第25話 クリア後の世界に私はいる(そしてマルビに出会ったんだ)
お姉さんは服脱ぐのにまったく抵抗なし。私だけ恥ずかしがってたらなんだか悔しいので豪快に脱いで湯舟へゴー! 温度四十一度、ちょっぴり熱めの湯舟は全身の血を巡らせていく。
「ニンジン、レタスにブロッコリー、ホントは果物食べたいなーっと」
「なぁに、その歌?」
「マルビの歌。耳に残るんだよね」
「朝緋がお気に入りのバンドね」
反響する浴室で、私の声はちょっとうるさい。そんなことよりも、浴槽でお姉さんに乗っかる形になってる。当たってるんですよ、何がとは言わないけど!
「さっきの続きなんだけど……復讐終わったらさ、何していいか分かんなくなったんだ。スッキリはした、でも吸血鬼がいなくなったわけじゃないし……私が童喰いを追ってる間にも、巫女は死んだし、犠牲者も出続けた」
『復讐なんて意味ない』なんてことはない、実際すごくスッキリした。でも、相打ち覚悟でやってたから生き残って計画が狂っちゃった。
……で、巫女の現状も思い知らされた。
「だから人間が死なないようにいっぱい切って、いっぱい守って……それでも犠牲は出るから──深く考えるのやめちゃった!」
「それは…………」
対面じゃなくて良かったかも。お姉さん、多分悲しそうな顔してる。
「もう色々考えたって仕方ない、だから思考を止めて巫女として戦ってたんだけど……そんな時にマルビの歌に出会ってさ。ちょっと救われたんだよね」
路上ライブやってた時だったなぁ。「なんだこの歌⁉︎」って思いながら足止めたっけ。感動する歌詞とか、すごく上手い演奏とかじゃなくて……歌に対して感想持てるくらいには、まだ物事を考えられたんだなって。
「吸血鬼切って、できるだけ人を守って、マルビの歌聴いて壊れないように心を調律してさ、そんな毎日だった。私にとって『マルチビタミン』ってバンドはね、心の安定剤なんだ」
そんな生活が三年と少し。で、今ってワケ。
お姉さんには言ってないけど、この間にも二つ名をつけられた吸血鬼とは何度も戦ってるし、吸血もされた。そのせいか、身体は人間離れしていった。
お医者さんによると噛まれた影響らしいけど、異常な再生速度以外は人間のままだって。元々白神家自体が退魔の巫女の家系で、吸血に多少耐性があるのも関係してるらしい。
そんな戦い方してたら相棒なんてとても同行させられないから、いつしか独りで戦うようになった。
「お姉さんってさ、ゲームってやる?」
「……えぇ、恋人とたまにやっていました」
「そっか、いいね…………今の私はさ、ゲームクリアした状態なんだ。早くにクリア目標…………復讐が終わったから、暇で暇で……何してもいいけど、目標もない。だから、ぶっちゃけいつ終わってもいいんだよね」
まぁ……要するに復讐を終えるのが早かったってこと。
いずれ私の先にあるのは、巫女としての終わり。それがどんな過程だとしても、結果は変わらない。
「あ……もちろん、その間無駄に過ごしてるワケじゃないよ? 学校生活楽しみたいし、色々遊びたい。退魔の巫女として戦いも続ける! 何をするのも自由、だから……お姉さんに協力する。そのためなら私の血だって────」
いくらでもあげるよ。復讐に囚われるなんて、つまんないから。そう言って、お姉さんに笑ってみせようかなって思ったのに。
お姉さんの手が、私を包んだ。
「お姉さん?」
「…………」
あれ、泣いてる? 私はそんなに気にしてないんだけどなぁ。噛まれておかしくなったと思われて勘当扱いとかされてるけど、別に大したことじゃないし。
「大丈夫……朝緋がいてくれさえすれば、それでいいの」
「復讐はどうするの? お姉さん能力ないんでしょ?」
「……わたしの力は、使えばあなたを失ってしまう。それは嫌」
「血ならあげるってば。さっきだって、ほんの少ししか飲んでないじゃ……んんっ⁉︎」
不意に、首の噛まれた部位をお姉さんに優しく撫でられた。久々の感覚は湯船に浸かった身体を痺れさせる。全然酔った感じ無かったのに……お風呂入ったから⁉︎
「わたしは、好きな人に死んでほしくない」
「復讐、と私…………どっちが大事……ッ!」
あ、ヤバい。めちゃくちゃめんどくさい女みたいな質問しちゃった。そんな質問に答える間も、お姉さんは私につけた噛み痕を刺激し続けた。
「朝緋の考えがどうあったとしても、ここまで協力してくれたこと……なにより、吸血鬼であるわたしを受け入れてくれたこと、とても嬉しかった。でも……自分の命は、もっと大切にして…………」
「ちょ……おね、ぇ……………………」
フワフワとぼやけていく意識は、やがて静かに沈んでいった。
最後に聞こえたのは、小さな声で「ありがとう」って囁いた、お姉さんの声だった。
◇ ◇ ◇
嬉しかったなら、普通に喜んでくれた方がよかったんだけどな。吸血する時、どこか私に遠慮してるところはあったんだよね。私の血のこと好きって言ってくれた割に、飲む量は少なめだったし……プロポーズしてきたくせに…………!
「なんなのッ! …………って、朝?」
気づけばベッドで涎を垂らして寝てました。というか私、着替えてる。もしかして、お姉さんにお着替えさせられちゃった⁉︎ いきなりお姉さん撫で回してくるんだから油断できないったらありゃしないよ。さてさて、今日の朝ごはんは……
「あれ……お姉さん……?」
部屋が静かだ。料理の匂いはあるけど、室内に私以外の気配がない。朝になったから……どっか行っちゃった?
キッチンに向かうと、おにぎり3つと具沢山な味噌汁の入った鍋が用意されていた。それと、二つ折りにした置き手紙。
『どうか自分を大切に
さようなら Anna』
綺麗な字で綴られていたのは、なんとも短い別れの言葉。昨日の変な行動から何かあるなと思ってた…………行き過ぎた気遣いって、あんまり好きじゃないんだけどな……初めの猛アタックはどうしたんだよ、鬼狩りさん。
「……ばーか」
朝ごはんはどっちもしょっぱいなんてことはなく、身に沁みる優しい味はどこまでもお姉さんらしい。っていうか、私の話は最後まで聞いてよね。十年も復讐に囚われるなんて…………辛いだけじゃん。




