第2話 退魔の巫女は夜を駆ける(カッコよくない!?)
事の発端は一時間……いや数十分前? よく覚えてないや。
とにかく! 私は放課後に『マルチビタミン』ってバンドのライブに行こうとしてたんだけど、運悪くパワハ……仕事熱心な先輩から吸血鬼の通報があったって言われて現場に急行してたわけ。なんで高校生で退魔の巫女なんてやってるのかってのと、『マルビ』のことはまた今度ね。
三日月が輝いてる空の下。テンションは低いまま、今日もお仕事なのだ。アスファルトを蹴って渋滞中の車道を走り抜ける。帰宅ラッシュ真っ只中の歩道を突っ切るよりも、よほど楽ちん。
『朝緋ィ、そこからひとつ先の交差点に標的だよ』
「りょーかいっ」
通信先の先輩である真澄ちゃんから指示はちゃんと聞いて応答。めんどくさいよね、さっき聞いたって。でも通信に反応しないと後でグーパンだからね、怖いよね。いつか辞めてやる。退職届は机の引き出し!
「ちょっとし・つ・れぇ~い!」
目の前の車へ駆け上がり、そのまま前方のワゴンへ飛び移る。空中を闊歩しながら見据えるのは事件現場。パトカーが四方を囲んで拳銃を構えてる。あんまり意味ないけどね。時間稼ぎご苦労様!
「VAaaaaa」
肌は蒼白、瞳は赤色。口元からは足元で倒れている女の人から吸い取っただろう血液を滴らせて、一人の魔性が夜に叫ぶ。雰囲気出す表現してみたけど、まぁまぁ見慣れた血の気のないお馴染みさんですよ。これを狩るのが退魔の巫女ってこと。
人間の見た目に近いけど、その実態は人間と全く異なる生物。口にするのは他の生物の血液……特に、人間の血液が好物で現代でもよく襲う。噛まれた相手は運が良ければ生き残れるけど、大抵は全身の血を吸いつくされて失血するか吸血鬼になっちゃうんだ。
退魔の巫女も例外じゃないんだけど、私は人より頑丈だから大丈夫!
聞いてない? まぁ気にしないで。
「いたなぁ吸血鬼ぃー、こっちはライブ行けなかったんだからねぇ!」
せっかく買ったチケットは紙切れなんだぞぅ!
鞘を投げ捨てるように、携えていた刀を抜き出し、車両を踏み台に大ジャンプ。武器を振り上げ、落下の勢いに乗せて切りかかる。
「せやぁッ」
浅い、刃が身体を抉っても意味がない。対面の男の傷はみるみるうちに修復されていく。吸血鬼特有の再生能力だ。昔からの言い伝えだけど、吸血鬼って首を刎ねるか心臓に杭を打つか太陽で焼いて灰にするしかないんだって。ニンニクとか聖水は個人差だったかな? 「心臓に杭なんて打ったら誰だって死んじゃうよね」って言ったら拳骨もらったのはずっと覚えてる。
「相っ変わらずめんどくさいな〜」
「退魔ノ巫女カ⁉」
あ、喋った。ちょっとお利口さんタイプかな?
『おい何やってんだ朝緋ィ、一発で仕留めろっつってんだろ⁉』
うるっさいなぁ……踏み出しミスったんだってば。右耳からありがたいアドバイスが飛んできますよ。これだから通信機つけたくないんだよね。音量最低にしてるのに鼓膜破れちゃうんじゃない?
「クソ、食事ハヤメダ!」
今回のは頭が回るみたい。私から少しずつ距離を取って一気に走り逃げ出した。もちろん追わなきゃいけないよ、倒さないと始末書と減給だからね。クビにはしてくれないんだよね、変な組織。
「いい子ちゃんならさっさと首出してよ――ねッ!」
で、ここからカーチェイス……じゃなくて人力チェイスが始まった。吸血鬼なんて陸上競技出たら世界記録更新しそうな連中に追いつこうなんて正気の沙汰じゃないよ。私は追いつけるけどね! 最近下ろしたばっかのスニーカーがもうすり減ってる。あーぁ、一目見てピンときたヤツだったのになぁ。
「鬱陶シイッ!」
「おっと」
ビルとビルの間の路地に入ったところで吸血鬼は反転。一気に距離を詰めてきた。顔の横を掠める爪は鉄の匂いでいっぱい。何度も嗅いでもなーんか嫌。
間合いが近すぎるからちょっと離れないと。
スニーカーで吸血鬼を蹴り飛ばして刀を構えなおすと、お相手は歯を軋ませてこっちを睨む。
「そう怒らないでよ。こっちは仕事なんだからさ」
「ウルサイッ!」
代り映えのない台詞だなぁ……
もう一度突っ込んでくる吸血鬼に合わせてタイミングを見計らった瞬間――相手の右腕が何倍にも膨れ上がってこちらへ伸びた。当然想定外の攻撃。咄嗟に防御したけど思いっきり吹っ飛ばされてコンクリートにガツっと衝突。
「ぅぐ…………まずったぁ。『能力持ち』か」
普通の個体かと思ってたんだけどしくじったなぁ……でもなんか変。力をひけらかすには遅い気がするし、隠せないって判断するのも早いような……
「ハハハハハ! サッキ食エナカッタ分、オ前ノ血ヲ飲ンデヤル!」
「飲みすぎは体に毒だよ……っ⁉」
立ち上がろうとした瞬間に、激痛が走る。
やば……左足やっちゃったかも。これはマズい、想定外。油断してるうちに踏み込みたかったけど、伸びる腕あるんじゃこの足だと間に合わない。朝緋ちゃん久々のピンチ。
仕方ない、ちょっと頑張らないと…………!
「潰レロ――――ァ⁉」
襲い来る吸血鬼の左腕……のはずだったんだけど、綺麗にスパッと、切り落とされちゃってたんだよね。しかも復活なし。
「残念、ハズレのようですね」
少し低め、女の人の声。
鉄板でもついてるのか、ブーツで金属音を鳴らして、その人はいつのまにか目の前に立っていた。後ろ姿だけで確信、超美人。袖を捲った白いシャツにロングスカート……特徴のない格好だけど腰高いし脚長っ。
「誰ダ⁉」
「鬼狩り」
単語だけ口にした直後には、お姉さんは消えていた……じゃなくて、吸血鬼の頭を鷲掴みにして首と分離させちゃった。ダンクよろしく地面に叩きつけると、ブーツで踏み潰した。
あっという間の蹂躙。素手で戦う同僚は見たことあるけど、ここまでスマートなのは見たことないかも。
「脆いこと……」
腰くらいまでの髪と身体を翻したところで、ようやくお姉さんの顔が見えた。やっぱめちゃくちゃ美人、人間離れしてる……お人形さんみたい。
戦っていたはずなのに返り血はなく、月に照らされたその顔はどこか不満気で。私を見てようやく目を細めた。ひとつひとつの仕草がドキっとしてしまう。ホントに同じ人類?
「……またハズレ。いい加減、飽き飽きです」
「ど、ドンマイ」
「あらあら。貴方、足は大丈夫?」
髪をかきあげながら私に目線を合わせると、お姉さんはじっとこちらを見つめる。まさか知らない人に助けられるなんてちょっと驚き。私のポカもチャラだね。
「大丈夫大丈夫! 一晩寝ればオッケー」
「そう……それならさっき見かけて目を付けた甲斐があるというもの」
刀を握る手に右手を添えられて、ようやく気付いたよね。
血の通っていない冷たい手。花の匂いに紛れてほんの少し、ほんのわずかに臭う鉄。
「どういう…………ッ⁉」
「退魔の巫女……前からその味に興味がありましたの」
しまった――!
吸血鬼を倒せる奴なら通信で応援って知らされるんだった。それ以外で吸血鬼を仕留められるなら、別のとこから来たお客様ってことで……
「助けた分、お礼は頂きます」
抵抗する間もなく、お姉さんの牙が私の首筋に突き立てられた。あとはもう退魔の巫女ならよくあることで、全身から血が抜かれておしまい。完全に油断した…………構えてれば大丈夫だったけど、これはダメ。終わり。あーぁ、ドキドキ返してよね。結構ときめいてたんだから。
こうして退魔の巫女、朝緋ちゃんは突然現れた吸血鬼のお姉さんに噛まれてゲームオーバーになりましたとさ。




