことを褒めてくれた。
「ありがとう。都子も素敵……清君も」
親友の婚約者でもあり、私の幼馴染でもある八平清彦にも声を掛けた。
「雪ちゃん、久しぶり。
思ったより元気そうで……」
そこまで言って、隣に立つ幸太郎さんに遠慮したのか口を噤んだ。
六辺家も八平家も新堂家にとっては付き合いたい家だろう、と紹介したのに、幸太郎さんはやや不機嫌だった。
すぐに二人から引き離され、そこからは延々といろんな人に『婚約者』として紹介されたので、嫌な気分になった。
そんなに宣伝したら、もうなかったことに出来ないじゃないの。
もしもまた、婚約が破棄されたら、私は二回も破断になった女として有名になってしまう。それは避けたい。
いい加減、うんざりしてきた頃、なんと母に会った。
母は新しい着物を着ていた。
また買ったんだ……娘を売ったお金で。
そんな親だとは思わなかった。
しかも、私を認めたのに、声を掛けたのは幸太郎さんにだった。
「まぁ、私の婿君、会えて嬉しいわ。
雪花はよく勤めていますか?」
「はい。雪子さま。
お嬢さんがいなくて寂しくありませんか?」
母には丁寧に接するのね。
面白くない。
「寂しいけど、仕方が無いわ。
だって、お嫁さんに行っちゃたんですもの」
まだ正式な結納も交わしていません、と言いたくなるのをグッと堪えた。
私には前科があるのだ。
こういう社交の場で、円方時乃と取っ組み合いを演じた前科だ。
息を吸って、心を落ち着ける。
ようやく娘と交流を持つ気になった母によって、いろんなことを聞かれた。
「新堂のおうちはどう? ちゃんと食べている?
着物に不自由していない? 幸太郎さんは優しい?」
そのどれもに、私は頷いた。
そうだ、私は新堂家で不当な扱いはされていなかった。
ご飯は十分すぎるほと食べさせてもらっているし、服も小物も、様々なものを買い与えられた。
幸太郎さんも初めて会った日以降、ニヤニヤ笑いは止めないけど、私に触れようとはしていない。
ただ、気に入らない。
それをどう伝えようか迷っている内に、幸太郎さんは母に私を残してどこかに行ってしまった。
母親とゆっくり話をさせてあげようかという心遣いなのか、それとも、別の思惑なのか、分からないけど、これはいい機会だと思った。
母の着物の袖を引っ張ると「お母さま……お話があるの」と訴えた。
しかし、母の元にもひっきりなしで人が訪ねてきていた。
羽織袴を着た初老の男性が私を見て、驚きの声を上げた。
「いやはや、雪子さま!
二十年経ってもお変わりがないと思ったら……娘さんですかな?
ですが、雪子さまもやはりお変りはない様子だ。
親子というより、姉妹のようですな」
大袈裟な身振りで、自身の驚きを伝える男の人に、母はまんざらでもなさそうな顔で答えた。
「そうですの。娘の雪花ですわ。
この度、新堂家の息子さんと婚約が調いましたのよ」
「それはおめでたい。
良かったら、この私に着物を用意させてはくれませんかな?」
男の申し出に私は警戒した。
この人、呉服屋の店主なの?
また、母に高価な反物を買わせようとしているのかしら。
けれども話を聞いていくうちに、彼が高名な染織家だということが分かった。
そんな人と母が知り合いだとは知らなかった。
おまけに、私が今、着ている着物も彼の作品だったのだ。
「あの頃、私は新進気鋭の染織家……と言えば聞こえがいいものの、ただただ自分の我を通すだけの、未熟者でした。
それを雪子さまが見出してくれて、ご自宅や嫁ぎ先の名品や名物を見せて勉強させて下さって……それを基礎として、ようやく私なりの、しかし伝統を活かしたものを作れるようになったのです。
ご恩は忘れません。
しかも、未だに、私の着物を大事にして下さって、娘さんにまで伝えて下さって。
嬉しいことですなぁ」
「ありがたい言葉ですわ。
先日も素晴らしい反物を届けて下さって、早速誂えて着させて頂きました」
「ええ、雪子さまによくお似合いです。
お二人のような美しい親子に私の作品を着て頂いて。一幅の絵のようです。
光栄に存じます」
驚いた。
母がそんな人だったとは。
その後も私は持っていた扇子の絵を描いたという高名な日本画家に引合されたり、例の蛙の帯留めとかんざしを絶賛する美術史家に出くわした。
二つとも、今では高価だが、買った時はそれほどのものではなかったらしい。
扇子の日本画家は染織家の男性と同じく、母と父から援助を受けて大成したらしく、お礼に扇面などいくらでも描くと豪語した。
蛙の帯留めとかんざしは、蚤の市で二束三文で買ったものが、江戸時代の伝説と呼ばれる細工師のものだと判明したのだ。
「雪花ちゃんもこの蛙はお気に入りだったのよね。
あなたも見る目があるわよ」
母に会う人、会う人が掛けた言葉だ。
「雪子さまは見る目がある」と。
それから、雨宮家のお抱え料理人も挨拶にやってきた。
式部家に料理人が居なくなっても、ご飯が途切れなかったのは、両親に恩を感じる料理人が何くれと世話をしてくれていたということが発覚した。
そんなこんなで、人が途切れない母に戸惑いながらも、「お母さま、お話が……」と、無理に引っ張って行こうとしたら、止められた。
「雪花ちゃん! 雨宮のご子息よ。
挨拶しなくては!」
なんですって?
振り向くと、そこには超絶美形が居た。
負けた。
この場所で、顔だけなら幸太郎さんが一番恰好良いと、密かに優越感を抱いていたのに、雨宮の御曹司はその遥か上を行っていた。
完全に負けている。
なんなの?
なんなのよ、雨宮財閥って!
繁栄を引き換えに悪魔と取引しているんじゃないわよね!?
「こんにちは……初めまして、式部雪花と申します」
挨拶すると、素っ気なく返された。
その瞬間、ガッカリした自分がいた。
思ったのだ。
もし、雨宮財閥の御曹司に見初められたら……そうしたら、新堂家なんてあっという間に片づけてくれるんじゃないかって。
ううん、雨宮ほどじゃなくてもいい。
この場所には、新堂家よりもずっとお金持ちがいるはずだ。
誰か一人、そんな人を見つければ―――。
会場を見回しかけて、私は自分の浅ましさに愕然とした。
こんな……男を漁るような真似……。
お金で買われるのが嫌だからって、自分を売るような真似をしたら、同じじゃないの。
悔しいし恥ずかしい。
母から離れ、会場の隅に移動する。
ここは庭園が有名らしいが、すでに暑さが厳しくなっているので、お茶会は室内で行われていた。
窓の外に目をやっていると、綺麗な女の人が写り込んで来た。
「真白さん……」
「大丈夫? もしかして、気分でも悪いのかと……私もね、初めてこのお茶会に参加した時、気持ち悪くなっちゃった。
今日は堅苦しい集まりだけど、最近はもっと砕けた時もあるのよ。
私の友人の雨宮姫ちゃんが主催した会はね、趣向がこらしてあって、楽しいの」
「そうですか」
乗り気ない様子に、真白お嬢さまは困惑している。
やたらケーキを勧められ、着物を褒められ、学校のことを話される内に、さすがに素っ気なくし続ける訳にはいかなくなった。
ようよう話し始めた頃、幸太郎さんが私を見つけてくれた。
自分から離れたくせに、勝手に歩き回ったことを叱られた。
ほぼ同時に、雨宮家のご令息は真白お嬢さまを見つけた。
一言二言声を掛けたところで、小野寺冬馬がすっ飛んで来て、婚約者を自分の元へ引きつけた。
ふーん、そうなんだ。
やっぱり真白お嬢さまって嫌いかも。
あんな素敵そうな婚約者に加えて、雨宮家の令息にまで惚れられているなんて。
贅沢者。
この人を前にすると自分が僻みっぽくって、嫌な女になる気がする。
早く帰りたい。
でも、帰った先には、怯えまくった益子さんがいた。




