【84】 失踪以来、家族での夜
奈美はホテルのフロントでチェックインし、3人は部屋へと向かった。部屋に入り、夫は眠っている海斗をベッドに寝かせた。
奈美「良かった、ツインの部屋を取って。ダブルじゃ海斗がこんなにのびのび寝られなかったかも」
夫「そうだね」
妻「コーヒー飲む?」
夫「うん、いいね」
妻「今、お湯を沸かすわ。そうだ、お風呂にもお湯を入れるから入って行く」
夫「いいのかい?」
妻「当たり前でしょう」
夫「すまないね」
妻「いやぁね」
夫「なにか、夢を見ているみたいだな」
妻「これが現実よ。今までが悪い夢を見ていたのよ」
夫「そうか、そう思えばいいんだな」
妻「そうよ。今は今、昔は昔。お風呂に入って、過去は洗い流すのね」
夫「うん」
妻「先に入る?」
夫「そうだな」
妻「お風呂に入ったら、自分の部屋に戻るのが億劫なんじゃない?」
夫「それはそうだけれど」
妻「ここで寝て行けば。明日の朝、あなたの部屋に寄って、そこからお城に行けばいいんだもの」
夫「そうだね」
妻「コーヒー入ったわよ」
夫「ありがとう」
夫がコーヒーを飲み始めた。
夫は、妻のやさしさと海斗の寝顔を見て、涙が出てきた。
夫「くすん」
妻「どうしたの?」
夫「くすん。涙が、」
妻が近くにあったティッシュボックスを夫のそばに置いた。
夫「海斗の寝顔と、入れてもらったコーヒーにやられた」
妻「そう、」
夫「コーヒーで泣くなんて思わなかったな」
涙声だった。
妻「それだけ、つらかったのね」
夫「……」
夫はうつむき、黙ったままコーヒーを飲みほした。そして、浴室へと立ち去った。
10分も経たない内に夫は腰にバスタオルを巻いて出てきた。
夫「お待たせ」
入れ替わるように妻が風呂に入った。
夫は、バスタオルのままベッドに横になり体を休めた。
夫「ふーっ」
天井を見つめながら深―い深―いため息をついた。
夫(数年分のため息だったかも……)
夫(自分のあとの残りの人生は、この二人のために捧げるんだ。それが、自分と家族にとって、幸せになる唯一の方法なんだ)
自分に言い聞かせていた。
妻も10分と経たない内にバスタオルを巻いて出てきた。そして、そのまま夫の上に覆いかぶさった。
妻からキスをした。夫は布団をずらし、妻を布団の中へと引き込んだ。
奈美は夫の背中に両腕を回し、自分の体を強く押し付けた。
夫(何年ぶりの感触だろう……)
妻(この感触よ……)




